16「もてなしの心」
俺、不条理 京は幽霊である。俺を幽霊にした原因は、凍死という名の運命で決められた寿命である。
不条理 京は、人間の生きる希望のため、日夜戦うのだ。
―とは言うものの、亡くなる人は、日本で1日におよそ3200人以上。
その中で寿命…、老衰で大往生が出来るのは、僅かに120人程。そして自殺は更に少なく、約90人。
それらを除いた死亡原因の約94%は、病気、事件、事故、災害であり、どれも本人が『死にたくなかった』死だと言える。
つまり、『我々人間は、なかなか自分が納得した下で死ねない』と言い換えても良いだろう。
特に、希望と目標を持って生きていた人達の想いが、ある日ブッツリと断ち切られるというのは、とても無念であろう。
俺達幽霊が、その亡くなってしまった人達の無念を、少しでも晴らしてあげるというのも、先輩としての大切な務めなのだ。
―俺は今、アキバにいる。
コギャルのメリーさんに『京っちと歳が近い人の方が、声が伝わりやすいかもー、みたいなー。』と、助言を受け、
だったら、サブカル文化を謳歌している、感性豊かな世代を狙ってみようと考えた次第である。
俺だって、漫画やアニメは現代日本人として人並みに嗜んでいる。
アキバに集う、年齢も近い世代ならば、きっと俺の声も届くハズだ。これはイケる。
―と、思ったんだけどなぁ…。
全然、振り向くどころか、立ち止まってもくれないや…。どういうコトだよ。
良く見りゃ、みんな自分の目的の店に一直線に向かって、自分の目的のモノをゲットしようと一心不乱になっている。
くそっ! どいつもコイツも、好きなモノに全集中の呼吸じゃねーか。こりゃ無理だ。
考えてもみれば、ここアキバに来る若者は、漫画、アニメに興味があるのであって、
恐らく他の要素に振り回される気配など、微塵も無い連中ばかりだ。面構えが違う。
せいぜいの例外が、お姉さんの色香に惑わされて、高い絵画を買っちゃう様な純情ボーイ位のモノであって、
野郎の俺の声なんかが、彼等に届くワケが無かったのだ。
俺はトボトボと駅前に戻り、大型モニターに映る新番組アニメのプロモーションビデオをボンヤリと眺めていた。
「―はぁあ~、失敗だったなぁ…。考えが甘過ぎたよ。オタクの集中力を侮っていた…。」
「―あのぉ~、♥」
「そりゃあ、まぁ、普通さ、アキバに幽霊がやって来て、声掛けまくってるとか思う人、いないとは思うよ。うん。」
「すみませぇ~ん、♥」
「でもさぁ、1人位、俺に気付いてくれてもバチ当たんないだろぉ…? 俺だって一生懸命やってんだよ?」
「もしも~し、♥」
「やっぱり俺、こっち方面の素質、無いのかなぁ…。自信無くしそうだよ…。」
「こっち向いてくださぁ~い、ご主人様ぁ~。♥」
「―さっきから街頭スピーカーが五月蝿いな。あ、今期はメイドがテーマのアニメか? 嫌いじゃ無いけど。」
「嫌いじゃ無い! 嫌いじゃ無いけどぉ~?♥」
「人前で言えない!!」
「お上手ぅ~! パチパチパチ!♥」
「―何なんだ!? 思わずノリツッコミしちゃったじゃねーか!!」
俺はバッと振り返り、声のした方を見ると、そこには可憐なメイド姿の美少女が立っていた。
「うわっ!! スピーカーじゃ無くて生声だったか!!」
「やったぁ~!♥ よ~やく私に気付いてくれる人がいましたぁ~!♥ キラッ!♥」
そのメイドさんは、キンキンのアニメ声で、キャッキャと飛び跳ねて、ビシッとポーズを決める。
尋常じゃ無くテンションが高くて、この空気の温度差が、俺だけに痛く突き刺さる。
―しかし、この子、俺に話し掛けて来たのか!? まさか!?
「き、君は、俺のコトが見えるの? 俺の声が聞こえるの?」
「勿論ですよぉ~。♥て言うかぁ~、ご主人様しか私の声に反応してくれませんでしたぁ~。♥」
―え、ソレって、まさか…、
「君、幽霊!?」
「―はい?♥」
「…はい?」
―10分程、そのメイドさんと話して、今の状況を理解してもらうコトが出来た。
メイドさんは、ふわっとした綺麗な長髪。胸は大きく、腰は細く、太ももムッチリ、でも脚はスラリとしてる。
お目々はキラキラ、唇はピンクで艷やか。まるでアニメキャラみたいな、メリハリの付いた美貌の持ち主だ。
俺の知ってる女の子を思い返してみると、
すだまは飾りっ気の無い素朴な可愛さがある。花に例えれば、野菊の様な女の子だ。
綾乃さんはお嬢様の清楚さと、凛とした美しさがある。百合の花を思わせる人だ。
メリーさんは金髪日焼けのコギャルだけど、根は良さそうな、友達感覚の陽気さがある。夏のヒマワリってカンジだ。
対してこのメイドさんは、華やかで、ギリギリの色っぽさがあって、嫌味の無い賑やかさで楽しい魅力がある。
そう、花に例えると…、
「桜…。」
「はい!?♥」
「あ、いやいや、何でも無い!!」
やっべー。口に出てたかー。季節でも無いのに、変に思われるよなぁ…。
でも、そんなイメージがしたんだよね。みんなが周りに集まって、思わず笑顔になっちゃうみたいな。
そのメイドさんが俺の隣で、何やら感心した様に息を吐く。…幽霊だから、正しくは『息を吐く動作』だけ、だけど。
「はぁ~、♥お話を聞いてビックリですぅ~。♥不条理さんも幽霊だったんですかぁ~。♥」
「そうそう。幽霊同士なら普通にこうして会話出来るからね。でも、生きている人に声を伝えるのは簡単じゃないんだ。」
「そうだったんですねぇ~。♥…じゃあ私、あの時に死んじゃったのかぁ…。」
「えっと、君の死んだ原因って…、」
「それがぁ~、♥もう、聞くも涙、語るも涙で、オメガMAXヤバかったんですよぉ~!♥
聞いて下さいますぅ~?♥ てか、むしろ誰かに話したくてウズウズでしたぁ~!♥ 是非是非、聞いて下さぁ~い!♥」
「あ、あぁ。俺で良ければ…。」
死んだと言うのに、何だ、このグイグイ来るハイテンションは…。
不思議と嫌な気分はしないんだが、でも、やっぱり、女性に無条件で迫られると若干引いてしまうチキンな俺がいる…。
―と、その時、
「あー! やっと見付けたですー!!」
どこからか子供の声がする。周りを見ても、それらしい子はいない。
「上です! うえーーー!!」
「―上!?」
俺はその声に言われるがまま、上を向く。
―そこには、白い和服を着たおかっぱ頭の、背の小さい6~7歳位の女の子が宙に浮いていた。
「白い和服姿!? ―まさか、幽霊ガイド!?」
「あれー? 知ってたですかー? そうです。わたしは幽霊ガイドですよー。」
その小さな幽霊ガイドは、地面にふわっと降りて来て、とてとてと俺とメイドさんの前に小走りして来る。
そして、いそいそと服の乱れを直して姿勢を良くして、ペコリと俺達に頭を下げた。
一連の動作の、何もかもが可愛い。
「わたしは、幽霊ガイドの『うない』って言います。よろしくですー。」
「きゃぁ~!♥ カワイイですぅ~!♥ お持ち帰りしたいですぅ~!♥」
何を危ないコトを口走っとるんだ、このメイドは。
いや、そりゃまぁ、確かにこの小ささは、反則的に可愛いけどさ…。
俺が、身をくねらせてバタバタと足踏みしてる危ないメイドを訝しんで見ていると、
小さい幽霊ガイドの『うない』が、俺の方を見て言った。
「おにーさん、どーしてうないが幽霊ガイドだって、わかったですー?」
「ん!? ―あぁ、そういうコトか。俺はもう幽霊になって数ヶ月経ってるんだ。」
「あぁー、幽霊になりたては、こっちのおねーさんの方でしたかー。」
「はぁ~い!♥ 私が、その新米幽霊でぇ~っす!♥ クルリン!♥」
だから、何故、ターンかましてポーズを決める!? ―妙にサマになってるのが恐ろしいが…。
「そーでしたかー。この場所って、おねーさんと同じような服を着ている人が多いので、判りませんでしたー。
てっきり、勾玉の反応も、そっちのおにーさんの方かとー…。」
成る程ね。ここアキバじゃ、色々なメイドカフェがあちこちにある。
路上じゃ、その店々のメイドさんがチラシ配りをしているのが日常だ。世界で最もメイド人口密度が高い場所と言えるだろう。
幽霊ガイドのうない…ちゃん、で良いよな。見た目も言動も幼女だし。―が迷ったのも無理は無い。
で、一緒にいた俺が、新たに亡くなった奴だと勘違いされたってワケだ。
「でもー、そっちのお兄さんは、わたし知りませんー。」
「あ、俺、ちょっと離れた場所からココに来たから。」
「―え!? 浮遊霊がこんな違う区域にまできたんですかー? ほんとーに浮遊霊ですかー?
悪霊とかじゃないんですかー? つーほーしちゃいますよー!?」
「ち、違うよ!! 悪霊なんかじゃ無いってば!!」
「うーん…、しょーこはありますかー?」
うないちゃんは、勾玉に手を掛けたまま、俺をジト目で睨み付ける。
その様子は、不審者に出遭って、今にも防犯ブザーの紐を引こうとしてる幼女そのものだ。
何だかんだ言っても、そこは小さくても幽霊ガイド。お仕事への責任感は強いみたいだ。
つーか、証拠って言われても、幽霊には住基カードやマイナンバー、身分証明書なんて無いからなぁ…。―あ、そうだ!!
「す、すだまを呼んでくれないか!? 俺の担当の幽霊ガイドなんだ!」
「―すだま!? …おにーさん、すだま先輩が担当されてたんですかー!?」
おぉ! ナイス!! どうやら、すだまとうないちゃんは、幽霊ガイドでの先輩後輩の間柄らしい。
これなら、すぐに身の潔白が証明出来そうだ。
―つーか、そこのメイド!! さっきからうないちゃんを見て身悶えてるんじゃない!!
「キタコレーーー!!♥」とか「癒されるぅ~。♥」とか「何故、私はスマホを持っていないのだぁあ~っ!♥」とか、
オーバーアクションで、うないちゃんの周りを跳ね回るのはよせ!! うないちゃんがドン引きしてるだろ!!
「こ、このおねーさん、何なんですかー…?」
「俺に聞くな!!」
「と、とりあえずー、すだま先輩に連絡とってみるですー。」
そう言ってうないちゃんは、胸の勾玉を光らせる。
「きゃぁ~!♥ ギミック付きで可愛さ倍増ぅ~!♥ うないちゃんマジ天使!!♥ U・M・T!!♥」
「―コイツ、本当に死んでんのか…!?」
「―もう! 京さん! 遠出するならするで、ひと言、事前に私に断って下さい!」
「ご、ゴメン! そんな手続きが必要だなんて、知らなかったんだ。」
プンプンのすだまの前で、平身低頭の俺。
浮遊霊がその幽霊ガイドの担当区域外に出掛けたい時は、担当の幽霊ガイドに事前報告する決まりだったらしい。
連絡も無しにいきなりいなくなると、幽霊としての仕事をサボタージュしてどこかで悪霊にでもなってるのか? と怪しまれ、
下手をすれば、大規模な捜索網が敷かれて、捕らえられ、何年間も勾留される可能性もあるとか。
ちょっとお出かけのツモリだったんだが、そんなヤバイ事案になるトコロだったのか…。危なかった…。
幽霊と言えど、その行動は完全な自由ってワケでは無いのか。世知辛いのぅ…。
「すだま先輩ー。おひさしぶりでーす。」
「うん。うないちゃんも元気そうで良かった。」
すだまに抱き付くうないちゃん。先輩後輩と言うよりは、お揃いの着物を着た仲良し姉妹ってカンジだ。
―で、あのポンコツメイドと言えば、
「うっしゃああ~~!♥ 幼女と美少女のラブリーショット、キターーー!!♥
アキバに和服というミスマッチが、一周回ってコレ、アリですぅ~!!♥」
指でアングル作って、あちこちの角度からすだまとうないちゃんを激写(してる気分)している。
出会った時は萌え美少女に思えたこのメイドだったが、俺の中での株は下がり続け、今では駄目なメイド『駄メイド』だ。
むしろメイドじゃ無くて『冥土』と呼んだ方が良いんじゃないだろうか。『駄冥土』幽霊。うん、シックリ来る。
「それで、このメイドさんが新しく幽霊になられた方ですか。」
「そうですー。えーっと、お名前はー…、」
「はぁ~い! ♥みらんだって言いまぁ~っす! ♥よろしくお願いしますね! お嬢様!!♥」
「みらんだ? え? 日本人、ですよね?」
「まさか、キラキラネームか?」
俺とすだまが面食らう。うないちゃんは、すかさず勾玉に映る情報を見て、
「え? 報告にあるお名前と、ぜんぜんちがってますー。こっちではー、」
「みらんだですっ!!♥」
「い、いえ、こっちには、ちゃんと日本人の名前でー、」
「み・ら・ん・だ、ですっっ!!!♥」
「うひぃっ!!」
駄冥土は、凄まじい圧の笑顔で、うないちゃんに食らい付く。その気迫にうないちゃんがビビってる。
―どうやらこの駄冥土、ここだけは譲れない一線らしい。
俺は、ここで1つの推論が浮かんだ。
「あ、もしかして君、メイド喫茶のメイドさん…だったのか!?」
「ピンポン! ピンポン!ピンポ~~ン!!♥ 大正解です!! 100億万点ですご主人様ぁ~!!♥」
「ご、ご主人様!? ―京さん!! これは、どういうコトなんですか!?」
すだまがブリザードの様な、猛烈寒波の目で俺を見る。正直、怖い。
「ま、待て待て待て!! 一から説明するから!!」
「おぉっ!♥ 痴話喧嘩ですか!? 痴話喧嘩ですね!?♥」
「お前は、少しだぁっとれ!! 俺の身の安全が懸かってるんだ!!」
―俺の推論は当たっていた。
この駄冥土『みらんだ』は、このアキバに数多くあるメイド喫茶の従業員だった。
『みらんだ』は、店で使ってる名前だったのである。やたらテンション高いのは、従業員モードだったからか…。
「成る程。みらんださんのお名前は、お給仕さんの源氏名だったんですね。」
「源氏名って、また古い言葉が出て来たな…。」
「わ、わかりましたー。今は『みらんだ』で良いですよー。もう…。」
うないちゃんが折れた。駄冥土の脅迫スマイルが、うないちゃんの心の傷にならなければ良いんだが…。
「えーと、みらんださんはー、亡くなったのが…アメリカですね?」
「え!?」
アメリカと聞いて、俺は驚いた。
「はい、そうみたいですぅ~。♥」
「え、何? すだま、コレ、どういうコト?」
「驚くコトではありませんよ。幽霊は国籍で区別されますので。外国で亡くなっても、魂は日本に戻って来るんです。」
「おぉ、そういうシステムか。まぁ、魂も生まれ故郷に戻れた方が良いもんな。」
「海外で籍を取ったり、国際結婚されたりすると、もう少し複雑になりますけど、基本はそうですね。」
日本の戦争映画で、『靖国でまた会おう!』っていう台詞があったけど、アレ、マジだったんだな。
魂だけでも生まれ故郷の日本に戻って来れたなら、亡くなった数多くの兵士さん達も救われる…のかな。
「成る程ね。―で、みらんだ…さんの死因は?」
「死因はですねー、」
「はいはいはい~っ!♥ よくぞ聞いて下さいましたっ!!♥ さっき、話しの腰を折られちゃってウヤムヤになってたので、
もう、話したくて話したくて、天元突破ですよぉ~!!♥ 思わず『荒ぶる鷹のポーズ』っ!!♥」
「―京さん、この人、大丈夫なんですか!?」
「だから、何故、俺に聞く!?」
「それではお話しますねぇ~。♥
ダダダン!! ―それは、今から数世紀前。永らく平和だった王国を、隣国の帝国が侵略して来たコトが発端となった…。♥
王国は満足な迎撃体制も敷けないままに戦端は開かれ、みるみる内に劣勢となり、滅亡の危機に瀕した。♥
若き王女は1人の近衛兵に連れられ、断腸の思いで国を逃れる。♥唯一の王国の生き残りとなった王女と近衛兵は、
帝国への復讐のために力を蓄え、遠くの村に落ち延びて、その機会を狙うコトにしたのである。
♥やがて季節が流れ、2人の間には愛情が芽生え―、」
「待て!! ストップ!!」
「―え!?♥ ようやくアバンが終わって、ここからオープニングでタイトルドーン!! なのにぃ~!♥」
「お前の話をしろ!! アバンもオープニングも要らん!!」
「おぉう! そう来ましたかぁ~!♥ いきなり本編から始まる、特殊オープニングパターンがお好みとはぁ~。♥
ご主人様ってばぁ、見掛けによらず、なかなかの『通』ですねぇ~。♥」
「やかましい!! ウインクするな!! サムズアップするな!!」
「―あ、あのぅ、京さん…。」
「ほら見ろ!! すだまも、うないちゃんも、話が進まなくて困ってんだろ!!」
「京さん!! そのお姫様と近衛兵の行く末は、どうなったのでしょうか!?」
「わたしー、気になりますー!!」
「ガッデム!!! お前らもかよ!!!」
何、腕を胸の前で合わせて、ワクワクドキドキで聞き入ってるんだ! お前ら!!
俺がいなかったら、この場はどういうカオス空間になってたか…。今でも充分にカオスかも知れんが…。
「―では、本筋だけで…。♥実はですねぇ~、アメリカに観光旅行に行ったら、初日に発砲事件に巻き込まれちゃいましてぇ~。♥」
「―えぇ!?」
「生まれてこの方、拳銃の生音なんて、運動会のスターターピストルでしか聞いたコトありませんでしたけどぉ~、
初日ですよ、初日!!♥ しかも、空港出てからたったの数時間!!♥ どうなってるんでしょうねぇ~、アメリカって。♥」
「ちょ、ちょっと待てよ…。お前、撃たれたのか!?」
アメリカは銃社会。毎年3万人が銃で生命を落としている。そしてその内2万人は自殺。1万数千人が発砲事件による死亡だ。
銃による1日平均死亡数、30人以上。アメリカは日本の銃による『年間死亡数』の10倍を、下手すれば『1日』で上回るのである。
彼女、みらんだもその犠牲になった。俺は銃社会への怒りが込み上げるのを、抑え切れない。
ちなみにこの人数は、アメリカ国内で自動車事故での死亡数の1.5倍。自然災害での死亡数の10倍だ。
それでもアメリカの総人口3億人に比べれば、3万人でさえ1万人に1人、00.1%である。
これを『大したコト無い』と黙殺するか、問題視するか。それがアメリカの将来への課題だろう。
―だって、日本では人口1億数千万で、銃での死亡数は年に数人。10人亡くなったとしても、1千数百万人に1人の割合なのだから。
それよりも何も、アメリカさんよ。お前んトコは犯罪超大国じゃねーか。実際、純粋な自殺率は日本とほぼ変わらないクセに、
薬物中毒での死亡率は日本の32倍、肝臓疾患、つまりアル中の死亡率は2倍。これが現実だ。
外国人は何かと言うと「JAPANは素晴らしいと言われているけど、自殺大国だろ?」とか言う。
だが、日本の自殺率は年々下がって、今じゃワースト10位圏内にも日本の名は挙がらない。
こういう事実を知りもしないで、「日本だって問題を抱えている」と、ドヤ顔している馬鹿外人に、俺は無性に腹が立つのだ。
日本以上の問題抱えてるお前らが、どの口で!? ―って言いたい気分だ。
だからこそ、俺はこの駄冥土…もとい、みらんだに同情する。
「―た、大変…だったな…。」
「お気遣いありがとうございますぅ~。♥おかげで、アメリカの思い出って言ったら、空港と鉛弾だけですよぉ~。♥」
「お、お前…こんな目に遭ったって言うのに、その、随分とポジティブだな…。」
「だって、死んじゃったモノは仕方無いじゃないですかぁ~。♥それにぃ~、撃たれた跡が無いのはラッキーですしぃ~。♥」
そう言ってみらんだは、メイド服のブラウスから豊満な胸をグイッと見せる。
どうやら、胸部に直撃の即死だったみたいだ。―しかし、目のやり場に困…、
「京さん! 見ちゃいけません!!」
「うぐぐっ!?」
目のやり場に困る、と言おうとした直前、すだまが俺の目を手で覆った。
クソッ! 余計なコトを!!
「それで、みらんださんは『天界コース』と『現世コース』、どっちを選びますかー?」
「そうですねぇ~。♥まずは未練を晴らしたいな~、と思いますぅ~。♥」
「どんな未練をお持ちなのでしょう?」
「―おい! すだま! いい加減、目隠しの手を外せ!!」
「…良いですけど、もう邪な目でみらんださんを見ちゃ、いけませんよ?」
「『もう』も何も、そんな気持ちは無い!!」
「えぇ~?♥ ご主人様は、私のコト魅力が無いって言うんですかぁ~?♥」
「そ、そうは言ってないだろ。―ぐむむむむっ!!」
「やっぱり駄目です!! 見ちゃいけません!!」
少しばかりだが緩んでいた手に、再び力を込めるすだま。正直、アイアンクローかまされてる気分だ。
「コラ! 駄冥土!! お、お前が余計な茶々を入れるから…!! うぐぐぐぅうう!!」
「あららら…。♥ 鉄板ギャグとは言え、ここまでお約束展開するとは、思いませんでしたぁ~。♥」
『テヘペロ!』と謝る駄冥土。それ、俺は謝ったとは認めんからな!!
戦中派のすだまには、こういう現代文化の『プロレス』漫才が通じないんだから、勘弁してくれよ!!
「ハァハァ…、仕切り直しだ。お前の未練って何だ?」
ようやく目隠しの手を外され、俺達は駄冥土、みらんだに向き直る。
彼女は反省もしてない様子で、変わらず明るく喋り出す。
「私の未練。♥それはぁ~、もっとメイドカフェで働きたかった、ってコトですぅ~。♥」
「元のお仕事を続けたかった、と…?」
「はい!♥ 私、人と話すのも、接待するのも、大好きなんですぅ~。♥正直、メイドさんは天職だな、って思ってましたぁ~。♥」
「みらんださん、働き者なんですねぇー。」
「はい!♥ あ、でもぉ~、アメリカで『働くのが好き♥』って言ったら、『?』って顔されたんですよぉ~。♥何ででしょぉ~?♥」
「あぁ、外国じゃ仕方無いよ。労働を美徳と考えてるのは、基本、日本人とユダヤ人位だって聞いたな。」
「え? そうなんですか? 京さん!?」
―日本と外国では色んな認識が違う。その中の1つに『労働』に対しての認識がある。
西洋じゃキリスト教で『労働は神が与えた罰』とされているし、貴族階級の存在もそれを助長した。
例えば、日本じゃ教室を生徒自身で掃除するのは、立派な『教育』だ。だが、西洋では掃除は『罰』である。
よく、軽犯罪者が街の掃除やボランティア活動をさせられてるコトからも、それは伺えるだろう。
だから海外では、日本の生徒による掃除が、驚愕の目で見られている。
中国とかの儒教国家では、『肉体労働は下賎な者がするコト』と思われていたりした。
高貴な者ならば、頭を使い下々の者達に働かせて稼ぐのが正しいコトだという認識が強く、代々続く職人を軽蔑する。
だから技術発展が進まないし、高学歴、肩書、出世に人一倍拘る。そのためには嘘も厭わない。
むしろ『嘘を上手く使った頭脳プレーだ!』と、犯罪ですら利になれば誇ったりさえする。
「あぁ、そう言えば『働く』って漢字、あれ中国には無かったんですよね。あれは日本で作られた国字です。」
「マジですかぁ!?♥」
「おぉう、それは知らなかった。流石すだま。」
「やっぱり、すだま先輩は物知りですー。」
つまり、儒教文化の中国では、生産活動が軽視されていたから、『働く』に当たる独立した概念が確立されていなかったってコトか。
「働くコトを否定してる国があるなんて、ショックですぅ~。♥」
そういう国々では、ゴミ処理業者が『汚い・臭い・キツイ』コトで『最底辺の仕事』と、軽蔑されているケースが少なく無い。
彼等がいなければ、街は1日足りとも機能しないのに、だ。
日本人が外国でスポーツ観戦した後に、みんなでゴミ拾いをするのが、海外で感動話として取り上げられたりしているが、
それは、外国では『ゴミ拾いは底辺層の仕事であり、連中に与えられた罰だ』という考えが根強いせいでもある。
だから、ゴミ拾いをしないのは勿論、むしろ『ゴミを拾ったら連中の仕事が無くなるだろ』とか理由を付けたり、
『ゴミの回収費用はチケットに含まれてるだろ?』とか、『俺達はスポーツ観戦に来たのであって、ゴミ拾いに来たんじゃ無い』とか、
挙句の果てにはゴミをポイ捨てしても、『俺達は連中に仕事を与えてやってるんだ』と言い出す奴までいる始末。
「えぇ!? 掃除するって、良いコトじゃありませんか!?」
「ですよねー。」
「お掃除して綺麗になれば、気持ち良いですよねぇ~。♥」
そう。これが日本人の基本的な考え方。
日本人は、『綺麗になるなら、誰がやっても良いじゃないか』『みんなでやれば早く片付く』と考える。
そもそも根底に『誰だって綺麗になっている方が良いよね』という、当然の気持ちがそこにある。
―日本人は神道の影響を受けて育って来た。神道においては神々も働いている。だから『労働は神聖なモノ』という認識が芽生えた。
天照大御神は、子孫達に神の国で育てられている稲を渡し、地上界でも稲作をせよと願った。
つまり、稲作は神から託された仕事であり、人がそれを行うコトは神事なのだ。
「畏くも、今でも天皇陛下は、皇居で田植えと稲刈りを神事として年間行事にされていらっしゃいますよね。」
「毎年、ニュースになってますよねぇ~。♥」
普通の田んぼでさえ、その年で最初の田植えであるハレの日に、『早乙女』という女性の役職まで設けられている。
つまりは、日本人は労働を『人のため、社会のため、自分のためになる』美徳と考え、奉仕するコトに戸惑いが無いとも言える。
―勿論、コレは全部が全部ってワケでも無いし、日本でも、職業で差別する様な心無い連中はいる。
悲しいかな、西洋や儒教の影響で損得勘定が先に立つ様になり、現代の日本は『労働が美徳』という価値観が段々と失われつつある。
それどころか、本来の純粋な『奉仕が当然』という、人々に根付いていた意識に付け込む様な悪いヤツもいて、
人をコキ使うだけのブラック企業や、妙なカルト宗教の発生原因にもなってたりするしな。
それで余計に、今では『精力的に働く』コトが、『割に合わない愚行』だと捉えられがちである。
「確かに、身体を悪くするまで働くのはどうかと思いますけど…。」
「あ~、今の日本人って、そこの塩梅を掴むのが下手ですよね~。♥個人も企業も…。♥」
「でも、日々の労働を誇りを持って楽しんで行えるのは、人生の生きがいだし、良いコトだと俺は思うぞ。」
日本では、お年寄りが現役で働いているのが、ほのぼのニュースになったりする。みんなご高齢なのに笑顔で、精力的だよな。
それも外国では『労働は罰』だから、「こんな高齢でまだ働くのか!」と驚愕の目で見られたりするんだよな。
みらんだのやっていたメイドカフェのメイドさんも、サブカルコンテンツとは言え、人や社会に奉仕するサービス業だ。
多かれ少なかれ、本心から好きじゃ無いと出来ない仕事だろう。
「思わず薀蓄話になりましたけどぉ~、そんなカンジですかねぇ~。♥」
「そんなカンジって…、随分と端折ったな。―つまり、幽霊になっても、もっとメイドさんとして働きたい、というコトだな?」
「みらんださん、ご立派です!!」
「でもー、すだま先輩ー、元のお店で働くというワケにも行きませんよー?」
うん、問題はソコだよな。幽霊が働く店とか、色んな意味で無理がある。
―あ、いや、人気は出そうか? TVとか食い付いて来そうだよな。
「おにーさんの考えてるコト、何となくわかりますけどー。それ、幽霊の規則違反ですからー。」
うぬっ!! うないちゃんにジト目で釘を刺された!!
だよなぁ。俺達幽霊は、人を怖がらせてナンボだからなぁ。接客業を陽気にこなしてるなんて、もっての外だ。
そのコトを駄冥土に話すと、
「うぇええ~!?♥ 駄目なんですか~!?♥ ゾンビ系喫茶のノリとか、あるじゃないですか~!?♥」
「好意的な接客するコトに変わりは無いだろ? ソコが規則に触れるんだよ。」
「ぐぬぬぬぬ!♥ この世に神も仏も無いんですか~!?♥」
「神様は天界にいるみたいだけどな。―で、今、お前が『仏さん』になってるだろ。」
「おぉう!!♥ 言われてみればっ!!♥」
だから、その自分の目の前で手をヒラヒラさせて『眼から鱗が落ちます』モーションするの、ヤメい!!
「京さん、何とかならないでしょうか?」
「いや、すだま、最近チョクチョクそうやって俺に振るけど、コレ、お前の仕事だからな?」
「そんなコト言われても、この『メイド喫茶』というのが、私にはよく理解出来なくて…。」
「あー…、」
言われてみればそうか。すだまは戦中派だもんなぁ。ウェイトレス業というコトは分かっても、その先が問題か…。
一緒にゲームしたり、写真撮ったり、歌ったり踊ったり、運んできたメニューにケチャップで絵描いたり、萌え魔法かけたり、
……うーむ、こうして改めて冷静に考えると、メイド喫茶のやってるコトって、スゲーなぁ…。
「おにーさん、くわしそーだから、すだま先輩を助けてあげてくださいー。」
うないちゃんもお子様だから、メイド喫茶は分からないよなぁ…。クッソ、本当に頼みの綱は俺だけか。
うーん、まずは色々確認しておくか。
「なぁ、みらんだは、人にご奉仕出来ればそれで良いのか? 幽霊で現金の給料を期待してるのか?」
「そんな贅沢なコト言いませんよぉ~。♥私は、接待した皆さんの笑顔が見たいんですぅ~。♥」
「うむ、その言や良し。―すだま、幽霊の規則では、人間相手の接待はしちゃいけないんだよな?」
「そうです。」
「幽霊相手なら?」
「それなら構わないと思いますが…って、京さん!? まさか、みらんださんに、幽霊の接待をさせるつもりですか!?」
「だって、それしか無いだろう?」
「おぉう!!♥ その手がありましたかっ!!♥」
光明が見えたかと、ぴょんぴょん跳ねて喜ぶ駄冥土。2つの丘陵地帯が大きく揺れる。
そこに思わず注目してると、冷たい目線ですだまが指摘を入れて来る。
「でも幽霊では、給仕係…えっと『うえいとれす』でしたっけ? ―としての本分の、料理や飲物の給仕が出来ませんよ?」
「誰かがお供えしてくれればー、食べたり飲んだりする気分になれますけどー、お盆や命日でも無いですもんねぇー。♥」
「ソコなんだよ、問題は。」
俺達幽霊は、墓前や亡くなった場所とかにお供えをしてもらえれば、それを『自分へ向けられた情報』として、
供えられた食べ物や飲み物の味を、自分の生きていた時の記憶と擦り合わせて再現し、味覚を疑似体験出来る。
重要なのは、お供えは、生きている人からの好意であり、向こうからの一方通行だというコトだ。
こっちが催促したり買ったりして、自分がその時に好きなモノを飲み食い出来るワケでは無いのだ。
これは、俺達幽霊が基本的に食事が不要だからという、何ともやるせない理由に尽きる。
ただ、幽霊に食欲が無いワケでは無い。
すだまから聞いたが、戦時中に戦禍で亡くなった人の中には、食糧難からの餓死や、火災での焼死もあるそうで、
猛烈に「お腹一杯食べたい」「水が飲みたい」という未練を残しているというコトだ。
そういう幽霊達は、肉体が無くなってしまったから物理的な満足感が得られず、なかなか充足感が得られないそうだ。
お供えされても、それで感じる味覚はあくまで疑似体験。肉体も無いから食欲中枢を満足させるコトも出来ず、満腹にはならないのだ。
だから飲食では成仏が難しく、それ等を経て、別の精神的な満足感「家族や知人に愛される」「周りに理解される」等が必要らしい。
そこが、人間が『鬼畜生』に堕ちるか、成仏出来る『心ある生き物』になるかの分水嶺なんだろうな。
即ち、幽霊を『お客』にしても、注文された料理を提供…、飲食出来ない様では、食欲としての満足感は得られず、意味が無いのだ。
俺がソコの問題点を語ると、一同は一様に難しい顔になってしまった。
―が、駄冥土が何かに気付いた様で、一瞬、ヤツの頭の上に電球が灯ったのが見えたかと錯覚した程に、パァッと笑顔になった。
「ご主人様の今の話だと~、物理的満足感を、精神的満足感に擦り替えれば良いってコトになりませんかぁ~?♥」
「ん? まぁ、そういうカンジになるか。ぶっちゃけ…。」
「だったらイケますよぉ~!!♥」
「どうするんですか? みらんださん?」
「フッフッフ、我に秘策アリ…!!♥」
「その真横向いてからの、エアメガネをクイッしてのでキラーンはヤメろ!!」
―大丈夫なんだろうか、この駄冥土…。