15「まつりごと」
※本来は去年の秋に投稿する予定でした。
が、そこで元総理が凶弾に倒れるという事件が起こり、『死』という内容を鑑み、投稿を控えていました。
ご了承の程。
某月某日。一人の国会議員が亡くなった。
所謂『金帰火来』、―『週末は地元に帰って地盤固め。週明けて国会に登庁するという風習』が国会議員にはあるが、
先週、地元の事務所に戻って来ての宴会中に、突然倒れて病院へ運ばれた。
だが、時既に遅し。病院に着いた時には息を引き取っていた。
その議員は名前こそ、そこそこ有名だったが、どちらかと言えば悪名高い方で、所属していた政党も支持率ひとケタの飛沫政党。
SNSにトンチンカンな持論を並べては、一般人からも突っ込まれ慌てて削除する。―なんてコトが日常茶飯事だった。
それ故に、ニュースでも当日に数回、死亡発表が流れただけ。
後は日々の雑多な出来事に埋もれ、世間からはあっという間に、2日と持たず本当に綺麗サッパリと忘れられていた。
―俺、不条理 京は幽霊である。平々凡々たる人生を送っていた俺には、これと言って野心も欲望も無い。
お金は暮らせるだけあれば良いし、有名人になりたいとも思わない。ただただ平和に安全に生活したい。そう思って生きて来た。
されど今じゃ、うだつの上がらない浮遊霊。
幸いにして、技術大国、経済大国、治安最良のこの国においては、それらの望みはさして難しいコトでは無い。
だが、そんなささやかな想いすら叶わない国も、世界にはまだまだ多いのだ。
「九輪名 誠司さんですね。死因は酒の席での突然死。急性アルコール中毒ですか。―お酒はほどほどにしないといけませんよ。」
「は、はぁ…。」
すだまがいつもの様に、死因と手続きを読み上げている。それを不思議そうな表情で見ている新人幽霊が1体。
背広姿の男性だ。歳は40代ってトコだろうか。まだ自分が幽霊になった自覚が薄く、どことなく上の空だ。
まぁ、幽霊になったばかりの人には、これは通過儀礼みたいなモンだな。誰だっていきなり自分が幽霊になったと言われたら戸惑う。
―ん? この男性の名前、『九輪名 誠司』って言ったか? 思わず俺はその男性に尋ねる。
「あれ? 貴方、ひょっとして、国会議員の九輪名 誠司!?」
「え? あ、はい。そうです。」
「やっぱり! どこかで見た顔だと思ってたんだ。そうかー。亡くなってたのかー。ご愁傷様でした。」
俺は九輪名さんに向かって手を合わせる。九輪名さんは良く分からないといった感じで、俺に会釈で返す。
「あ、いや、はい。ご丁寧にどうも…?」
―んんん? この人って、生前、こんなに弱腰な雰囲気だったっけか?
いつも先頭に立って、口角泡を飛ばし、用意したフリップをバンバン叩きながら現政権を理由も無しにあれこれと批判してた
徹頭徹尾タカ派の若手リーダー! ってイメージしか無かったんだが…。
幽霊になったコトをまだ受け入れ切れていなくて、動揺してる…とか?
その九輪名さんが、すだまに恐る恐る尋ねる。
「あのう、私は本当に死んで…幽霊…になったん…ですか?」
「そうですよ。―ほら。」
すだまは俺にした時と同じ様に、手を相手の胸に向けて突き出し、背中側まで貫通するコトを見せる。
肩越しに振り向き、驚きつつもそれを確認する九輪名氏。
すると、表情が一気に明るくなった。
「おぉおおおおおおお!!! 本当だ!! 死んでる!! 死んでるぞーっ!!!」
何だ? ヤケにテンション高い死亡確認だな。まるで、死んで良かったみたいじゃないか。
「やった!! 開放された!! 死ねた死ねた!! ハハハハハハハハ!!! よーし!! よしよし!!」
―みたい、じゃ無くて、本当に喜んでたよ。天に向かってガッツポーズしてるし、大丈夫か、この人…?
あーあ、すだまも面食らってるわ。
「え、えっと、その、そんなに嬉しいです…か?」
「はい! 勿論です!! これでやっと…、やっとあの大馬鹿連中と手が切れました!! あぁ、本当に良かったー!!」
うん? 『大馬鹿連中と手を切る』? どういうこっちゃ?
俺は興奮気味の九輪名氏に、クーリングタイムを兼ねて尋ねる。
「あのぉ、九輪名さんの言ってる『連中』って、誰のことですか? 生前、何があったんですか?」
「え? あぁ、そうですね。私ばかり舞い上がってしまってすみません。―順を追ってご説明します。」
―九輪名氏は、元々は地方の代議士の二世だった。親亡き後、『父親の雪辱戦』とかいうお涙頂戴のフレーズで立候補。
得票数は2位でまずまずだったが、その地方の定員が1名だったので敢え無く落選。
落選したことで、地元から、生前立派だった父親と比較されるコトを恐れた九輪名氏は、何が何でも議員になりたくて、
ついつい、時には仲間を装うある飛沫政党からの巧みな誘惑に乗り、手の込んだ落とし穴にハマってしまった。
次の選挙では、その飛沫政党の旗頭として大々的に神輿にされ、結果、比例代表で敗者復活を成し遂げ、念願の国会議員に。
「でも、そこからが地獄の始まりでした…。」
国会議員という肩書欲しさに目が眩み、事前に調べてもいなかったのだが、自分の入った飛沫政党は最悪の党だった。
万年野党なコトは勿論、政治活動らしいコトは何も無く、するコトといえば、現政権の与党の足を引っ張るだけ。
党員は、政権を支配したがるマジシャンや、妙な宗教団体とつるんでる怪しげなエスパーみたいな、胡散臭い連中ばかり。
毎日、絵空事の様な美味しい話を政治目標に掲げてはいるが、何の実績も伴わない。そんな、支持率ひとケタが当然のクズ政党だったのだ。
「で、党員の私にも、それらの行動を要求するんですよ。そうしないと運営資金は出してやらないって言われて…。」
「うひゃあ…。」
「もう恐喝ですね、それ。」
「与党のアラ探し、審議拒否、そのためのデタラメな理屈付けと、それがバレたり失敗した時の言い訳作り。その毎日でした。」
「ネットでも散々言われてたけど、マジで全然、仕事してねーな。」
「でしょう!? でも、そんなコトやってても、お給料はちゃんと出るんですよ。コレが最初、一番驚きましたね。」
「議員さん達のお給料って、国民の血税じゃないですか! 酷いです!!」
「いやはや、本当に申し訳ありません…。
―でも、麻痺して来るんですよ。段々と。楽して稼げる快感が勝る様になって、政治なんてチョロいとさえ思ってしまうんです。」
「それで、気が付いたら、九輪名さんも同じ穴のムジナになっていた…と。」
「そうなんです。全くもってお恥ずかしい限りです。」
さっきまでの異様なテンションから一転、九輪名さんはしょげ返って、初対面の俺達に頭を下げている。
良くも悪くも人には『慣れ』というモノがある。
どんな高級なサービスも毎日受け続けると、それが日常となり、サービスされて当然の様に思えて来る。
そして、そのサービスが受けられなくなると、今度は大きな不満感を覚える。最初のプラマイゼロに戻っただけなのに、だ。
余談だが、この人間心理をコントロール出来ず失敗したのが、某大手ハンバーガーチェーン店と牛丼チェーン店だ。
客を増やすために値下げ値下げのサービスを乱発し、そのサービス期間が終えたら、以前より客足が遠のいてしまった。
客は最安値で買うコトに慣れてしまい、元の値段に戻っただけなのを『値上げされた』と受け取られてしまったからだ。
九輪名さんもそれと同様で、その飛沫政党は仕事もせずに給料貰ってたら、それに麻痺して、
とうとう仕事しないのが当たり前になってしまったワケだ。
「そう言えば、当選した癖に、海外に逃げて議会に1度も出席せず、それでも議員ボーナスもらう様なヤツもいたしなぁ…。」
「本当にお仕事しないんですね。もっての外です!」
「でも、仕事しないのならまだ良いですよ。…いや、いけないんですけどね。いけないんですけど、
―もっといけないのは、仕事せずに、意図的に現政権の足を引っ張り、国政の邪魔ばかりしていたってコトです。」
「それだよなぁー。そのクセ、『じゃあ、お前等ならどーすんだ?』って聞かれても、ロクに対案も出さなかったもんなぁー。」
「嘆かわしいですねぇ。」
「えぇ、思い返しても、酷いモノでした。
そもそも、選挙で支持された現政権を根拠も無く否定するというのは、それを支持した国民まで否定する様なモノですからね。
兎に角、日本のコトを悪く言えと。それだけで無く、特定の団体や国に忖度しろとまで言われたのには、正直参りました。」
「それって、もう国会議員じゃ無くて、ただのスパイ…工作員ですよね。」
「仰る通りです。―で、根拠も無しに悪く言わないといけないんですから、当然、嘘や誇張や感情論、底の浅い持論が入ります。
そうすれば、国民からそこを指摘されるのは当たり前です。党が支持されなくなるのは目に見えていますよね。」
「領収書偽造して、SNSの連中に一発で見破られてた奴がいましたっけ。」
「あれも、私はヤメましょうって言ったんですよ。でも、本人は自信満々で『これで与党を追い込める!』って息巻いてました。」
「杜撰ですねぇ…。」
「日本のコトなんか考えていないクセに、何かあれば『国のため』『国民のため』と二枚舌を振るう毎日でしたからね。」
「あぁ、九輪名さんもそこんトコ、結構SNSで吠えてましたよね。」
「いやぁ、あれも嫌々でした。でも、国民の皆さんはよく見てますよ。理路整然としたダメ出しがすぐに来る。
で、党首からも『炎上は避けろ』と言われてたコトもあり、投稿を削除していたワケですが、心の中では消せてホッとしてましたね。」
そう言って苦笑する九輪名さん。
うーむ、相当に自分の中でも葛藤していた日々だったみたいだな。
―死んだコトで政党との縁が切れ、清々とした表情の九輪名さんとの、生前には言えなかったぶっちゃけた与太話が続く。
「―ほら、アレ酷かったですよね。党で掲げていた『消費税の撤廃』。
それによる税収の不足分をどうするんだ? って問われて、返した台詞が『与党の埋蔵金を探し出します!』ってヤツだったの。」
「あぁ~、それ、もう言わないで下さい。あれは自分でも『何言ってんだ、俺!?』って気分でしたから…。」
九輪名さんは、恥ずかしさの余り赤面しながら手をブンブンと振っている。
「完全にお芝居だったと?」
「そりゃそうですよ! ちょっと考えたら、一般の人だってあんなオブジェクション通るワケが無いって分かりますよ!!」
「『おぶ…ぜくしょん』?」
すだまが首を傾げている。
おっと、戦中派のすだまには耳慣れない言葉だったか。ここは現代人の俺が説明してやらねばなるまい。
「すだま、オブジェクションは、『異論』や『反論』って意味だよ。」
「成る程。そうでしたか。」
「で、選挙の時も、九輪名さんの政党から出馬した候補者みんな、有権者からそこツッコまれてましたもんね。」
「でしょう? そんなアジェンダ挙げたって、誰も信じませんよね。党はそれすら理解出来ないんですよ。」
「あの、京さん、『あぜんだ』とは?」
「アジェンダは『公約』のコトだよ。あー、今の政治家は、やたら横文字用語を使うからな。すだまには厳しいかも知れない。」
「あぁ、それそれ。そうなんですよ。『若い世代にアピールして、老人達を煙に巻くには必須だ!』って党から言われて、
私も分かった風で無理矢理に使ってました。それで、今でもついついクセで出てしまいます。
すみません。日本人に向けて喋るなら、日本語の方が良いに決まってますよね。」
そう言ってすだまに謝る九輪名さん。
「うーん、私の時代にも、自分を賢く見せようとワザと文語調で喋る方がいましたけど、変わりませんねぇ。」
昭和初期にも、そんなヤツがいたのか…。
『昨今ノ政、ソノ気概衰エシコト、甚ダ慙愧ニ堪エズ。イト愚カシキ哉。』とか言ってたのかね?
現代でそれやったら、絶対『厨二病』って思われるだろうな…。
九輪名さんのぶっちゃけトークは止まらない。本当に生前は我慢の連続で、相当ストレスが溜まってた様だ。
「自分達で勝手に議会欠席しておいて、そのせいで会議が進まなければ『現政権は怠けている』『時間を無駄にしている』と与党のせい。
反対に、それでも会議が進めば『我々を無視した』『少数意見を切り捨てる非情』と言って、やっぱり与党のせいにする。
ハッキリ言って頭オカシイですよね!! その原因は空転させてる自分達なのに!!」
「国会1日開くだけで数億円掛かるんでしょ? 空転させてるそいつ等が、給料もらわずにそのカネ払えよ!! ってハナシだよなぁ。」
「全くです。それで『我々は現政権にダメージを与えられた!!』って本気で思ってるんですから、信じられなかったですよ。
―で、本当に縁を切りたくなったのが、某メディアに献金してたコトが判って、その金額を知っちゃった時でしたね。」
「あ、バレて報道されて、内ゲバ起こしたヤツですか。」
「醜かったですねぇ。こりゃ危ないと思ったら、平気で裏切ってアッサリ批判側に回る。良く出来るな、って、逆に感心しましたよ。」
例えてみれば、学校で不良達の万引きがバレて、先生に怒られそうになると、その中から必ず
「いや、俺はヤメようって言ったんですよ!」とか、いけしゃあしゃあと言い出す奴が出て来る様なモノだ。
「そんなコトしてだいじょうぶなのか聞いたら、『国会中は、我々には誰も手は出せん!』と、笑ってましたからね。」
「あぁ、不逮捕特権か。」
「何ですか? それ?」
「国会議員は、国会開催中は逮捕されないんです。どんな事件を起こそうとも。」
「えぇ!? 出鱈目じゃないですか!?」
「まぁ、一応、理由はあるんだよ…。」
『不逮捕特権』
どんなに良い議題を掲げていても、それを気に食わないと、苦々しく思う連中がいる。
もし、そんな連中が、その議題を掲げる議員を陥れ、事件を起こさせたり、冤罪を吹っ掛けたりしたら、どうなるだろう。
審議は中断、議会はご破算。下手をすればその議題も白紙に戻ってしまうかも知れない。
そんなコトが起こらぬために、国会が開いている期間中は、議員は逮捕されないというコトにして、
誰も議会の邪魔が出来ない様にしたのである。元々は『正義のため』の特別措置だったのだ。
だが、腹黒い連中は、これを『何をしても許されるボーナスタイム』『絶対逮捕されない安全地帯』と解釈した。
そして、大手を振って平然と悪事を重ねるコトの出来る『悪のため』の、選民意識バリバリ特権になってしまったのである。
「悪い人達がいるものですねぇ…。」
「政治家は国民の公僕だってのにな。まるで大昔の貴族みたいな、上級国民だと勘違いしてやがるもんなぁ。」
「何ともはや、仰る通りです。もう、漫画に出て来る悪の組織が、可愛く思えますよ。いえ、ホントに…。」
「それで九輪名さんは、そういう日常が嫌になって、自殺を思い立ったというワケですか。」
「あー…、そういうワケでも無いんですが…。もう精神的に限界だったんでしょうね。酒の量がどんどん増えていきまして…。」
「うわー…。」
「死亡した当日も、料亭での宴会で『現政権妥当!』と言う名の無茶苦茶な作戦を押し付けられまして。そこでキレました。
今の日本、先にやらなきゃいけないコトが山程あるというのに、頭の中は自分達の政党のコトばかりで…。
もうやってられるか!って気分になって、周りが止めるのも聞かずに、並んでいた酒を手当たり次第にガブ飲みしました。」
「そ、それで、急性アルコール中毒か…。いやはや、一番やっちゃイケナイ飲み方しましたね。」
「はぁ、今から思えば愚かな行為でした。あの大馬鹿連中は兎も角、料亭にまでご迷惑掛けてしまったのは悪かったなと思っています。
―それで、あの後どうなったんでしょうか? そこで記憶が途切れたので何も判らず、気にはなっていたんです。」
自分の死亡後の出来事が知りたいと言う九輪名さん。そこは俺に任せて欲しい。
俺は日々の幽靈ライフで、街の飲食店や病院、デパート等に入っては暇潰しにTVを観ていたので、報道で大体のコトは知っている。
―ただ、自分で好きなチャンネルに変えられないのがネックだけどな。
幽霊として練習すれば、物に触れたり動かしたりも出来るんだけど、今の俺じゃまだ無理だ。
出来たら出来たで、ポルターガイスト現象として『勝手にチャンネルが変わるTV』とか、ワイドショーで特集されそうだけど。
おっと、横道に逸れた。九輪名さんの死後の話だったな。
事件は自宅では無く、宴会場での出来事だったので、その場に居た党員や関係者が洗いざらい調べられたとのコトだった。
自分達の党に降って湧いた、余りに突然の死亡事故。そこで即座に対応出来るオツムの良い者はそうそうおらず、
警察が現場にやって来て、そこで初めて『マズイ証拠を隠滅しなくては!』と、思い出したらしい。だが、時既に遅し。
現場保持と証拠隠滅を防ぐため、その場にいた全員のスマホは没収され、自宅や党本部へ、証拠隠滅の指令が送れなくなってしまった。
その結果、即日で政党助成金の悪用、帳簿の改竄、カルト宗教への賄賂、TV局への圧力、某国との癒着が芋づる式にバレて、
結果、党員が相次いでの『トカゲの尻尾切り』という名の辞任。それでも騒ぎが収まらず、党首もスピード辞任に追いやられたんだっけか。
このニュースが広まると、元々ヒト桁だった支持率が更に下がり、最早、党解体も時間の問題かと言われている。
そのコトを九輪名さんに話すと、まぁ、満面の笑みをたたえて喜んだ。
「そうでしたか!! 遂に連中にも鉄槌が下りましたか!! 私の死は無駄にならなかったんですね!! 良かったー!!」
「いえいえ、良くはありませんよ。九輪名さんが自殺という悪行で人生を終えたのは事実なんですから。」
はしゃぐ九輪名さんをすだまが諫める。そうだ。自殺には幽靈になった後にもペナルティがあるんだった。
俺達幽靈は、この霊体を維持するためのエクトプラズムを幽靈の仕事をするコトで稼ぎ、天界から供給を受けている。
だが、自殺した者には、このエクトプラズム供給量が減らされるのだ。悪い死に方をしたから減俸されるというワケである。
そのコトを九輪名さんにレクチャーすると、神妙な面持ちになって、
「成る程…。いや、当然です。生前も国民を欺いて、悪いコトを散々して来たんです。減俸で済むなら甘い位ですよ。
本当なら、国のコトを考えないで私利私欲に生きた政治家や議員は、全員揃って地獄に行くべきなんですから。」
「あ、地獄行きはありますよ。」
「そうなんですか!?」
「え!? そうなの、すだま!?」
サラッと地獄のコトを言い出したすだまに、俺と九輪名さんは驚いて身を乗り出す。
すだまは俺達に説明する。
「えっと、管轄が違うので詳しいコトまでは知りませんが、幽霊になって、現世コースやあの世コースを経験しても、
一向に生きていた頃の悪行を反省しない方々には、地獄での素晴らしい研修コースが待っているそうです。」
「魂のブートキャンプかよ!!」
研修コースって、針の山とか、血の池とか、引き裂きとか、釜茹でとかのアレか!?
『ヘェーイ! 俺だ、地獄の鬼ボビーだ! 今日も俺達のゴキゲンな地獄巡りで、理想のクリーンな魂をゲットしようぜ!』
『OK! 血の池で溺れたら、次は針の山にレッツチャレンジ!』
『そうだ! まだまだイケる! もう1セット! 今度はもっと針を深く身体に刺してみよう!』
『釜茹でが熱い? 熱いのは効いてる証拠ぉ! ほらほら、魂が綺麗になって行くのが分かるだろぉ?』
『さぁ、ラスト1分!(と言いつつ、エンドレス)』
―とか、地獄の鬼達がやってる光景が脳裏に浮かぶわ!
しかし、九輪名さんはブルブルと頭を振って反論する。
「いやいや、悪どい奴なんか、平気で『反省しました~! 許して下さい~!』って嘘つきますよ。 涙だって自在に出せるんですから。」
「そんな高度な嘘泣きスキルあるんですか!? 悪人って凄ぇな!!」
「大丈夫ですよ。幽霊は魂だけの存在です。そんな見せ掛けだけの反省、魂を見れば一発でバレますから。」
「おぉ! そうなんですか!! それは良かった!! あの大馬鹿連中がいつか死んで幽霊になった時が見ものですね!!」
「九輪名さん、気持ちは分かりますけど、そんなにウキウキしちゃダメですよ。」
「あっと、これは失敬! 連中の悪事を間近で見てきた身ですので、この憤りが晴れると思いましたら、つい…。」
「幽霊は魂だけだから、感情に正直だもんなぁ。」
悪い奴、自分が気に食わない奴、そういった者が亡くなると、内心ホッとしたり喜んだりしてしまう。それが人間である。
だが、死は誰にでも等しく訪れる。今日明日は自分の番かも知れないし、自分が死んで喜ぶ奴だっているかも知れないのだ。
―そう思うと、本当にやり切れない。そういうのも『人と人の繋がり』って言うのだとしたら、悲し過ぎる。
そんな憎しみのコミュニティだけしか思い出にないまま亡くなる人は、地位や名誉、金があっても、絶対幸せじゃ無いと思うのだ。
少なくとも自分が死んだ時に、「アイツが死んで良かった!」と、そう思われたくは無いよなぁ…。
幽霊になった身体に、風が吹き抜けて行く。その虚しさだけしか残らない。
そして、すだまは九輪名さんに、いつもの選択を突き付ける。
「―それで、九輪名さんは『現世コース』と『あの世コース』、どちらを選ばれますか?」
『現世コース』は、俺みたいにこの世で浮遊霊や地縛霊、守護霊となるコース。
『あの世コース』は、所謂、キッチリ成仏して、次の人生に備えて魂の浄化に務めるコースだ。
九輪名さんは、ちょっと考えていたが、キリッとした表情で澱みなく返答した。
「そうですね…、『あの世コース』でお願い出来ますか。」
「え? 九輪名さん、成仏しちゃうんですか?」
「はい。私の様な生前に愚行を重ねた馬鹿は、現世に居着いても、また誰かにご迷惑を掛けるだけでしょう。
ですから、さっさとあの世に行って自ら地獄行きを志願して、魂をサッパリ洗濯しようと思います。」
「そ、そうですか…。」
地獄行きを自ら志願するとか、凄い度胸だな。それだけ自責の念が強いんだろうな。
九輪名さんは空を見上げて呟く。
「もし、生まれ変われたなら、今度こそ、小さいコトでも良いから、国のお役に立てる人物になりたいですね。」
「九輪名さん。貴方は立派な方…になれたハズだったんでしょうね。きっと…。」
魂まで真っ黒な連中に利用され、飲み込まれ、性格が真面目なだけに抜け出せず、翻弄されて人生が終わってしまった。
九輪名さんみたいな『加害者にさせられてしまった被害者』って、きっと他にも大勢いるんだろうなぁ…。
すだまが最終確認をする。ここでの返答で、もう変更は効かなくなる。
「それでは、本当に『あの世コース』でよろしいですね?」
「はい。もう現世のしがらみの中で生きていくのは沢山です。次は真っ当な人生を送りたいと思います。」
九輪名さんは心底、人付き合い…カネと権力の横行する世界に疲れた様だ。
それが彼の決めた結論なら、もう何も言うまい。
あの世は本当に退屈なトコロらしいが、現世での疲れを癒やすには、むしろそっちの方が良いのかも知れないしな。
「すだまさん、不条理さん、短い時間でしたがお世話になりました。最期の最後に貴方達の様な人に出会えて良かったです。
こんな私にさえ、人間、まだまだ捨てたモンじゃ無いと思い直させてくれて、本当にありがとうございました、さようなら…。」
九輪名さんはにこやかに手を振りながら、上空から差す光の中へ昇天して行く。
俺達も手を振って見送る。せめて、彼の来世に幸多かれと。
「―行っちゃったな。」
「はい。」
「九輪名さんは…どうして死んだんだろう…。」
「はい? ―それは、お酒を一度に飲み過ぎたコトで…」
「あぁ、そういう意味じゃ無くてさ。」
「―?」
首を傾げるすだまに、俺は正直な胸の内を話す。
「生きてりゃ楽しいコトも、嬉しいコトもあるだろう。だけど反対に、苦しいコト、ツラいコトもある。それは分かっている。
―でも、本当に死ぬしか、それから逃げる方法は無いのかな…。『死』は絶望なのかな。それとも救いなのかな…。」
病気や怪我、虐待や迫害、そういったコトで『死んだ方がマシだ!』と思う人も、この世界にはまだまだいるコトだろう。
でも、『死んだ方がマシ』と言いつつも、死んだコトは無いのだから、誰も正確な比較をしたワケじゃ無い。
それでも死を選びたくなる状況がある。時には、人生つまらないという理由で死ぬ若者もいる。
それは、みんな『死』というモノを知らないからこそ、平気で死を選べる、とも言えるのだが…。
だから思うのだ。『死』は絶望なのか。それとも救いなのか…。
「それは…、私にも分かりません…。
でも、現世での人の終着駅が『死』である限り、生きている人達には、もっと死に方を考えて欲しいと思います。」
「死に方か…。」
すだまが言ってるのは、『死ぬ手段』という意味では無い。『自分が死ぬまでに何を成せるか』という意味だ。
―これは別に、偉業を成せとか、必ず幸せになれとか、そういう義務的なコトじゃ無い。
俺も幽霊になったから何となく分かって来たけど、
死んだ時、振り返ってみて、自分の歩んで来た人生の『道』がそこに1本、迷い無く真っ直ぐに通って見えるかどうか、
そういうコトなんだと思う。
ゴメン。感覚的過ぎたかな。今の俺には、まだそうしたボヤッとした表現しか出来ない。
―俺、不条理 京は幽霊である。最後に投票に行ったのはいつだったか。
生きている内に、自分の生きる国に意見を言える機会が与えられているというのは、素晴らしいコトだと俺は思う。
自分の投票が活きるか否かよりも、『自分の意志はここにあるのだ。自分はこの国で生きているのだ。自分はこの国の民なのだ。』と、
そう態度に表すコトこそ、まずは重要なのではないだろうか。
死んだ後では、残したモノ達に文句も言えないのだから。