14「然らぬ梟悪その2」
「あの、そこの皆さん、」
誰かが、そう呼び止める声がした。
俺達、幽霊のコトでは無いだろうと思い、そのまま歩いて行こうとすると、
「あぁ、行かないで下さい。―聞こえませんか? 私の声…。」
―え!? 俺のコト!? まさか。
「京様。あの方が、こちらをガン見していらっしゃいますわ。」
「ガン見って…、メリーさんと付き合って俗な言葉教わったな? 綾乃さん…。―って、俺達を見ているって!?」
「京さん、あの人です!」
綾乃さんとすだまが揃って指差すのは、商店街の一角にある占いグッズの館。
その店頭に、黒い布を敷いた簡易な折り畳みテーブル。そして同様に折り畳みの椅子。
そこに座って俺達に呼び掛けたのは、魔法使い風のフードを被った占い師の女性だった。
「この女性が俺達のコトを?」
「そうです。―あ、少し普通の人より霊感が強いですね、この人。もしかしたら、本当に私達のコトが見えているのかも知れません。」
「え、マジか!?」
「―あぁ、良かった。気付いてくれましたね。5人もいましたので、1人位は声が届くのでは無いかと思ったのですが…。」
―うわ、人数合ってる!! 本当に見えているみたいだな、この女性…。
「えっと、俺達が判るんですか?」
「―皆さんはいわゆる浮遊霊、ですか?」
「貴方は霊感を持ってるみたいですが?」
「―あ、決して、幽霊の皆さんに害を及ぼしたりはしません。安心して下さい。」
―あれ? 会話が成り立っていない? どうなってんだ?
「不条理さん、どうやら彼女、僕達の存在は認識出来ても、声までは聞こえていないんじゃないでしょうか?」
「え? そういうコトなのか?」
「うーん、確かに、霊との会話や交信が自在に出来る様になるには、相当に霊感が強く無いと駄目ですからね…。」
『恐山のイタコ』クラスじゃないと無理ってコトか。
でも、これじゃ意思疎通が出来ないままだ。こんな機会、滅多に無いので俺は非常に興味が湧いている。どうにかしたい。
「そうだ! 転田さんに紙に書いてもらって、筆談出来れば…、」
「うーむ…、やれと言われれば出来ますが…。京クン、それをやって良いのですか? ハイ。」
「え? あ、そうか。幽霊が過度にフレンドリーになっちゃいけないんだっけ。」
俺達幽霊の使命は、まだ生きている人達に『死にたくない』『もっと生きていたい』という活力を与えるコトだ。
だから、自殺させないためにも、あの世が楽しいと思わせてはならない。変に友好的な態度はNGなのだ。
現代っ子が死んで幽靈になったとしても、彼等を写した心霊写真が陽気な写メやプリクラ調にならない理由がそこにある。
―そう俺が困っていると、ローブを被った彼女が、1枚の紙を広げた。
「―も、もし、よろしければ、コレでお話を…。」
その紙には『YES』『NO』を始め、数字、50音、アルファベット、方角が書かれている。そしてその上に乗せられた10円玉。
「あ、京様、これ『ウィジャ盤』ですわ。生前、入院中に、オカルト誌で見たコトがあります。」
「僕も知ってます。でも、10円玉を使うとか、日本の『コックリさん』とのミキシングになってますね。」
あぁ、成る程。コレで文字を辿って言いたいコトを伝えるワケか。
俺はすだまに確認を取る。
「なぁ、すだま。コレを使うなら大丈夫か?」
「はい。これなら向こうが『降霊した』という形になりますからね。―でも、滑舌良くペラペラお喋りしちゃ駄目ですよ?」
「分かってる、分かってる。」
俺はこの中でただ一人、物に触れられる転田さんに10円玉を『YES』の上に滑らせてもらう。
その瞬間、ローブの彼女は目を見開いた。
「―つ、通じた!! ありがとうございます! ―皆さんは浮遊霊ですか?」
―YES
「動きがかなり澱んでいましたが、困ったコトがありますか?」
動きが澱んでいたって…、確かに間弐亜さんのコトでみんなして悩んでいたけど、そんな風に感じられたのか。
でも、これはチャンスだ。彼女が俺達と間弐亜さんの毒女との橋渡しになってくれるかも知れない。
―YES
「やはりそうでしたか。―私がお手伝いしても良いですか?」
願ったり叶ったりだ。
―YES
と言うか、この彼女、こんなに俺達幽霊にホイホイ乗って来ちゃって、平気なのかな?
ちょっと聞いてみようか。
―こ わ く な い ?
「はい。全然。皆さんは『悪い色』をしていませんから。」
悪い色? そこに間髪入れず、すだまが答える。
「多分、エクトプラズムのコトだと思います。
私達、真面目に活動している幽霊は、天界から精錬された純度の高いエクトプラズムの配給を受けています。
ですが、悪霊達は強い怨念を持っていたり、生きている人間から、その生きている人の情報が混じったエクトプラズムを奪っています。
それが純度の違い…、霊波の波長の違いとなって、色として認識されているんだと思います。」
おぉう。そういうコトか。水だって不純物があると濁って見えるもんな。
「確かに心霊写真とか、ヤバ目なのは赤いのが多かったですよね。アレって、こういう意味だったんですねぇ。」
「こうして幽霊になってみないと、分からないコトばかりですわね。」
感慨深げにする間弐亜さんと綾乃さん。
占いの女性は、次の質問をして来た。
「―えっと、お手伝いは、どうしたら良いですか?」
「間弐亜さん、ここから住んでたアパートは、どの方角ですか?」
「ここからだと…こっちですね。」
―北東
紙に書いてある方角に10円玉を滑らせ、アパートの方向を指し示す。
「こっちですね。分かりました。」
占いの女性は、手早くテーブルと椅子を店内にしまうと、入り口のプレートを『CLOSED』にする。
そして、示した方角へ歩き出してくれた。
その後、交差点や分かれ道に当たる度に方角を伝えて、10分程で間弐亜さんの住んでいたアパートに到着。
しかし、毒彼女はいなかった。そりゃまだ検分の途中だもんな。誰かが自殺した部屋にも居たく無いだろうし。
その代わり連絡用にと、泊まってるホテルの住所と部屋番号が玄関ドアに貼られていた。
これ等の物々しい雰囲気で察したのか、占いの女性は怪訝な表情になった。
「―これって…、もしかして、皆さんの中のどなたかが亡くなったコトへの未練ですか?」
惜しい。間弐亜さんは死んだコトに関しては、もう切り替えが出来ている。
未練は、グッズの行方と、それを黙って売り払い、その金を横領するという、犯罪を起こした毒彼女への憤りだ。
俺達は、毒彼女が滞在しているホテルに向かいながら、これまでの経緯を簡潔に、ウィジャ盤で占いの女性に教えた。
「―それは酷いですね…。さぞかし無念だったコトでしょう…。」
占いの女性は、間弐亜さんに深い同情の念を抱いてくれた様で、涙目になっていた。
「私も、こうしてオカルトに傾倒していて、親に『気味が悪いし、世間様に奇異な目で見られる!』と日頃から言われていましたし、
何度か占いやまじないの用具を捨てられそうになったコトがありました。他人事ではありません。」
おぉ。この占いの女性も『仲間』だったか。
やっぱり、平気で人のモノ捨てようとする家族って、当たり前の様にいるモンなんだなぁ。虚しくなるね。
「その方の痛恨事は大変良く分かりました。出来る限り、お手伝いします!」
占いの女性は力強く、そう言ってくれた。
自分の好きなモノを勝手に捨てられて、しかもそれが実際は売られていて、更にはその金を着服されてたんだもんな。
誰に聞いたって、普通に憤慨モノなのは間違い無い。
「これは心強い味方が出来たなぁ。」
「私達、幽霊との橋渡しをなさってくれるのは嬉しいですわね。」
「すだまさん。こういうのはセーフ、アウト、どちらなんでしょうか? ハイ。」
「うーん…。本音を言えば、親族以外でこうした生きている方との過剰に親密な接触は控えてもらいたいのですけど、
さりとて、『あの世が幸せ』と謳っているワケではありませんし、亡くなった間弐亜さんの無念を晴らすためでもありますし…。
―もう今回は私、何も見なかったコトにしようかなー、と思います…。」
どうやら幽霊ガイドの立場としては、今回、俺達がしているコトは、幽霊のルールに抵触するか否か滅茶苦茶に微妙なライン、
限りなく判別の難しいグレー中のグレー案件らしい。すだまにも苦労を掛けるなぁ。本当にすまん。
そんな会話をしつつ、俺達は駅前のホテルに来た。
毒彼女はアパート現場検証の間、代わりにこのホテルに滞在しているらしい。
エレベーターに乗って、滞在先の部屋に向かう。
「お、凄い。ちゃんと『G』が体感出来る。」
「うわぁ、本当ですね。幽靈だからすり抜けるかと、ちょっと不安だったんですけど。」
予想はしていたんだが、エレベーターの起動時に身体に掛かる重力が幽靈になっても体感出来たので、俺はちょっと感動した。
幽靈になりたての間弐亜さんは、身体をペシペシと叩いて感動している。
「わたくしも最初は戸惑いました。でも、過去の経験がフィードバックされると、京様に教わりましたの。」
「あぁ、遊園地に行った時か。」
「はい。とっても楽しゅうございましたわ。また是非、連れて行って下さいまし。」
綾乃さんと一緒にジェットコースターに乗ったんだっけ。シートに座った綾乃さんが、今の間弐亜さんと同じ様に、
コースターが発進したら、座席をすり抜けて置いて行かれるかと心配してたんだよな。
俺達幽靈は肉体を持たない精神だけの存在だ。だから、逆に言えば精神の持ち様が全てなのだ。
生きていた時と同じ感覚でいれば、体験した過去の情報を元に、それなりの感覚が再現されるというワケである。
「―京さん、楽しかったんですか。デレデレしちゃって、そうですか。」
「いや、そのネタ、もう蒸し返すなよ!!」
このすだまから来る謎の冷気も、生きていた時の何かの感覚の再現なのだろうか? そんなコトをふと考えてしまう。
「―? 今、何か怨念に近い『気』を感じた様な…?」
占いの女性がビクッと身を震わせ、辺りを見渡していた。―うん。この人の霊感、結構イイ線行ってると思う…。
毒彼女が泊まっている部屋の前に到着。
占いの女性がチャイムを鳴らす。すると、ドカドカという足音が近付いて来て、バタン! とドアが開いた。
そして開口一番、
「ちょ、遅いじゃない!! ワイン位さっさと持って来て…、―え? ホテルのボーイじゃ無いの?」
何だこの毒女!?
仮にも恋人が亡くなったってのに、悠々とホテル暮らし楽しんで、上から目線のルームサービスまで頼んでたのか!?
どこまで下衆なんだ…!?
「誰よアンタ? アタシ忙しいんだけど。」
そんな毒づく彼女を前にしても、客商売で百戦錬磨の占いの女性は落ち着いたモノで、軽いジャブとばかりのハッタリで口火を切る。
「―僭越ながら、街で貴方をお見掛けしまして、死相が出ていらしたので、忠告しに来ました。」
「はぁ、死相!? アンタ、何様!? そんな格好で何の用!? 変な勧誘なら帰ってよ!!」
この毒彼女、口も悪いなぁ。居丈高に如何わしそうに占いの女性を見据えている。
―だが、占いの女性から次のジャブが飛ぶ。
「―有場連 夏巣美さんですね? 平成○年、☓月△日生まれ。つい先日、身近な人を亡くしていらっしゃる…。」
「え!?」
胡散臭そうにしていた毒彼女の表情が一変した。占い師にいきなり本名・生年月日・最近の出来事を当てられたら、そうなるわな。
勿論、これは間弐亜さんから得た情報だ。占い師として相手に信用されるため、所謂マーケティング戦略というヤツだ。
「な、何故、分かったの!?」
「私、人よりも霊感がありまして、こうして占い師をしています。―貴方のお生まれは…東京…。」
「―へぇ? ふうん? それで?」
毒彼女の目が『してやったり』というモノに変わる。何故なら、今言った出身地は間違っているからだ。
この毒彼女、田舎育ちなのをかなりのコンプレックスにしていて、周りの友人には勿論のコト、
間弐亜さんと付き合う時にも、『自分は東京生まれの東京育ち』だと見栄を張っていたそうだ。
しかし、電話で故郷の母親と口論していた時、ポロッとお国訛りが出て、それをシッカリ間弐亜さんは聞いていたのだ。
「―いえ、違いますね。貴方は出身地を偽っていますね? ―本当は☓☓県。」
「!? ど、どうしてそれを!?」
声を大きくして驚く毒彼女。食い付いたな。
これは一度間違えた様に見せ掛け、そこから正解を示すコトで、より相手に信用させる心理トリック。
手品でも失敗したと思わせて、観客の精神的油断を引き出す手法があるけど、あれと同じだな。
こうして一手間掛けるコトで、『自分の嘘すら暴いてしまう能力の持ち主』なのだと錯覚させる。この後の流れを整えるために。
心理学は使い様で『占い』にも『詐欺』にも『治療』にもなる。
人が感情の生き物である限り、古今東西、老若男女、一切問わず通用する処世術なのだ。
それは、金や物、地位や名誉に拘る俗物であればある程、それ等を失いたくないが為に効果は高い。
そして大抵の女性は占いやおまじないが好きだ。こんな毒女でもそれは当てはまる様で、占いの女性の言うコトに釘付けになっている。
「一体、アンタは何者なの!?」
「私のコトはお構い無く。―先程も言いましたよね。貴方には死相が見えるのです。どうやら相当に罪深いコトをした様ですね。」
占いの女性は自分のコトは明かさない。謎がある方がミステリアスな雰囲気が助長され、相手は余計に興味を持つからだ。
つまりそれは、こちらのコトを探りたくなり、結果として会話を拒否って終わらせられない様にする。
この人、本当に客慣れしてるなぁ。ちょっとの言葉のやり取りで、グイグイ自分のペースへと引き込んで行く。
「つ、罪って何? そんなのに心当たり無いわよ!!」
「―近しい人から、大切なモノを奪った…。そんな憶えは?」
「はぁ? そんな泥棒みたいな真似、するワケ無いでしょ。」
この毒彼女、よくもサラリと言いやがったな。
徹底的にしらばっくれるツモリなのか。或いは、間弐亜さんにしたコト程度じゃ悪いとも思っていないのか…。
「おや、そうですか。―それでは、少し失礼…。」
占いの女性は物々しく水晶球を毒彼女の前に突き出し、それを凝視する。
かなり占いの女性のペースにはまったか、今度は何が起きるのかと気になって、固唾を呑んでその様子を見ている毒彼女。
「―数字が見えて来ました。9…78…5…0…。」
「!!」
「97850。この数字に憶えはありませんか?」
「え…そんな…、う、嘘でしょ…!?」
さぁ、憶えが無いとは言わせんぞ。これこそ、アンタが間弐亜さんのグッズを買取業者に売って、得た金額だもんな!!
俺達はアンタの住んでたアパートに行って、部屋にあった領収書を見たんだ。
「この数字のせいで、貴方の近しい人はお亡くなりになった…。そう水晶球には出ています。」
汗ダラダラで愕然とする毒彼女。ここまで突き付けられりゃ、知らぬ存ぜぬで通せるワケが無い。
―と、思ったんだが、
「そ、そんなの知らないわよ!! そんなコトで罪深いとか、意味ワカンナイ!!」
シラ切りやがった。ここまで来ると、ちょっと感心するわ。
厚顔無恥という言葉があるけど、どんだけツラの皮厚いんだよコイツ。厚さ1メートル位あるんじゃないの?
―まぁいいさ。こうなるコトもこちらの想定内だ。
俺はGOサインを出す。
カシャーーーン!!
毒彼女の滞在する部屋の中から、ガラスの割れる音がした。
思わず振り向く毒彼女。
「―え…? 何で…?」
テーブルの上にあった飲みかけのグラスが床に落ちて割れていた。
それは、毒彼女が疑問に思ったのも当然で、グラスはテーブルの中央に置かれていたのである。
グラスが倒れて転がって落ちた、という可能性は無い。何故なら、テーブルの縁にはそれを防止するための起伏が付けられていたし、
仮に飲みかけのグラスが倒れたとするなら、その飲み物でテーブルを濡らしているハズだが、テーブルは一滴も濡れていないからだ。
つまり、どう考えても『テーブルからグラスがひとりでに離れて、飲み物ごと床に落ちた』としか思えない光景なのである。
毒彼女は向き直り、占いの女性を凝視するが、ここに来てから自分の眼前を一歩も動いていない彼女がやったとも考えられない。
部屋のドアだって今開けたばかりで、中には他に誰も入れていない。何かのトリックを仕掛けるスキさえ無い。
「―どうやら、貴方の近しい人は、相当にお怒りの様ですね。」
「バッ、馬鹿言ってんじゃないわよ!! こんなの偶然に決まって、」
ボフッ!!
「―っ!?」
声を荒らげた毒彼女の背中に、何かが当たった感触がした。恐る恐る足元を見れば、そこに転がっているのはソファーのクッション。
ソファーは今立ってる入り口から奥、5メートル以上離れている。
「ひゃぁああああああっっ!?」
流石に『あり得ないコト』が目の前で2回連続で起きて、毒彼女は一気に青ざめた。
「―これは心霊用語で『ラップ現象』というモノです。死者の霊が、貴方に無念を訴えたくて暴れているのです。」
「そんな…!? そんなそんなそんなそんな…!!」
おうおう。脚が震えとるねぇ。よぉーし。ダメ押し、行っとくか。
バチン!!
一斉に部屋の電気が消える。廊下の灯りはそのままなので、停電では無いのは一目瞭然。
「ぎゃああああああああああああああーーーーーーーーーっっっ!!!!」
毒彼女は腰を抜かしながらも、必死で廊下に転がり込んで来た。
つーか、「ぎゃああああー」って何だよ。20代の女性が出して良い悲鳴じゃ無いだろ、それ。こっちまでビビったわ。
さて、説明するまでも無いが、この一連のラップ現象は、転田さんのナイスプレーである。
部屋のドアが開くと同時に、転田さんは部屋に入り、俺のGOサインでグラスを落としたり、クッションを投げたりしてくれたのである。
「いやはや京クン、まさか、死んでお化け屋敷のアルバイトをさせられるとは、思っても見ませんでしたよ、ハイ。」
「すいません転田さん。俺が物を掴めるんなら、自分でやりたい位なんですが…。」
「皆さん、僕のためにありがとうございます。―でも、コレって、何かヤラセっぽいですねぇ…。良いのかなぁ…。」
俺達にお礼を言いながらも、少し戸惑っている間弐亜さん。その気持は分からんでも無い。
こうして占いの女性とグルになって、事前に計画を練り、小細工を仕込み、あれやこれやで毒彼女を怖がらせてるのだから。
「ご心配要りませんわ、間弐亜様。わたくし達は幽靈ですもの。幽靈がしたコトは、全て心霊現象と呼べますわ。」
「―あ、た、確かに!!」
間弐亜さんの疑問を、笑顔で一刀両断する綾乃さん。そして、それを聞いて目から鱗の間弐亜さん。
そう。俺達は幽靈である。『手品のタネ』を知ってる俺達からしてみると、上手く騙してるみたいな雰囲気があるのは否めない。
だが、見た目はヤラセそのものでも、それでも一応、正真正銘の幽靈がやってるコトなので、正真正銘のラップ現象なのである。
「やっぱり、実際に幽靈になってみないと分からないコトばかりですよねぇ。」
その間にも、毒彼女はギャアギャア泣き叫びながらボーイを呼び、掴み掛かるや他の部屋に替えろと大声で訴えていた。
―いや、このホテルから出るという選択肢もあったハズだが、ソコは眼中に無かった様だ。
『出たら負け』とか思ってるのだろうか? 何の勝負をしているのだろうか? 女の意地とかいうヤツだろうか?
「それからボーイさん!! コイツ、摘み出して!! 不審者よ!!」
毒彼女は占いの女性を指差して喚く。普通ならローブ姿の者を不審者と言われれば、従業員としては警戒するのだろうが、
ご覧の通り、ここまでの毒彼女の態度が態度である。ボーイさんも「やれやれ」といった雰囲気で、肩をすくめるばかり。
終いには、到って事務的な対応で、占いの女性を哀れんで気遣う素振りにまで。
「―申し訳ありません。こちらのお客様がこう申しておりますので、ここはお引取り願えないでしょうか?」
「分かりました。お手数をお掛けします。すぐに退散しますので…。」
占いの女性もボーイさんに愛想笑いをして、すんなり引き下がる。それを見送る毒彼女の表情は、清々したと言わんばかり。
すだまが俺に尋ねて来る。
「京さん、良いんですか? 帰っちゃって?」
「あぁ。もう楔は打ち込んだからな。後は仕上げを御覧じろ、だ。」
占いの女性はこれでお役目終了だ。毒彼女に『間弐亜さんが幽靈となって怒っている』という認識を与えてくれた。
俺達、死んでしまった者達に代わって、生きている人間でなければ出来ない橋渡しを努めてくれたのだ。感謝、感謝。
そしてその夜。このホテルは創設以来、かつて無い幽霊騒ぎに巻き込まれた。
毒彼女は替えてもらった部屋で、気分を変えようと風呂に入るコトにした。
普通クラスのホテルの個室である。風呂はこういうホテルに良くあるユニットバスだ。
バスタブにお湯を張っている間、毒彼女はテーブルやソファー、電灯のスイッチとかを入念にチェックしていた。
別にドッキリカメラじゃ無いんだし、バネとか磁石とかが仕込まれているハズも無いのだが、それでも調べる。
精神衛生上、というヤツだろうか。ひと通り納得の行くまで調べ終わって、幾分かホッとした表情になる。
やがてバスタブに湯も溜まり、のんびりとバスタイムを過ごそうと湯船に入る毒彼女。
―だが、
ポタリ。
「―ん?」
うなじに生温かい雫が当たり、天井から湯気が冷えて落ちてきたかと、何の気無しに手でうなじを触る。
その手を見た瞬間、
「ぎゃぁあああああああああああああああああああああーーーーーーーーーーーっっっっっ!!!!」
その手には真っ赤な血が!!
転がり出る様にバスタブから逃げ出す毒彼女。外に出ようと、ユニットバスのカーテンを開けた。
そこには、
97850 97850 97850 97850 97850 97850 97850 97850 97850 97850 97850 97850 97850 97850
97850 97850 97850 97850 97850 97850 97850 97850 97850 97850 97850 97850 97850 97850
97850 97850 97850 97850 97850 97850 97850 97850 97850 97850 97850 97850 97850 97850
―と、グッズを売って得た金額の数字が、血文字で浴室の壁、床、天井いっぱいに書かれていた。
「あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”ぁあああーーーーーーーーーーっっっ!!!」
毒彼女は気絶した。
ルームサービスに来たボーイさんが、幾ら呼んでも出ない異変に気付き、合鍵で開けて部屋に入ってからは怒涛の展開。
救急車は来るわ、パトカーは来るわ、もうシッチャカメッチャカ。
さて、恐怖のオカルト地獄の仕掛けは簡単。転田さんに赤い絵の具を持たせて、浴室で奮闘してもらったのだ。
毒彼女が気絶している間に、それらは綺麗にシャワーで流される。本物の血液では無いので、後々警察が来て調べても何も反応は出ない。
その『何も出ない』コトが却ってオカルティックで、毒彼女には効き目があるハズだ。
―そして気絶から覚めた毒彼女は、ダッシュでパトカーに乗って警察に自首しに行った。
半狂乱で「ごめんなさい ごめんなさい ごめんなさい…」と、うわ言の様に繰り返していたそうだ。
今回、この毒彼女を、殺人や殺人幇助で罰するコトは出来ないだろう。
間似亜さんのグッズを無断で売って、自殺させる原因を作ったコトは確かなのだが、一般的解釈では、それでは動機が弱過ぎる。
普通、こんなコトで死ぬなんて、と思われて終わりだもんな。
「転田さん、ご苦労様でした。」
「いやはや、自白させるためとは言え、良い気はしませんでしたよ。ハイ。」
「あぁ、そこは俺も同じです。てっきり『ざまあみろ!』位の気分になるかなぁ、って思ってたんですが、何かこう…。」
転田さんと俺の会話を聞いて、すだまも、綾乃さんも、間似亜さんも、同様に表情は晴れない。
あれだけ酷いコトをした毒彼女が、これだけやりこめられたなら、心の何処かでスカッとするモンなんじゃないのかなぁ。
「京様の仰る通り、何故か一抹の虚しさが胸にありますね。」
「僕もです。彼女と交際していたコトの贔屓目を除いても、変な嫌な気持ちが残ります。」
すだまが口を開く。
「それは―、皆さんが本当の意味で、『力を振るうコトの意味』を理解しているからじゃないでしょうか?」
「本当の意味…?」
「例え、悪い相手だったとしても、殴ればこちらの手も痛みます。その痛みを皆さんは魂で分かっているんだと思います。」
「あぁ…。」
すだまの説明は、スッと腑に落ちた。
『悪いヤツをぶっ飛ばしてやったぜ!』よりも、『最初に悪事さえ無けりゃ、こんなコトせずに済んだのに…』という気分。
正論や刑罰であれ、他人を屈服させる『力』を行使する時に、自分は知らず知らずのうちに優越感に浸っているのではないかという恐れ。
それを何の気無しに見過ごして行き、徐々に他人を攻撃するコトに、本能的快感を覚える様になってしまったら…という恐れ。
そして結局は、悪いコトをした者達と同じ土俵に立ってしまっている。それにすら気付かなくなって行く。そんな恐れ。
「悪霊になってしまう幽靈達って、その辺、利己的で好戦的な方達が多いんですよ。」
「そうなのですか…。怖いですわ。」
「まぁ、今の気持ちを忘れなければ大丈夫、というコトなのでしょう。ハイ。」
「忘れたくないなぁ…。」
それって、幽靈になったこの身であっても、人としての最後の砦の様に思えるから。
「さて、そうなると…、あの毒彼女、どの位の罪になるんだろうなぁ…。」
「そうですな…、器物損壊罪は3年以下の懲役、又は30万円以下の罰金。窃盗罪は10年以下の懲役、又は50万円以下の罰金。
横領罪は5年以下の懲役。今のトコロはそういう法律になっています。ハイ。」
「今回、当てはめるなら、一番重いのは窃盗罪、というコトになりますね。」
「―確か刑罰って加算するコト出来ましたよね?」
「えぇ。ですが、加算分の罪は半分で計算するのが一般的ですね。ハイ。」
「半分? じゃあ、数え役満にはならないのか…。その罪を確かに犯しておいて、オマケしてもらえるなんて、不条理だなぁ…。」
「まぁ、罰の負担が大き過ぎては服役期間も長くなり、更生もしにくいだろう、というのが主な理由ですな。ハイ。」
「ソコがおかしいんだよなぁ。『罰の負担が大き過ぎる』とか言うけど、そうなるだけのコトをしたんだからそうなっただけだろ?」
「京様の仰る通りですわ。犯罪1つで人生が終わる可能性もあるのだと、そう意識させるコトも重要ではないでしょうか?」
「そうですよ。オマケしてもらえるって事前に解っていたら、犯罪が助長されちゃいます。」
「いやはや、皆さん正論ですな。ハイ。」
何か、みんなして転田さんを責めてるみたいになってるけど、転田さんは単に裁判の現状を俺達に教えてくれているだけだ。
決して犯罪者の肩を持って、擁護して言っているワケじゃ無い。
「海外なんて、犯罪者が過度な人権を訴えるからな。部屋にゲーム機まで置かせるんだぜ?」
「それは、どう考えてもオカシイですね。誰も『これは流石に違う』とか思わないんでしょうか?」
「刑務所を何だと思っているのでしょう? 本当に更生する気があるのでしょうか?」
勿論、罪人なら虐待して良いというハナシでは無い。だが、だからと言って、優遇する理由などどこにも無いハズだ。
彼等は法を破ったのだ。殺人に到っては、被害者の生きる人権を踏みにじったのだ。そんな者達が何故、自分の人権を謳えるのだろうか。
そんな厚顔無恥な態度が『心からの反省』なのだろうか。絶対に違うと思う。
「皆さん、この度は本当にありがとうございました。」
間似亜さんがペコリと頭を下げる。
グッズは結局、売り払われてしまったし、毒彼女の罪も軽いし、完全勝利には程遠い。
それでも間似亜さんの無念は、多少なりとも晴れたみたいで、それならまぁ、苦労した甲斐もあったと言うモノだ。
「これから間似亜さんは、どうするんですか? 無念が晴れて成仏コースですか?」
「あ、そのコトなんですが、―このまま現世に留まって、幽靈ガイドになるための勉強をしようかと思っています。」
「へ!? 幽靈ガイドに!?」
「はい。今度のコトで、まだまだサブカルの価値が低く見られているコトが分かりました。でも、オタクの高齢化は始まっています。
これからきっと、いえ、必ず、僕みたいな悩みや無念を抱えて死んでしまう人も、多く出て来ると思うんです。」
「だろうなぁ。もうウルトラマンから55年、仮面ライダーから50年だもんな。その頃の子供達は、今、とっくに還暦過ぎてるよね。」
「そんな苦悩する魂に、少しでも手助けが出来たら、僕が自殺なんかしてしまった罪滅ぼしも出来るんじゃないかな、って。」
「そうですね。魂は魂でしか救えませんから。幽靈ガイドは何人いても足りないので、大歓迎ですよ。」
「はい! その時はよろしくお願いします。すだま先輩!!」
「せ、先輩って…。いや、それは、ちょっと、くすぐったいですねぇ…。」
「おぉう、すだまがガラにも無く照れてる。」
「んもう!! ガラにも無いって、酷いですよー!!」
「「「ははははは…。」」」
―俺達は幽霊である。自分自身が死んで、この社会が如何に歪んだ理念に振り回されていたのかが、良く解る。
それによって、どれだけの罪無き人達が苦しめられ、生命を失ったのかが、良く解る。
俺達はこれからも、そんな人達を助けて行きたい。
俺達は、その『被害者の声』を聞くコトが出来る唯一の存在なのだから。