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あの世も理不尽なコトばかり  作者: 歩き目です
14/17

13「然らぬ梟悪その1」


―「俺、今回は絶対、許せねぇわ。」


「理解してくれてうれしいですよ。」


「―私は、まだちょっとピンと来ません…。」


俺、不条理 京は幽霊である。

幽霊には、生きている人達に死への恐怖と、生きるコトへの覇気を与える使命がある。

だから俺も、日々生きるコトの大切さを人々に伝えようと、俺なりに努力している。

―が、今、俺は怨霊になりたいと思える程の、怒りの衝動が抑え切れないでいた。


話は1時間程前に遡る。




「お早うございます。京さん。」


「おう、お早う。」


「早速で申し訳ありませんが、今朝、お亡くなりになった方がいまして…。」


「あぁ、新人さんへの説明ね。OK。俺も一緒に行くよ。」


この日本、1日に亡くなる人の数は約3000人。

その内訳、病気が約1800人。事故が約110人。老衰で約120人。自殺で約90人。その他諸々。


そして、今朝亡くなった人の死亡原因は―、




「へぇ。幽霊って本当にいたんだね。…あ、僕も今は幽霊か。これは失礼。僕は真弐亜。ヨロシクね。」


「あ、どうも。不条理 京です。こっちが幽霊ガイドのすだま。俺は助手みたいなモノで。」


「そうでしたか。不慣れな僕で色々お手数掛けると思いますが、勘弁して下さいね。」


「あ、いえいえ。こちらこそ…。」


間弐亜さんは、見た目は20代後半から30代前半ってトコ。少し痩せているが姿勢は正しく、結構スタイルは良い。

髪も染めておらず、ラフな髪型だけど整ってるし、服装も可も無く不可も無し。何より、凄く謙虚で腰が低い。


すだまが間弐亜さんに幽霊の初回手続きを開始し、いつもの確認作業に入る。


「えっと…、真弐亜さんの死亡原因は、自殺…ですか。」


「はい。済みません。」


「うぇっ? 間弐亜さん、自殺ですか?」


―以前、校舎の屋上から飛び降り自殺をした女の子がいた。

だけど、まだその子は完全に死んではいなくて、仮死状態だった。

そこで、俺はお節介を焼いて、その子にもうちょっと生きてみようと思ってもらうコトが出来たのだった。


今回は、完全に手遅れ。正真正銘、死亡らしい。


間弐亜さんには悪いけど、自殺という原因には驚きはしたものの、『早まったコトをしたなぁ…』とは、不思議と思わない。

多感期な学生の少女では無く、もう親から離れ、社会人として暮らしていた人ならば、

実社会を知った上での、大人として出した結論であり、それはソレで自己責任って気がするのだ。


勿論、それは『別に、周りに迷惑掛けても構わない』『死んでも構わない』と言ってるワケでは無い。

でも俺自身、幽霊になって暫く経ったからか、生きてる人間本位主義の考えは、かなり薄まって来ている気がする。

実際、死んでからじゃないと分からないコトって、多かったからね…。


そんなワケで、俺は間弐亜さんを責める気は、さらさら無い。

あの女子生徒とも話したコトだけど、自殺したらしたで、必ず色々不都合は出て来る。

言うなれば、それが、間弐亜さんへのペナルティになるのだと思うから。


「自殺ですかー。罰則がありますのでご了承下さいね。」


すだまが諸々の説明を始める。―え!? マジで、もうペナルティあるんだ…。


「罰則…ですか?」


「はい。自殺した方は、他の死亡原因の方々と比較して、お仕事でのエクトプラズム取得量が減らされます。」


「え? すだま、それってマジ!?」


間弐亜さんよりも先に、俺が驚いた。


「自殺は、他の死にたがっている人達に対する影響力が大きいですからね。」


「ニュースや噂話で聞いた奴が、間弐亜さんに続いて自殺してしまうって可能性か…。」


「あぁ、成る程。誘発したら事ですもんねぇ。一応、ソコも考えてはいたんですが、死んだ後で罰せられるとは思いませんでした…。」


間弐亜さんは、申し訳無さそうに頭を掻く。


事故や病気は、基本、本人は死にたいとは思っていない。でも、自殺は明確に『死にたい』と思ったからこその結果だ。

つまりは、世を儚んでる同族の連中にとって、自殺は

『死にたかった、死ねました、この世最低、あの世最高』という、死に向かっての肯定的なサインになる。


これは俺達、幽霊の仕事である『みんな、もっと生きようよ』というコンセプトとは、真っ向から反するコトになるワケで。

言うなれば、間弐亜さんは幽霊会社の社是に反した行動を取って入社して来た問題児だったワケである。

当然、エクトプラズム取得量が減らされる…、減俸されて致し方無し、というワケか。


「でもすだま、それだと下手したらエクトプラズム不足で消滅しちゃわないか?」


「そうですよ。それが狙いですから。」


「えぇっ!?」


俺は驚いた。ちょっと待ってくれ。魂を消滅させるコトが狙いだって? どういう意味だ?

すだまは続けて説明する。


「自殺を選択した魂は、輪廻転生してもまた自殺をしてしまう可能性が大きいんです。言わば『逃げ込んで来た』弱い魂ですから。

そういった弱い魂のまま転生させても、再び現世で強く行きていけるかどうかと問われれば、疑問ですからね。」


「いやはや…耳が痛いです。」


間弐亜さんが恥ずかしそうに頭を掻く。うむむ、理屈は分かるが厳しいな…。


「ですから、弱い魂のまま消えるか、努力して強い魂に鍛え治してもらうか、どっちかなのです。天界としては。」


「うぉお…。意外とスパルタなんだな…。」


「肉体が無くなった後は、『魂のあり様』がその人の全責任になりますからね。霊界は引き篭もりのための安住の部屋では無いのです。」


つまり、俺達が今いる霊界は、転生するための精神の修行場ってコトか。


「分かりました。それで結構です。自分の弱さを認め、誠意努力して行きます。」


「間弐亜さん、真摯だなぁ…。」


「お仕事を真面目にこなして良い成果を上げ続ければ、程無く減刑されて行きますので、頑張って下さい。」


「そうですか。ご丁寧にありがとうございます。」


間弐亜さんはペコリと頭を下げる。

―こうして会話している限り、間弐亜さんは穏やかで人当たりも良く、キチンと分別のある人に思える。

こんな人が何故、自殺なんかしてしまったんだろう…?

俺は気になってしまって、間弐亜さんに質問してしまう。


「あのぅ、個人的なコトを聞く様で悪いんですが、間弐亜さんは何故、自殺なんか…?」


「あぁ、いえ、構いませんよ。むしろ誰かに聞いて欲しかった位ですから。

 ―実はですね、僕には彼女がいて、結婚を前提に僕の家に同棲していたんですが…、」


え? 彼女さんがいたの? リア充ってヤツ? しかも同棲? そんなの幸せ絶頂じゃないか?

これが、どう自殺と結び付くんだ?


「それでですね、僕はプラモや玩具やフィギュアをコレクションするのが唯一の趣味だったんですが、

 ある日家に帰ったら、それが一切合切、消えていまして。」


「―え!?」


「彼女曰く『こんな何の役にも立たないモノ、貴方のためにならないから、全部捨てた』って…。」


「ヒっっっっっデェぇえええええーーーーーー!!!!!」


「でしょう? 僕はガックリ来ました。もう生きている気力も無くす程に…。」




―そして、現在に至るワケである。

正直、俺は純粋な怒りで、超サイヤ人化しそうな気分である。これは絶対に許すまじ案件だ。


「えっと、要するに、おもちゃを捨てられたワケですか?」


すだまが要領を得ない表情で、間弐亜さんに尋ねる。


「―『おもちゃ』ってなぁ…違うぞ、すだま! これはホビーだよ! れっきとしたオトナの趣味だ!」


「は、はぁ…。????」


うーん。やっぱり昭和ひとケタ戦中派のすだまには、現代日本が辿り着いた世界に誇るサブカル超文化は理解が難しい様だ。

考えてみれば、お爺ちゃんお婆ちゃんに、プラモやフィギュア、ゲームやアニメの素晴らしさを説く様なモノだ。

理解力があるご老人でも『ほうほう、これが今の若い人達の好きなモノなんじゃのう…』みたいな、認可的な段階に留まるワケで、

なかなか『萌え文化最高じゃのう!! ゲーム、アニメ、生き甲斐じゃあ!! 心がぴょんぴょんするんじゃあ!!』とはならないもんな。


まぁ、後数十年もすれば、オタク老人も増えて来るだろうから、世間のサブカルへの理解は加速度的に増して行くとは思うけど。

それこそ、今や有名企業がアニメや漫画と頻繁にコラボしたり、自治体がこぞって萌えキャラやゆるキャラ作ったり、

ちょっとした広告やチラシにも可愛いイラストが付いてたり、献血の告知にに萌えアニメを使ったり、

今の日本は、明らかにサブカルのパワーを認め、それを利用するという『そういう流れ』に乗っている。


ネット掲示板で未だに『いい歳してアニメなんか観て恥ずかしくないの?』とか言ってる時代錯誤な連中がいたりするが、

そんな連中はどんどんいなくなって、やがて『アニメも観てないなんて恥ずかしくないの?』に変わるんじゃないかな?


俺は筋金入りのオタクってワケでは無いけど、それでも深夜アニメを楽しんで観たり、漫画読んだり、

ロボットアニメとコラボした食玩とかでカッコイイのがあったら買っちゃうし。組み立てて飾っちゃうし。

そんなごく自然なカンジで、嫌悪感も無く、サブカル文化が俺達の日常に入り込んでいるもんな。


…ちなみに、ここまで一気に語らせてもらったが、決して早口で言ってはいない。決してだ。


だが、やはりすだまには、なかなかサブカルの良さは伝わらないみたいで、


「た、確かに、捨ててしまうのはどうかと思いますが、死ぬ程のコトなんですか? また買えるじゃないですか?」


「「出たよー!!」」


思わず、俺と間弐亜さんの声がハモる。


「みんなそう言うんですよ。買ったモノなんだから、買い直せるだろう? って。」


「だけどそれは、分かっていないヤツの言うコトだ。大きな認識不足ですよね。間弐亜さん。」


そう言って俺は間弐亜さんを見る。間弐亜さんはグッとサムズアップで返す。俺もサムズアップだ。


「また買えると思ったら、大間違いなんですよ。限定版もあるし、シリアルナンバー入りのモノだってある。

一歩遅れたら、巨額のプレミアが付いて、手が出せなくなってしまうコトだって、日常茶飯事です。

友人知人から譲ってもらったモノもありましたし、入手するまで苦労したモノも多かったんです。」


「大体からして、1つ1つ、手に入れた時の思い出ってのがあるんだよ。それに、出会うモノは全て一期一会だ。

例え、捨てられたからといって、同じ商品をまた買ったとしても、それは『戻って来た』コトにはならない。」


俺の話を聞いた間弐亜さんはニッコリ笑って手を出して来る。俺はガッシリと握手する。


「―は、はぁ…。????」


駄目だ。やっぱりすだまには理解不能な世界らしい。

昭和とか、それ以前なんかは、大人が子供のモノを『躾』と称して捨てるコトが当たり前だった風潮がある。

こうするコトで子供は、大人の感性で言う『いつまでも子供っぽい』モノを強制的に失い、

そうするコトで、これまた大人の感性で言う『キチンとした大人』に否応無く成長させられて来たのだ。


人のモノを勝手に捨てるのは悪いコトだ。どこの大人だって、子供にはそう教え育てているだろう。

だが、こと自分の子供に関すると、むしろ捨てるコトで『これで子供が立派に成長出来るのだ』と思っており、

誰もこの矛盾に疑問を抱かない。それどころか、『親として良いコトをした』と考えているフシすらある。


そういう『通過儀礼』を経験して、その陰で沢山のモノを失って、人は育って来たのである。

そして親になったら、その自分がされた泣く程悲しかった嫌なコトを、何食わぬ顔で平然と自分の子供に行うのだ。


こういう無茶苦茶な考え方をする者は、今の時代にも少なからずいる。

原因は、昔と何1つ変わっていない。それは、『持ち主の気持ちを考えもせず、尊重もしない、自己中な正義感』である。


そういう考えの人も、これが全く赤の他人のモノであれば、早々勝手に捨てたりはしないだろう。

―もし、そんなヤツがいるのなら、そいつは単純に常識が無く、頭がオカシイに違い無い。

だが、コレが家族や恋人とかの『身内』になると、ガラッと思考が変貌してしまうのだ。


大方こういう輩は、『身内の評判も自分の評判』と考えており、身内を自分好みにシッカリさせないと気が済まないのだろう。

まぁ、それでも、まだそういう思考なら、百歩譲って、理屈として納得出来なくも無い。

―が、中には、純粋に『自分にとって目障りで嫌だから』『自分には価値の無いモノだから』で捨てる奴もいる。

こうなると、もう何を言っても無駄だ。互いの価値観の違いすら認めない感情論では、話にならない。


ましてや、自分の価値観を強制的に他人に押し付け、その人の財産を奪うとか、もうテロリストと何が違うのか。

俺と間弐亜さんは、数時間に渡ってその気持ちを、滔々とすだまに説いた。


「―な、何となく分かって来た…気がしま…す?」


「ええい、まだ疑問形か!!」


やはり戦中派の考えは、しぶとい。


「えっと、取り敢えず、彼女さんのした行為が、間弐亜さんの生きる気力を失わせる程の所業だったコトは理解しました。

 間弐亜さんにとっては、身を切られる程の苦しみと、悲しみだったんですね…。」


「そういうコトです。」


「―数時間の説法じゃ、ここいらが限界か。まぁ、今日のトコロは良しとしておこう。」


今後、時代の流れから考えても、こういうケースは増えて行く可能性が大きい。

その時、すだまがそういう被害に遭った幽霊さん達に正しいケアが出来る様でないと、そういう幽霊さん達の未練も晴らせない。


俺は何やら『すだま改革』に向けて、使命感の様なモノに目覚めた気分だ。




「―で、当然、間弐亜さんの未練は、捨てられたグッズ類と、その価値に気付いていない彼女さんへの思い、なワケですよね。」


俺はそう言って、間弐亜さんに確認する。


「はい。それだけが無念です。」


「―だそうだ。すだま。」


「あ、はい! 承知しました!」


遂にここに来て、俺とすだまの立場が逆転していた。

俺が幽霊ガイドであるかの様に間弐亜さんにあれこれ質問し、すだまが助手であるかの様にそれに付いて来るという妙な状況。


「で、どうなんだ? 間弐亜さんの未練って、晴らせるのか?」


「そうですね…。まず、間弐亜さんの感情は、彼女さんに対する恨みでは無いので、怨念ではありませんよね。」


「はい。彼女には価値を知って、思い直して欲しい。それだけです。」


間弐亜さんは人間が出来てるなぁ。収集マニアが自分の大切なモノ捨てられたら、普通、殺意湧くモンだよな。

それを、考え方を改めるだけで良いとか、聖人か。

すだまが説明を続ける。


「うーん…。実を言うと、幽霊にとって『物欲』が一番厄介ではあるんです。

まず、肉体がありませんし、モノを所持したくても、幽霊では所有権を現世で認めてもらえませんから…。」


「―だなぁ。」


人間の世界は、基本『生きている人達のための世界』だ。亡くなった人をお悔やみはするが、それ以上はまず無い。

普通、亡くなった人の財産は、遺書に従って家族や知人等で分配されるか、それ等が無ければ国に没収される。

で、その時に『受け取る側にとっての価値』が認められなければ、敢え無く廃棄処分だからな。


ましてや俺達は、科学的に存在が認められていない幽霊だ。当然、人権も所有権も無い。

古代のファラオや始皇帝とかは、墓に無数の埋葬品があったみたいだが、それだってあの世にまで持って行けるワケじゃ無い。

あれも生きている人が『我々は貴方が死しても尚、ここまで慕っております』とアピールする、一種の自己満足みたいな側面がある。


現世の縛りから開放されるというコトは、逆に言えば、生きていた時のモノ全てを失うという意味でもある。

持っていれば、持っている程、全て失った時の喪失感は大きく、計り知れない。


しかし俺としては、間弐亜さんは絶対に救いたい。自殺という過ちを犯してしまったとはいえ、彼は財産を捨てられた被害者だ。

間弐亜さんは話す。


「最悪、彼女のコトはもう放置でも構いません。でも、罪も無いグッズがゴミとなってしまうのが可哀想です。

せめて、タダでも良いですから、大切にしてくれる人達に渡って欲しいんです。」


「分かりますよ、間弐亜さん。」


俺と間弐亜さんは、再び固く握手する。すだまが『私の居場所が無い』って顔してるが、スルーだ。

まずは、グッズの行方を追わないとな。


「今朝の燃えないゴミで出したハズですから、まだ間に合うかも知れません。ウチの地区は収集車が来るの遅いですから。」


「―え? 間弐亜さん、ゴミ捨て場は確認されなかったのですか?」


「はい。今思えば、確認すれば良かったですね。―でも、あの時は、彼女にグッズを捨てられたというショックが大き過ぎて、

もう、一気に精神がドン底に沈んでしまって、何も考えられなくなって、『死んじゃおう』ってなっちゃったんです。」


「それだけそのグッズは、間弐亜さんが生きるための、大きい意義だったんだ。すだま、そこんトコ分かるか?」


「えっと、絶望の底にいると視野が限りなく狭まりますし、それで生き甲斐を全て奪われたのだ、というコトだけは…。」


「そういうコトだ。悪辣非道な事件なんだ、コレは。」


「はぁ…。」


俺達は、急いでゴミ集積所に向かった。




間弐亜さんの住むアパートから、ちょっと離れたトコロにあるゴミ集積所。

俺達がそこに到着した時には、他の住民が持ってきた不燃ゴミが積み上がっていた。


「良かった! まだ収集車は来ていません!」


「よし、捨てられたグッズを探しましょう。」


俺と間弐亜さんは、積まれた不燃ゴミの隙間を擦り抜けながら、グッズを探す。

すだまはグッズがどういうモノか、未だに分かっていないので、ここでは戦力外だ。そのすだまが俺達に言う。


「でも、『ぐっず』を見付けたとして、どうやって回収するんですか? 京さんも間弐亜さんも、まだ物に触れられませんよね?」


問題はソコだ。

間弐亜さんは幽霊になりたてだし、俺はうだつの上がらないヘボ幽霊。どっちも物体に触れたり、持ったりする能力に目覚めていない。

そして、すだまは幽霊ガイドの規則で、現世への干渉は基本的に禁じられている。


それでも、まずはグッズが無事かどうかの確認だ。それから後のコトは、またそこで考える!!


ゴミの山の中から、間弐亜さんが顔を出す。


「駄目だ!! 見付からない!!」


「こっちも、それらしいモノは無いですね。」


「え? どういうコトですか?」


他のゴミがあるのだから、収集車が来ていないのは確かだろう。

となると、この辺りの住人にオタクさんがいて、目ざとく持って行ったとかか…?


「うーん、それならソレでも良いんですけど…、白い不透明ゴミ袋に包まれたグッズにピンポイントで気付くかなぁ…?」


「難しいよなぁ…。ゴミ集積場にゴミ捨てに来る時って、普通はみんな『早くゴミ置いて戻ろう』って意識だけで一杯だもんな。」


「京さん、見付からないのでは、どうしようもありませんよ?」


「ふーむ……。―あ、いや、待てよ…? まさか…、まさか、そういうコトなのか!?」


「どうしました?」


ふと、俺の頭に、ロクでもない推理が展開する。

あってはならないコトだが、あり得ないハナシでは無い。最悪の最低の最凶の状況。


「間弐亜さん、アパートに戻ってみましょう!!」


「な、何か解かったんですか!?」


「ま、待って下さいよ~!!」


俺達は急いで来た道をUターン。間弐亜さんの住んでいたアパートに直行した。




間弐亜さんの住んでいたアパートは、警察が検分しに来ていて、立入禁止になっていた。

彼女さんは警察署かどこかで、事情聴取の真っ最中だろう。好都合だ。

黄色い『KEEP OUT』テープが張られているが、こっちは幽霊だ。それに、ご本人がいるんだし、堂々と入ろう。


玄関ドアをすり抜けて部屋の中へ。すぐにダイニングキッチンがある。


「どうぞ。ムサ苦しいトコロですが。」


「お邪魔します。」


「京さん、一体、何が解ったんですか?」


「ちょっと探しものだ。確率半々だけどな。間弐亜さん、彼女さんの部屋はどちらに?」


「奥の六畳間の部屋です。」


「入らせてもらいますね。」


俺は間弐亜さんの彼女さんの部屋に入る。

―あぁ、やっぱり『あった』。外れてくれたらなぁ、と思っていた予想が当たってしまった。何てこった…。


半ば茫然自失としている俺。そこにすだまと間弐亜さんが遅れて部屋に入って来る。


「どうしました、京さん?」


「何かありましたか?」


「…コレ、見て下さい。テーブルの上の。」


「テーブルの上…、!! こ…、こんなコトって…!!」


テーブルの上にあった『それ』を見て、間弐亜さんは唖然とする。

すだまも『それ』が何なのか分かった様で、


「そんな…、余りにもこれは酷過ぎます…!!」


俺達が見付けた『それ』。

サブカル系グッズの業者がグッズの下取りをした領収書と、その金が入った封筒だ。


―そう。彼女さんはグッズを捨ててなんかいなかった。

間弐亜さんのグッズを無断で業者に売って換金し、それを持ち主の間弐亜さんには「捨てた」と言って、

ちゃっかりと着服していたのである。ゴミ捨て場に無いのは当たり前だったのだ。


これは、ただ価値が分からずに捨てるよりも遥かに悪質だ。

何せ、彼女さんは『グッズの価値を知っていた』のだから。知っていたからこそ、一番高価で売れる専門業者に下取りさせたのだから。

間弐亜さんは彼女さんに、二重三重に裏切られたのだ。


この調子なら、事情聴取でも「心当たり? いえ、ありません。」とか、シレッと言ってるに違い無い。

いや、正直に話したトコロで、警察にグッズの価値がどれ程理解出来ようか。その程度で自殺するワケが無いと思われて終わりだ。


「間違ってるよな…。被害者が絶望の底で死んでしまって、加害者が金を懐に入れてのうのうと生きてるって…。」


「京さん、曲がりなりにも間弐亜さんの彼女さんを、そんな風に言うのは…、」


「いえ、良いんです、すだまさん。京さんの仰る通りです。彼女は人として許されないコトをしたのですから…。」


俯き、唇を噛み締め、拳を固く握り、わなわなと震えながら、間弐亜さんは絞り出す様に言った。

叫び出したいだろうに、泣きたいだろうに、理性をかなぐり捨てて暴れたいだろうに。

それを必死になって耐えている。この間弐亜さんの心が、この毒女には何も伝わるコトも無いというのか。




「うっわ、何? その毒女!? マジありえなく無いー!?」


「だろ!?」


俺達が来たのは、メリーさんのトコロ。

見た目は軽いコギャルだが、友達思いの良い子だ。今は都市伝説のメリーさんとして活躍している。


以前にも悪いコトをして目立ちたがってた学生を、メリーさんの電話で恐怖のズンドコに叩き込み、見事に矯正させた。

で、その手腕を今回も活かせないかと思って、皆して訪ねてみたというワケだ。

メリーさんも、間弐亜さんの彼女の悪行を聞いて呆れ返っている。―が、


「でもー、あーしじゃ、ソイツ治すの無理かもー。」


―と、にべもない答えが返って来た。


「メリーさんの電話でも駄目なんですか?」


「この女、手際から見て初めてじゃ無いっしょー。前にも色々ヤってるんじゃね? みたいなー。」


確かに、躊躇無く、一番の高値で買い取る業者を探して、速攻で売り払ってたもんな。

ヲタグッズの価値が分からない一般人じゃ、絶対に出来ない行動だ。事件にはならなくとも前科アリってコトか。


「こーゆー、悪いコト平気で作業的にこなせちゃうヤツって、もうとっくに一線超えちゃってるんですけどー。」


「つまり、電話で脅しても、効果が無い?」


「そ。その場では泣いて謝っても、下げた顔で舌ペロって出してるタイプー。こーゆーヤツは絶対またヤるしー。」


間弐亜さんがバツの悪そうな顔をしている。一応、まだ自分の彼女という立場だから、苦々しく恥ずかしいのだろう。


「―確かに、犯罪者は死んで幽霊になっても、全てを失ったと理解されるまで、考えを変えない方が多いですね…。」


すだまも残念そうにメリーさんの言葉を肯定する。

人間とは怠惰なモノで、一回、窃盗という『元手がゼロで儲け放題』を経験すると、そこからなかなか抜け出せない。

―否、余りに楽なので、抜け出そうとしない。


実は『他から奪う』という行為は、全ての動物に付いて回る『業』、サガだ。

動物は植物の様に、自分の体内でエネルギーを合成出来ない。そこで、エネルギーを得るために獲得した機能が『食う』である。

他からエネルギーを『奪取』して生きて行くコトを運命付けられたこの瞬間から、『盗む』という文化は発生したとも言える。


それは本能の根底にある行動原理。だからこそ理性では抑え難く、犯罪は絶えるコトが無いという説もある。

だからと言って、社会を形成して生きている人間が、動物の本能そのままに行動して許されるモノでは無い。

だが、そういう『本能に忠実な人間』が少なからず存在し、他人の財産を奪って、何食わぬ顔で生きているのだ。


こういうコトを言うと、『誰だって毎日何か食って、他の生命を奪ってるじゃねーか』とか、論点のズレた話をする奴が必ず現れる。

更にはアメリカの貧困層みたいな『生きるための犯罪なら、セーフ』とまで言い出す者まで出て来る。


結局、最後には個人個人の『挟持』とか『良識』とかに委ねざるを得なくなってしまうのが、何とも悔しいトコロだ。


「脅すだけじゃ治らないなら…、法的に罰せられないと分からないってコトか。」


「それでも治るかワカンねーし。」


だよなぁ。世の中には、刑務所から刑期を終えて出て来たその日に、また犯罪起こして即Uターンって奴だっているんだしなぁ…。

でも、生きている人間を法で裁けるのは、生きている人間だけだ。俺達幽霊にはどうにも出来ない領分だ。


そして、ここからが難しいのは、俺達幽霊では、基本的に警察や裁判所に訴える手段が無いってコトだ。

まず幽霊の存在が証明されていない。誰にでも等しく認識出来るモノでも無い。オマケに人権も与えられていない。


で、こうなれば、お馴染みリーサル・ウェポンの投入しか無い。




「京様、そういうコトでしたら、喜んで協力させていただきますわ。」


「これはれっきとした犯罪です。放置は出来ませんね。ハイ。」


「ありがとうございます。転田さんならそう言ってくれると思いました。綾乃さんもありがとう。」


俺が次に訪ねたのは、幽霊探偵の転田さんと、その助手の綾乃さんだ。

2人は、当事者が亡くなり迷宮入りしそうな事件を、幽霊サイドから解決するコトで、

幽霊となった当事者の未練を解消し、その遺族達の無念も晴らす仕事をしている。―これ、前にも言ったっけ。


今回は、間弐亜さんの財産を彼女さんが勝手に売って、その金を着服し、間弐亜さんには『捨てた』と虚偽申告したワケで、

これは法的にも、感情的にも、2人の仕事のコンセプトにピタリ合致する案件だ。

転田さんも綾乃さんも、非常にヤル気出してくれている。


―が、いざ作戦会議となると、


「今回は難しいですね。ハイ。」


「やっぱり、転田さんもそう思いますか。」


「まず、整理して行こうと思いますが、他人のモノを勝手に処分したりすれば、器物損壊罪。勝手に売れば窃盗罪です。ハイ。」


「僕と彼女は婚約していましたが、共有財産扱いされませんか?」


「まだ結婚していないのなら赤の他人です。それに、彼女さんが共にお金を出していないなら、共有財産には当たりません。ハイ。」


「そうですか。―うん、そこはクリアしていますね。」


「家族だと『親族相盗例』といって、親族間の犯罪は強制的に免除されてしまいますからね。ハイ。」


「それも良し悪しですねぇ…。」


「まぁ、犯罪として成立しないというワケではありませんので、刑事では駄目でも民事で損害賠償は可能です。ハイ。」


「―あ、ですが転田様、この間弐亜様の場合だと…、」


「そうです。ここが非常に厄介なポイントです。ハイ。」


転田さんと綾乃さんが表情を曇らせる。


「どういうコトですか?」


「この器物損壊罪は、親告罪…、つまり、被害者が訴えないと罪に問えないのです。ハイ。」


「被害者…、あ!! 間弐亜さんは、もう死んでいるから訴えられない!!」


「そういうコトです。ハイ。」


「うわーーー!! そんなーーー!! 知っていたら死ななかったのにーーー!! 僕の馬鹿ーーー!!」


間弐亜さんが頭を抱えて空を見上げた。俺もこの法律は知らなかったけど、こりゃあ早まったなぁ…。


「ですから、今回は窃盗罪で追い詰める方向になります。窃盗罪なら10年以下の懲役か、50万円以下の罰金です。ハイ。」


「間弐亜さんの売られた『ぐっず』は、どうなりますか?」


「既にグッズが売られて、彼女さんはそのお金を手にしていますから『不当利益』が発生しており、返還請求は可能です。ハイ。」


「ですが京様、買い取った業者が、この一件を知っていたとは思えませんわ。」


「えっと、盗品と知って買い取ったかどうか、ってコト?」


「はい。これは、『多分』では無く、ハッキリと盗品と自覚して買い取っていないと駄目なのです。」


「それって、どう考えたって、知ってても『知りませんでした』って言うに決まってるよな。店としては損したくないだろうし。」


「一応、盗品を売られた場合、2年間なら『買い戻す』コトは可能ですが…。ハイ。」


「―え!? 『買い戻す』んですか!?」


「えぇー!? 勝手に売られてしまったのに、取り戻すには、その被害者がもう一回お金出してそれを買い戻すの!?」


「えぇ。しかる後で、盗んで売った相手にその金額を請求する、という二度手間三度手間を踏むコトになります。ハイ。」


「たはははは……。」


俺と間弐亜さんは、ここまでの話を聞いて途方に暮れてしまった。法律上だと、こんなにも面倒なのか…。

これじゃあ、どうしたら良いか分からなくて、泣き寝入りしちゃう人も多いんだろうなぁ…。


「それと、今ひとつ。高いハードルがあります。ハイ。」


「―と、言いますと?」


「売られたモノが一般人には価値の分かり難いモノであるコトと、それで得た金額も少額だというコトがネックです。ハイ。」


「うぁー、やっぱりソコかー。日本はサブカル文化最先端の国だけど、それでもまだ駄目かー…。」


警察や裁判官にはピンと来ないオタグッズの価値。そして、それ等を業者に売却した額も10万円に届かない。

それでは、ますます価値は無いと思われてしまう。普通に考えたら『自殺の動機とするには弱過ぎる』とされるだろう。

事実が伝えられても、下手すりゃ門前払いの棄却で終了、の可能性が高いというコトらしい。

(売却額は10万円弱だが、間弐亜さんに聞いたトコロ、購入総額は100万円近いらしい。)


「これは金額の大小ではありませんわ。間弐亜様の傷心度こそ問題にすべきだと存じます。」


「だよなぁ。価値観は人それぞれだし。人が1人死んでるのは事実なんだし。」


「何か方法は無いモノでしょうか…。」


「皆さんありがとうございます。―あぁ、こんなにも僕のコトを真剣に考えてくれる方々がいるなんて…。

 本当に嬉しいです。悔しいなぁ…。死ぬ前に、皆さんに会えていたらなぁ…。」


間弐亜さんは泣きそうな笑顔で、俺達に頭を下げてくれる。

この姿を見たら、やっぱり何とかしてあげたいと思ってしまう。被害者の泣き寝入りは駄目だ。ゼッタイ。




さりとても、幽霊の俺達が生きている人間を訴える手段は無し。

少々疲れ気味の俺達一行は、気分転換というワケでも無いが、特に理由も無しにブラブラと商店街に来ていた。


俺、すだま、間弐亜さん、そして転田さんに綾乃さん。幽霊5人…、いや、5体の行列か。

見えないから良い様なモノの、普通に見えていたら、やっぱり怖がられるんだろうかねぇ…。


―と、そんなコトを考えていた時、


「あの、そこの皆さん、」


誰かが、そう呼び止める声がした。






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