12「生命を賭して」
一週間程、前のコト。
2人の中学生男子が、下校中に話していた。
「お前んトコも、姉ちゃんいるんだよな?」
「え? ―あぁ、うん…。」
「俺の姉ちゃん、マジヤバイんだよ。『こんな姉はいやだ! ベスト3』とかあったら、絶対ランクインするわ。」
「そうなんだ…。」
「だってさー、何かあるとすぐ暴力振るうんだぜ。『手が出る』どころか足だよ、足。ローキック。」
「それはヒドイね。」
「お前の姉ちゃんは? どうよ?」
「―ウチは…、まぁ、優しいかな。宿題とか教えてくれるし。クッキーとか作ってくれるし。
毎日早起きして、学校に持って行く弁当も作ってくれるし。」
「おぉ!良いじゃん! やっぱ姉ちゃんは、そうじゃなくっちゃな!!」
「そんなモンかな…。」
「俺の姉ちゃんは、料理なんかしねーし。それどころか、勝手にピザ注文して、代金、俺に払わせるんだぜ!?」
「それもヒドイね…。」
「お前の姉ちゃんは、そんなコト無さそうだなぁ。」
「―うん。時々、お小遣いくれたりするよ。」
「マジかよ!! 羨ましいなぁ!! ウチと交換しねぇ!?」
「いや、それはヤメようよ。」
「お、優しい姉ちゃんは、俺が独り占めしたいです、ってかー? こんのヤロー!!」
「そんなんじゃ無いってば。」
「じゃあ、何なんだよー?」
「ウチの…姉ちゃんだって、欠点くらい…あるよ。」
「そりゃあ、誰だって欠点の1つや2つあるだろ? でも、そんな優しい姉ちゃん、欠点なんか気にならねーっつーの。」
「そうかな…?」
「で、何よ? お前の姉ちゃんの欠点って?」
「―本当に聞きたい?」
「おう。」
「本当に? 後悔しない?」
「くどいな!! 大丈夫だから、聞かせろよ!!」
「―分かった。」
「で!?」
「―俺の姉ちゃん…、」
「おう、」
「去年まで、兄貴だったんだ…。」
「…………。」
「…………。」
「―何か、その、ゴメンな…。」
「いや、良いよ…。」
夕暮れの街に、少年2人の影が消えて行く。
人生いろいろ。姉貴もいろいろ。兄貴だっていろいろ咲き乱れるのである。
―俺、不条理 京は幽霊である。幽霊となった俺は、生きている人達の希望を守るため、
そして、幽霊となった人達の悩みを解決するため、理不尽な難問に敢然と立ち向かうのである。
―そして今日。今日もまた、新たに幽霊になった者がいる。
「ハァーイ! アタシ、大釜 アニー。ヨ・ロ・シ・クねん!」
―今日、相手する幽霊。
年齢は20代前半から半ば。俺とタメか、1つ2つ歳上ってトコロか。身長180センチオーバー、肩幅広く、やたら体格が良い。
顔も彫りが深く、頬骨も張っててゴツイ。まるで、強面の武道家か格闘家といったスタイルだ。
それなのに、キラキラしたオシャレな服で、口紅、アイシャドウ、チーク、マニキュアと、お化粧もバッチリ。
―これは、俗に言う『オカマ』…か。
それも、女と見間違えるニューハーフ的オカマじゃ無くて、どこからどう見ても男のオカマ、というヤツだ。
「―すだま、俺、急用を思い出した。」
―これは、敢然と立ち向かえない!!
が、逃げようとする俺の腕を、笑顔でガッシリとホールドするすだま。
プロの幽霊ガイド相手となると、すり抜けて脱出するコトも出来ない。畜生!!
「あらん、こちらのお兄さんも幽霊? アタシ、まだ何も知らないウブなんだから、優しくしてねん?」
「―う、ま、まぁ、程々に、な…。」
このオカマ、オカマのテンプレ通り、滅茶苦茶明るくて、人当たりが良い。
だが、むしろ、逆にこの人懐っこさが、オカマに近寄り難くなる理由である。
更にオカマのテンプレ通り、こっちがATシールドを張っても、気にせずパーソナルスペースにグイグイ入って来やがる。
「初めまして。私は幽霊ガイドをしている『すだま』と言います。色々ご説明させていただきますね。」
「すだまちゃん、ね? あら、素敵な和服! アタシが和服着ると、ゴツイからお侍さんみたいになっちゃうのよ。羨ましいわん。」
「そうですか。厚手の生地だと多少はスタイルが隠せると思いますよ。」
「あら、そうなの!? 良いコト聞いちゃったわ!!」
―こんな状況で、淡々と業務をこなせるすだまに、俺は心底、尊敬の念を抱く。
「それで、こちらのお兄さんは?」
「こちらは、数ヶ月前に幽霊になられた、不条理 京さんです。色々な経験をするために、私と組んでもらっています。」
「そーだったの。京ちゃんね。覚えたわ。」
「覚えられてしまったよ…。」
何だろう。電話番号を知られちゃいけない相手に知られたかの様な、この気分。
尚も淡々と業務をこなす、すだま。
「―えーと、大釜さんは…あら? お名前は『阿仁』となっていますが…。」
「あぁ、それ、戸籍上の本名よ。普段はアニーで通してあるわ。すだまちゃんもそう呼んでくれたら嬉しいわん。」
「分かりました。―では、アニーさん。アニーさんの死因は…あらら?」
「どうした? すだま?」
「アニーさんの死因が2つあるんです。珍しいですね。このケース、久し振りに見ました。」
「2つ!?」
「時々まれにあるんです。偶然、複数の死因が重なってしまうコトが。
えぇっと、アニーさんの死因は、『交通事故』と『癌による寿命』、ですか。」
「交通事故と、癌!?」
「そーなのよん! どっちみち死んじゃうトコロだったけど、最後は派手にイッたわぁー!」
「他人事だな、アンタ!?」
「もう死んじゃったもの。割り切ってるわ。ホラ、言うでしょ? 『女は度胸』って。」
―それ、『男は度胸、女は愛嬌』だろ!?
でも、ここでソレをツッコむのは危ない気がする。俺の勘がそう告げている。
日本で1日に死亡する人は、約3200人強。
その中で、癌で死亡するのは960人前後。死亡原因の30%、死因第1位なのも当然の多さだ。
不慮の事故で死亡するのは、約110人。これには交通事故から、家の風呂場で滑って頭を打った、みたいなモノまでの合計だ。
そう考えれば、意外にも、交通事故で亡くなるというケースは少ないとも言える。
だが、少ないと言っても0では無い。そこに数字がある限り、無視は出来ないし、してはならない。
確かに、そこで人が亡くなっているのだから。
この一見キモいオカマだって、一応は亡くなっているのだ。それなりに理由があったに違い無いし、無下にしてはイケナイ。
『一見』とか『一応は』とか『それなりに』とか、頭に付けてる時点で、ヒドイという意見もあろうが、
実際、このアニー本人の前だと、そういう感想しか出て来ないんだよ…。分かってくれよ。俺もツライんだ。
「えっと、立ち入ったコト聞くけど、交通事故と癌って、どういう組み合わせなんだ?」
まずは、この不可解な死因から聞いてみるか。
「そうねぇ。―まず、癌から話そうかしら。アタシの癌って、なかなか発見しづらいタイプだったそうで、
見付かった時にはメッチャ進行しまくってて、もう、お医者さんでも、手が付けられない状態だったのよ。」
「それは…気の毒に。」
「あん、気を遣ってくれてアリガト、京ちゃん。それで、余命が1年って聞いてね、
お医者さんに『この1年で、したかったコト、やり残したコトをしましょう』って勧められたのよん。」
「まぁ、それが普通に考えて、一番だよな。」
「それで、性転換しちゃったの!」
「待てぃ!!」
「清水の舞台から紐無しバンジーする様な気持ちだったけど、思い切ってやって良かったわん。ウフッ。」
「待てと言ってるんだ! ―え? 何? それが『したかったコト、やり残したコト』だったのか!?」
「えぇ、そうよん。」
「―理解が追い付かないのですが…。」
ここまで事務的に話を進めていたすだまも、ここに来て、遂に唖然とした表情になった。気持ちは分かる。
俺だって、てっきりコイツは何年も前からオカマってて、癌とは無関係だと思ってたからな。
それが、『癌になったからオカマになった』って、文の前と後ろが繋がらない。
「アタシには、御東斗ちゃんっていう弟がいるの。とっても可愛くて、本当はずーっと前から構いまくってあげたいと思ってたのよん。
でも、むつくけき兄貴が、毎日お弁当作ってあげたり、クッキー焼いてあげたり、膝枕で耳掃除してあげたり、
―そういうのをやっても、全然、画にならないし、拒否られちゃうでしょ?」
「―う、ま、まぁ、そうだな…。」
「だから、はなはだ不本意だったけど、アタシは『常に一歩引いた硬派な兄貴』ってカンジになっちゃっていたのよ。」
「―それで、姉になれば、公明正大に弟さんのお世話が焼けると、そう考えたんですね?」
「正解~。すだまちゃん、あったま良い~。」
な、成る程。兄弟愛で出来なかったコトを、姉弟愛で果たそうと思ったワケか。
弟さん思いの良い兄貴…いや、姉貴か? ―だったってコトは理解した。賛同は出来ないが、理解はした。
「でも、家庭とか大変だったんじゃないか? みんなには、余命のコトとか、性転換のコト、事前に話したのか?」
「ううん! 家族を心配させたくないから、余命宣告受けたその日に、やっちゃった! ホラ、人生って勢いが大切じゃない?」
「勢い良過ぎるわ!! つーか、いきなりオカマになって帰宅する方が、みんな心配すると思うぞ!?」
「それからもう、毎日の様に緊急家族会議よん。」
「さもありなん。地獄の日々が目に浮かぶわ…。」
「でもね、アタシは譲らなかったの。オカマにはオカマの意地があるもの。」
「開き直ったオカマは強いって聞くしな…。」
「それにね、家族の会話が増えたの。それまでは、みんな一つ屋根の下で暮らしているのに、生活バラバラだったから。
日々の家族会議で、家族みんなが自分の意見を正直に言い合って、理解が深まって行ったわ。」
―それは思わぬ良い効果だったな。現代家族は、こういうインパクトのある事件でも起きないと、
顔突き合わせて、腹を割って話すチャンスなんか、無いのかも知れないなぁ…。
普通のモメ事なら、嫌になったら席を蹴って離れれば、その時、その場からは逃げられるけど、
オカマはずっと家にいるからな。現実逃避しようとしても逃げられない。
ご家族には災難だろうけど、結果的に『雨降って地固まる』…いや、『大洪水で地固まる』か。
「それから、夢だったお弁当作りやお菓子作り、刺繍とか膝枕とか、御東斗ちゃんにしてあげたのよん。」
「お前には夢でも、弟さんには悪夢だろ、それ…。」
「ンもう! 京ちゃんってば、いけずぅ!! でも、上手いコト言うわねぇ。京ちゃんのそういうトコ、憎めないわん。
―他にも宿題見てあげたり、お小遣いあげたり、姉として、思い付く限りの事はしてあげたツモリよん。」
うむ、ベクトルが間違ってるだけで、弟さんのコトを本気で大切に思っているのは、事実だな。
「―ひとまず、そこまでは分かった。じゃあ、交通事故の方を解説してくれ。」
「良いわよ。―そんなこんなで1年が過ぎたわ。だけど、アタシは奇跡的にまだ生きていたの。
お医者さんは『生きがいが支えているのでしょう』って言ってたわ。」
「生きる目的があると、人は強いですからね。」
これは実際、良くあるハナシだ。希望でも執念でも何でも良い。兎に角、強い『生きる目的』があると、
人の身体は、時に医療の常識を超えるコトがある。
人は、生きがいを感じれば幸福感に包まれる。そうすれば、免疫力が活性化するというのは医学的にも認められている。
『人間は感情の動物』とは、良く言ったモノだ。
―『生』とは、『死』に対する抵抗力の総和である、とも言われている。
肉体が『死』への抵抗力を失っても、精神が『生』に執着していれば、それが最後の支えになってくれるのだろう。
俺は別に、精神論や根性論を振りかざすツモリは毛頭無い。
だけど、そういうコトって、あると思うのだ。『生きがいを無くすと、一気に老ける』とも言われてるしな。
ともあれ、アニーはオカマ人生謳歌の中、弟さんへの世話を焼きまくるコトで、生きがいを感じていたのであろう。
「でも、タイムリミットは超えていたから、『いつ死んでもおかしくない』って言われたの。
そんなある日、夕方にいきなり雨が降って来て、御東斗ちゃんが傘持たずに学校行ったコトを思い出したのよ。」
「それで、傘を届けに?」
「えぇ。本当はもう寝たきりで余生を送るパターンなんだけど、御東斗ちゃんが心配で、力を振り絞って外に出たの。」
「はぁ!? 癌の末期なのに、自力で外に出たのか!?」
癌患者の末期は滅茶苦茶に身体が痛むと聞く。普通の鎮痛剤なんか効かず、已むを得ずモルヒネのお世話になるとか。
ところが、それで身体の痛みが静まっても、強すぎる効果は普段の意識まで混濁させてしまう。
モルヒネを常用すれば脳がやられ、段々と見舞いに来てくれた家族の顔すら忘れて行くらしい。
コレ聞いた時は、怖かった。モルヒネを使う、使わない、どっちを選択しても破滅しか待っていないなんて…。
もう死ぬコトが確定しているから、ヤク中になっても構わない、みたいな考えに見えるのも嫌だった。
だが、死んだ方がマシなレベルの激痛に苦しむ姿を見て、家族の方が見るに耐えられず、モルヒネ使用を望んでしまうのだとか。
死ぬなら、せめて苦しまずに…。その気持ちも分かるから、尚ツライ。
まぁ、一応、ちゃんと医師の診断の下、適切な量を使えば、モルヒネと言えど安全で、依存症にもならないらしいが。
元々癌以外でも、普通の鎮痛剤が効かない症状には、当たり前に処方されているからな。
ただ、末期も末期だと、四六時中痛みに襲われて、結局は短期間でのモルヒネ使用を重ねるコトになってしまうワケで。
アニーが『傘を持って弟さんを迎えに出た』ってコトは、鎮痛剤も使わずに意識がハッキリしていた証拠だ。
つまり、コイツはその激痛に苦しみながらも、家族にはひた隠しにして、明るくオカマとして振舞っていたワケか…。
「アタシ、運動部で、身体の頑丈さにだけは自信があったから。」
「いや、普通、それで耐えられるモンじゃ無いだろ…。」
「そうして向かっていたら、丁度、学校の手前の大通りで、横断歩道で信号待ちしている御東斗ちゃんを見付けてね。手を振ったの。」
「―う…、その時の弟さんの気持ち、分かるわ…。俺なら、目を逸らして他人のフリする。」
「まぁ、京ちゃん! 良く分かったわねぇ! そうよ、その通りなの。御東斗ちゃんってば私に気付かないフリしていたから、
近付いて、声を掛けようとしたのよ。―そうしたら、御東斗ちゃん、逃げちゃって…、」
「―待て! まさか…!?」
「そうよ。御東斗ちゃんはまだ信号が赤なのに、車道に飛び出しちゃったのよ。そこに1台のトラック。
―後は、ご想像の通りね。…異世界転生せずに、幽霊になっちゃったのは意外だったケド。」
弟さんを助けるために、身代わりになったのか!?
―て言うか、最後のはネタか!? ネタなのか!?
「それで、弟さんはご無事だったんですか!?」
「勿論、無事だったわよ。本当に良かったわん。」
アニーの顔は、本気で良かったと思っている笑顔だった。
今、俺は猛烈に感動している。アニーは、末期癌の苦しみに耐えながら、甲斐甲斐しく弟さんの世話を焼き、
最後はその生命を懸けて弟さんを救ったのだ。誰にでも出来るコトじゃあ無い。
俺は反省する。アニーをキモいとか思ってしまって悪かった。オカマという偏見で接してしまって悪かった。
こんなに素晴らしい弟思いの兄…、いや、姉…、いや、この際どっちでも良い、がいるという事実。
慈愛に溢れ、家族愛に溢れ、兄弟愛…いや、姉弟愛…いや、これもどっちでも良い、に溢れた人格者じゃないか!!
「アニー。お前、凄いよ。立派だったな。オカマだって馬鹿にして、ゴメンな。」
「―っ! 京ちゃん…! 嬉しいっ!!」
アニーは目を潤ませて、俺に抱き付いて来た。
「うがぁああーーー!! ゴメン!! やっぱ無理ーーーーー!!!!!」
「京ちゃーーーーん!!」
―そう。頭で分かってはいても、無理なモノは無理なのである。
そして、立ち尽くすすだま。
「何なんですか、これは…。」
「―じゃあ、達者でな。」
アニーにそう言って、立ち去ろうとした俺の腕を、またしてもすだまが『むんず』と掴む。
「京さん! どこ行くんですか!? まだアニーさんに幽霊になってからのコト、何も説明していませんよ!?」
「―え!?」
すだまにそう指摘され、俺は、まだアニーに幽霊としての『いろは』を1つも教えていないコトに気が付く。
そう言われてみれば、ずっとアニーの身の上話を聞いていただけだ。
ここまでが、色んな意味で濃過ぎたせいで、すっかり忘れていた。正直、もう『お家帰りたい』という気持ちもあるが…。
―仕方無い。もう少し付き合うか…。
いつもの様に、成仏する『天界コース』と、下界で働く『現世コース』の解説をするすだま。
俺もすだまと一緒に行動し、毎回この解説を聞いているので、セリフ内容は嫌でも覚えて来た。
マニュアル対応だけなら、そろそろ俺でも出来そうな気がする。
まぁ、実際やらされたら「あのう、そのう」連発で、上手く行かないだろうけどな。
『知ってる』と『教えられる』は違うのだ。名選手、必ずしも名監督に非ず、ってヤツだ。
「―そうねぇ、『未練』ねぇ…。」
話は、何かやり残したコトが残っていないか? というトコロに進んでいた。
アニーは余命1年を、オカマにまでなって過ごし切った猛者だぞ。未練なんてあるんだろうかね。
―あ、コイツのコトだから、可愛い弟さんの心配とかかね? ちょっと聞いてみるか。
「弟さんの世話をもう焼けないのは、悔しくないか?」
「確かにそれはあるわねぇ。でも、御東斗ちゃんは結構たくましいもの。私がいなくても、きっと平気よ。」
「じゃあ、本当にやり切って、何も思い残すコト無いんだな?」
「うーん、ソレなんだけど…1つ。あるって言えばあるわね。」
「何でしょうか? 未練は悪事で無い限り、綺麗に晴らした方が良いですよ。」
「アタシのスマホなの。」
「スマホ? ―それがどうした?」
アニーは自分の死に際を思い出すかの様に、虚空を見つめて、俺達に話す。
「アタシ、トラックに跳ねられて、救急車が来るまでに、自分のスマホで動画を撮っておいたの。」
「動画!? 死に際にか!? y○utubeにでもアゲるツモリだったのか!?」
「まさか! いくらアタシでも、そんなドン引きなコトしないわよぉ~!
―ホラ、ダイイング・メッセージってあるじゃない? アレよ。アレがしたかったの。」
ダイイング・メッセージか。普通は推理小説で、被害者が犯人の手掛かりを残すヤツを指すんだがな。
まぁ、病院でも成功率が低い手術とかする前に、患者さんにビデオメッセージを残させるコトも少なくないらしいから、
そういった一連と言えば、そう言えなくも無いのか。
「自分を跳ねたトラックを逃がすまいと、車のナンバーとか、運転手の顔とか、証拠として撮ったってコトか?」
「違うわ。その逆よ、逆。」
「逆、ですか?」
「『アタシが勝手に突っ込んじゃっただけで、トラックの運転手さんの責任じゃありません』って、言い残したかったの。」
「―お前…! マジで良いヤツだな!!」
「だって、その運転手さんにも生活があるじゃない? アタシのために、人生台無しになって欲しくないもの。
だから『アタシは放っておいても、数日の生命』だってコトも言って、少しでも運転手さんを減刑出来たらな、って。」
―過失相殺というヤツか。
聞いた話だと、確かに車と人では、人の方が被害は大きいし、車は凹むだろうがドライバーは無事だし、
ドライバーには危険回避義務があるから、どうしても対人事故を起こした場合は、ドライバーの過失割合が多くなる。
だが、事故原因の一端が歩行者にもある場合、場合に応じてこの過失割合が変わって来るそうだ。
例えば、歩行者が赤信号を無視して飛び出せば、完全な歩行者側の交通ルール違反だ。
この場合、だいたい歩行者70%、車30%と、過失割合が逆転するとか。
―しかし、それでも、まだ30%は車の責任になるのだ。車は青信号で進み、その間は歩行者が車道に出ない決まりのハズなのに。
考えてみれば理不尽なコトだ。本来は『事故を起こされた』立場なのに、責任を追わなければならないのだから。
そして厄介なのが風評だ。会社や住んでる周りで『あの人は事故を起こした』『相手を死亡させた』と広まれば、
会社は評判を気にして、そのドライバーを解雇したり、周辺住民の態度が冷たくなるコトもあり得る。
『責任は歩行者側にあった』という事実があっても、噂は悪いコトの方が勢い良く広まるからな。
だが、アニーのビデオメッセージが証拠としてあれば、そこで更なる情状酌量の余地も出て来る。
可能な限り、ドライバーに降り掛かる責任を軽く出来る可能性がある。
この出来過ぎたオカマは、最後の最後まで、そう他人を思いやって行動していたのである。
「それと一緒に、御東斗ちゃんにも『不甲斐無いお姉ちゃんでゴメンナサイ』って。
『この事件のコトを気にし続けちゃ駄目よ』って。そう伝えたかったの。」
「―ちょっと待て。俺、涙出てきた…。」
「私もです…。」
くっそ。全米が泣いてるわ、コレ。本当に出来た男…いや、女…、もうどっちでもいいか。―出来た人物だな。
「―で? その録画したスマホが、どうしたって?」
俺は目を拭いながらアニーに尋ねる。
「それなんだけど、失くしちゃったのよ。」
「え!?」
「事故現場でしょ? それから救急隊員に担がれて、救急車に乗せられたでしょ? そして病院に着いて、集中治療室でしょ?
あちこち運ばれている時のどさくさで、どこかで力尽きて落としちゃったんだと思うわ。」
「落としたコトは覚えてるのか。」
「えぇ。アタシ、最後に見た光景が、集中治療室の天井のライトだったの。その時、スマホを手に持って無いのに気が付いて、
『あぁ、困ったわ…』って思ったのが、ラスト。」
「拾われて、もうご家族に届けられている、というコトはありませんか?」
「それは無いわ、すだまちゃん。アタシ、幽霊になって、しばらく病院で家族のコト見ていたから。
―あの時は、まさか幽霊になったとは知らなかったから、夢でも見ているのかしら? って思ってたけど。」
あぁ、死ぬと幽体離脱して『自分の遺体やその部屋を俯瞰で見渡していた』ってヤツか。
それって、仮死状態から蘇生した人の証言に多いパターンだな。いきなり第三者視点じゃ、夢と思っても仕方無いよな。
「つまりアニーは、そのスマホを探して、家族に届けたいと言うワケだな?」
「そうなのよん!! 京ちゃん! 何とかならないかしら!?」
「京さん! 何とかしてあげられないでしょうか!?」
「―いや、すだま! コレ、本来はお前の仕事だからな!?」
「す、すみません! ―だって、これは探すの難しそうで…、つい。」
「はぁ…仕方無ぇなぁ…。―うーん、まぁ、大丈夫じゃないか? スマホ、探せるヤツがいただろ?」
「―そんな幽霊、いましたっけ…?」
「うっわー、マジでオカマー!? ありえなくなーい? みたいなー。」
「あら~ん、コギャルぅ!? 懐かしいわねぇ~。」
金髪日焼けJKと筋肉質オカマが、向い合って互いの感想を述べている。
『混ぜるな危険』的な、怪しさ大爆発の風景だ。
「あぁ、メリーさんですか! 確かにこれは適材適所です!」
すだまは手をポンと叩いて納得する。
普通、幽霊はモノに触れたり持ったりするのが難しいのだが、このコギャル幽霊は、携帯電話に限定されるが、
手に触れて持って、電話を掛けるコトが出来る能力を身に付けているのだ。
彼女はそれ以降、都市伝説のメリーさんとして活躍している。
「失くした『すまほ』に電話して鳴らせば、着信音で在処が判りますね!」
「チッチッチ。すだま、それは昭和の考えだな。現代はそれより良い方法がある。」
「そうなんですか?」
「失くしたスマホなんて、GPS機能で一発だ。」
そう。部屋の中で無くしたとかならまだしも、屋外の広範囲が相手なら、GPSで地図表示するのが一番手っ取り早い。
俺はそう考え、繁華街をフィールドにしているメリーさんを訪ねたのだ。
「と言うワケで、メリーさん、アニーのスマホアカウントにアクセス頼む。」
「―は? 京っち、『すまほあかうんと』って何語? ソレ、聞いたコト無い。ヤバイっしょ。」
「え?」
―見れば、メリーさんの持ってる機種は、スマホじゃなくって、スマホ登場前のケータイだった。
「何だその機種!? 古っ!!」
「あんだよー! これでもピッチから必死コイて機種変したんだしー! マジムカツクー!!」
―そ、そうか。メリーさんが幽霊になった頃は、まだPHSと携帯ががっぷり四つでシェア争いしてた時代か。
で、本体価格や通話料が安いPHSは、学生を中心に人気があったんだっけか…。
そんなPHSもシェア争いに負け、数年前にそのシステムは廃止された。
で、メリーさんは当時の経験と記憶で扱える範疇での機種変を試みたら、旧型のケータイ止りになったってワケか。
つまり、通話とメールしか出来ない時代の機種…。
「くぅうう~! 平成は遠くなりにけり、か。結局、着信音を頼りに探すしか無いのか…。」
「駄目だったんですか? 京さん。」
「あぁ。すだまが前に言ってた『ここ数十年の移り変わりは急速過ぎて、正直、付いて行けない』ってヤツ。
―今、俺もそのギャップを実感したよ…。」
今の時代は、5年、10年で、ガラッと変わるもんなぁ。
あと数年後には、俺達が新人の幽霊さんに「えー、5G使えないんスかー。」って、言われるんだろうな、きっと…。
「あのさー、京っちにすだまっちー。何がしたいワケー? 用事無いなら、もうあーし帰りてー。みたいなー。
だいたい、このオカマは何なワケー? マジBKなんですけどー。」
「あら、ハッキリ言うわね、この子。―でも、そういうの嫌いじゃ無いわ。」
メリーさんは不機嫌そうにアニーを睨みつつ、ケータイのストラップを振り回している。
すだまが慌てて中に入る。
「い、いえ! メリーさんのご協力が是非とも必要なんです!! 話を聞いて下さい!!」
俺とすだまは、アニーのここまでの経緯をメリーさんに説明した。
最初、オカマのアニーを見て不審がっていたメリーさんだったが、アニーの感動話を聞いて、現在、絶賛涙腺崩壊中だ。
「なんだよー! このオカマ、スッゲー良いヤツじゃんかよー! MG5ー! マジで号泣5秒前みたいなー!!」
「いや、もうさっきからガン泣きじゃん…。」
「生きていたら、ハンカチじゃなくてバスタオルが必要ですね…。」
「うっせー!! こんな良い話、泣かなかったら人間じゃねーっつーの!! 鬼だっつーの!!」
なんだかんだでこのメリーさんも、大切な友達に連絡取りたくて、幽霊になっても電話しちゃった位の友達思いの良い子だからな。
コギャルの格好をしていても、根はピュアな女子高生なのだ。
「おーし! 分かったし!! あーし、全力でアニーに協力するし!! ノープロ! ノープロ!!」
「ありがと!! メリーちゃん!! アタシ、嬉しいわ!! ヨロシクねん!!」
ガッシリ握手するコギャルとオカマ。何も知らずに見たら、凄い絵面だな…。
―場所変わって、学校近くの交差点。アニーがトラックに轢かれた現場だ。
GPS機能が使えないなら、まずはココから地道に調べて行こうか。
「じゃあメリーさん、アニーさんの『すまほ』への電話、お願いします。」
「お願いするわ。メリーちゃん。」
「はいよー。すちゃちゃちゃちゃちゃ、っと。」
「相変わらず速ぇええええー!!」
何だ、今の電話番号押す親指の動き!? 以前より速くなってて、ほとんど見えなかったぞ!?
「こんくらいで驚くなよ―。JKなら誰でも出来る、みたいなー。」
そんな、『出来て当然、して当然』みたいに言うなよ…。
格ゲーのコマンド入力だって、こんなに高速で出来るゲーマーおらんわ。
手元が消えて見えるとか、インベーダーキャップ被った出っ歯の少年が披露するの炎のコマかよ!? ってハナシだ。
プルルルルル……
メリーさんのケータイから呼び出し音が鳴る。だが、現場周辺から着信音は聞こえて来ない。
「聞こえて来ませんね…。」
「アニー、まさかとは思うが、『マナーモードにしてあったわ! テヘペロ!』なんてコトは無いよな?」
「京ちゃん、そんなベタベタなオチ無いわよぉ! ちゃんと通常モードにしてあるわ。」
「んー、じゃ、ココには落ちて無いんじゃねー? みたいなー。」
「それじゃあ京さん、次はどこに行きますか?」
「そうだな…。簡単な方から攻めてみるか。よし、救急車を調べに消防署に行こう。」
「消防署? そっちの方が簡単なのですか?」
「病院は通話禁止だからな。メリーさんに呼び出してもらう手が使えない。」
「京っち、おめー、幽霊に通話禁止って、マジメか!!」
「仕方無いわよん。生きてる人達のルールだし。それをちゃんと守るのが、京ちゃんの良いトコだもの。」
「あー、もー、わーったよー。ソレが京っちのモテポイントだしー。みたいなー。」
「あらん。メリーちゃんてば、京ちゃんのコト、好きなのねん?」
「ばっ! バッカ言うなしー!! べ、別に京っちとすだまっちは、あーしのマブダチってだけだしー!!」
「うんうん。分かってるわ、分かってるわん。」
「その絶対分かって無さそーなうなづき方、チョーMM5ー!!」
「―京さん、」
「俺に振るな、すだま。こういう時、男は黙秘権の行使だ。」
―で、その後の捜索だが、結局、消防署にもアニーのスマホは無く、
病院の廊下、集中治療室、一般病棟、ナースセンター、落し物コーナーにも無かった。
病院は通話禁止だから、みんなで手分けして各部屋を虱潰しに当たるという、気の遠くなる様な作業だったが、
懸命な捜索にも関わらず、俺達の努力は徒労に帰した。
病院の中庭で、俺達はグッタリと途方に暮れる。
「無いなぁ~…。」
「ありませんでしたねぇ…。」
「アニー、ゴメンなー。チョベリバー。」
「みんな、ありがとうね。アタシのために…。」
俺達幽霊は、肉体を持たないので、いくら活動しても身体としては疲れない。
だが、精神体であるが故に、こういう『成果が無い』『報われない』という状態は、かなり効く。
それが『経験として記憶している疲労感』を呼び起こすのだ。
「今日はこの位にして、また明日にしましょうか?」
「そうよ。みんな、アタシのために無理しないでん。」
「でもー、スマホの電源入りっぱですけどー? ヤバくねー? みたいなー。」
「そうだな。バッテリーが切れたら、もう着信音でも探せなくなるのは痛い。ここはキツイけど、時間との勝負だ。」
今のスマホの待機時間は、機種にもよるが、平均してフル充電で約500時間前後ってトコだ。
だが、通話だ、ネットだ、音楽だ、ゲームだ、撮影だ、と使っていれば、1日10時間持つかどうか。
アニーの話だと、亡くなった当日、何も無ければそろそろ充電しようかと思っていた、とのコト。
それからだいたい1日半が経過している。バッテリー残量はそう多くないだろう。いつ切れてもおかしく無い。
「―仕方が無い。リーサル・ウェポンを投入しよう。」
「りーさるうえぽん…ですか?」
「―おや、京クン。お久しぶりですね。ハイ。」
「転田さんもお変りなく。」
「京様! また会えて嬉しゅう存じますわ!」
「綾乃さんも元気だね。―相変わらず、幽霊同士の会話で使って良い文句かどうか、悩むトコロだけど…。」
「もう気にしないコトにしましたわ。」
「まぁ、ソレが一番なのかもね。」
この2人。生前、探偵をしていた転田さんと、生粋のお嬢様の綾乃さんだ。
以前、綾乃さんのお父さんの経営する企業を乗っ取ろうと、ライバル企業が暗躍していた事件があり、
それを転田さんの協力で、未然に防ぐコトが出来た。
それ以降、2人も成仏するのを断り、転田さんは『幽霊探偵』として、
生前に事件に関わって未練を残して亡くなった人達の相談に乗り、その調査・解決を請け負い始めたのだ。
綾乃さんは、お嬢様ならではの育ちの良い人当たりの丁寧さと、幽霊としての勘の良さを買われ、転田さんの助手を務めている。
そして2人で、当事者が亡くなり迷宮入りしそうな事件を、幽霊サイドから解決するコトで、
幽霊となった当事者の未練を解消し、その遺族達の無念も晴らす仕事をしている。
事件が解決すれば、遺族達も気持ちが整理され、また新たに生きる希望が湧いて来る。
回り回って『人間に生きるための覇気を与える』コトに貢献しているコトになり、それでエクトプラズムを稼げているワケだ。
「京ちゃん、このお2人って?」
「幽霊で探偵を営んでいる転田さん。それと、助手をしている綾乃さん。」
「あらん! 探偵さん!? 渋いオジサマねぇ~! ロマンスグレーって言うヤツかしらん?」
「―京クン。こりゃまた随分と傾いたお友達ですね、ハイ…。」
「言いたいコトは痛い程分かります。でも、決して悪いヤツじゃ無いんで。」
「―それと、そちらのお嬢さんはぁ?」
「わたくし、遷宮橋 綾乃と申します。どうぞお見知り置き下さいませ。」
「あん、これはご丁寧に。アニー大釜よ。ヨロシクねん。」
「―綾乃さんは凄いなぁ。アニーを見て、良く平静を保ってるね…。」
「あら、だって、見た目で人を判断するのは、とても失礼なコトですわ。」
「まぁ! 綾乃ちゃん! アナタ良い子ね!! アタシ、気に入っちゃったわ!! お友達になりましょう!!」
「―よ、よしなに。」
あ、そう言いつつ、綾乃さん少しビビッてる…。
「京さん、転田さんと綾乃さんが、その『りーさるうえぽん』、ですか?」
「そう。無くし物探しには、探偵業は打ってつけだろ?」
「成る程! 確かにそうですね! これは100万の味方を得た気分です!」
すだまは表情を明るくし、胸の前で手をパン! と打って納得した。
そして再度、俺とすだまはアニーのコトを説明する。綾乃さんはもらい泣き。転田さんも帽子を目深に被って神妙な面持ちだ。
ついでにメリーさんも、再度、涙腺崩壊だ。
「メリーさん、また泣いてますね。」
「あんだよー!! いーじゃねーかー!! 良いハナシは何度聞いたって、マジ泣けんだよー!!」
「わたくし、感動いたしました。是非とも、アニーさんのスマホ探しのお手伝いをさせて下さいませ。」
「そうですね。私も協力、惜しみませんよ。ハイ。」
「ああん!! ありがと!! 2人とも!!」
目出度く、協力の依頼が出来た。
それにしても、綾乃さんは泣き方まで上品だなぁ。横を向き、ハンカチを目に当てて、すすり泣く声も控え目だ。
一方メリーさんは、おんおんと子供みたいに泣いてる。同じ女子高生でも、こうも違うか。
「人を慈しむのに、品の上下が関係ありましょうか。これで泣かない人がいるのなら、その方は鬼ですわ。」
「メリーさんと同じコト言ってる…。」
「アンタ、綾乃っちって言ったっけ? 分かってんじゃん!! 魂アガるぜー! マブダチになろーぜ! みたいなー!」
「はい、仲良くして下さいませ。」
オカマとコギャルも不思議な組み合わせだったけど、お嬢様とコギャルってのも、なかなか斬新な組み合わせだな。
まぁ、『仲良き事は美しき哉』。良いコトだ。
「―さて、ここまでの経緯は解りました。ハイ。」
「アニー様のスマホ、京様がこれ程探されたのに、見付からないのですね…。」
「そうなんだ。バッテリーが切れるまでに、何とか探してやりたいんだ。」
「転田さん、綾乃さん、お知恵を貸して下さい。」
「ロマンスグレーのオジサマ、綾乃ちゃん、ヨロシクお願いするわん。」
転田さんを拝むかの様に、手を合わせるアニー。転田さんは現場周辺を眺め、俺に質問した。
「―今、京クンとしては、どの様な推理をしてるのでしょう? 参考に、お聞かせ願えますか? ハイ。」
「そうですね…。」
ここまで探して無いってコトは、消去法で『誰かが拾って持って行った』可能性が高い。
外国なんかだと、犯罪者は自分のアシが付かない様に、盗んだり、脅し取ったりしたスマホで連絡を取り合ってると聞いた。
今、日本でも外国人犯罪が多くなって来ているからな。これ幸いと拾われて、悪用されているのかも知れない。
もしくは、ゴミと一緒にされて、既に処理されてしまったか…。
どっちにしろ、あまり良い想像が出来ない。
「―成る程。グローバルな視点ですね。ハイ。」
「確かに、そういう事態も考えられますわね…。」
俺の推理を聞いて、一同、沈痛な表情だ。
みんなの希望を潰す様で、俺も言いたくは無かったけど、ここまで来たらあり得るハナシだと思う。
転田さんは腕組みをして考えていたが、おもむろに顔を上げると、
「京クンの推理は分かりました。―でも、その前に、私の推理にお付き合い下さい。ハイ。」
「転田さんの推理とは…?」
「あぁ、いえ、可能性を当たってみると言うか、単なる思い付きです。ハイ。」
そう言って転田さんは歩き出す。俺達は顔を見合わせ、転田さんの後に付いて行くコトに。
―そうしてやって来た駅前の一角。
「あー、メリーさんでしたか? すいませんが、ココでもう一回、スマホに電話してみてもらえますか? ハイ。」
「ココって駅前よねん? 現場からはかなり離れているけど…。」
「うーん。…取り敢えず転田さんの言う通りにしてみよう。メリーさん、頼む。」
「あいよー。すちゃちゃちゃちゃっ、と。」
「何度見ても、やっぱ尋常じゃ無い速さだな…。」
プルルルルル…
―すると、
『プルルルルル』―着信音が聞こえて来た!!
「えぇっ!?」
「え!? マジ聞こえたー!!」
「ドコかしらん!?」
「ココを曲がったトコロです。ハイ。」
俺達は逸る気持ちで、その角を曲がる。―そこにあった建物は…、
「―交番…!!」
「交番ですか!!」
「落し物なら、まずはココを当たるのが最優先だと思いまして。ハイ。」
「―あぁ…!! そうか…!!」
俺の推理、『誰かが拾って持って行った』は、決して的外れでは無い。
だが、ここは日本だ。世界の中でも、落し物が高確率で戻って来るコトで有名な日本なのだ。
そっちを最初に考えるべきだった!!
アニーのスマホは、きっと現場に落ちていたのだろう。それを誰かが拾って、善意でこの交番に届けてくれていたのだ。
真相は実に簡単で単純。もっと日本の治安と民度の高さを信じて良かったのだ。
「転田さん、凄いです!!」
「いや、なに、これは京くんのケアレスミスです。まぁ、一発ビンゴで良かったです。ハイ。」
「うぅうう…、汗顔の至りですっ!!」
「京っちてば、シッカリしてるよーで、どこかヌケてんよなー。ダッセー。みたいなー。」
「んもう、そんなコト言わないの! 京ちゃんだって、一生懸命アタシのために探してくれたんですもの。」
「はい。そんなトコロも、京様の可愛らしいポイントですわ。」
「―ココは慰めないでくれ。余計に効く…。」
メリーさんのケータイを通じて、転田さんがアニーの友人を装い、交番の警官に落とし主の詳細をメールで知らせている。
これなら、スマホはすぐにアニーの家族の元へ返されるだろう。
「弟さんと、トラックの運転手さんを、最後まで気遣ったアニーさんの優しさ。
その『すまほ』を拾って、交番まで届けてくれた、知らない誰かさんの優しさ。
そして、幽霊となっても、こうして助けて下さったみなさんの優しさ。
私、今、この国の一人として、とても気持ちがほっこりしています。」
すだまが微笑んで言う。みんなも微笑む。
みんなの笑顔を見て、俺も、いつまでも、いつまでも、こうして互いに思いやれる国であって欲しいモノだと思った。
「取り敢えずは、一件落着ですね。」
「みんな、ホントにホントに、ありがとうね!! アニー、感激!!」
「おっしゃー! そんじゃみんな、これからオールでオケろーぜー!! 京っち、レップなー!!」
「えぇ!? 俺かよ!?」
俺はかろうじてメリーさんのコギャル語が理解出来たが、周りのみんなは全く分からなかった様で、一斉に俺に食い付いて来た。
「京様、メリーさんは何と仰ったのですか?」
「京さん、私も知りたいです。」
「この暗号、私も後学のためにお聞きしたいですね。ハイ。」
「京ちゃん! アタシも、アタシも!」
「えーとね、今のは『これから徹夜カラオケしようぜ。お前、乾杯の音頭役、陽気にやれよ。』って意味…のハズ。」
「京っちー! せっかくシャミってんのに、訳したらコギャル語の意味ねーじゃん! マジGKYー!!」
「いや、それはときとばだろ!! パンピーには理解不能だぞ!?」
「そんなコト、無くなくないー?」
「いやいや! 大体、場面でおっさんになってるだけだろ!? 俺がやる必要無いわ!!」
「なにー!? あーしがワンコミのパギャルだって言いたいワケー!?」
「―あぁ! 先程から京様とメリーさんが、お2人だけに分かる言葉で会話されてますわ!」
「京さん、ズルいですよー!!」
「あらん。京ちゃんてば、ハーレムかしら? スミに置けないわねん。微笑ましいわぁ~。」
「いやはや。会う度に、彼の周りは混迷を深めていますねぇ。ハイ。」
俺達の夜はやかましく、でも生きてる人達には聞こえずに過ぎて行く…。
※補足
「京さん、さっきの会話を訳して下さいよー!」
「仕方無いなぁ。」
「京っちー! せっかくシャミってんのに、訳したらコギャル語の意味ねーじゃん! マジGKYー!!」
(せっかく三味線弾いてる(意味をはぐらかす)のに、訳したらコギャル語の意味無いだろ! 本当にごっつ空気読めないな!!)
「いや、それはときとばだろ!! パンピーには理解不能だぞ!?」
(いや、それは時と場合によるだろ!! 一般人には理解不能だぞ!?)
「そんなコト、無くなくないー?」
(そんなコト、無いというコトは無い、というコトも無いだろ?)
「いやいや! 大体、場面でおっさんになってるだけだろ!? 俺がやる必要無いわ!!」
(いやいや! 大体、その場のノリで『お疲れさん』ってするだけだろ!? 俺がやる必要ないわ!!)
「なにー!? あーしがワンコミのパギャルだって言いたいワケー!?」
(何!? 私が自己中で中途半端なギャルだって言いたいワケ!?)
「―まぁ、こんなカンジかな。」
「うーん、戦前生まれの私には、こぎゃるの道は遠そうです…。」
「なるなよ?」
今年の更新はこれで終わりです。
皆様、良いお年を。