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あの世も理不尽なコトばかり  作者: 歩き目です
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11「幽霊探偵物語その2」




かくして俺達は、綾乃さんのお宅訪問に。

だが、ここでも俺は、格差社会の隔たりを思い知らされるのであった。


「―絶句…。」


「凄い大きいお屋敷ですね…。」


「私もこうして正面から来たのは初めてです。ハイ…。」


「皆様いらっしゃいませ。本来であれば、遷宮橋家をあげておもてなし致しますのに、

 幽霊の身となり、それが出来ない失礼をお許しください。」


「仕方無いよ。気にしない、気にしない。」


「―それで、お父上の部屋はドコでしょう? ハイ。」


「―ええっと…。確か、数年前にお仕事のネットインフラを最新のモノに改修したとかで…、

 その時に…新築の別棟に移られたハズですわ。」


「―ココの屋敷以外にもまだあるんだ!? ―はぁ…、もう、ため息しか出ないや…。」


「―あら、いけない。どういたしましょう…。」


「どうしました? 綾乃さん?」


「わたくし、その頃から体調が悪化して、ほとんど外出が出来なくなりまして…。

 ―その別棟には、ついぞ行く機会ががありませんでしたの。」


「つまり、別棟に行く道が判らない、と?」


「はい。申し訳ございません。わたくしとしたコトが、とんだ失態ですわ。」


「では手当たり次第に…って、とんでもなく広いですものねぇ…。」


「さて、困りました。ハイ。新しく作られた別棟は、最新機材を備える部所というコトですから、

 部外者を入れない様に、ソコ1つで大抵のコトは賄える様になっているでしょう。ハイ。」


「―それって、別棟の中だけで衣食住完備で、差し当たってこっちの旧邸と行き来する用事が無い。

 だからここで『別棟に行く誰かを待って付いて行く』ってワケにもいかない、ってコトですね。

 その『誰か』が来るのが、いつになるかも分からないしな…。」


「京クン、冴えてますねぇ。その通りです。ハイ。」


「おっしゃ! 合ってた!」


「しかし、これは弱りましたねぇ…。」


「―あ、でも、そう言えばメイドが言ってた様な…、」


「ん? 何か思い出した? 綾乃さん。」


「はい。わたくしが死ぬ数日前、見舞いに来られた母がメイドに愚痴をこぼしていたとのコトです。

『主人が別棟の料理をお気に召さない』と。」


「献立が気に入らなかった、とかでしょうか?」


「いえ。以前と同じシェフが担当していたのですが、別棟は可能な限り火災を起こさない様にと、

 キッチンも火を使わないIHばかりになっていたそうです。」


「あいえいち…?」


「あー、戦中派のすだまに解る様に言うと、電気を使ったカマドだな。電気コンロの進化形だ。」


「成る程です! 平成、令和、凄いです!」


「んー、話がなかなか良いカンジになって来ました。ハイ。―それで?」


「父は美食家でしたから、きっと火加減が変わったのに気が付いたのだと思います。

 それで、別棟で作られた料理には手を付けてくれない、と…。」


「火加減は大切ですものねぇ。」


「そこで、料理だけは今まで通り本邸で作り、メイドが別棟に届けるコトにしなさい、と仰っていたと。」


「ナイスだ! 綾乃さん!! これなら、食事の時間まで待てば…!」


「えぇ。別棟までの道が判ります。ハイ。」


「うふふ。京様のお役に立てて嬉しいですわ。」


「―あ、いや、調査の役に立ったと言うべきなのですが…、まぁ良いです。ハイ。」


「京さん! デレデレしないで下さい!」


「し、してないってば!!」


「フンだ。」




そうして、夜。


本邸から2人の人影が現れる。

1人は長身の男性。もう1人は、銀のサービスワゴン…ホテルや高級レストランとかで料理を運ぶ

手押しの台車アレで料理を運ぶメイドだ。


そのまま2人は側に駐めてあったワンボックスカーのトコロまで歩いて行き、長身の男性が運転席に座った。

後部ハッチが開き、メイドがそこから車内にサービスワゴンを乗せる。


「よし! あの車に乗り込んで付いて行こう。」


俺達は後部からゾロゾロと車内に乗り込む。それに気付くコトも無く、メイドはハッチを閉め、助手席へと向かう。

シートベルトをしたコトを確認すると、ワンボックスカーは静かに動き出す。


そのまま夕食を届けるメイドの乗った車に同乗してて10分程。

敷地内の検問を3箇所通り、その都度、運転手とメイドの顔とIDカード、載せた荷物の確認が行われる。

そうした厳重な監視体制の中、俺達は無事、別棟に辿り着いた。


「―お嬢さんのお父上が、別棟の食事を気に入らず、摂らないコトでやつれて来ていた。

 それを奥様は知らず、『毒が盛られているのではないか?』と、疑ったワケですね。ハイ。

 本邸で料理を作らせたのは、実際の『お父上が火加減を気にした』というコトよりも、恐らくは、

 奥様が自分の目が届くトコロで、安全な料理を作らせたかったという、『毒殺を疑った』故の行動だったのでしょう。ハイ。」


「―そうか! 綾乃さんのお父さんからしても、お母さんからしても、

 結果的に納得の行くコトになったから、互いにそれ以上何も言わなかった。

 ―この偶然上手く行ったすれ違いが、事件を分かり難くしてた原因か。」


「そういうコトですね。ハイ。」


「申し訳ございません。父も母も、共に思いやりはあるのですが、言葉が少ない人で…。」


「お仕事で忙しそうですから、余計に会話の時間が取れなさそうですよねぇ…。」


「やっぱ、夫婦の会話って大切なんだなぁ…。」


別棟の入り口。


「―監視カメラがあちこちにあるけど、大丈夫かな? 時々、こういうので幽霊が映ってる動画とかあったからなぁ…。」


「あら、家の者であるわたくしが一緒なのですから、構わないハズですわ。」


「―そういうコトなのかなぁ? 違う気がするけどなぁ…。」


「心霊写真や忠告の声とかと同じで、波長が合わなければ写らないと思いますが…。」


「ふーむ。―だったら、こんなのはどうでしょう。念のため、監視カメラの真後ろ…、死角を飛んで通る、というのは…? ハイ。」


「あぁ、その手があったか! ―何か、転田さんの方が幽霊慣れしてる気がするなぁ。」


「いえいえ。ダメ元で提案しただけです。ハイ。そうですか、イケますか。―あぁ、でも私、まだ飛んだコト無いんでした。ハイ。」


「う、そうだった。俺もまだ…。」


飛ぶというナイスアイデアだが、転田さんは幽霊になりたてで、飛んだりすり抜けたりするコツを掴んでいない。

かくいう俺なんか。未だに飛べないヘッポコ幽霊だ。―そう言えば、綾乃さんだって、


「あ、浮けましたわ。」


なにぃいいいいーーーーーー!!!???


見れば、綾乃さんが、凄く安定したフォームで宙に浮かんでいる。

マジかよ!? 綾乃さん、幽霊になってまだ2日目だって言うのに!!


「あ、綾乃さん…、浮けたの…?」


「はい。今の京様と転田様のお話で、『飛べる』のだと分かりましたので、試してみたら、出来ました。」


綾乃さんはフワフワと俺の方に近付きながら、説明してくれた。

これには、流石にすだまも驚いている。


「凄いですね、綾乃さん。まだ教えてもいないのに浮かべるなんて…。」


「畏れ入ります。」


「―やっぱ綾乃さん、幽霊としての『勘』が良いんだなぁ。確信したよ。」


水族館の水槽すり抜け、すだまより早く幽霊の転田さんに気付き、そして教わってもいないのに空中浮遊。

俺とは偉い違いだ。ちょっと自分に自信無くなって来たわ…。


「―俺も、もっと頑張らないとなぁ…。」


「―? もしかされますと、京様は、飛べないのですか?」


「う…。―うん。」


俺はバツの悪さに、頬を指で掻きつつ頷く。

すると、綾乃さんの顔が、パアッと花が咲いた様にほころぶ。


「でしたら京様! 僭越ですが、どうぞわたくしにお掴まり下さいませ!」


そう言って、宙に浮いた綾乃さんは、俺に両の手を差し出す。


「え!?」


その綾乃さんの満面の笑みからは、『拒否出来ないオーラ』が、…いや、『拒否させませんよオーラ』が滲み出ていた。

この無言の圧力。―感じる。

躊躇しているこの間にも、更に『拒否したら、わたくし泣きますわよ』オーラまで発動している。

綾乃さんの手を取るしか、選択肢は無いのか。


俺がそうっと手を伸ばすと、

―バシッ! と、俺のその手を勢い良く掴む別の手が。


「―京さん。デレデレしないで下さい。」


そこにいたのは、吹雪をバックにした雪女!!

―と、一瞬錯覚する程の冷気をまとった、すだまだった!!


「すだま様!?」


「―京さんは、いつも私の補助で飛んでいますので、どうぞご心配無く。」


「あら、それは失礼致しました。―でも、別の人と飛んでみるのも、京様にとって良い経験になるのではございませんか?」


「ご提案ありがとうございます。それでもやはり、『気心知れた仲』の方が良いでしょうから。」


「それでしたら、わたくしも京様と2日間『ずっとご一緒』させていただきました。お気遣い無用ですわ。」


「…………。」


「…………。」


―嫌な沈黙。2人とも顔は到って笑顔なのが、この嫌な雰囲気に拍車を掛ける。


「―これはやはり、私、幽霊ガイドとしての務めでもありますし。」


「それは、些か職権乱用ではございませんこと?」


「…………。」


「…………。」


一層、この沈黙が、場に重くのし掛かる。

正直、逃げたい。―逃げようかな…。


「京さん!!」


「京様!!」


「ひえっ!?」


「どちらを選ぶか、決めて下さい!!」


「どちらになさるのか、決めて下さいませ!!」


―逃げられなかった。


転田さんが気まずそうに手を上げて言う。


「あのぉー、私も飛べないのですが…。ハイ…。」




運転手の男性は車から降りない。メイドだけがサービスワゴンを押して別棟へと入って行く。

俺達も宙を飛び、それに続く。


結局、組み合わせは、俺と綾乃さん、すだまと転田さんに決まった。

―綾乃さん、ジャンケン強過ぎだよ…。10回勝負して、すだま全敗だったし。


「うーむ。天井スレスレを浮いて通ってると、変な気分だな。」


「日頃、見たコトの無い景色で新鮮ですね。」


「受付でメイドさんが顔と指紋認証をしていますね。ハイ。」


「今日の当番は高木さんですね。仲本さん、加藤さんと同期で、ウチの古株ですわ。」


「綾乃さんちって、メイドさん何人いるんだい?

 庶民感覚だと、アニメやラノベでの軍隊みたいに大勢いるってイメージなんだけど…。」


「メインは父と母とわたくしの3人でしたから、周りの世話をするのはそれほど多くはありませんわ。

 後はメイド長と…、荒井さんがお辞めになられて、志村さんが新人で入って来たばかり…でしたかしら?」


「―もしかして、そのメイド長の名前って、碇屋だったりする?」


「まぁ、京様!! ご存知でしたの!?」


「アタリか…。」


「それも、やはり推理なのでして?」


「いや、推理っつーか、何っつーか…。」


「あ、京さん。メイドさんが部屋に着いた様ですよ。」


メイドはカードキーを取り出し、壁のモニター機にカードを通す。そして顔をモニターのカメラに近付ける。


「ここまで検問を3箇所通った上、受付で顔と指紋認証。更にカードキーと網膜認証ですか。念には念を入れ、ですな。ハイ。」


モニター越しにひと言ふた言会話すると、部屋のドアが自動で開く。

だが、メイドはその場に留まり、中から出て来たスタッフに料理を乗せたサービスワゴンを渡すと、

会釈を1つして、部屋に入るコト無く戻って行く。


「―部屋にはメイドさんは入らないんですね。」


「徹底してるなぁ。本当にデータ管理の関係者しか入れないんだな。」


「現代では、データこそが世界を動かす経済の武器ですからね。ハイ。」


「―わたくしもこの別棟のコトはお父様からは聞かされていませんでしたし、

 この様子では、わたくしが生きていて健康に動き回れたとしても、

 この場所には、決して入れてもらえなかったかも知れませんわね…。」


「愛娘の綾乃さんでもですか? ソレは流石に無いのでは?」


「いや、すだま。充分に考えられるよ。―あぁ、別に自分の娘を信用していない、ってワケじゃ無いぜ?」


「じゃあ、何なんですか?」


「大切に思っているからこそ、だろうな。綾乃さんがココの機密を知ってしまったら、

 その機密を欲しがっている連中に、誘拐されてしまう可能性が出てくるだろ?」


「あ、成る程です!」


「病弱の綾乃さんがそんな目に遭ったら、誘拐先でどうなるか分かったモンじゃ無い。

 そうなったらもう、身代金の金額や、機密がどうのと言う以前の問題だ。

 お父さんとしては、綾乃さんの危険を少しでも減らしたいと思うのが当然だよ。」


「―そう…ですわね。確かに、お父様はそういう方ですわ。疑った自分が情けないです…。」


「いつの時代も『親心、子知らず』ですな。ハイ。」


「―ところで京様。京様がその様な推理をなされた、というコトは、

 京様もわたくしの身を大切に思ってくださっている、という解釈でよろしいのでしょうか?」


「え?」


「わたくし、とても嬉しゅうございます。京様!」


「い、いや、別に俺は…、」


「京さん!! デレデレしないで下さい!!」


「お前、そのネタ、天丼かよ!?」


「フンだ。」


「―いやはや。若いとは良いモノですなぁ。ハイ。―さて、コレで奥様の抱いていた懸念は無くなったコトになりますな。ハイ。」


「どういうコトです?」


「見たろ? メイドさんが直接、綾乃さんのお父さんに食事を届けているワケじゃ無い。」


「はい。」


「つまり、食事を受け取ったスタッフが、データルームの中で毒を入れようと思えば、可能だってコトだ。」


「あ! 成る程です! ―でも、綾乃さんのお父さんは食事を摂って生きている…。」


「そう。この別棟のスタッフに、少なくとも毒殺を考えてるヤツはいない。」


「やはり京クン、冴えてますね。その通りです。ハイ。」


「京様、素晴らしいですわ! これを聞けばお母様も安心されますのに…。」


「いや、綾乃さん。問題はココからだよ。―『毒殺を考えてるヤツはいない』けど、『機密漏洩を考えてるヤツはいる』ってコトだ。」


「そ、そうでしたわね…。」


「―京クン。そうなると、あまり時間的猶予は無いかも知れませんね。ハイ。」


「―ですね。」


「どういうコトですか?」


「いいか? ただ情報を盗みたいだけなら、それこそ殺してしまった方が簡単だろ?

 でも、犯人達はそれをしない。何故なら、最終目的が遷宮橋企業の乗っ取りだからだ。」


「その通りです。ハイ。今、殺してしまえば警察が入って来て、事情聴取されたスタッフの素性が明かされ、

 それでスパイがいたと判れば、せっかくココまでやって来た機密奪取の件も、バレる危険性が出てきますからね。

 企業のトップが亡くなったコトがニュースで広まれば、乗っ取り計画も白紙に戻ってしまうかもしれません。ハイ。」


「だから今は手荒なコトはしない。―そして、このまま遷宮橋企業の業績を悪化させて、

 そこにつけ込み、吸収合併でも買収でも、何でも良いから公式に乗っ取る。

 そうしてトップに自分達が座り、遷宮橋企業の全てを奪ったその時こそ…、」


「―お父様の生命を…!? 何て恐ろしいコトを…。」


「まだ可能性の段階ですが、私の経験上、裏の世界では無いハナシではありません。ハイ。」


「酷過ぎます!」


「転田さん、絶対に防ぎましょう!」


「―京クン…。勿論です。ハイ。」




―ここは俺の町にある、今では珍しい個人経営での漫画喫茶の一室。

満室にでもならない限り使われない、客からも人気の無い、本棚やドリンクバーからも一番離れた隅っこのブースだ。


「まぁ、ここが漫画喫茶ですか。お話には聞いておりましたが、実際に来たのは、わたくし初めてです!」


「京さん、勝手に使ってしまって、良いんですか?」


「仕方無いよ。俺達、誰もパソコン持って無いんだもの。」


昭和ひとケタ戦中派の幽霊ガイドのすだまが、パソコンに無縁なのは勿論、

転田さんもアナログ派で、危ない連中から足取りを追われないためというコトもあって、スマホさえ持っていなかった。

綾乃さんが病院で使っていたノートパソコンは、遺品として実家に送られちゃって行方不明だし、

俺の自宅のパソコンは、俺が死んでから数ヶ月も経った今、とっくに部屋ごと処分されている。


―遷宮橋家の別棟のデータルーム。

そこに俺達は侵入は出来たものの、そこからデータを引き出すコトは不可能だった。

中のスタッフは24時間の交代制で人員が入れ替わり、誰もいなくなる様な隙が1秒たりとも存在しない。

そして使っていないコンピューターは、パスワードとカードキー、更に物理的な錠前と鍵でロックされてしまう。

幽霊の俺達でさえ、全く手が出ないのだ。


まぁ、逆に言えば、こんな厳重な状況下で機密が漏れるってコトは、スパイしか有り得ないというワケでもあるが。


仕方無く、俺達は究極的にアナログな方法で対抗した。

スタッフの操作するコンピューターのモニターを覗き見して、遷宮橋家と取引のある企業名を見付けては、

みんなで転田さんに声で教えて、転田さんはそれを物陰にて鉛筆で紙に書く、というモノだ。


モノを持てる転田さんがいなけりゃ、詰んでいたな。


―さて、そんなこんなで企業名は調べ出せたものの、そこのルームのコンピュータ―は使えない。

だが、多くの企業のコトを更に細かく調べるのに、オンラインパソコンは絶対に必要。

というコトで、悪いとは思いつつ、漫画喫茶のパソコンを無断拝借しているのだ。


お一人様用のブースに幽霊といえど4人が入っていると、流石に狭っ苦しい。

すだまなんか右半身が壁にめり込んでるしな。


「―漫喫のパソコンが勝手に電源ONになってる時とか、たまーにあったけど、それってこういうコトだったのかな?」


「幽霊になって、初めて分かるコトですねぇ。ハイ。」


ここでも、モノに触れられる転田さんがパソコンの操作係だ。とは言っても、アナログ派の転田さん、

キーを確認しながら指1本での、ゆっくりした、どこか微笑ましい操作になる。


―遷宮橋企業と取引があって、船舶関係を生業とする相手…。

その中から、乗っ取り計画を企ててるヤツを、どうやって洗い出すか…。


「まずは、遷宮橋企業の業績が下がり出した頃から、逆に業績が上がった企業が怪しいな。」


「基本ですね。ハイ。」


毎日の株式市場のログを調べれば、これは一目瞭然。


「―そういたしますと…この5社に絞られますわ。でも、この中のどれなのか…。」


綾乃さんは多くの社名の中から、5つを指差す。


「うーん、どの企業でしょう? 怪しいと思って見ていると、全部怪しく見えます。」


「京クン。ココからどう特定しますか? ハイ。」


「じゃあ次は…、あの純金製の船の模型。アレと同型の船を作ってる、もしくは扱っているトコロ。

 前も言ったけど、設計図があるからこそ、細部まで再現出来たハズだし。それを贈っても『自社アピール』のフリが出来るからな。」


「おぉう。目の付け所が良いですね。ハイ。」


「京様、彗眼ですわ!」


転田さんは、遷宮橋企業が金の船の模型を贈られた日のニュースのログを検索。

だがニュースでは、船の模型を贈って来た相手先には、一切触れられていない。

『相手先に取材陣が殺到しては気の毒だ』とか何とかで、相手先に関してはシークレット。足取りを追えなくされていたのだ。


だが、模型の元となった船に付いては触れられていた。そこで、その船について検索。更にそこから関連する企業を探って行く。


「―この2社に絞り込めましたわ。」


「京さん、どっちでしょう?」


「さっきから俺ばっかに聞くなよー。プロの転田さんがいるのに悪いだろう?」


「いえいえ構いませんよ。私も京クンの推理を聞くのが楽しいです。ハイ。」


「プレッシャーだなぁー…。うーん、そうだなぁー…。―あ、例えば、経営が続いて今年でキリの良い年のトコロとか、どうだろう?」


「それって、今年で丁度『創業◯周年』とか、ですか?」


「そう。それだったら、金の船の模型っていう派手なモノでも、自社の記念品としてもっと自然に贈れる。」


「成る程。それは私も思い付きませんでした。ハイ。」


「いやぁ、適当に思い付きで言っただけですよぉ。」


転田さんは、それぞれの企業HPにアクセス。社歴アピールのページへ。


「京様は素晴らし過ぎますわ。―判りました。こちらですわ! 『静海グループ』!」


「『しずみ(沈み)』とか、船関係で最悪なネーミングだな!?」


「よく、こんな縁起の悪そうな社名、通りましたね…。」


「―静海ですか。裏では良いウワサは聞かない企業ですね。最悪…さもありなんです。ハイ。」


「そっちでも最悪なのか!? ―こりゃ、決定かな。」


「じゃあ、次に行く場所は、その静海という企業ですね。」


「よーし!凸しますか!」




―そして静海グループ本社の一室。

これみよがしにゴージャスな内装に、センスの悪い成金趣味丸出しの調度品。

そして、金色の机を前にして、ワインを片手にふんぞり返っているのは、ブルドッグの様な顔をした、この企業の主だ。


俺達は、各チェックポイントを難無く素通りし、今、ココにいるワケである。


「―いやはや、幽霊というモノは便利ですな。ハイ。」


「どんな部屋でも警備も鍵も気にせず入れるし、こんなに近くにいてもバレないし。」


「腹も空かなければ、眠くもならない。トイレも必要無いんですから、こりゃあ、尾行や潜入調査には打って付けですな。ハイ。」


「―幽霊はそういう為のモノでは無いんですが…。」


「分かってます。かくいう私だって、それでも幽霊よりは、やはりちゃんと生きていられた方が良かったと思いますよ。ハイ。」


―と、ブルドッグ顔の社主が、机の上にある電話の受話器を取る。


「―どこかに電話を掛ける様ですね。」


「頃合いから見て、お父上をハメたお仲間…実行犯のトコロでしょうな。ハイ。」


「『頃合い』、ですか?」


「えぇ。お嬢様が亡くなったコトで、お父上が憔悴しておられる今が、

 自分達にとって有利な交渉を畳み掛ける絶好のチャンスでしょうから。ハイ。」


「汚ねぇなぁ…。」


「どんな材料も有効に使う。ある意味、商売人としては静海はプロ中のプロですな。ハイ。」


「―お父様…。」


「あ、何かぱそこんを操作していますね。」


俺達はグルっと回り込んで、パソコンを覗き込む。勿論、ブルドッグ社主に気付かれるハズも無い。


「これだ! ホラ! 賄賂に使ったカネの流れが書かれてる!」


「まぁ!? この方は、証拠をわざわざデータに残されるのですか?」


「そうですねぇ…。犯罪者心理として、何故か記録を取りたがる傾向があるのは事実です。ハイ。」


「しかもエクセル使ってるしな。メッチャ綺麗な書き方だぞ。」


「コレで決まりですな。ハイ。―後はこのデータが流出すれば、今回の乗っ取り計画は水の泡です。ハイ。」


「―では早速、このデータを…、」


「どう出来ます? 『私達』に? ハイ。」


「―あ、…そう、でしたわ…。」


「こうして証拠を掴んでも、私達は幽霊ですからね…。」


「相手がデータでは、わたくし達に取り出しようがありませんわね…。

 せめて書類…、そうですわ、USBメモリに保存して持って行く、というのは…、」


「いや、綾乃さん、書類やUSBだったとしても同じだよ。

 いくら転田さんがモノを持てるって言っても、その書類はココから出たって示せなければ、

『そんなのデッチ上げだ!』―って言われて片付けられちゃうもんなぁ…。」


「そういうコトです。その間にデータ消去されればお手上げですからね。ハイ。」


「データは業者に依頼すれば、復元出来ると聞きましたが…。」


「そんなの、ドリルで穴開けりゃ物理的に完全消去さ。国会議員もやった手口だしな。」


「うーん、昭和ひと桁には、ついて行けない話です…。」


「公表しようにも、現行法では、私達、幽霊の存在も認められず、証言など扱ってもらえませんしなぁ。

 先程『生きてた方が良い』と言ったのは、こういうコトです。ハイ。」


「うーん、最後の最後にデカいハードルが来たなぁ…。」


俺達が悩んでいる目の前で、ブルドッグ社主は笑いながらワインをあおる。実に腹立たしい。

取り敢えず、あのデータをUSBメモリに保存して、転田さんに持っていてもらうのは確定だ。


問題はその後。どうやって綾乃さんのお父さんに伝え、この静海の計画を叩き潰すか、だ。




―遷宮橋家。

綾乃さんのお父さんの寝室。

―日々の苦悩で寝酒の量が多いのか、寝台にあるウイスキーのボトルが空になっている。


「―お父様…。」


「―ん? …誰だ…?」


「お父様。わたくしです。―綾乃ですわ。」


「―!? あ、綾乃!?」


綾乃さんの名前と声を聞いて、一気に酔いと眠気が冷めたらしく、綾乃さんのお父さんはガバっと起き上がる。


「―あ、綾乃…!? 本当に綾乃なのか!? ―ば、馬鹿な…こんなコトが!? 儂は夢でも見ているのか…!?」


「夢ではありませんわ。是非ともお父様にお話したいコトがあって、こうして黄泉の国から参りました。」


「―綾…乃。」


今、綾乃さんは『父親と自分の家を助けたい』という未練を晴らす名目で、すだまに協力してもらい、

『夢枕に立つ』というシチュエーションで、父親に言葉を伝えられる様になっている。

でも、話せる時間は決して長くは無い。


「いきなり本題で申し訳ございません。今、遷宮橋家が直面している危機についてですわ。」


「何?」


「お父様。決して静海グループにはお気を許されぬ様。お父様の企業を狙っております。」


「―静海が!?」


「近年の遷宮橋企業の腑に落ちない業績悪化。全て静海グループの企みによるモノです。」


「まさか!? 静海は我が企業の危機に援助してくれているのだぞ?」


「それすら連中の計画なのです。お父様のトコロから機密を盗み出し、そのデータを元に先んじて取引を行い、

 本来ならばウチの行うハズだった契約を奪うコトでウチの業績を下げ、

 そして、お父様がお困りになった頃合いで偽善者の顔で近付き、ウチが得るハズの資金で、

 いけしゃあしゃあと援助を申し出ているのですわ。」


「何…だと…。儂のスタッフに、静海のスパイがいると言うのか!!」


「お父様。静海グループから船の模型と、何か無茶な契約を持ち出されておりますよね?」


「―!! 綾乃…、お前が何故それを…!?」


「業績が悪化し、わたくしが亡くなったコトで意気消沈されたお父様を利用し、

 危機的な状況を助ける代わりに自分達に都合の良い契約を結ばせ、今、ここぞとばかりに遷宮橋家を食い潰さんとしているのです。」


「―た、確かに、金メッキの船の模型を送られた。危うい契約も持ちかけられはした…。だが、まさか…。」


「―あの金の船。静海が言った様な金メッキではありません。あれは純金製です。」


「何だと!?」


「『共同経営に当たって遷宮橋から賄賂を強要され、逆らえず金塊を船の模型に偽装し、贈った。』

 それが静海の用意したシナリオです。自らを潔白な被害者とする為の。」


「―あ、綾乃。何の証拠があってそんなコトを…?」


「お父様、これを。―静海が行った、ウチを含めた各企業への贈賄データが入ったUSBメモリです。」


「何!?」


綾乃さんは寝台に置かれたUSBメモリを指し示す。

綾乃さんはまだ物を持てない。これは綾乃さんのお父さんが起きる前に、転田さんが置いたモノだ。


「これがあれば、静海の息の根を止められるでしょう。ですが、情況証拠が整うまでは密にして下さいませ。

 今公表しても、誰も信じてはくれませんし、静海にもデータを消されてしまいます。

 ですから、今暫くはこれまで通りにして、刺客の発見にお努めすべきと存じます。」


「―う、うぬ…。儂は何が何だか、もう…、」


「―お父様。子が親よりも先に逝くという最大の親不孝をしてしまい、本当に申し訳ございません。

 ―これがせめてもの、わたくしからの最初で最後の親孝行です。」


「綾乃…。」


「わたくしのコトは、どうぞご心配無く。幽霊界こちらで楽しくやれておりますわ。

 わたくし、幽霊界こちらで、お友達も出来たのですよ。」


「―そ、そう…か。ツラくは無いのだな?」


「はい。皆様に大変良くしていただいておりますわ。」


「そうか。こんなコトを言うのも変だが…、―良かった…。本当に良かった…。」


「ですからお父様。お母様と末永くお幸せにお過ごし下さい。

 わたくしに構わず、幽霊界こちらへは、どうぞごゆるりとおいで下さいませ。」


「う…うぅ…。」


「いつの日か、お父様とお母様をお迎えしましたら、沢山のお友達をご紹介しますわ。」


「―うむ、うむ…。分かったよ綾乃。」


「―そうでしたわ。お父様、わたくし、好きな殿方が出来たのです。」


「―な、何ッ!?」


「その方も、一番にご紹介しますわね。」


「ま、待て! 綾乃!! それはどういうコトだ!!」


「それではお父様、お母様。ご健勝であられます様…。」


「綾乃! 待ちなさい! 一体どこの馬の骨だ!? 父さんは許さんぞ!!」


「失礼致します。お父様…。」


「待て!! 綾乃!! 綾乃ぉおおおおおおーーーーーーっっ!!!」


綾乃の父が気付くと、夜は明け始めており、その手にはUSBメモリが握られていた。


「―夢では…無かったのか…。」


綾乃の父はUSBメモリをじっと見つめる。


「―分かった。綾乃、お前の想いを無駄にはせん! 静海などに遷宮橋を渡してなるモノか!

 そして綾乃! その馬の骨にもお前は渡さん! 絶対! 絶対にだ!!」


綾乃の父親。その憔悴して青白かった顔は、みるみるうちに赤味を帯びて血色が良くなっていく。


「綾乃ー!! 父さんは負けんぞぉおおおおおーーーーーっ!!!」


その叫び声に各部屋の灯りが着き、何事かと執事やメイド達が駆け付けて来る様子を見ながら、

京達は遷宮橋家を後にした。




綾野邸の外れにある公園。


「―遷宮橋のお父上、お嬢様に会って、急に覇気が戻って来ましたねぇ。あの勢いなら、静海の計画も阻止出来るコトでしょう。ハイ。」


「これで一件落着、ですね。」


「―綾乃さーん、ありゃあ無いよ…。」


「何がですの? 京様?」


「あんな言い方したら、後何十年後になるかは判らないけど、綾乃さんのお父さんに会った時、俺、殴り殺されそうだよ…。」


「あら、幽霊ですのに?」


「いや、そうだけどさぁ…。それでも怖いよ、俺。」


「それなら京さん。私とあの世ガイドをしに、別の離れた場所に行けば良いですよ。」


「お前もそう簡単に言うなよ、すだま…。」


「―京様。」


「ん?」


「京様はすだま様のコトは『すだま』と、呼び捨てになさるのですね。」


「え? まぁ、付き合いも長いし、気心も知れてるしなぁ。」


「でしたら、わたくしのコトも『綾乃』と呼んでくださいませ!」


「「えぇっ!?」」


「すだま様だけなんて、不公平です。」


「い、いや、それは綾乃さん…、」


「『あ・や・の』ですわ。」


「えぇ~…。」


困って渋る俺を見て、綾乃さんは1つ頷き、すだまの方を向く。


「すだま様、決めました! わたくし、もう暫く下界こちらに滞在させていただきます。」


「え? じょ、成仏はしないのです…か?」


「はい。わたくし、更に新たな未練が出来ましたもの。京様に『綾乃』と呼んでいただくまでは。」


「えええええー?」


「け、京さん! 早く呼んであげて下さい! ―あ、いえ、やっぱり駄目です! ―あぁ、でも、そうしたらずっと綾乃さんがぁー…。」


「いやはや。これはまた面白い事件の様です。ハイ。」


「京様、これからも末永くお願いいたしますわ。」


「―幽霊の『末永く』って、いつまでだろ…。」


「京さん! デレデレしないで下さい!」


「もうそのネタ、やめい!」


「フンだ。」


「―これはこれは、迷宮入り確実…ですかね。ハイ。」









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