10「幽霊探偵物語」
俺こと不条理 京は幽霊である。
幽霊となった俺は、あの世ガイドのすだまと共に色々な新人幽霊が抱える問題を解決して来た。
そして今回、同じく幽霊となったお嬢様、遷宮橋 綾乃さんが成仏するにあたり、
未練を残さない様にと望みを聞いたトコロ、何と、俺と綾乃さんはデートするコトになってしまったのだ。
2日掛かりの遊園地、映画館、昼の街、水族館デートを綾乃さんと終えた俺は、
夜の繁華街を綾乃さんに見せてあげようと、2人で街を散策していた。
「夜の街とは、こんなにも賑やかなのですね。光と音に溢れていて、活気があって…。」
「お嬢様の綾乃さんは出歩いたコト無いだろうから、良い思い出になれば、と思ってね。」
「はい。お気遣いありがとうございます。この2日間、とても楽しかったですわ。」
「綾乃さん、大丈夫? 文字通り、寝食忘れての強行軍だったからなぁ。」
「はい。眠くもありませんし、疲れてもおりませんわ。
幽霊でなければ、絶対にこんなコト出来なかったと思います。」
「だよなぁー。あ、すだま!?」
気が付くと、すだまが俺達の歩く道の先に仁王立ちしていた。
「―ゆうべは おたのしみでしたね。」
「どこかの宿屋のエロオヤジみたいな言い方をするなよ!!」
「すだま様、本当にお世話になりました。わたくし、これで未練無く成仏出来そうですわ。」
綾乃さんは晴れ晴れとした表情ですだまに言う。
折角、仲良くなったのに、お別れは寂しいが、綾乃さんが決めたのだから仕方が無い。
すだまが確認する。
「―それは何よりです。それで、本当に成仏で良いんですね?」
「はい。前にも申しました通り、いつの日かお父様、お母様をお迎えする時に、
娘が成仏していないというのは、要らぬ心配をさせてしまいますので…。」
「綾乃さんは、本当に両親思いだなぁ。」
「いえ、その様な…。」
綾乃さんがそう言った時、すだまの勾玉がブザー音と共に光り出した。
これは、近くに死んで間もない幽霊がいるという『幽霊センサー』の知らせだ。
俺とすだまは顔を見合わせ、どこにその幽霊がいるのかと辺りを探す。人通りが多い繁華街。なかなか見付からない。
―と、以外な人物から、以外な声が上がった。
「―あら? 京様、すだま様。あそこにおられる殿方…もしや、わたくし達と同じ幽霊ではありませんか?」
何と、最初に気付いて発見したのは、すだまの勾玉について何も知らないハズの綾乃さんだった。
すだまは驚いて、綾乃さんが指差す方向を見る。そこには確かに幽霊とおぼしき男性が1人いた。
ヨレヨレのトレンチコートを着て、やはりヨレヨレの帽子を被った、猫背気味のボサボサ頭の中年男性。
どこから見てもダサい格好のハズなのに、その男からは、何故か大人の貫禄が感じられた。
「え? ―あ、本当ですね。あの男性、昨日から今日に掛けて幽霊になったみたいです。」
「良く気付いたね、綾乃さん。俺なんか最初の頃、幽霊と生きてる人の区別、全然付かなかったのに。」
「ええっと、はい。見ておりましたら、何となくご様子がおかしかったモノで…。」
水族館の水槽をいきなりすり抜けたり、他の幽霊にいち早く気付いたり、
綾乃さんは、もしかしたら幽霊として凄く『勘』が良いのかも知れない。
いつまで経っても、車の運転手に気付いてもらえない俺とは、段違いだ。
すだまは手を合わせて綾乃さんに謝る。
「綾乃さん、すみませんが少し待って下さいますか? ガイドとして、あの人を保護しないといけませんので。
綾乃さんの成仏は、その後になってしまいますが、それでも構いませんか?」
「はい。よしなに。」
綾乃さんは軽く了解する。
俺達3人は、街に佇む男の幽霊に近付いて行く。すだまが声を掛ける。
「―あのう、そこの方。よろしいでしょうか?」
「あー、少々お待ちを。ハイ。」
「え?は、はぁ…。」
その男の幽霊は、すだまの呼びかけを遮ってそう言うと、辺りを歩きながらブツブツと呟く。
そして帽子からはみ出したボサボサの頭を掻いて立ち止まり、
「昨日からのこの状況…。周りの人に話し掛けても無視される。触ろうとすればすり抜ける。
空腹感も無くなり、自分の身体はかすかに半透明。心臓も動いていない…。成る程、そういうコトでしたか…。」
そして、クルッと俺達の方を向く。
「コレは信じられないコトですが…、―私、死んで幽霊になってしまいましたね? ハイ。」
「―えっと、ご、ご名答です。」
この様子に若干引き気味の俺達だったが、かろうじて、すだまが営業スタイルで男の幽霊に答える。
男の幽霊はその答えを聞いて、ホッとした様に返す。
「正解でしたか。良かった。―いえ、良かったのか悪かったのか微妙な線ですが。ハイ。
取り敢えず、柔軟な思考力が落ちていないのは良しとしたいトコロです。ハイ。」
「あら? ―あのう、失礼ですが…、もしかしたら、転田様でいらっしゃいますか?」
またしても、以外な人物から、以外な声が上がった。
綾乃さんは、この幽霊の男を知っているらしい。幽霊の男、転田は綾乃さんに答える。
「―? えぇ。私、転田です。ハイ。―アナタは?」
「申し遅れました。わたくし、遷宮橋家の綾乃と申します。」
「―遷宮橋…と言うと、あの財閥ですか。これは奇遇。事実は小説よりも何とやら、です。ハイ。」
「綾乃さん、この人と知り合い?」
「はい。転田様は、ウチで雇っていた探偵ですわ。」
「探偵!?」
「わたくし数ヶ月前、体調が急激に悪化して病院暮らしとなりまして。
その時にメイドから聞きましたの。わたくしが一方的に存じ上げているだけですが。
それからこの通り、死んでしまいましたので、それ以上の詳しいコトは存じておりません…。」
「いやぁー、うだつの上がらない三流探偵でして…。ハイ。
―そーでしたか。お嬢さんまでお亡くなりだったとは…。お悔やみ申し上げます。ハイ。」
転田さんは帽子を取って、深々とお辞儀をする。
「これはご丁寧に。痛み入ります。」
「―それで、お嬢さん。まさかとは思いますが、お父上も?」
その時、その転田さんの一言が、俺の頭にはどこか引っ掛かった。
「いえ。父はまだ存命ですわ。」
「それは、―あー、何より…と言うべきか…。ハイ。」
「わたくしのコトでしたら、お気遣い要りませんわ。」
俺は気になって、転田さんに尋ねる。
「―転田さん、でしたっけ? もしかして、綾乃さんのお父さんに何かあったとか?」
「あ? いえ、大丈夫です。ハイ。―ふーむ…。」
転田さんは、何か考え込んでいる。
その空気を読まずに、すだまはガイドとしての業務を開始する。
「ええっと、お話の途中すみません。あの世へのガイドとしまして、転田さんに色々ご説明をしたいのですが…。
まず、転田さんは、生前に残された未練とかありますか?」
「未練…ですか。―あぁ、1つありますね。ハイ。
遷宮橋家から受けた依頼を完了していませんので、ソコはキッチリさせたいです。ハイ。」
「おぉう!流石はプロの探偵!!」
「転田さんは、何か調査中だったのですか?」
「えぇ。本来は依頼主以外には、家族にも喋ってはならない守秘義務があるんですが…、
―こうして私達、死んでしまっていますからねぇ。そんな義務、もう良いでしょう。ハイ。
それに、お嬢さんや皆さんは亡くなっている以上『シロ』で確定でしょうし。ハイ。」
「おぉ! やっぱ本職ってカンジでカッコ良いなぁ! 俺、推理モノとか好きで、結構、色々読んだり観たりしてたんですよ!」
そう。実は俺、不条理 京は、結構と探偵小説とか映画、そのテのアニメが好きだったのだ。
その本職の探偵さんが目の前にいるってのは、亡くなった転田さんには失礼かもしれないけど、ワクワクするモノがある。
「おや、そうでしたか。―ふうむ…。」
「それで、転田様。ウチで一体、何があったのですか?」
「んー、そうですねぇ…。依頼主のご家族もここにおられるコトですし…。
―皆さん、お手数ですが、私の事務所に来ていただけますか?今回の件で、是非ともお見せたいモノがありまして。ハイ。」
「うおっ!本物の探偵事務所が見れる!!」
「京さん、さっきから大はしゃぎですね。」
「だって、こういうチャンス滅多に無いだろ!?」
「―いやぁ、ボロ事務所でガッガリさせてしまわなければ良いのですが。ハイ。」
そう言って謙遜する転田さん。
そこに綾乃さんが、困った様に俺達に言う。
「あ、でも、どうしましょう。わたくし『天界コース』に変更して、これから成仏するトコロでしたのに…。」
どこまでも綾乃さんは純真で真面目だ。
おれはそんな綾乃さんに、笑って答える。
「良いじゃないか、そんなに急がなくても。自分の家のコトぐらい知る時間あってもさ。」
「そうですね。綾乃さんもこれが小さい心残りになってはいけませんし。」
「―ありがとう存じます。それではご一緒させていただきます。」
かくして俺達はゾロゾロと転田さんに付いて行く。
この取り留めの無いメンバーでの幽霊行進、霊感のある人が見たら、驚くだろうな…。
そして、俺達は転田さんの探偵事務所…という名のアパートにやって来た。
転田さんの死体がまだ発見されていないのか、身柄が判明していないのか、アパートは平常通り静かなモノだ。
今の転田さんはアパートの鍵を持っていないが、幽霊の俺達には関係無い。
俺達はすだまに連れられて、ドアをすり抜け転田さんの事務所の中にお邪魔する。
「あー、狭いトコロですみません。男やもめなモノですから。ハイ。」
「お気遣い無く…。―圧迫感がありますわね。」
「お屋敷住まいだった綾乃さんには、そうだろうなぁ。」
「どうですか? 汚くてガッガリしたのではないでしょうか。ハイ。」
「いやぁ、むしろリアリティありますよ!映画のは、やっぱりセットって言うか、
ずーっとソコで仕事して来たっていう『実感』が無いですもん。」
「―ほほう。なかなか目の付け所が良いですね。アナタ。ハイ。」
「転田様、わたくし達にお見せしたいモノとは、何でしょう?」
「そうそう。そうでした…。―コレなんですがね。ハイ。」
転田さんが持ってきたのは、小さいビニール袋に入った細い金色の鎖だ。
「え!?転田さん、モノ持ってる!!」
「持ってますわ!」
「持ってますね!」
「―ハイ?」
転田さんは、俺達3人が驚いて詰め寄ったコトに、逆にちょっと驚いている。
すかさず、すだまが解説する。
「幽霊になったばかりで、いきなり物体を持てるなんて凄いですね。
幽霊が物体を持てる様になるには、普通、結構な練習が要るんですが…。」
「―そーなんですか? 何となく普通に持っちゃいましたけど。ハイ。」
「やはり探偵だけあって、転田さんは集中力とイメージ力が高いのでしょうね。」
幽霊になってほぼ初日で、モノを持ててしまってる転田さんを、俺達はベタ褒めする。
転田さんは、照れ臭そうに頭を掻き、俺達を応接間の奥へ促す。
「いやはや、褒められてしまいましたか。―まぁ、立ち話もナンですし、お座り下さい。ハイ。」
「別に良いですよ。―立ってても、別に疲れないんだけどね、俺達。幽霊だから。」
「よろしいじゃありませんか。形から入るのも楽しいですわ。」
綾乃さんの粋なひと言で、俺達はテーブルを囲んでソファーに座るコトにした。
座ったトコロで、転田さんが慌てて声を上げた。
「―あぁ、お茶が切れていました。すみませんです。これだから貧乏は困ります。ハイ。」
「いや、どーせ飲めませんし。今の俺達。」
「おぉっと、そうでしたね。うーむ、私、まだまだ死んだ自覚が足りない様です。ハイ。」
そう言って笑いながら頭を掻く転田さん。俺達もつられて笑ってしまう。
「さて、では何からお話しましょうかね。ハイ。」
「そもそも転田さんは何で遷宮橋家のコトを?」
「―もしかしたら、ウチの企業の業績が関係しているのでしょうか?」
「業績? 綾乃さん、何か知ってるの?」
「これもメイド達の会話で、それとなく耳に入って来たコトなのですが…。
どうやら遷宮橋の企業業績が、目に見えて悪化していたらしいのです。」
「何とまぁ…。」
「それで、他の企業と合併…いえ、最悪は遷宮橋の企業を売り渡して、相手先の傘下に入るという事態まで予想されていたらしく…。」
「うわぁ、ヤバイ何てモンじゃ無いな…。」
転田さんがそこで話に入って来る。
「―えぇ、正にソコだったのです。私が依頼を受けた件と言うのは。ハイ。」
「やはりそうでしたか…。」
「問題は、その業績悪化が不自然な位に急激に起きた、というコトなのです。ハイ。
特段、国の景気が悪いワケでも無かったのに、他の同業社は何というコトも無く、正に遷宮橋企業だけが一人負け状態でした。ハイ。」
「綾乃さん、不祥事とか経営ミスとかあったの?」
「いいえ。新聞ニュースは観ておりましたし、メイドからも色々と噂話を聞いていましたが、存じません。」
「原因が無いのに悪化するなんて、変ですよね。」
「それで、転田さんに調査依頼が来たってワケですね。」
「えぇ、まぁ、そんなトコロだとしておきましょうか。ハイ。
―そしてこの金のチェーンが、調査中、遷宮橋邸で私が最後に見つけたモノなんです。ハイ。」
「―転田様は、コレが何かの手掛かりだと仰りたいのですか?」
「ソレなんですが…、皆さんはどう思いますか? ―あ、ちなみに、中まで純金の24金製です。ハイ。」
転田さんが振る、小さいジッパー付きのビニール袋の中で、小さい金色のチェーンがチャラチャラと揺れる。
すだまが首を傾げつつ言う。
「装飾品でしょうか?―でも、純金製では軟らか過ぎて、鎖には向かないですよね?」
「いえ、近年では純金でも丈夫なチェーンにする技術が出来たそうで、
アクセサリーにも、そういったモノを良く見かけますわ。」
「はぁー、やはり時代の流れって凄いですねぇ…。」
すだまと綾乃さんのアクセサリー談義だ。俺は感心して聞き入っているが、何かが引っ掛かる…。
「―流石は女子。アクセサリーに詳しい…。出る幕が無い。」
「アナタ、京さんといいましたか。どうですか。アナタの意見も聞きたいです。ハイ。」
「え? お、俺?」
「京さん、頑張って下さい!」
「―って、言われても…。俺、男だからアクセサリーには詳しく無いし…。でも…。」
「でも、何ですか?」
―でも、引っ掛かるコトがある。転田さんは、俺を伺う様にこっちを見ている。
俺は、考えながら、取り敢えず言ってみる。
「このチェーン、形が変だよな。」
「―そう言われれば、そうですわね。アクセサリーのチェーンなら、喜平やベネチアン、フィガロが主流ですのに。」
だったら、綾乃さんの指摘した様に、アクセサリーの鎖では無いとしたら…。
その瞬間、ピンと閃いた。
「―あ、分かった! コレ、船の鎖だ。」
「船、ですか?」
「港に船を停めておく時に使う鎖だよ。ホラ、輪の真ん中が棒で繋がってるだろ?
コレで、鎖が必要以上に暴れない様になってるんだ。」
「そうでしたの…。そう言われれば、客船で旅行した時に何度か見た覚えがありますわ。」
「うぬぅ、綾乃さんの会話の全てに、ことごとく格差を感じる…。」
「やはりお嬢様ですねぇ。」
「―で、だ。こんな小さい船の鎖なんてありえないだろ?」
「そうですね。この大きさの鎖だと、せいぜい1尺の船でしょうか。」
「1しゃく…?」
すだまが聞きなれない言葉を使った。そこへ転田さんがフォローを入れてくれる。
「昔の長さの単位です。1尺はだいたい30.3センチですか。ハイ。」
「あ、どうも。―やっぱ小さいだろ? つまり、コレは模型の船に使われていた鎖だと思う。」
「まぁ! 京様、お見事な推理ですわ。」
「―それだけですか? ハイ。」
転田さんは値踏みする様な目で俺を見る。ちょっと怯む。
「―いや…。どんなに立派な豪華客船だって、鎖を金色に塗ったりはしない。ましてや純金製とか、模型でもありえないよ…。」
「そうですね。普通は灰色やねずみ色、それか船と同じ色で塗ってますよね。」
「というコトは、コレが付いていた船の模型も、同じ様に純金製だったんじゃ…?」
「―ほう?」
「確かに。それならバランス良いですよね。―でも、何の為に純金製の船を作ったのでしょうか?」
「まず、純金製の船の模型とか、何千万とか下手すりゃ1億円以上とかしそうなモノを、
普通の人がホイホイ作れるワケが無いよな。―そうなると…、
ホラ、例えば、時々宝石店が目玉イベントで、超高額な細工物を出したりするじゃない?」
「あ、ありますわね。わたくしも純金製ダイヤ入りのキティちゃんを持っていましたわ。」
「ぐぬぅ、やはり格差を感じる…。」
「―それで? アナタのお答えは『宝石店がイベント目的で作った』というコトで、宜しいですか?ハイ。」
転田さんが俺の回答を確認して来る。だが、俺は首を振らせてもらった。
「―いや。だったら、探偵の転田さんが調査で入手する、なんてオカシイよ。
絶対に怪しいモノだから、こうしてビニール袋に入れてまで保管してたんだろうし。」
「ほぉー…。」
「―そうだな…。誰かへの贈り物だとしたら…?」
「贈り物、ですか?」
「そう。だとしたら…コレは敵も考えたなぁ。
純金の船の模型とか送れば目立つだろうけど、『芸術品』としてプレゼントすれば、角は立たないよね。
周りにはひと言、『いやぁ、これはメッキですよ』って言っときゃ、詳細は誤魔化せるし。」
「一体、誰がその様なコトを…。」
「決まってんじゃん。船舶の企業だよ。」
「え!?」
「造船とか、客船ツーリストとか、とにかく船関係で仕事してるトコロ。
それならこれだけ精巧な船の模型が作れるだろうし、それをプレゼントしても、
堂々としてりゃ、自社の宣伝ぽくカモフラージュ出来るだろ?」
「それでは、京さんは、その船の模型をどこかの船舶関連企業が、遷宮橋家に贈ったと?」
「うん。もっと露骨な言い方をすれば、『賄賂』として。」
「―京様!? 父が賄賂を無心していたと、そう仰るのですのか?」
綾乃さんが立ち上がる。幽霊じゃなければ『ガタッ!』と音がしてる位に勢い良く。
俺はそんな綾乃さんを宥める。
「いやいや、そうじゃ無いよ。落ち着いて。
―綾乃さんには悪いけど、業績悪化で格下に見られかねない今の遷宮橋企業の方が賄賂を欲しがるって、不自然だよ。
普通は、『どうか危ないウチを贔屓して下さい』って、贈る側のハズだろ?」
「―確かに、言われてみればそうですわね…。でしたら、コレは一体…?」
「そうだな…、贈った側の計画だったとしたら?」
「贈った側、ですか? 京さん?」
「―どこかの企業が、遷宮橋家を乗っ取ろうとしている。」
「「えぇ!?」」
「―ほう。」
「その船の模型は、『遷宮橋から賄賂を要求された』と言って、悲劇の被害者に成りすまし、
乗っ取る時も、乗っ取った後も、世間から見た正義側に立とうとする為の小細工かも。」
俺の推理を聞いて、静まり返る3人。
―そして、綾乃さんがポン!と手を叩く。
「京様、凄いですわ!!」
「京さん、凄いです!!」
「アナタ、凄いですね。ハイ。」
「え? 転田さんまで!?」
綾乃さん、すだまに続いて、本職の転田さんまで、俺を凄いと言い出した。
「正直、私と同じ結論に辿り着くとは、驚きです。ハイ。」
「えぇ!? ―じゃ、正解!?」
「それは確認してみないと判りませんが…。可能性濃厚なコトは確かです。ハイ。」
「探偵の転田さんと同じ推理が出来るなんて、京さん、凄過ぎます!」
「すだま、さっきから『凄い』しか言ってないぞ。」
「す、すみません。こういう時のぼきゃぶらりーが乏しくて…。でも、本当に凄いです!」
「京様には探偵の素質がおありですわね。」
「いや、そんな…。本職の転田さんの前でそんなコト言われても…。」
「いやいや。なかなかのモノですよアナタ。ハイ。―実は、出会ってからのアナタの言動に、こう、光るモノを感じまして。」
「俺に? ―ですか?」
「アナタ、私がお嬢さんのお父上が亡くなったかどうか尋ねた時、即座に事件性を疑っていましたよね?ハイ。」
「え?ま、まぁ。―何か転田さんの言い方が気になって…。」
「あ、綾乃さんが亡くなったと聞いて、『―まさかとは思いますが、お父上も?』って
言ってましたよね。―でも、京さん。これの何が気になるんですか?」
「だってオカシイだろ? 転田さんは綾乃さんの両親では無く、お父さんの方だけ、死んだかどうか気にしていたんだぞ。」
「あ、そう言われれば、母の存命については聞かれませんでしたわ。」
「だから、もしかしたら、綾乃さんのお父さんが死んでしまう可能性を、
転田さんは何か知っていたんじゃないかな?って思ったんだよ。」
「―素晴らしいです! ハイ。お話した通り、大正解ですよ。ハイ。」
「京様! まるで名探偵ですわ!」
「京さん、すご…いえ、えーっと、他の言い方って、えーっと…、」
「私、アナタの直感と推理力に興味が湧いてしまいまして、ハイ。
それで悪いとは思いましたが、こんなテスト紛いのコトをさせてもらった、と。まぁ、そういうワケです。ハイ。」
「そ、そうだったんですか! きょ、恐縮です!」
「いえいえ、こちらこそ。―そうですね…、アナタ、私の助手をしてみる気は…、ありませんか?ハイ。」
「えぇっ!? 俺が転田さんの助手!?」
「まぁ、素敵ですわ、京様!」
「すご…、えーっと…、や、やっぱり凄いです、京さん!!」
「私、この通り幽霊になりたてでしょう? まだ色々不慣れですし、生前の伝手やコネも失ってしまい、人手も足りません。
アナタを始め、皆さんにもお手伝いいただけたら幸いです。ハイ。」
「やります、やります! ヨロシクお願いします!!」
「ありがとうございます。―では、これからは『京クン』と呼ばせてもらって、よろしいでしょうか。ハイ。」
「も、勿論ですよ。」
「京様、カチカチですわ。ふふ…。」
「緊張してますね、京さん。」
「う、うるさいな!」
「―あの、すだま様、京様。恐縮ですが、よろしいでしょうか?」
「何ですか、綾乃さん?」
「これから成仏する予定でしたけれど、わたくし、今1つ新しい未練が出来ました。
何卒、この未練が晴れるまで、今暫く猶予をいただきたく存じます。」
「分かってるよ綾乃さん。この事件のコトだろ? 家族のコトだもんな。」
「これは大きな未練ですからね。私もお手伝いします。」
「お二人とも、ありがとう存じます。感謝いたしますわ。」
「さてさて、話を戻しますが…。―お嬢さん。お父上の取引先に船関係の企業は…?」
「―確か…数社あったと存じております。でも、詳しい社名まではわたくしには…。」
「そうですか。ありがとうございます。ハイ。」
「あれ? その船の模型を贈られた時って、ニュースで扱われたりしなかったんですか?」
正直、俺はこの時点で解決だと思っていた。
何故って、超一流企業の遷宮橋に関するニュースなら、どこの記者も喜んで取材に来たハズだ。
しかもモノは黄金の船の模型ときている。どこから贈られて、どの位の価値なのか、徹底取材されない方がオカシイ。
ならば、その贈ってきた相手が最も怪しいってコトになる。簡単に犯人は突き止められるハズだ、と。
だが、転田さんは首を横に振る。
「―いえ、残念ですが、ニュースでは贈った相手には触れていなかったのです。ハイ。
何でも『相手先に取材陣が殺到しては気の毒だ』とのコトでして…。ハイ。」
「チッ! 先手打たれたか!!」
「相手先から、そうして欲しいと言われたのでしょう。敵もさるもの引っ掻くもの、です。ハイ。」
「ですが、転田様の調査なら、もう怪しい会社も割れていたのではありませんか?」
「そうですよね。探偵さんなんですし。」
「あー、いや、実は…それがですねぇ…、ハイ…。」
転田さんが口ごもる。
「―順を追って説明しましょう。まず、そもそも、私を雇われたのは、遷宮橋家の奥様なんですよ。ハイ。」
「まぁ、お母様が? ―お話を伺って、てっきりお父様だとばかり…。」
「最初に奥様から依頼を受けた時、『主人が誰かに生命を狙われている』と聞きまして。ハイ。」
「お父様が!?」
「ご主人のお身体が弱って来たそうで、そう思われたんでしょう。ハイ。
ですから、最初は『生命を狙われている』という線で、食事に毒が入れられた形跡や、
そういう手口で心当たりのある殺し屋、組織を調べていたんです。―まぁ、全て空振りでしたが。ハイ。」
「そうか…。確かに、結果的には綾乃さんのお母さんの思い違いだったかも知れないけど、
もし当たっていたら、見逃せば取り返しの付かないコトになるもんな…。」
「ところが、調べているうちに、お父上が何者かに近年の急激な経営悪化の責任…、
いえ、その冤罪を掛けられているコトが判りまして。ハイ。」
「まぁ!?」
「綾乃さんのお父さんの下に、どこかの企業のスパイが潜り込んでるってコトか。」
「そう見て間違い無いでしょう。ハイ。―で、ですね。その、まぁ、何です…。
お恥ずかしい話ですが…。先程の京クンの見事な推理と同じ結論に達したのは良いのですが、
―私、その調査に向かうトコロで死んでしまった様でして…。ハイ。」
「ありゃ。」
「―えっと、転田さんの死因は…餓死? ―え!? 現代の日本で、ですか?」
「ウチから経費はいただいておりませんでしたの?」
「いやぁー、そちらから貰った費用は、全て調査に当ててしまいまして…。ここ1週間は食うや食わずのヒドイ有様でした。ハイ。」
「プロ根性も極まれり、だなぁ…。もっと身体を労って下さいよ。」
「そうですわ。お食事ならわたくしの家で幾らでもお取りになれば宜しかったのに…。」
「有難い話ですが、探偵が身バレしちゃあ、何もなりませんからねぇ。ハイ。」
「それもそうだな…。プロって厳しい…。」
照れ臭そうに頭をポリポリと掻く転田さん。確かにちょっと言いづらい話だよな。
でも、俺はやっぱり、そんなプロ根性で最後まで調査していた転田さんを尊敬する。
「さてさて。京クンの推理のお陰で、私も自信が持てました。そうなると、いよいよ取引先の会社の特定に移りたいですね。ハイ。」
「でも、先程も申しました通り、詳しい社名までは、わたくし…。」
「じゃあ、調べに行こうよ。」
「―え? 何処へですか?」
「勿論、綾乃さんの家の、お父さんの部屋さ。」
「えぇ。こうして幽霊となった今、それが最短ルートでしょう。ハイ。」
「まぁ! 京様をわたくしの家にお呼び出来ますのね!? ―でも、お父様に紹介叶わないのが残念でなりませんわ。」
「いや、紹介されても、お父さんも二重三重に困ると思うぞ…。」
「そんな、京様ならお父様も必ずご納得されますわ。」
「―あのぉー、私もご一緒したいのですがねぇ。ハイ。」
「京さん、デレデレしないで下さい。」
「そ、そんなコト無いぞ!?」
「フンだ。」