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あの世も理不尽なコトばかり  作者: 歩き目です
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00「プロローグ」


「お疲れー。」

「おう、お疲れー。」


そう言って仕事仲間と別れ、俺は公園へ。


いやぁ~、今日は長かった。

やれ「最初に決めた期日より短い日数しか与えられないってのはどういうコトだ!」とか、

「早目に作業終わらせて休んでたら、怠けてるとか言われるのは何故だ!」とか、

はたまた「上司の奴は報連相しないクセに、こっちにばっかり求めて来るのは何故だ!」とか。


そんな仕事での不満が、仕事仲間からは爆発していた。

酒でブーストが掛かって、マシンガンの様に出てくる愚痴を3時間も聞かされて、俺は本当にお疲れーだ。

まぁ、文句言いたくなる気持ちは判らんでも無い。

この世は不条理と理不尽ばかりだ。


「こんなんじゃ死んだ方がマシだっつーの。」


仕事仲間は怒気と酒で赤くした顔で、冗談交じりにそう言った。

―本当に冗談だったんだろうか。


この日本、自殺者は減ってる様だが、それでも世界で現世の厳しさに生命を断つ者達は後を絶たない。

『死んで花実が咲くものか』

そんな言葉がある。それでも死を選んでしまう位に、そうした彼等は『何か』に追い詰められてるのだろう。


お疲れーの身体で深夜の街を歩く。ふと目にした公園に、自然と足が向く。


俺は公園の自販機で缶コーヒーを買い、ベンチに腰を下ろし夜空を見上げる。

プルタブを開ける『プシッ』という音が、俺以外いない公園に響く。

缶を開けた手の甲には一本の引っ掻き傷。酒場で焼き鳥の食い終わった串を皿にまとめようとした時に、串が掠った跡だ。

うっすらと血が滲んでいる。誰もいない公園でそんな傷を見ていると、しみじみと自分のツイて無ささを感じる。


「―みんな、公園で一休みするヒマさえ無く、自宅に帰ってるのかな?」


よく言われる、家と仕事場を往復するだけの毎日。

分岐さえ無い1本のレールを行ったり来たりするだけの『簡単なお仕事』。

『それ』は途中で停止するコトも許されない。


「それとも、―そんな寄り道する体力も残って無いとか…?」


だとしたら、やはりこの世は不条理と理不尽ばかりだ。はぁ…。


缶コーヒーをひと口、ふた口と飲む。理由も無くため息が漏れる。

仕事仲間の愚痴への聞き手に徹していたからか、はたまた、そんな世の中の不条理と理不尽さにか。

気を抜いたら急に疲労感が襲って来た。


疲労感はすぐさま睡魔となって俺を眠りへと誘う。

今の俺には、もう立ち上がって家へと帰る気力が無い。


まぁ、俺は家で誰かが待っているってワケでも無いし。

明日までに片付けなきゃいけない用事も無いし。

少し位、ココで居眠りしても大丈夫だろ。


さして盗まれて困る様なモノも持ってないし…。

そうでなくても…日本は…世界一治安が良いから…誰も…盗ま…な………


大通りから離れ、閑散とした公園にただ聞こえるのは、俺1人の寝息。

夜は静かに更けて行く。




―だが、俺は知らなかった。

この夜、未明にかけて、気象庁の歴史的記録となる季節外れの未曾有の超寒波が襲来するのを。


気温はマイナスへ急降下。たちまち辺りの草木に霜が降り、地面の水たまりに氷が張り、

買った飲みかけのコーヒー缶がベンチから地面に落ちて転がるも、中身は既にシャーベット状に凍り付いて出て来ない。


みるみるうちに俺の体温は下がって行く。

普通なら、途中で寒くて目が覚めるのだが、疲労と急激な温度の低下は俺を目覚めさせるコトも無く、

一気に低体温症を引き起こし、そのまま意識を奪っていた。




夜霧はキラキラとしたダイヤモンドダストに変わって行き、公園は白一色に覆われる。

全てが凍り付いて音まで失った世界の様に、辺りは静まり返る。


それでも無情なモノで、俺1人がどうなろうともお構い無しに、何事も無かったかの様に世の中は回り続ける。

氷漬けとなった公園で時計の針だけが進み続け、漆黒の夜が過ぎ、やがて東の空が紫色に染まって来る。




「…し。もしもし。…起きて下さい。」


俺を呼ぶ声がする。若い女性の声だ。


―ん? …あ、ヤバイ。公園で居眠りしてるの、婦人警官にでも見付かったかな?

まさか、そのまま朝になって、登校中の女子高生とかに不審者扱いされてるとか?

女性に声掛けられるなんて何年振りだろう。それが犯罪者扱いだったら悲しいなぁ…。


まどろみの中で、俺は自分のなけなしの社会的地位を心配しつつ、目を覚ました。


―目を開けると、そこにいたのは白い和服姿の少女だった。

今の日本、正月と成人式以外でちゃんとした和服を着た女の子を見るのは、かなりレアだ。


「―あ、気が付きました? お早うございま―す。」

「あ、こりゃどーも…。」


―何が「こりゃどーも」だ。

こういう時に気の利いたセリフの1つも出て来ないから、俺は『彼女いない歴◯◯年』なのだ。


―ん? 何だ? 何で俺の周りに青いビニールシートが沢山張られてるの?

俺、ホームレスの仲間入りでもしたの?


―いや、違うな。黄色い『関係者以外立入禁止』の黄色いテープも張られてる。

え? 何? 事件!?


ムラっと湧いた野次馬根性。

わざわざスマホで事故現場を撮って、ネットにアゲるモラルの欠如した連中の様な出歯亀では無いにしても、

それでも気になるモノは気になる。

俺は後ろの状況も見てみようと思って振り返る。

と、そこには…。


―『俺』がいた。




身体中が霜で覆われ真っ白な俺が、ベンチに座って寝ていた。

その姿、有名なボクシングアニメの最終回のごとく。


―いや、意味が判らない。

何で俺が『俺』を見ているんだ?


夢でよく『第三者視点』で風景が見えるコトがあるけど、正にあんなカンジだ。

もしくはビデオ撮影した映像を目の前で観ているかの様な…。


着物姿の女の子が俺に言う。


「あれは貴方です。死因は眠ってからの凍死ですね。」

「―凍…死?」


―『死』!?


え!? 何コレ? 視聴者参加型ドッキリ!?

どこからかドカヘル被ってプラカード持ったスタッフが『大成功~!!』とか言いながら出て来るとか?

いや、そんな馬鹿なハナシってありかよ!? いやいや、そもそも俺にソックリなコイツはマジで『俺』なのか!?


―思考が全然まとまらない。

尚も着物姿の女の子の説明は続く。


「貴方は疲れて眠ってしまい、季節外れの寒波でそのまま凍り付いて亡くなったのです。」


衝撃的な事実!!

その着物の少女に、恐る恐る俺は聞く。いや、どちらかと言えば独り言の様につぶやく。


「―じゃあ、ここにいる『俺』は誰!?」


着物の少女は、俺へ向かい合ったかと思うと、俺の疑問には答えずに、俺に手を伸ばして来る。

何をするつもりなのか、と思う間も無く、その彼女の手は俺を突き抜ける。


「えぇ!?」


俺の心臓辺りに、少女の腕が突き刺さってる。―でも、痛くも何とも無い。

着物の少女は、ゆっくりと腕を引き抜き、ニコリと微笑む。


「こういうコトです。」


「―こ、コレって…?」


「はい。俗にいう幽霊です。」


「―幽霊…!? 俺、死んで幽霊になっちゃった…の…か?」


『死んで花実が咲くものか』

昨晩、自分で思っていた言葉が脳裏をよぎる。


生きていても、コレといって花実があった人生の俺では無かったが、

それでも、俺の『これから先』がポッキリ折られて無くなってしまったのかと思うと、

一気にこれ以上無いという程の虚無感に襲われる。


着物の少女は礼儀正しい笑顔とお辞儀で俺に言う。


「私は新しく幽霊になられた方への案内と相談役をしております。

 あの世のガイド、『すだま』と申します。よろしくお願いしますね。」


「は、はぁ…。俺の名前は…、」


何が何だかいまだに判らない。

だが、自己紹介されたら、ついこちらも答えてしまうのが社会人としての条件反射。


かくしてこの俺、不条理 京は、死んで幽霊になったのである。






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