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リリアの恩人

 


 神に愛されしエリック様に二言はない。

 あの日エリック様は、私が心を入れ替えたことを他の人に知ってもらえるよう協力すると言ってくれた。

 その言葉だけで嬉しかった私は、まさか彼が本気だとは思っていなかった。


 けれど彼は、毎日朗らかに一言二言会話してくれ、何かと気にかけてくれるようにもなった。

 監督生であり、公爵家嫡男でもある彼が優しく扱う婚約者に、みんなの態度が少しずつ変わってきた。



 そうしてなんと。

 リーナの人徳のおかげでもあるけれど、女子数人と一緒にお昼を食べるようにもなったのだ!


 余りにも嬉しすぎてエリック様にお礼を言うと、君なら当然だろう、と彼がはにかむように笑った。後光が差している。私はこの輝きでそろそろ日焼けするんじゃないかな。


 そもそもあの時、荷物を持って追いかけてきてくれたエリック様に感じの悪い失礼な態度をとった私だ。

 それなのにこんなに良くしてくれるなんて、この人は一体どこまで完璧なのだろうか。人生二周目なの、私じゃなくてエリック様なのでは。



 エリック様は、とても優しい。

 なぜこんないい男と婚約破棄せねばならぬのだ。涙が出る。




 ◇◇◇



「リリア。僕の友人のユリウス・ウィーズリーだ。ウィーズリー辺境伯家出身で、僕の遠縁にあたる」

「初めまして」


 爽やかな笑みを浮かべて握手を求める彼のことは、知っている。愛嬌のある顔立ちに、洗練された佇まい。ほんの少し退廃的な空気を纏った彼は女生徒から人気が高い。でも学外に恋人がいると聞いた。最近かけ始めたらしい伊達メガネと、派手な色のローブも不思議と似合っている。


「初めまして、ウィーズリー様。リリア・セイ・リリエンタールと申します」


「リリア様の話はエリックからよく伺っています。美しいだけでなく、勉学にも励まれているとか」


 握手に応えると、ウィーズリー様はにこやかに笑う。おお……大人っぽいな。これはさぞかし女子にモテるでしょうなあ……。


 私が少しドギマギしていると、エリック様がウィーズリー様にユリウス、近い、と声をかけた。

 顔、怖い。



「あの、エリック様。私、元婚約者のご友人を狙うほど肉食なタイプではないので……! 安心してくださいね」



 ウィーズリー様は婚約解消の件を知っていると、事前にエリック様から聞いていた。


 もしかしたらこれ幸いとばかりに、私がウィーズリー様に目をつけるかも、と心配しているかもしれないので慌てて言う。元カノ? が自分の友達と付き合うとか嫌すぎるもんね。大丈夫。そんなことはしない。


 ぶはっとウィーズリー様が笑う。必死すぎただろうか。

 恥ずかしさに頬が赤くなる私に、ウィーズリー様が「エリックの言う通り、可愛らしい方ですね」と言った。



「エリック様が、私を可愛いと……!?」



 衝撃すぎて声に出してしまった。

 一瞬喜んだのも束の間、エリック様は恐ろしいほどの無表情でウィーズリー様を睨みつけ、お前……と地獄の底から出しているような低い声を出した。


 そこまで否定されるとは思わなくて、割とショックを受ける。

 無意識に唇を尖らせた私に、エリック様が気まずそうな顔をした。



 ◇


「あ、リリエンタール様。落ちましたよ」


 そう言って机から落ちたノートを拾ってくれたのは、同じクラスのアンバー・ウォルター様だった。銀色の長い髪を一つにまとめ、灰色の瞳は柔らかく細められている。


「あ、ありがとうございます。ウォルター様」


 まあまあ話せる仲のクラスメイトがじわじわ増えてきたとはいえ、相手から話しかけられるのは久しぶりだ。軽く挙動不審になってしまう。


「アンバーと呼んでください。……リリエンタール様、綺麗にノートを取られてるんですね」


 広がって落ちたノートの中身が見えてしまったらしい。前世でもノートを綺麗に纏めるのは好きだった。残念ながら成績の方はふるわなかったが。


「アンバー様。……ありがとうございます。ノートをまとめるのが好きでして」


 ちょっと笑ってお礼を言うと、アンバー様も微笑んだ。


「羨ましいです。僕、ノート取るの下手なんですよ」


 そう言って見せてくれた彼のノートは、下手というか簡素だった。白い。要点中の要点しか書いていない。

 特進クラスは、授業の進度も早くテストも多い。予習復習、超大事。そして確かアンバー様は上位の成績だった。


「……逆に凄くありませんか? このノートで復習ができるなんて、尊敬します」


「はっきり言いますね」


 私とアンバー様が朗らかに話していると、リリア、と私を呼ぶ声が聞こえた。

 声の方を向くと、エリック様が立っている。何か焦っているようだ。


「すまない、用がある。ちょっと来てくれるか」


 もちろんですとも!

 いつでも日頃の恩返しをしたい私は頷いた。

 アンバー様に話してくれたお礼を言い、小走りのエリック様の後をついていく。


 人気の少ない階段の踊り場まで行くと、エリック様が立ち止まり、振り返った。



「……これを」



 そう言って渡されたのは、猫の形のクッキーだった。

 寝ていたり、ウインクしてたり。とても可愛い。


「頂き物だが評判の菓子らしい。我が家はみんな甘いものが苦手だから、もし良かったら食べてくれ」


「頂いてもいいんですか……!?」


 これは、王都でとても人気の限定品ではないか。この間リーナが食べたいなと話していた、なかなか手に入らないと噂のやつだ。


「これ、食べたかったんです!」


 すごく嬉しくて、何度もお礼を言った。


「本当に嬉しいです! ありがとうございます!」


 私がそれはそれは喜んでいると、エリック様は良かったな、ととても嬉しそうに笑った。嬉しいのはこちらだ。クッキーに目の保養まで。私はエリック様の笑顔が大好きなのだ。


 ああ、本当に嬉しいな。

 なんだか不思議なくらい嬉しい。


 クッキーの袋に顔を埋めて、もう一度ありがとうございます、と呟いた。







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8/12 コミカライズ1巻発売です!
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