【番外編】贈り物(エリック×リリア)
コミカライズ連載開始の記念SSです。
恋心を自覚する直前あたりのイメージです。
「欲しいもの?」
私の問いに、エリック様が菫色の瞳を丸くした。
「はい。エリック様、成績優秀者として表彰されましたよね? 日頃のお礼も兼ねて、ぜひともお祝いをお送りしたくて」
「その気持ちだけで嬉しいが……」
「いえ! 気持ちは形にしなくては!」
散々悪女ムーブをかましてきた私に親切にして、改心したことも認めてくれる心清らかな天使エリクエル。お祝いを口実に、何か贈り物をしたいと思ったのだ。
なんと言っても、今までの私は誕生日でも記念日でもない日に、無理のある理由をつけてはびっくりするくらいの高価なものを強請り、エリック様に贈らせていた。
しかも貰った挙句に片眉をあげておざなりに礼を言うか、色やらデザインやら石の大きさやらに文句をつけていたのだ。最低すぎる。一日一善ならぬ一日一罪滅ぼしをしなければ、地獄に落ちてしまいそうだ。
「欲しいもの……」
私の突然の問いに、エリック様がちょっと真面目な顔で考えこんだ後、口を開いた。
「…………ハンカチ、かな。刺繍の入ったハンカチが丁度欲しかったんだ」
「ハンカチですね!……ハンカチですか?」
欲が無さすぎないだろうか。
エリック様は国で一番の公爵家のご子息だ。きっとバーンとサラブレッドの白馬一頭とか、超高級オーダーメイドの洋服なんかが欲しいに違いないと、とりあえず自分の自由になるお金をかき集めておいたのだけれど……。
「やはり、それは無理だろうか」
心なしかシュンとするエリック様に、慌てて首を振る。
「いえ! もちろん大丈夫です!……でも、もっと良いもののほうが……」
「いや、君のハンカチがいいんだ」
「私のハンカチ……?」
確かに私のハンカチは素敵だと自分でも思うけど……と戸惑った瞬間、はたと閃いた。
「あ、なるほど! わかりました!」
「いいのか? 手間がかかるもので、申し訳ないが……」
「とんでもないです。お任せください」
私が頷くと、エリック様がまるで天使のようにはにかんだ。
心臓が危うい。脳内で滝行をして煩悩を消しながら、私はまず最高級のハンカチを取り寄せねばと決意した。
◇
早朝に登校する習慣は継続している。今日も一番早くに登校し教室の席に座っていると、いつもよりも早くリリアが登校してきた。
「エリック様! おはようございます!」
エリックを見つけた瞬間、花が開くようにリリアがパッと微笑む。平静を装い微笑んで「おはよう」と手を挙げると、彼女は胸に大事そうに抱えていた包みをエリックに差し出した。
「あらためて表彰、おめでとうございます。前にお話ししたハンカチです」
「あ……ありがとう」
驚きながら、受け取る。
忘れていたわけではなかったが、本当に貰えるとは思っていなかった。
急に欲しいものを問われた時、思わず舞い上がってつい刺繍入りのハンカチと答えてしまったがーー、普通刺繍は恋人や友人などごく親しい人にあげるものだ。リリアは快諾してくれたが、家に帰ってから図々しかったのではないかと一人悶々と悔やんでいた。
「開けてもいいだろうか」
「もちろんです!」
静かに喜びを噛み締めつつそっと包みを開けると、それは黒地のハンカチだった。金の糸を基調とした色合いで、知恵の象徴であるオリーブの木と、羽ばたく梟が描かれていた。繊細で優美で迫力もある、見事な刺繍だ。
リリアが手ずから刺した刺繍なら、例えどんなものであろうと大切な宝物にするつもりだったが、予想以上に素晴らしい出来栄えに驚く。彼女はどちらかと言えば刺繍が苦手だったと記憶していたが、いつの間にこんなに上達したのだろう。
「これは……凄いな」
エリックが感嘆すると、リリアが少し照れながら「気に入って頂けましたか?」とはにかんだ。
「もちろんだ。まさか、これほど素晴らしい刺繍をもらえるなんて思わなかった」
刺繍は一針一針、手渡す人間の顔を思い浮かべて作るという。
自分はリリアと親しい関係とは言えないが、これだけの大作を作る間少しでも自分のことを考えてくれたのだろうかと思うと、勝手に頬が緩んでしまう。
「これほどの品、大変だったろう? 本当に大切に、大事に使わせてもらう」
「とんでもない! 母も喜びます!」
「えっ?」
(侯爵夫人が?)
何故侯爵夫人が出てくるのだろうと目を見開くと、リリアが誇らしそうにはにかんだ。
「私のハンカチが欲しいと仰いましたでしょう? 私が持ってる刺繍入りのハンカチは、母が刺してくれたものなんです。娘の私が言うのもなんですけれど母は刺繍の名人なので……。でもまさかエリック様に気に入って頂けるとは」
「…………」
「あ、もちろん母には、ハンカチを贈る相手がエリック様だとは言ってません! 婚約破棄しにくいですものね。お世話になってる友人が優秀者として表彰されたお祝いに、とお願いしましたので、どうぞご安心くださいませ!」
にこにこにこ。リリアのまばゆい笑顔には、一点の曇りもない。
「私も賢くなれるように梟が入ったハンカチを刺してもらったんです」
そう言いながら、リリアが可愛らしくデフォルメされた梟が小さく刺されたハンカチを見せる。同じモチーフだが、誰も同じだとは思わないだろう。
婚約破棄に支障が出ないよう、気遣う優しさに打ちのめされながらエリックは笑顔で礼を言った。
「……ありがとう。とても嬉しい。大変喜んでいたと、是非とも礼を伝えてほしい」
「はい! 本当におめでとうございます!」
「ありがとう。大切に使わせてもらうよ……」
嬉しさと物悲しさと自己嫌悪と。
様々なものがないまぜになり、複雑な気持ちを抱えたエリックは内心で頭を抱えた。
(……しかし、リリアから何か贈られたのは初めてかもしれない)
そっと懐にしまったハンカチを手で押さえる。
友人であるユリウスに報告し、「お揃いってこと? 良かったね」と言われて悶絶することを、彼はまだ知らない。
なほ先生による素晴らしく美麗なコミカライズはコミックブリーゼさんにて毎月連載されています。
エリックがとにかく顔が良く、リリアもとっても可愛い(悪女モードは美人なのです…!)コミカライズの更新情報や見所などはTwitter(@satsuki_meiii)にてお知らせしていますので、良ければそちらもご覧ください!
ぜひぜひ、コミカライズもよろしくお願いします!





