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エリックの観察

 





 ここ一週間、エリックはリリアを観察していた。

 何を企んでいるのか、何を考えているのか。


 絶対に騙されない、という気持ちで見つめる瞳は意地悪な姑のそれに近い。

 今更芝居をしたって遅いのだ。君の本性は知っている、と強く思わなければ絆されてしまいそうだった。



 なぜなら、最近の彼女はエリックの理想そのものなのだ。

 優しく朗らかで、親しみやすい。


 エリックは彼女の心からの笑顔を見たことがない。

 いつも何か不満そうな顔をしていて、エリックに媚びたかと思えばヒステリーを起こす。


 どんなプレゼントを贈っても、欲しがっていた物を贈っても、片眉を上げておざなりな礼を言うだけだった。



 だからエリックは、いつも笑っている彼女の美しさを知らなかったのだ。


 溢れそうなほど大きな瞳がゆるやかに細められて、ふわりと笑う。


 面白い話でも聞いたのか、笑い声を立てることもある。褒められたことではないが、鈴が鳴るように可憐な声だ。


 彼女が教室に入ってきて、顔を合わせた者に挨拶をする。その笑顔に、頬を赤らめる者もいた。つい一週間前までは見られなかった光景だ。


 頬を赤らめた男子生徒をエリックが思わず見つめると、気づいた男子生徒の顔はさっと青くなる。

 一応、現時点ではリリアは彼の婚約者だ。


 そう、まだ婚約者だ。

 結局父にはまだ言い出せていない。リリアもそろそろ訝しむだろう。



 エリックはただただ困惑していた。

 そして絶対に、俺は騙されないと何度目かわからない誓いを立てた。






 一番前の席に座り、教師の話を真剣に聞くリリアは成績だけなら優等生だ。


 成績優秀者のエリックと同じ特進クラスに籍を置くリリアは、元々勉強はできるほうだ。

 リリエンタール侯爵夫人は学者の家系出身なので、母方の血なのかもしれない。


 真剣にノートに書き物をしているリリアをぼんやりと見ているうちに、授業の終わりを告げる鐘が鳴った。生徒たちが腰を上げる。



 リリアが思い切り伸びをした時、近くを歩いていた平民出身の女生徒に手が軽くぶつかった。


「あっ、ごめんなさい」


 申し訳なさそうに謝るリリアの顔は善良そのものだ。女生徒はリリアに驚いたのだろう、慌てて頭を下げ大袈裟な謝罪をし、足早に去る。リリアがわかりやすく落ち込む。



(……あれも、演技に違いない)



 きっと自分やリリアと同等以上の貴族がいない時は、演技を続けられないだろう。

 どうか馬脚を露わにしてくれと半ば祈るような気持ちで頭を抱えた。




 最近のリリアは、明るく人気はあるがあまり身分の高くない子爵令嬢のリーナ・フェルマーと仲が良い。


 今日の教室はちょうどよく、平民や彼女が高位と認める貴族はいない。人も少なく、丁度いい。


 リリアの死角となる場所に座ったエリックは、友人であるユリウス・ウィーズリーの派手なローブに眼鏡をかけた下手な変装をした。リーナはそんなエリックを見て、一瞬驚いた後苦笑いをした。屈辱だ。



 そしてリーナは小声でリリアに話しかける。何を話しているかはわからない。

 けれども、リリアの本性がわかれば良いのだから気にしない。



「リリアってエリック様のことをどう思ってるの?」



 突然聞こえてきた言葉に、エリックが固まった。

 自然と先程より集中して耳を澄ます。

 かなり悩んだ後、自信が無さそうに言った。


「……顔がいい?」

「何で疑問形なのよ」



 ーー彼女はやはり、僕の地位や見た目しか見てなかったのだろう。

 当たり前のわかりきっていた事実を突きつけられて、エリックは苦々しい気持ちになった。

 今日はもういいか、と席を立って外に出ようとする。

 一歩廊下に足を踏み出したその時だった。



「うーん、エリック様は、真面目すぎる方かなあ」


 その時、後ろに響いた声に驚いた。

 柔らかくキッパリとした、嘘のない声だった。

 振り向くとリリアの横顔が見える。



「でも誠実で努力家で、素敵な人だと思う」



 にこっと友人に笑顔を向けるリリアを見てエリックは胸を押さえて蹲った。攻撃された気がする。

 かろうじて廊下に出ていて良かった。こんな姿をリリアには見られたくない。


 この学園で一番高貴な血筋を持つ、優等生のエリックが急に呻き蹲る姿に、周りの学生が飛び上がってびっくりしているが、エリックにそんなことを気にしていられる余裕はない。

 心臓を鷲掴みされたかのようだ。痛いほどどくどく鳴る。



 その様子を見て、廊下にいたユリウスがニヤニヤと茶化す。


「エリック、なんかお前普通に好きな女をストーカーしてるようにしか見えないんだけど」


「冗談はよせ」


 心を落ち着けて立ち上がり、着ていたローブと眼鏡を友人に返す。


「次期フォンドヴォール公爵様ならわかるんじゃないの?演技してるかどうかさ」


 フォンドヴォール公爵家は外交を得意とするため、心理に強い。人が何を考えているか、おおよそわかる。


「……演技をしているようには、見えない」


 だからこれほどまでに苦労しているのだ。



「じゃあ演技していないんじゃない?」

「そんなわけがない」


 吐き捨てるかのように答えたエリックに、うーん、とユリウスが答える。


「頭でも打ったんじゃないか」

「……」


 あり得るかもしれない。



「まあでも、婚約の破棄を言っちゃったんだろ? それで本人も受け入れたんだろ? ラッキーじゃん。今更やっぱり婚約しててください、ってお前は言えないだろ」


 気にするだけ損だぞ、とユリウスが言った。

 その通りだった。




読んでくださってありがとうございます。

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