【番外編エリック×リリア】出張とストレス/リリア編
地震大丈夫でしたでしょうか?
何事もないことを祈っております。
ヴァレンタインなので新婚夫婦の番外編、前編です!
結婚して二ヶ月がたつ。
結婚してまあまあすぐに、哀れ不運なエリック様は遠方の領地へ視察に行くこととなった。期間は一ヶ月。長すぎである。
当初は、同行するわ!妻ですもの!と息巻く私だったけれど、外せない予定がいくつか入ってしまいハッピーマダム生活は一時中止となった。その時の私がいかにムンクの叫びに似ていたか、お見せできずに残念である。
けれどエリック様の方がもっと悲痛な顔をしていた。一年分の不運を集めて煮詰めた鍋にドボンと浸かっているかのような顔をして、悲しそうに旅立って行った。
しかしながら長いとはいえ、当初の予定は一ヶ月。寂しいなとは思いつつも何だかんだ充実した楽しい毎日を送っていた。
忙しいだろうにまめに届くエリック様からの手紙も嬉しかった。
会いたいと書かれる手紙、超可愛い!エリック様、私の心を掴む才能がありありすぎる!
まあそんな感じで、一ヶ月。
会えない時間が二人の仲を育てるともいうしなあと割と能天気に過ごしていたのに、なんと恋敵が現れた。
事の起こりは先日の茶会だ。
「まあ。新婚なのに、領地へ視察へ……?」
扇子で口元を覆い、痛ましそうに話す彼女、セレシア・マーリン伯爵令嬢は、以前エリック様の婚約者候補と目されていた女性である。普段遠方に住んでいるが、今日は茶会のために出てきてくれた。
艶のある綺麗な栗色の髪に青い瞳。所作の一つ一つに品が漂う、儚げな美人だ。そして巨乳。多分この世の八割の男が落ちるに違いない。
「ええ、そうですの」
眉を下げつつ、私も優雅に微笑んだ。
「けれどお忙しい中頻繁にお手紙をくださいますの。寂しいですけれど、わたくしも我慢しなければなりませんわね」
私の言葉に、他の女性も次々と口を開いた。
「まあ、エリック様ってお優しいのね」
「リリア様を深く愛しておられると聞きましたわ。私の友人がお二人と同じクラスに在籍しておりましたが、学生時代も仲が良くて当てられていたとか」
「羨ましい!わたくしの夫は手紙をくれたことなんて一度もありませんわ」
「あら、それでも誕生日には花束を贈ってくださるのでしょう。それも素敵」
きゃっきゃっと恋バナを楽しみながら、わたしはセレシア嬢を目の端で見た。
なんとなく前からわかっていたけれど、多分彼女はきっとエリック様が好きだと思う。何となく申し訳ない気持ちになる。
しかし、その多少の後ろめたさは彼女の言葉で吹っ飛んだ。
「こちらまで心が浮き立つようなお話ですわね。しかしながら、これはわたくしの知り合いのお話なのですけれども……」
彼女は悲しそうに目を伏せた。
「ご主人が視察の際に出会った女性を見初めて、そのまま恋人にしてしまったそうですの。当初は早く帰ってくると言っていたのに、帰宅が予定よりもどんどん伸びていって、その女性に夢中だったのだとか。けれどその間も奥様に変わらず手紙や贈り物を贈っていたそうですわ」
その場がしいん……と静まりかえったが、すぐに一人の女性が、眉を顰めて窘めるように口を開く。
「セレシア様。そんなお話は、リリア様にもエリック様にも失礼じゃなくって?」
「あら、ごめんなさい。仲の良い友人だったのでつい熱くなってしまって……もちろん彼の方のように誠実な方でしたら、そんなことはないでしょう。失礼しました。どうぞお忘れくださいませ」
申し訳なさそうな表情を見せるセレシア嬢こと女狐に、内心かなりムッとしていた。
けれども私はエリック様の妻である。ここで怒ったら負けである。
「いいえ、お気になさらず。セレシア様は友情に篤い方ですのね。けれどもこのような場ですから、そんな話をされるのはご友人も望まないかもしれませんわ。今回は聞かなかったことに致しますから、どうかご安心くださいね」
ほんのちょっと牽制すると、彼女は「お気遣い感謝いたします」と礼を言った。
ちょっと微妙な空気になってしまった。今日は社交に慣れない令嬢のための茶会なので空気を変えるために全く気にせず振る舞って、その後の茶会は穏やかに進んでいった。
◇
あの時、一瞬ムッとしたものの私はあまり気にしてなかった。
だって世界一のピュアボーイ、純粋無垢なるエリック様に浮気なんてできるわけない。結婚するまでキスできなかった男だもん。絶対に浮気なんてできるわけない。
そんな感じですっかり忘れて、愛しい夫が帰ってくるはずの今日のこと。
早起きをしていそいそ可愛くお化粧をして、菫色のドレスを着て準備万端!
しかしそわそわ待つ私に届いたのは、嫌なオーラを漂わせる一通の手紙であった。
手紙を読んだ私は抱えていたたまべえを無意識で締め上げていた。
『どうしても断ることのできない所用ができ、マーリン伯爵の邸に一日滞在することになった。
帰宅が一日遅れる。すまない。君に会いたい』
その下に長々と文章が書かれているが、怒りと焦りで何度読んでも目が滑る。
よりによってマーリン伯爵邸…!
セレシア嬢、もしやエリック様の愛妾を狙っているのだろうか。この世界、高位貴族や王族が愛妾公妾を持つことは、そんなに珍しくはない。
私の頭に、先日の品のある彼女のばいんばいんな姿が浮かんだ。
何てことだ。どう考えても負けている。
非の打ち所がないリリアの外見にも、実は「もう一声……!」と物申したい箇所があったのだ。
何せここはコルセットで腰やら腹をぎゅうぎゅう締め上げ、胸は豊満な方が良しとされる時代錯誤な世の中だ。寄せて上げても儚きこと霞のごとし我が胸は、おそらくこの世界の一般的な男性にはほんの少しがっかりポイントなのではなかろうか。
はっきり言って、私は色気もあんまりない。皆無と言っても良いかもしれない。
それでも愛嬌一本でゴリ押ししてきたけれど、巨乳を盾に迫られたらどうなるか?陥落である。
頭の中の純粋可憐なエリック様が、ピキピキと音を立てて崩れていく。
代わりにやあやあと浮かんできたのは、複数の女を手玉に取っている汚れ切ったエリック様だ。うわ、あの顔にはヘタレキャラより女の敵の方が似合ってしまうな……。
なんだか物凄く悲しくなった。
一ヶ月の別離は、知らないうちに私の心を疲れさせていたのだろう。しかもぬか喜びのダブルコンボ。
私は変わってしまったエリック様を思い浮かべながら、その日一日涙にくれた。





