【番外編リリアとエリック】キスまでの距離
キスをしたいけどしたくない男×キスをしたい女
ひたすらイチャイチャしているだけです。アンバー編の後にすみません。
今は帰りの馬車の中である。
今日も今日とて仲良く帰宅している筈の私達だが、車内は何とも言えない空気に満ちていた。
こんなに時を戻したくなったことは、かつてない。
「あの、リーナから、殿方は潤んだ瞳で上目遣いで見上げられると、キスをしたくなるようだと聞きまして……。ご心配をおかけしたこと誠に申し訳なく……」
「リーナ・フェルマーとそんな話を……」
呆れているのだろう。エリック様が戸惑った顔で呟いている。
こんな作戦を自白するのは恥でしかない。熱くなる顔をパタパタと両手で仰いだ。
「あ、でもエリック様とのお話をあれやこれやと言ったわけではないので。安心してください。まあ私が興味津々に聞いてしまったのでバレバレだったかもしれませんが……」
「え、あ、いやそれはいいんだが。興味津々だったのか……」
IQ三の私に言葉もないのか、エリック様が険しい顔で口元を押さえている。
私は肩を落として項垂れた。
事の起こりはこうだ。
先日、新居予定のお屋敷で殺し文句を囁いてくれたエリック様に、キスを迫ったところ断られた。意味がわからず二度見した。
多少揺れてはいたようだから押してみても、ダメだった。終いには真面目な顔で、場所を考えた方がいいと諭された。家なのに。
傷心ながら絶対にいつかキスさせてやると鼻息荒く誓った私は、先日リーナから聞いた話を実践しようと思ったのだ。
しかし私は、エリック様が優しいことを忘れていた。
一生懸命瞬きを我慢して涙目にし、内心ドヤ顔で上目遣いを決めたところ、何かあったのかと心から心配された。誤算である。
何でもないと誤魔化せば誤魔化すほど泥沼にハマっていく一方だったので、私は「キスさせようと思って……」と自白した。どこに出しても恥ずかしい女の出来上がりだ。
「この間、勇気を出してお願いしたのに断られて、悔しくてつい」
「き、傷つけたと思わず……すまなかった」
口を尖らせるとエリック様が慌て始めた。
「別に嫌だったわけではなく、ちょっと場所が……」
「?どういう場所がいいんですか?」
「……密室じゃなくて、部屋の中でもなくて、人気がないけど人がいないわけでもない場所なら……」
なぞなぞやってるんじゃないんだよ!
うっかり突っ込みそうになって慌てて口を噤んだ。危なかった。エリック様はいたって真面目な顔をしている。多分きっと、誰もいない朝の海とか、満天の星空の下とか、貸切高級レストランとか、色々こだわりがあるんだろう。貴族の男はみんなロマンチストだと、以前恋愛小説で読んだとリーナが言っていた。
はあ、とため息をついて諦めた。こだわりなら仕方がない。これ以上は痴女になる。
「じゃあ、いつか素敵な場所でしてくださいね。したいのは私だけだと思ってたので、そうじゃないならいいんです」
ちょっと悔しさが残る私は、これくらいなら良いだろうとこてん、とエリック様にもたれかかった。微かに息を呑む音がした。見上げるとエリック様の整った顔に、金色の髪がサラリとかかる。夕陽が差して、顔が少しだけ赤く見えた。
「エリック様の髪、キラキラして綺麗ですね」
金髪いいなあ〜。
何も考えずに指を伸ばし、その髪を摘みかきあげると、エリック様が私の手をぎゅっと握った。びっくりして反射的に離れると、手をぐいっと引っ張られる。
ぽすっと音がして、私はエリック様の胸の中に収まった。突然のことに動揺しすぎて言葉が出ない。上擦った「なっなっなっ」が車内に響く。
「……僕が我慢してないと、どうして思ったのかな?」
キスを我慢する必要がないからだよ……!
今回ばかりは突っ込みたかった。けれどエリック様の暴走モードに「なっ」しか言えない私には、無理だった。エリック様の匂いに包まれて、かちこちに固まるのみだ。
エリック様が私の顎に手をのばして、クイっと上を向かせる。顎クイだ。すごい。
菫色の瞳がこちらを見ている。切なそうな、痛そうな表情で。思わず息を呑むと同時に、くらくらするような期待が体中を駆け巡る。
「僕はいつも我慢してるし、多分君よりずっとキスしたいと思っている」
怒ったような顔でそう言う彼の大きな指が、私の唇を優しく撫でた。
「僕は我慢強い方だと思ってたけどーー、君に関しては、我慢が効かない時がある。万が一にも、君を傷つけるようなことはしたくない」
そっと、指が唇から離れていった。そして上を向かせていた顎からも。引かれていた手も、離れていった。
「だから、君も煽るような言い方とか……少し、気をつけてもらえると、僕が助かる」
斜め上の断られ方をした私は、驚いてマジマジとエリック様を見つめた。目を逸らす彼の顔はほんのり赤い。まさかそんな理由で断られていたとは思わなかった。身悶えしたい。可愛いが過ぎる。撫でくり回したい衝動を、瞳を閉じて耐え忍ぶ。耐えた私を、褒めて欲しい。
気づかれないように吐息を吐いて、衝撃を逃した。
わかりました、と私が言うと、エリック様が安心したような、恥ずかしそうな、複雑そうな表情を見せる。
「君は何も悪くなくて、ただ僕のタイミングでさせてもらえたらと……」
そう言う彼に、私はしみじみと口を開く。
「エリック様が、不埒な妄想をされる方だと良くわかりました……」
「えっ」
「親愛を示すキスにもよこしまな気持ちを抱かれるんですよね……?」
「そういうことじゃ……いや、そうだが……。あっ、待て、今笑ってるな」
「バレちゃいましたか」
首をすくめると、エリック様がこら、と怒った。でも、照れさせるほうが悪いと思う。
なんだか恥ずかしいような、甘いような、不思議な気持ちになってエリック様の手を握る。
「手を握るのは、いいですか?」
私が言うと、真っ赤な顔のエリック様が頷いた。それから迷いに迷って、「今はこれで、ごめん」と言った。
私の頰を両手で包んだ。そうしてそっと、額に優しくキスをした。
これで投稿は終わりです!
とはいえ感想欄でもアイディアを頂いて、まだ書きたい小ネタや削りまくった本編のはみだし話もありますのでそのうちまた番外編を書けたらなと思っています。
またいつか覗いてくださると嬉しいです。
ここまでお読み頂きまして、ありがとうございました!





