感情ジェットコースター/エリック
ーー急すぎたろうか。急すぎたな。
リリエンタール侯爵家に向かう馬車の中、昨日慌てて送った手紙を思い出して「やってしまった……」とエリックは深く身悶えた。きっとリリアは驚いたろうし、必死すぎる男に引いたかもしれない。でも気が変わったらと思うといてもたってもいられなかった。
大体、手紙に書いた猫の絵にしても、大好きな猫が描かれてたら嬉しいだろうと安直に考えたが、結果邪悪で奇妙な形相の猫となった。絵を見るのは得意だ。教養を叩き込まれる貴族は、絵への造詣の深さも求められる。幼い頃から学ばされていた芸術は、自身の画力には生きなかった。何故だ。不条理だ。
何回も描き直したが、皆似たりよったりだ。諦めて送り、どうか猫に見えてくれと祈った。
そんなことをつらつら無限ループで考えているうちに、リリアの家へ着いた。
やっとついた、という気持ちとついてしまった、という気持ちの狭間でやけに高揚する気分を抑えて馬車を降りる。緊張する。
久しぶりに訪れたリリエンタール侯爵家だ。エリックが降りると執事が恭しく出迎えた。
しばらくぶりに会ったこの執事に声をかけているとすぐにリリアが出てきた。
「おはようございます、エリック様」
表情は変えずに、エリックは今日この良き日を迎えられたことを神に感謝した。
淡い桃色のドレスはふんわりと清楚に広がる裾が可愛らしい。フリルやリボンの甘い装飾こそないが、洗練されたデザインのドレスはリリアに似合っていた。
淡い桃色がリリアの真っ白な肌に柔らかく映えている。
ゆるやかに結い上げられた髪は後れ毛に色気が漂い、耳元で揺れる菫アメジストの菫色のイヤリングが首筋を美しく見せていた。
(なんだかもう、よくわからないくらい可愛いな)
化粧のせいかほんのり赤い顔がとにかく可愛い。
エリックは笑顔を貼りつけて挨拶し、リリアをエスコートして馬車へと乗せた。
◇◇
レストランは成功だったと思う。
やや緊張した顔のリリアだったが、食事が始まると少しずつ気分が解れてきたようだ。
「ユリウス様は、そんなに恋人の女性を大事にされていらっしゃるんですか」
「そうなんだ。恋人と会う前は前日から機嫌がいい。どんな女性なのか僕も知らないが……」
「思いが通じ合うなんていいなあ……幸せなんでしょうね」
羨ましそうに息をつくリリアに少し違和感を感じたエリックは、口を開きかけてやめた。
「好きな男がいるのか?」との問いに頷かれても否定されてもこの後に影響が出る。
「エリック様は、好きな方がいるんですか?」
「……まあ、いる、な」
一瞬逡巡したが素直に答える。以前ユリウスに「お前から好きと言わなければ始まらない」と言われたことを、エリックとてその通りだと思うところもあるのだ。
ただそれを、リリアに直接ぶつけてしまえば彼女が困るだろうから伝えられない。彼女の重荷にならないよう言外に好意を滲ませるくらいしか、今のエリックにはできない。このくらいなら許されるだろう。
「そうですか……」
エリックの心境を知ってか知らずかリリアの表情が曇った。
一瞬伏せた瞳を上げた時には、リリアはもう普通の表情だった。一瞬存在した違和感はもう見えない。少なくとも動揺したエリックにはわからなかった。ひたすらに、失敗したか? 早計だったか? と動揺していた。
「どんな女性なんですか? きっと素敵な人なんでしょうね」
「そうだな、美人で、朗らかで努力家で……考えていることが読めないな」
「エリック様にもそんな方がいらっしゃるんですね……」
君だ。
そうは言えないエリックはこの深みにはまっていく会話を切り上げた。そこからはなんとなく話が盛り上がらず、暗澹とした気持ちのまま食事は終わってしまった。
◇
本来であれば食事の後に、どこか他の場所に誘おうかと思っていたが話の流れが妙なことになったせいでそんな雰囲気でもなくなってしまった。発端となったユリウスが憎らしい。完全なる八つ当たりだ。
待たせていた馬車に乗せようとリリアに手を差し出そうとすると、リリアが反対側の建物に視線を送っていた。リリアが好きだと言っていた画家の個展が開かれていた。
「時間があるなら行ってみよう」
エリックがそう言うとリリアはちょっと戸惑い、「お忙しいのでは……」と口籠る。一瞬心が折れたが、時間がないわけではなさそうだな、と思う。
そのままリリアの手を握り、「行こう」と声をかけ返事を聞く前に歩き出した。
恋とはなんて厄介なんだろう、とエリックは思う。いつでも反省し後悔してばかりだが、何も生かされることがない。しかし勢いがなければ何もできない。
後ろのリリアの顔は、見ることができなかった。
新年あけましておめでとうございます。
皆様にとって良い一年になりますように、心からお祈り申し上げます。





