エリックの邁進
エリックは浮かれていた。
毎日一言二言、リリアに話しかける。にこやかに答える彼女は自分のことを嫌ってはないらしい。先日は、初めてリーナ以外の女子と昼食をとったと溢れんばかりの笑顔で報告してくれた。これはもう、好意があると考えてよいのだろうか。どうだろうか。
リリアがクラスに打ち解けられるよう、エリックは心を砕いた。毎朝一番早くに登校し、やってくるクラスメイトにリリアの性格が変わったこと、どれほど優しく愛らしいのかをアピールする。変な虫がつかないよう牽制の意味もあった。
エリック・レイ・フォンドヴォールは、婚約者リリア・セイ・リリエンタールに特別目をかけている。
そんな噂が広まれば、きっと最初は下心だとしても彼女に近づくものが増え、接しているうちに本来の彼女に気づくだろう。あとはエリックが友人を見極め、リリアを傷つけかねない人物はそれとなく遠ざければいい。
そんなエリックを、ユリウスはにこやかな笑顔で「ちょっと気持ち悪いかな……」と評した。その通りだ。ぐうの音もでない。でもやらねばならない。
特にアンバー・ウォルター、彼はダメだ。彼は先日、非常にスマートに彼女を褒めていた。和やかに談笑までしていた。しかし彼はリリアより遅く登校するので、牽制はできない。
リリアにだけは泥臭く心を砕く自分を見られたくはなかった。
リリアが好きそうな菓子もプレゼントした。
エリックはリリアが好きなものは猫しか知らない。悩んだ末、人気だという猫の菓子にした。
正解だった。昼休みにみんなで食べると、喜んでくれた。
あまりの喜びようにこちらのほうが嬉しくなった。
(ありがとう。喜んでくれて)
エリックは浮かれていた。
そんな時、物事は大体良くないほうに動く。
◇◇
「あっ、ごめんなさい!」
とん、と背中に軽い衝撃を感じた。走ってきた女子生徒がぶつかったらしい。
「いや、大丈夫だ。だが廊下は走らないように」
監督生のエリックは、生徒の風紀にも目を配らなければならない。目の前の桃色の髪の少女はすまなそうにエリックを見つめた。小動物のような愛らしさに、見覚えがあった。
潤んだ大きな瞳でエリックを見る彼女は、マーガレット・カンバーランド。以前リリアに嫌がらせをされたという、男爵令嬢である。
エリックは、自身をきらきらとした目で見つめるマーガレットの瞳に打算めいたものを見た。思わず眉を顰める。
(リリアを陥れて、僕に取り入ろうとしたわけか)
「……廊下を走るほど急いでいたのでは? 僕も急いでいる。失礼」
冷たく響く声に、マーガレットが驚いたようだ。元々エリックは、誰に対しても柔和に接するよう心がけている。彼女はエリックの冷ややかな声など、想像したこともないはずだ。
「え……まだ時期じゃないってこと?」
ぽつりと呟かれた声に、不快である、と表情だけで告げた。
息を呑み戸惑うマーガレットから体ごと背け、エリックは教室へと向かった。





