67.孤立
「<魔境>への侵攻ですか……」
アトラスたちが所属する分隊の隊長から、<魔境>への侵攻作戦を告げられたアトラス。
いきなりの大作戦に少々困惑する。
<魔境>が難易度の高いダンジョンであることはアトラスも聞き及んでいた。
「(果たして今の軍の戦力で太刀打ちできるのか……)」
だが、<東方防衛軍>に派遣されることに同意した時点で、多少の危険は承知の上。当然参加を断る選択肢はない。
「アニス、気を付けて行こう」
アトラスは相方であるアニスにそう声をかける。
「はい、アトラスさん」
アニスは一抹の不安を感じながら答える。
アトラスのことは絶対的に信頼している。でもだからこそ、自分が足を引っ張らないのか心配だったのだ。
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こうして<魔境>への突然の侵攻が始まった。
「あんたたち。死ぬ気で戦いなさい!! 全力前進で、<魔境>を攻略するわよ!!」
アドルフ将軍が後方から部下たちに檄を飛ばした。
部下たちは声を揃えて威勢よく返事をするが、内心では待ち構えているであろう強力なモンスターたちにびくびくしていた。
<魔境>は霧の立ち込める山間のダンジョンである。
道幅はそれなりに広く、大勢での攻略は不可能ではない。
だが視界が悪く、どこからモンスターが襲ってくるかわからない恐怖に怯えながらの行軍となる。
「――み、ミノタウロスの群れです!!」
先鋒の兵士が声を上げる。
Aランクモンスターであるミノタウロスが大挙して向こうから押し寄せてきたのだ。
部下たちはその数の多さに恐れおののく。
しかし、後方ででんと構えている将軍だけは余裕の表情を浮かべている。
「探す手間が省けたわ! 一気に倒してしまいなさい!!」
将軍の言葉で退却がありえないことを悟った兵士たちは死に物狂いで敵に向かっていく。
「うぉぉぉ!!」
アトラスとアニスもその先陣に加わり、ミノタウロスに向かっていった。
「はぁッ!!」
大挙して押し寄せているとはいえ、Aランクモンスターであればアトラスの敵ではない。順調に敵を斬り伏せていった。
アニスもアトラスほどではないが確実に敵を仕留めて行く。
「(このくらいならなんとか……)」
アニスは目の前のミノタウロスを倒して、はぁと息をつく。
と、ふと振り返ると、他の兵士たちは苦戦を強いられていた。
アニスは手助けのために、残っている敵の方へと駆け出した。
「はぁッ!!」
だが、アニスはすぐに違和感に気が付いた。
苦戦している兵士たちの助太刀に入ったのに、気が付くと元々戦っていた兵士が戦いに参加していなかったのだ。
目の前のミノタウロスを倒して辺りを探すと、助けたはずの兵士は、なぜか後方に退却していた。
そしてさらにアトラスの戦う姿が視界に入ってきて、それで違和感の正体に気が付いた。
「(私たち、孤立してる!?)」
分隊の一員として攻略に参加していたアトラスとアニスだったが、実際に戦いが始まるとなぜか周りが離れていくのだ。
アトラスも孤立しているのを見て、それが勘違いではないことを確認したのだ。
――戦いがひと段落したところでアニスはアトラスに駆け寄って耳打ちする。
「アトラスさん、なんか周りの人たちが私たちを避けてるみたいです」
「ああ、そうみたいだね……」
アトラスも戦いを続けるうちに、その事実に気が付いていた。
もっというと、なぜそうなっているのかも見当が付いていた。
「将軍が指示を出したんだろうね」
将軍は王女を張り倒してしまい、怒りを買った。将軍のキャリア最大のピンチだ。
それを「アトラスのせい」と思っても不思議はない。その腹いせとして、部下たちに「シカト」を指示しているのだろうとアトラスは予想していた。
「……分隊長に何を言ってもダメだろうね。将軍の命令は絶対だろうから」
「それじゃぁどうしますか?」
「ひとまず今は俺たちだけでこの場を乗り切る。それで帰ったらギルドに伝えてこの仕事を降りさせてもらおう」
アトラスの口から方針が聞けたことでアニスは一安心する。
だが、自分たちの身が危険にさらされていることに変わりはない。
「(アトラスさんの足を引っ張らないようにしなきゃ!!)」
さらにプレッシャーを感じるアニスであった。
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