63.アニスの不安
アドルフ将軍は、部下の冷たい視線を受けながら行軍を進める。
最初は狭い道を進んでいたが、そのうち広い通路にたどり着いた。ここであれば、全軍が一斉に戦闘を行うことができる。
そしてそれはモンスターにとっても同じことだった。
「将軍サマ! 左右からゴブリンロードの群れです!」
「全員で迎撃しなさい!」
将軍はシンプルにそんな指令を出す。
東方防衛軍の任務が押し寄せて来るモンスターの掃討である以上、作戦など不要だった。現れた敵を片っ端から倒していく以外にやることはない。
――アニスは迫りくるモンスターを見て、一つ息を吐く。
「(アトラスさんがせっかく出向の相方に選んでくれたんだから、いいとこ見せないと)」
そんな思いとともにモンスターたちに向かって走っていく。
「ハッ!!」
ゴブリンロードに斬りかかる。しかし、相手はAランクのモンスター。簡単に倒せる相手ではない。
一太刀浴びせると、そのあと反撃がある。その一撃がアニスには重たかった。
「――ッ!」
なんとか攻撃を受け止めて、反撃する。だが一進一退が続き、一体を倒すのに時間がかかった。
「強い……」
アニスはそうつぶやいた。
けれどアニス自身もそれが間違いであることはわかっていた。
「(ううん。本当は……敵が強いんじゃない。私が弱いんだ)」
ここ数日、修行をしていてもどうにも調子が上がらなかった。
一言で言ってしまえば……スランプに陥っていた。
だが、モンスターたちはそんなことお構いなしに襲ってくる。
「――ッ!」
横からゴブリンロードがこん棒で殴りかかってくる。
アニスは咄嗟に剣で防御する。だが相手の攻撃を受け流すことができず、真っ向から受け止めてしまう。
「くッ!!」
アニスは押し負けそうになる。
だが、そこにアトラスが助太刀してくれる。溜め込んだ倍返しでゴブリンロードを一刀両断。
「アトラスさん、ありがとうございます」
「いや、ぜんぜん」
アトラスはそう短く返事をして、すぐさま近くで苦戦している別の兵士の助太刀に向かっていった。
「(……やっぱりアトラスさんは強いな……)」
アニスは改めて実感する。
そして、それと対照的に弱い自分に意識が向くのだった。
†
夕方になり、モンスターとの戦闘が一区切りついたところで、将軍は本拠地への帰還を宣言した。
ようやく一日の戦いが終わったことで一行は安心する。
高レベルのモンスターとの戦いが続いたことで兵士たちは疲れ果てていた。
軍営に戻るとすぐに解散して、各々の部屋に戻っていく。
「あの、ちょっといい?」
アトラスはアニスを呼び止めた。
アトラスはアニスの様子に少し違和感を感じていたのだ。
いつもよりも戦いにキレがないように見えた。
「はい、もちろんです」
アニスは上目遣いに、アトラスの表情を伺うように答える。
「あの、もしかして体調が悪い? 大丈夫?」
「あ、いえ、そんなことは……」
「そう? でもまぁ軍隊暮らしは慣れないだろうし、何かあったらすぐに言ってね」
「はい、ありがとうございます」
アニスはそう返事をする。
だが、今はそんなアトラスの優しさも少しだけ苦しかった。
「(きっと私がどんなに弱くても、アトラスさんは優しくしてくれるだろうから……)」
†
アトラスはアニスと分かれて、自分の部屋へと向かった。
アトラスの部屋は他の一般の兵士たちと同じ区画にあった。
ただ、アトラスは出向元のギルドではパートナー(役員)だということで、個室が割り当てられている。
「(さすがに軍隊勤務は疲れるな……)」
そうつぶやきながら、部屋の扉を開ける。
だが、部屋を開けた瞬間、アトラスは心臓が止まりそうになった。
「えっ!?」
部屋には一人の女性がいた。
美しい金髪が揺れ、碧眼がアトラスをまっすぐ見つめる。
それは――他でもない、ルイーズ王女であった。
「アトラスさん、来ちゃいました♪」




