62.将軍、アトラスに力を見せつけようとする。
アトラスたちは宿舎に荷物を置くと、すぐさま戦いに駆り出されることになった。
「いきなり戦いとは、なかなか人使いが荒いな」
アトラスはアニスに小声でそう言った。
「ええ……そうですね。出向を受け入れている理由が人手不足なのだから当然なのかもしれませんが」
「まぁ別に歓迎会をしてほしいというわけじゃないから、いいんだけど」
広場に行くと、昼休憩を終えた兵士たちが既に集まっていた。
数は50人ほどだった。
「それではあなたたち、さっそく魔物討伐に行くわよ!」
アドルフ将軍の号令に、部下たちは「はい、将軍サマ!」と大声で返事をする。
「これが軍隊か……」
アトラスは少し委縮する。
言うまでもなく<ホワイト・ナイツ>とはまったく空気感が違う。
それどころか、前に所属していた<ブラック・バインド>ともやはり違う。
「将軍サマ」という圧倒的な存在が発する重圧感がヒシヒシと伝わってくる。
アトラスとアニスは兵士たちの後ろについていく。
どういう魔物と戦うのかまったく聞かされていなかったが、それを周囲の人間に聞くのもはばかられる雰囲気だった。
最も、アトラスたちもこの軍が、辺境から湧き出てきて押し寄せてくる強いモンスターから国土を守るためにあるということは知っていた。一つの軍隊が常駐しているのだから、モンスターたちの数が多く、手ごわいだろうということは想像がついた。
一行は荒涼とした山脈の谷間に入っていく。
「魔物だ!」
前にいた兵士が魔物を確認する。
現れたのはAランクモンスター、ゴブリンロードの集団であった。
「一匹残らず倒しなさい!」
後ろからアドルフ将軍がはっぱをかけると、前方にいた兵士たちが勢いよくモンスターに立ち向かっていく。
しかし相手はAランクモンスター。そう簡単に倒せない。
そうして苦戦していると、将軍から兵士たちに檄が飛ぶ。
「あんたたち、なにチンタラやってんの! そんな雑魚早く片付けなさい!」
将軍はそんな無茶な指令を出す。
しかし兵士たちは手を抜いているわけではなかった。
そもそも、Aランクのモンスターをそんなに簡単に倒せるはずがないのだ。
結局ペースが早まるようなことはなく、前衛の兵士たちはなんとか十分ほどかけてモンスターたちを倒したのだった。
すると将軍は戦った兵士たちに歩み寄っていき、持っている棒を彼らに振りかざした。
例の痛みだけを与えるマジックアイテムである。
「あんたたち! 情けないわね!」
「も、申し訳ありません!」
「もっと死ぬ気で戦いなさい!」
兵士たちは歯を食いしばって痛みに耐える。
それを見てアトラスとアニスは後ろで顔を見合わせた。
「行くわよ」
将軍は兵士たちへの「お仕置き」を終えて、軍を前に進める。
そして少し進んだところで、再びモンスターたちに出くわす。
今度はミノタウロスだ。
通常であれば、Aランクダンジョンのボスになっているような強敵。しかし、この東方の地では、このような強いモンスターが普通に現れる。
「新入りのあなたたちにワタシの実力を見せてあげる」
と、将軍は単独でミノタウロスに向かっていく。
新人であるアトラスたちに自身の強さを見せつける狙いがあった。
「ハァァッ!!!」
さすがにこの東方の地で将軍を任されるだけのことはあり、将軍はミノタウロス相手に完ぺきに立ち回って見せた。
そして10分ほど戦い、見事撃破する。
「さすがでございます、将軍様!」
「たった一人でミノタウロスを倒してしまうとは!」
「まさに戦神!!」
部下たちがそう称える。
「まぁ、ワタシにとってはこれくらいなんてことないわ」
アドルフ将軍はふんと胸を張った。
――と。
「あちらからもミノタウロスが来ます!」
騒ぎを聞きつけてきたのか、さらにミノタウロスが近づいてくる。
「今度はあなたがやってみなさい」
将軍はアトラスにそう指示を出す。
将軍はアトラスが一人でミノタウロスを倒すなんて絶対にできないと高を括っていた。
それどころか瞬殺されてもおかしくない。
だからアトラスが「それは無理です」と泣いて拒否する前提でいたのだ。
だが。
「承知しました」
アトラスはすまし顔でミノタウロスに向かっていく。
「あ、あいつ死ぬ気か!?」
「自殺行為だぜ!」
周りで兵士たちがそんな声を漏らす。
だが、たった一人アニスだけはその姿を自信ありげに見ていた。
「グァァァッ!!!」
ミノタウロスが咆哮を上げる。
そしてそのままアトラスにその大きな斧を振りかざす。
剣で真っ向からその攻撃を受けるアトラス。
しかし勢いを殺しきれず、そのまま吹き飛ばされる。
「なんだ、予想以上にへっぽこだったわね」
将軍は鼻で笑った。
だが次の瞬間、アトラスは何事もなかったように立ち上がり、再びミノタウロスに向かっていく。
「あ、あいつのHPを見てみろ!」
「ミノタウロスの攻撃を受けて全然HPが減ってねぇ!?」
アトラスのHPを確認した兵士が驚愕の声を上げた。
アトラスはそのままミノタウロスに向かって跳躍し、溜め込んだ敵の攻撃を放つ。
「“借金返し”!」
ミノタウロスの圧倒的な斬撃が、そのまま倍になって放たれる。
「――クァァァ!!!!!!!!!!!!!!」
ミノタウロスは突然衝撃に襲われて、うずくまった。
「な、なんだ!?」
「ミノタウロスの防御を軽々上回った!?」
目の前で起きている出来事に兵士たちは困惑する。
咆哮した後、ミノタウロスは再びアトラスに必殺の一撃を放つ。
――だが、それはそのままアトラスにとってのフィニッシュブローとなる。
「――“倍返し”!」
そのまま攻撃が反射して、ミノタウロスは絶命した。
「……ば、バカな!?」
将軍が十分もかかって倒したミノタウロスを、アトラスはたったの1分で倒してしまった。
「す、すげぇ……」
「神業だ……」
兵士たちは上司の存在を忘れて驚嘆の声を上げる。
だが、それに将軍は歯ぎしりした。
「(……わ、わ、ワタシより強いとでも言いたいの!?)」
顔を真っ赤にして悔しがる将軍。
そこにアトラスは颯爽と戻ってくる。
「……な、なかなかやるわね……。しかし勘違いしないでね。ワタシはみんなに見本を見せるために、時間をかけて倒しただけだから。やろうと思えば、ワタシもミノタウロスくらい秒殺なの。それどころかSランクボスだって一人で倒せるから」
明らかな負け惜しみを言う将軍に、兵士たちは笑いをこらえるのに必死だった――
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