59.婚約者?
――アトラスは叙勲式に参加するため、王宮へとやってきた。
「ブラックギルドで平隊員やってたのがウソみたいだよ……」
妹ちゃんがアトラスの横でしみじみ言った。
ちなみに、ガッシリとアトラスの腕を掴んでいる。
「あのさ、妹ちゃん? 王様たちの前に行くし、さすがに腕を離してくれる?」
アトラスが言うと、妹ちゃんはガン無視で歩き続ける。
結局、式典が行われる部屋に入って、王と対面するまで腕が離されることはなかった。
「アトラス、よく来たな」
王様は満面の笑みを浮かべて出迎える。
「本日はよろしくお願いいたします」
アトラスがうやうやしくお辞儀をすると、王様はその肩をバシバシ叩いた。
「そう固くなるな、我が息子よ!」
「(わわ、我が息子……?)」
アトラスは王様の言葉の意味をすぐには飲み込めなかった。
「ところでアトラスよ。そちらのお嬢様は?」
「えっと、こちらは妹のアリスです」
「なんだ! 妹か! 我が娘を差し置いて、女をつくったのではないかとヒヤヒヤしたぞ! ガハハ」
「(ん?)」
アトラスは強い違和感を覚えた。
「(なんか、まるで僕が王女様の婚約者にでもなっているかのような言い方だが……王宮なりのジョークかな?)」
と、そこに王女がやってくる。
「アトラスさん、本日はどうぞよろしくお願いします」
「はい、こちらこそ」
「ところで、そちらの女性は?」
と、現れたときからずっとそうだったのだが、王女の視線はアリスに釘付けだった。
「えっと、こちらは妹のアリスです」
アトラスが言うと、王女は露骨に笑みを浮かべた。
「なんだ、妹ですか!」
心底安心したという表情を浮かべる王女様。
「(ん? やっぱりさっきから違和感が……?)」
「……アトラスの妹のアリスと申します。幼いころから兄とはずーーっと仲が良く今日もこうして兄の相方としてやってまいりました」
妹ちゃんはなぜか少しムキになったように言った。
「(なんかよくわからないけど、張り合ってる……?)」
それに対して、王女様は「なるほど」と笑みを浮かべて言う。
「兄妹の仲がよいのはいいことですね!」
「……ええ、兄は私のことが大好きでして。例えば、こんな感じに」
と、妹ちゃんがポケットから伝家の宝刀を取り出した。
――件の録音石である。
「ちょ、おまっ!」
アトラスは妹ちゃんの暴挙を止めようとする。
だが、間に合わない。
『――妹ちゃん、大人になったら結婚しよう!』
そのアトラスの黒歴史が、王宮に響き渡った。
――――シーン。
静まり返る王宮。
気まずすぎてなにも言えなくなるアトラス。
だが、次の瞬間、予想外の反応を示したものがいた。
「アトラスさんは昔から妹思いのいいお兄ちゃんだったんですね! ますます好きになりました」
満面の笑みでそう言うのは王女様だった。
それに対して拍子抜けした表情を浮かべる妹ちゃん。
「(なんだかよくわからないけど、王女の勝ちらしい?)」
アトラスは何が起きているのかサッパリわからなかったが、妹ちゃんが何か張り合おうとして、しかし王女がそれを颯爽と躱したのだということだけはわかった。
「……こ、この女……」
――と、どこかでそんな小声が聞こえた気がした。
「(き、気のせいだよな?)」
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