52.巨竜との戦い
魔剣が王子の心臓に突き刺さり、その体は膨張して竜へと姿を変えた。
体は漆黒の鱗におおわれ、眼は深紅に光る。
「――グァァァァァアッ!!!」
普通の家の数倍はあろうかという巨竜が咆哮すると、それだけで大地が震動した。
一般的に竜は知的な生き物だとされている。
けれど、目の前のそれに理性は見えなかった。
ただすべてを焼き尽くし、奪いつくすために存在している。
狂気に満ちた瞳がそれを物語っていた。
「グァァァァァァァアァァァァァァッ!!!!!!!!!!!」
もう一度咆哮し、それと同時にその前足を振り上げる。
アトラスはそれまで呆然としていたが、我に返ってとっさに後ろに跳躍した。
直撃は免れた。しかし地面には大穴が空き、風圧と砕けた土砂によってそのまま吹き飛ばされた。
そして立ち上がる間も与えてくれない。
巨竜は口を大きく開けて、そこから漆黒の炎を打ち出した。
ドラゴンブレスをまともに食らい、大幅にHPを削られる。
倍返しは自動で発動する――
だが立ち上がって見ると巨竜のHPはほとんど削られていなかった。
圧倒的な攻撃力と防御力。そして無尽蔵なHP。
とても勝てる相手には思えなかった。
――アトラスは死を覚悟した。
一瞬で、自分では勝てない相手だと思った。
だが――
巨竜は次の瞬間、アトラスに対して興味を失い、別の方向へ歩き出した。
巨竜が向かう方を見る――
「……街に向かってる!?」
あんな強力なモンスターが、街に行けば大勢の人間が殺されるのは明白だった。
――だが、一人で止めようにも勝ち目はない。
アトラスはそれを理解して駆け出した。
いち早く冒険者たちに伝えて、なんとか街の前で食い止めなければ。
幸い、巨竜はあまりに大きすぎて飛べないようだった。
悠然と――つまり、比較的ゆっくりと、街に向かって歩いている。
アトラスが必死に走れば、巨竜より早く移動できた。
†
アトラスはさっき別れた部下たちがいるはずの道を選んで走る。
必死に走った先に、部下たちの姿を見つけた。全員ではないが、アニスやイリアの姿はあった。
「アトラスさん!?」
アニスは突然必死な形相で現れたアトラスを見て驚きの声を上げる。
「大変なんだ。王子様が竜になっちゃって……街を襲おうとしてるんだ!!」
「竜!?」
「なんとか街に行く前に倒さないと」
アニスたちはすぐにアトラスに従って動き出した。
一人の隊員に命じて街に知らせに行ってもらい、ほかのメンバーは巨竜のもとへと向かった。
幸い、巨竜の進むスピードはあまり早くなかったので、アトラスたちが駆け付けたころ、まだ街まで距離がある場所にいた。
「大きいッ!!」
巨竜を見て息をのむイリア。
Sランクパーティとして活躍している<ホワイト・ナイツ>のメンバーをも驚かせるだけの大きさと存在感があった。
巨竜を目にしてに一瞬たじろぐメンバー。
アトラスは先陣を切るように、巨竜に向かっていく。
跳躍し巨竜の脇腹に突撃攻撃を敢行する。
――しかし、剣は竜の硬い鱗にはじかれてしまう。
そもそもの防御力が高く、アトラスの攻撃力ではまったくダメージを与えられなかった。
「ハァァァッ!!」
――アトラスに続いて、アニスも攻撃に参加する。
アトラスより攻撃力のステータスで勝るアニスは、ダメージを与えることに成功した。
しかし、それもわずかなものだった。
「グラァァ」
たかるハエを振り払うように、巨竜はその大きな翼でアニスを薙ぎ払った。
もろにその攻撃を受けたアニスは後方に投げ飛ばされる。そのHPは大きく減っていた。
「くらえッ!!!」
今度はイリアが果敢に突撃していく。
けれど、巨竜にはほとんどダメージを与えることはできなかった。
巨竜はもちろん攻撃力も驚異的だが、その防御力が圧倒的だ。
固い鱗が信じられないほどの耐久力を持っている。
これでは冒険者が何人束になっても勝てない。
「隊長、どうすれば!?」
――アトラスがこの状況を打破するためにひねり出したのは、強力な一撃を使うという発想だった。
「あの鱗の鎧がある限り埒が明かない。時間差の倍返しで威力をあげて鎧を突破する! みんな援護してください」
アトラスの作戦は、前にSSランクダンジョンで<奈落の王>相手にとったのと同じ作戦だった。
倍返しの攻撃を即座には返さず、しばらくため込んで威力を増幅させる“借金返し”を使って、高い火力を出し、一転突破を図る。
「了解しました! 援護します!」
以前一度その作戦を試しているアニスはすぐに内容を飲み込む。
アトラスは巨竜の前に立ちはだかり、あえてその顔面目掛けて切り込んだ。
まっすぐ視界に入ってきたアトラスに対して、巨竜はドラゴンブレスを放つ。
ただでさえ強力な一撃を至近距離でまともにくらうアトラス。圧倒的なHPを持つアトラスでなければ致命傷となりかねない一撃だった。
だが、吹き飛ばされたアトラスのHPはそれでもまだ残っていた。
倍返しのカウンターを温存し、すぐさまポーションで回復する。
そしてその間に脇からアニスたちが攻撃をかけ、少しでも巨竜の視線をそらそうとする。
それによって巨竜にダメージを与えることも、動きが鈍らせることもできなかったが、何もしないという選択肢はなかった。
そしてしばらくして、アトラスの中で、温存した“倍返し”の力が最高潮に達したのを感じる。
「――――“借金返し”!」
アトラスは渾身の一撃を、巨竜の側面に叩き込む。
「グァァッッ!!」
わずかに悲鳴をあげる竜。
けれど、分厚い鱗にわずかにヒビを入れることが精一杯だった。
HPもほとんど減っていない。
自分の持つ最高火力でも、この程度しかダメージを与えられないのかとアトラスは歯ぎしりする。
そしてとうとう街が見えるところまでやってきてしまった。
このまま行けば、巨竜が街を蹂躙することになる。
――と、そこでようやく応援が駆けつけてくる。
宮廷騎士団の面々である。
「王都を守れ!! 一斉攻撃!!」
副団長が声を張り上げ、巨竜相手に立ち向かっていく。
しかし。
「ぐぁぁぁ!!」
次々に跳ね飛ばされていく騎士たち。
Sランクレベルの力を持つ宮廷騎士たちでも、巨竜相手にはまったく歯が立たなかった。
「クソッ!!!」
見かねたアトラスは、ヤケクソ気味に突進攻撃を敢行する。
だが、巨竜はアトラスに対して再びドラゴンブレスを放つ。
業火によって、大ダメージを負うアトラス。
さらに巨竜はトドメとばかりに、前足をアトラスに向けて振りかざした。
豊富なHPを持つアトラスだったが、その一撃を耐えるだけのHPは残っていなかった。
「――――ッ!!」
それがアトラスにとっては最期の瞬間に思えた。
だが。
「――“ヒール”ッ!!」
巨竜の前足に跳ね飛ばされるアトラス。
だが、その直前、どこからともなく声が響き、アトラスを癒しの光が包み込んでいた。
それによって、なんとかHPが残り、死を免れる。
アトラスは巨竜と距離を取り、自分を助けてくれた人物のことを確認する。
いやその声は彼にとって確認するまでもなかった。
「お兄ちゃん!」
その声は、紛れもなくアトラスの大切な妹の声だった。
†




