51.禁断の剣に憑りつかれた王子
翌日、王子はダンジョン攻略に姿を見せなかった。
「……王子様は公務に出ておられまして……」
宮廷騎士団の副団長が、アトラスたちにそう説明する。
しかし、それはアトラスたちを納得させるための嘘であった。
実は王子が任務を放り出すことは時々あり、騎士団員たちは王子がサボった場合「公務であると言え」と言いつけられていたのである。
「……そうなんですか。それでは我々だけで攻略を進めますか」
アトラスは王子がいないことについて特に何も思わなかった。別にいたところで何の役にも立たないからである。
むしろ先日の決闘の後、王子とアトラスの間には最悪の空気が流れていたので、いないほうがやりやすいというのが正直なところであった。
「申し訳ありませんが……」
副団長はそう平謝りするのだった。
†
一日の攻略が終わり、解散するアトラスパーティと宮廷騎士団たち。
アトラスパーティは各々帰路につく。あるところまでは一緒であったが、最後にはアトラス一人になる。
家に向かってしばらく歩いていく。
誰もいない閑静な道。
だが、そこに突然現れる一人の男。
その姿に、アトラスは思わず驚いて立ち止まった。
ほかの誰でもない、ジョージ王子だった。
その表情は、暗がりの中でもはっきりとわかるほど、不気味な笑みで歪んでいた。
「どうされたんですか……?」
思わずアトラスはそう聞く。
「……はは。僕は強いんだ……」
そう言うと王子は腰に差していた剣の柄に手を伸ばす。
そこでアトラスは、その剣がいつものそれと違うことに気が付く。
王子が抜刀すると、刃が闇色に輝き、光の粒が勢いよく飛び出した。
次の瞬間、その光の粒は集まって形を作る。
「――ミノタウロス!?」
剣から上級モンスターが出てきたのだ。
突然ダンジョンでもないところにモンスターが現れるなんて、そんな事象は5年間冒険者をやっているアトラスでも聞いたこともなかった。
ミノタウロスはすぐさまアトラスを敵と認識して襲い掛かってくる。
とっさに剣を引き抜くアトラスだが、中途半端な迎撃態勢しか取れず、ミノタウロスの猛攻を受け止めることができなかった。
「ッ!!」
吹き飛ばされるアトラス。倍返しが発動してミノタウロスに大きなダメージを与えることはできたが――
「ほらほら!」
再び王子が剣をふるうと、またしても剣からモンスターが出てくる。
今度はトロール。それも二体。
アトラスは倍返しを使いながら、なんとか現れたモンスターたちと戦っていく。
しかしようやくミノタウロスを倒したと思ったら、さらに今度はリザードマン・キングが現れる。
どれも単独なら倒せない敵ではないが、こうして次々現れては、いくら豊富なHPを持つアトラスでも危ない。
「ほらほら!!」
さらに王子はモンスターを生み出す。
今度はゴブリンキング。
「――どうすれば!?」
アトラスは目の前のモンスターと戦いながら、なんとか打開策を探る。
そして、一つの結論に達した。
――王子から剣を奪うしかない!
アトラスは攻撃を受けた後、倍返しを温存する。
そしてモンスターの間をかいくぐり、王子に向かって跳躍し剣を振る。
「――“借金返し”!」
温存した倍返しを、王子に向かって放つ。
王子はとっさにモンスターを出して身を守ろうとするが間に合わず、もろにアトラスの倍返しを食らう。
後方に吹き飛ばされる王子。
「くッ――!!」
王子の手から魔剣が零れ落ちる。それをキャッチして、アトラスはそのまま後方に跳躍した。
「――なんとかなった……」
アトラスは安堵のため息をついた。
――だが。
「き、さまぁ……!!!!」
王子は立ち上がり、アトラスをにらみつける。
その視線は狂気に憑りつかれていた。
「僕の剣を――かえせぇ!!!!!!!!」
と王子が叫んだ次の瞬間。
魔剣が共鳴した。
アトラスの手から魔剣がひとりでに飛び出し、王子のもとへと飛んでいく。
そして――
「ぐはッ!!!!!!!!!!!!!!!!!」
剣は王子の心臓に突き刺さった。
王子の体を守るべき結界はまだ残っていた。
だが、それでも剣は王子の体に突き刺さっている。
そして、次の瞬間、剣から黒い光があふれだし、王子の体を包み込んでいく。
「王子様!!」
光はどんどん膨張し、やがて形を作る。
王子の体は闇色の光に飲み込まれ、そしてその光の下から大きな物体が現れる。
それは――巨大な竜だった。
†




