49.王との対面
「……勝者……アトラス」
副団長が申し訳なさそうにそう宣言した。
カッコいいところを見せようと、アトラスに決闘を申し込んだジョージ王子だったが秒殺されてしまい、言葉を失っていた。
「……何で……だ」
王子はもう周りを気にすることさえできず茫然自失になる。
その様子に、勝っただけのアトラスも申し訳ない気持ちになった。
「流石アトラスさんです!」
と王女ルイーズがアトラスに拍手を送って近づいてくる。
一応兄である王子のことなど全く気にすることもなく、アトラスの手を引っ張る。
「あの、……やっぱり僕まずいことしちゃいましたかね?」
アトラスが小声でそう言うと、ルイーズは首をブンブン横に振る。
「ぜんぜん、そんなことないです! 実力を発揮しただけで責められるはずがありません」
王室の人間である王女にそう言われて一安心するアトラス。
しかし、話はその後妙な方向に行く。
「それよりもアトラスさん。今日の夜はお時間ありますか?」
突然予定を聞かれて驚くアトラスだったが、ルイーズの勢いに負けてつい「は、はい……」と即答してしまう。
「ならよかった!!!」
「えっと、何かご用が?」
聞くと王女は元気に答える。
「ぜひ王宮で夕飯を食べましょう! 会わせたい人がいるのです!」
「会わせたい……人?」
アトラスが聞くと、ルイーズは満面の笑みで微笑むのだった。
†
「――君が噂のアトラス君か」
その夜。
アトラスはルイーズに誘われ、王宮である人物と夕飯を食べることになった。
――その相手は、
「娘から話は聞いているよ」
――ルイーズを娘と呼ぶ人物。
それはこの世でたった一人しかいない。
この国の国王陛下だった。
「た……大変……光栄です」
アトラスはしどろもどろになりながら答える。
「そう緊張するな。今日は楽しく話をしようじゃないか」
王はそう言ってワインに手を伸ばした。
「は、はい……」
ただの平民であるアトラスは王様と会うと言うだけで緊張していたのだが、その状況に拍車をかけるものがあった。
それは、
「アトラスさんもどうぞ、ワインを」
――アトラスの真横に座っているルイーズの存在である。
今三人が食事をしている部屋は、途方もなく広くおそらくアトラスの家と同じくらいの大きさがある。
それにも関わらず、なぜかルイーズはアトラスの真横にピッタリくっついているのである。
娘が何処の馬の骨ともわからん男とくっついていたら、普通の父親は気が気でなくなってしまうだろう。
ましてその娘が王女ともなればなおさらである。
しかし、幸いなことに、王は今の所ニコニコした表情を浮かべていた。
「アトラス君の活躍ぶりはよく聞いている。どうだろう、それだけ力があるのであれば、官職が欲しいと言う気持ちはないか?」
いきなり予想外の質問を受けてアトラスは戸惑う。
「か、官職ですか……。正直、全く考えたことありませんでした。あ、その……いやと言うわけではなく、実力的に及ばないと思って……」
「何を言う。<ホワイト・ナイツ>の最年少役員が実力的に及ばないなど、ありえないだろう」
王がそう言うと、ルイーズが横で頷く。
「そうですよ。アトラスさんならどんな役職でもやりこなすに違いありません」
「か、過分なお言葉ありがとうございます……」
「お世辞で言っているんじゃないぞ。真面目にリクルートしているのだ。そう。例えば、宮廷騎士団長などはどうだ」
「きゅ、宮廷騎士団長ですか!?」
宮廷騎士団といえば、武官の中では一番名誉な職業だ。
小さい頃から憧れる者も多い。
「し、しかし王様。宮廷騎士団長と言えば、貴族がなるものでは?」
団員はともかく、騎士団長は伯爵以上の貴族でないと任じられない。
平民のアトラスは逆立ちしてもなれないはずだ。
「なに。爵位などどうとでもなろう。例えば、そう。ルイーズと結婚すればいきなり公爵だ」
飲みかけていたワインを吹き出しそうになるアトラス。
「けけけけ、結婚!?」
あまりに突然な言葉にアトラスはもはや動揺を隠すことができなかった。
すると、ルイーズがその大きな胸の前で両手を合わせて言う。
「お父様! 妙案ですね!」
「そろそろお前もいい歳だ。旦那を貰うにはいい年頃だ」
ハハハと笑う王。
アトラスはパニックになって言葉を失っていた。
「王女の配偶者なら公爵位もなんら不自然ではない。むしろちょうどいい」
混乱したアトラスの頭に浮かんだのは、先ほど倒したジョージ王子のことだった。
「そ、そういえば……騎士団長といえば、ジョージ様がいらっしゃいますが……」
今の宮廷騎士団長はジョージ王子である。
まさかそれを差し置いて自分が騎士団長になるなどありえないだろうと。
混乱したアトラスはそう思ったのである。
だが、返ってきたのは予想外の返事だった。
「近々あいつには騎士団長をやめてもらおうと思っている」
王は急に真面目な口調になってそう言った。
「や、やめさせる……?」
「見栄ばかり張って、謙虚さのカケラもない。成長させるために騎士団長にしたが間違いであった」
どうやら王も息子の本当の姿を知っているようであった。
「一緒に仕事をしていて大変だろう。今日もいきなり決闘を申し込まれたと聞いた。もし次何かひどいことをされたらちゃんと報告してくれ。厳正に対処する」
「……は、はい……」
意外な方向に話が進んで、驚くアトラスであった。
「まぁ騎士団長のことは置いておくとしても、私はぜひ君に宮廷で働いて欲しいと思っているのだ。ぜひ前向きに考えてくれ」
「あ、ありがとうございます……」
「それから娘のこともぜひ頼むぞ。なにせ娘は君に惚れ込んでいるからな」
「…………」
もはやありがとうございますと言っていいのかもわからないアトラスであった。




