45.王子の芝居
月曜日。
ジョージ王子は、何食わぬ顔でダンジョンへ向かった。
「今日もよろしく頼むよ、アトラス君」
「はい、王子様」
ジョージ王子はアトラスたちを引き連れてダンジョンを進む。先週までに攻略し終えたところまで行き着くと、そこで宮廷騎士団とアトラスのパーティはそれぞれの通路へと入っていく。
アトラスたちの姿が眼前に見えなくなったところで、王子は「ふひひ」と笑い声を漏らした。
「ちゃんと時間割は調べたかい?」
王子の問いかけに、騎士団員が自信満々に答える。
「はい、王子様! 今から30分後に女学生たちがダンジョンにやってきます」
このSSランクダンジョンの中ボスを、女学生たちが練習している場所まで誘導し、事故を演出。ピンチに陥った女学生を颯爽と助けるというプラン。
この完璧な計画に、ジョージ王子は早くも酔いしれた。
「よし。では計画通りいこう」
「はい、王子様!」
王子たちはすでに攻略した道をゆっくり進んでいく。中ボスが待ち構えている部屋まで悠々到着した。
「女学生たちがちゃんと来てるか調べてくれるかい?」
王子は部下にそう命じて、先週見つけた隠し通路へと向かわせる。
しばらくして部下が戻ってきた。
「王子様。予定通り女学生たちが集まっております」
「よし。では、ボスをおびき寄せてくれたまえ」
ジョージ王子は部下にそう命じ、自分は隠し通路の脇道に姿を隠す。
部下たちが中ボスを女学生たちのいる場所まで誘導し、そのあとジョージ王子が颯爽と現れるという算段だ。
――部下の騎士たちが、ボスの間に入り、しばらくすると隠し通路に重たい足音が響いた。
ダンジョンの中ボスは、ドラゴン・ゾンビだった。
ドラゴン・ゾンビは、騎士たちに誘導され、脇に隠れた王子の横を通って、女学生のいる方へと向かっていく。
「ふひひ。モンスターに怯えた女の子たちを救うためにイケメンの王子が現れる。我ながら劇的な登場だ」
王子はしばらく笑いをこらえるのに必死だった。
だが少ししてようやく落ち着き「イケメン王子」の表情を作り上げる。
そして「怯えた女の子たち」を救うために、ドラゴン・ゾンビの後を追いかけるのだった。
†
――アトラス一行は、今日もスムーズに攻略を進め、あっという間に中ボスの間の前までたどり着く。
そこには当然宮廷騎士団たちの姿はなかった。
「……今日も、先に着いちゃいましたね」
イリアが、得意げな顔でアトラスに言う。
まさか宮廷騎士団が休日出勤して攻略を進め、あまつさえ中ボスを解放して一芝居打っているとはつゆ知らないアトラス一行は、王子たちがまだ後ろで苦戦していると思ったのである。
「うん、みんなが頑張ってくれたから。……でも、これからどうしようか」
中ボスを倒さないと先には進めないが、流石に勝手に倒してしまっては王子たちのメンツが丸つぶれだ。
となると、アトラスたちはもうやることがなくなってしまう。
「もう、私たちだけで中ボスを倒しちゃっていいのでは?」
アトラスもイリアの提案に同意したかったが、しかし相手が王子とあっては下手は打てない。
「一応、しばらく待ってみようか」
「……隊長がそうおっしゃるのであれば」
アトラス一行はボスの間を前に休憩時間をとることになった。
――しかしである。
「……あの、隊長。これ……」
と部下の一人がアトラスに近寄ってくる。
「どうかしましたか?」
「中ボスはどんなモンスターかなと思って、探索魔法を使ってみたんですけど……多分その扉の先、ボスの間にはボスはいません」
それを聞いてアトラスは首をかしげる。
「ボスがいない?」
「はい……」
「ボスの間にボスがいないとは……」
と、アトラスは部下の言葉を確かめるべく、ボスの間の扉を開け放つ。
すると、確かにそこはもぬけの殻になっていた。
しかし、中に入って確認すると、入り口と反対側にある扉は開いていない。奥の扉が開いていないということは――すなわち、ボスは倒されていないと言うことを示している。
だが、だとしたらボスはどこへ?
――そう考えると、答えは一つしかなかった。
ボスの間へ繋がっている道は二本。片方は自分たちが歩いてきた道。だからそこにボスはいない。
だとすれば、もう片方――宮廷騎士団が担当している道しかない。
そちらにボスが行ったのか?
理由はわからないが、可能性は高い。
アトラスはボスの間を出て、宮廷騎士団が攻略しているはずの通路の扉を開く。
すると――
「あ、開いてる!」
まだ攻略されていないとばかり思っていたが、扉は開いていた。
すなわち、誰かがこの道を通って、中ボスに挑んだのだ。
――そしてボスはまだ倒されていない。
「もしかして、宮廷騎士団だけでボスに挑んだのでは?」
アニスが言う。
「そうかもしれない……。とりあえずこっちに行ってみよう」
一行はアトラスを先頭に、ボスが通ったかもしれない通路を進んでいく。
「モンスターが全く出てこないね……。やっぱり攻略済なのかな」
と、しばらく進んだところで、アトラスたちは通路の脇に穴が空いているのを見つける。
何やら隠し通路のようになっていた。
「た、隊長! この先に大きな魔力反応があります!」
部下がそう告げた。
「ボスはこっちにいるのかな」
「おそらく」
アトラスたちは穴の中に入っていく。
そのまましばらく進んでいくと、やがて開けた場所が見えてくる。
「あれは……」
広い暗がりの空間。
アトラスたちはよく見る光景だった。
「……ボスの間?」
広い空間の奥に、アトラスたちはモンスターを見つける。
「ドラゴンゾンビです!」
部下の一人が叫んだ。
武器を構えるアトラスたち。
だが、ドラゴンゾンビの視線の先に、別の人間たちがいることを発見する。
――――怯える若い女子。
それに、彼女たちの数メートル前に剣を構えた宮廷騎士たち。
そしてよく見ると、宮廷騎士の少し後ろの地面には――倒れたジョージ王子の姿があった。
ステータスを確認すると体力は残っている――が、なぜか気絶しているようだ。
アトラスたちには何が起きたのかわからなかったが、とにかく宮廷騎士たちは敗北寸前の状況にあることはわかった。
「みんな、急げ!」
隊長の号令で、アトラスパーティの面々はドラゴンゾンビへと斬り掛かって行った。
†




