31.決闘・・・瞬殺。
王女様に呼び出された翌日、アトラスは王宮の競技場へと向かった。
決闘によって「アトラスが無能かどうか」を決めると言う謎のイベントが行われるのである。
アトラスとしては極めてどうでもいいのだが……
王女様のご指名とあらば、行かないわけにいかなかった。
「お兄ちゃん、コテンパンにしてやって!!」
妹ちゃんがアトラスの両手を握ってぶんぶん振りながらそう言った。
昨日帰ってから妹ちゃんに事の次第を報告したところ、決闘を見に来ると言って王宮までついて来たのである。
「お泊りデート無理なら、王宮デートで我慢する」と言われては、断ることはできなかった。
「う、うん、頑張る……」
妹ちゃんがいるとなると、一応情けないところは見せられないなとアトラスは思った。
仕方がないから全力で戦おうと決心した。
と、アトラスより少し遅れてクラッブが現れた。
コナンたち部下数名を引き連れている。
「お、誰かと思えば、無能すぎて我が<ブラック・バインド>をクビになったFランクのポンコツアトラス君じゃないか」
クラッブは近づいて来るなり嘲笑しながらそう言った。
アトラスは「は、はぁ」と、ため息交じりに答える。
「なんだ、その態度は。今日は俺が『指導』してやるんだ。ありがたく思え?」
「それは、ありがとうございます」
パワハラは適当に受け流すと言うのが、5年間の<ブラック・バインド>生活で身につけたアトラスなりの処世術だった。
だが、妹ちゃんは大好きな兄を侮辱されて頭がプッツンだった。
「何が『指導』よ。あんたみたいな偉そうなだけのデブに教えてもらうことなんかないから」
仮にも「王国公認ギルド」のギルマスを、「偉そうなだけのデブ」呼ばわりする妹ちゃん。
クラッブは妹ちゃんの言葉を聞いて、顔を真っ赤にした。
だが、クラッブが言い返す前に、腰巾着のコナンが声を荒らげる。
「お、お前! ギルマスになんてことを言うんだ!」
だが、口を出したのは完全にコナンの失敗だった。
「“土下座のコナン”は黙ってて」
「ひぃッ!!」
妹ちゃんの一言で、リードを引っ張られた犬のように大人しくなるコナン。
「……“土下座のコナン”?」
クラッブが不思議そうにコナンに聞く。
「い、いえギルマス。や、奴の妄言です。忘れて下さい……」
と、アトラス以外がバチバチやり合っていたところに、王女ルイーズが姿を現す。
後ろには近衛騎士たちを連れていた。どうやら彼らが『観客』になるようだった。
「みなさん、ようこそお越しいただきました」
その場にいた全員がルイーズの方を見て頭を下げた。
「アトラスさんの貴重なお時間を無駄にはしたくないので、早速始めましょうか」
ルイーズはクラッブを気遣う様子はこれっぽちもなくそう言った。
「相手のHPを半分に減らした方が勝ちです。いいですね」
「ええ、もちろんです」
クラッブは勢いよく返事する。
アトラスも「わかりました」と同意した。
「それでは、双方位置についてください」
アトラスとクラッブはそれぞれ20メートルほど離れた位置につく。
「――それでは決闘を始めます。3……」
ルイーズがカウントダウンを始める。
アトラスとクラッブはそれぞれ剣を抜いて構える。
「2……1、はじめ!」
王女の声が空に響いた次の瞬間、アトラスとクラッブは同時に駆け出した。
スピードはクラッブの方が速い。
彼は今でこそ経営者だが、自身もそれなりの実力を持つ冒険者だった。
だから、はっきり言ってFランクの無能に負けるはずがないと思っていた。
「雑魚が! 死ねえぇぇぇッ!!!」
クラッブは大剣の切っ先をアトラスに向けて突撃攻撃を敢行した。
アトラスは――――最初から防御を捨てた。
いやむしろ、地面を全力で蹴って、自分からクラッブの大剣に向かってぶつかりにいく。
「もらったぁあ!!!!」
クラッブの大剣は、アトラスの急所である心臓の部分を貫く。
クリーンヒットでアトラスのHPは一気に削られる。
――――だが、それは全てアトラスの計算通りだった。
アトラスはわざと相手の攻撃が自分の急所に当たるように突っ込んで行ったのだ。
その結果、クラッブの攻撃は「クリーンヒットのボーナス」と「アトラスが自ら突進していった勢い」とが合わさって、通常の二倍以上の威力になった。
クラッブの実力以上の攻撃でアトラスのHPは一気に削れるが――半分は下回らない。
そして、次の瞬間アトラスの食らったダメージが倍になってクラッブに跳ね返る。
「ぐぁぁああああああああ!!!!!!!!」
空気が圧縮され、爆発する音とともに、クラッブが空へと打ち上げられた。あるところまで勢いよく昇っていき、そのまま地面に落下する。
地面にぶつかる大きな音。
クラッブは頭から地面に突き刺さっていた。
王女が確認すると、クラッブのHPは当然のように半分以下に削られていた。
「――――勝者、アトラス!!」
――――文字通り、秒殺。
「……す、すげぇ……」
「マジで一撃だったぞ?」
「クリーンヒットしてたよな? なのにHP全然削れてねぇぞ」
「あの攻撃力もバケモノだろ」
「トップレベルの近衛騎士でもあんなの無理だ……」
わきで見ていた近衛騎士たちは呆然としながら驚きの言葉を口にした。
アトラスが見せたのは、自ら敵の攻撃を急所に誘導し<倍返し>の効果を倍増させる隠し技だった。
狙ってクリーンヒットを出すのが難しいのであまり挑戦しないが、今日はうまくいったとアトラスは心の中で満足げに頷いた。
「さすがです、アトラスさん!! 目にも留まらぬ神業に感服いたしました」
ルイーズは満面の笑みを浮かべてアトラスの元に駆け寄ってきた。彼女はまたもアトラスの両手を取ってぎゅっと握りしめる。
「いや、たまたまです……」
アトラスは照れながらそう答える。
「いえ、間違いなく実力です!」
と、その様子を見ていた妹ちゃんは歯軋りして悔しがる。
私以外の女がお兄ちゃんに近づくなんて……
「ちょっと、失礼します王女様。未婚の男女が人前でくっつくのはあまりよろしくないかと!!」
そう言って妹ちゃんは兄の腕を引っ張って自分の胸にガッチリ引き寄せる。
「あら、あなたは……」
「アトラスの妹です!! い、も、う、とです!」
王女相手に全く怯まず、威嚇するような態度をとる妹ちゃんに、アトラスはタジタジになる。
「アトラスさんの妹さんでしたか。これはこれは挨拶もなく、失礼しました」
王女は妹ちゃんに明確に敵意を向けられていることに気がつくが、一ミリも気にする事はなかった。
妹ちゃんを一瞥したあと、アトラスに向き直る。
「アトラスさん、本当にお疲れ様です。やはりアトラスさんは世界一の冒険者です!」
「せ、世界一だなんて……」
――――と、クラッブはようやく地面から抜け出して、アトラスたちの方にやってきた。
「王女様! やつはきっと何かズルをしたのです!! そうでなければ、この私が負けるはずがありません!!」
と、クラッブはルイーズにそう詰め寄る。
だが、もはやルイーズにクラッブの話を聞くつもりはなかった。
嘘をついてSSランクダンジョン攻略の仕事を受注し、あろうことかアトラスを貶めることで嘘を正当化しようとしたのだ。
「自分の負けを認められないとは情けない人ですね。これであなた方が嘘をついていたことはハッキリしました」
「お、王女様!!」
「私があなた方にSSランクダンジョンの攻略を発注したのは、あくまでアトラスさんがいたからです。ちゃんと事前に確認したはず。あなた方が嘘をついていた以上、発注は破棄させていただきます。それから、王室を欺いて受注したことは、王都中のクエスト紹介ギルドにも連絡いたしますので、そのつもりで」
王女は厳しく言い放つ。
「お、王女様!! お、お許しを!!!」
クラッブは泣きそうになりながらそう言うが、ルイーズが意に介することはなかった。
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