30.王女からのお呼び出し
# 王女からのお呼び出し
――土曜日。
ホワイトギルドである<ホワイト・ナイツ>は、当然のように週休二日だ。
<ブラック・バインド>に勤めていた時は、たまの休日になると昼過ぎまで寝ていたものだが、もうそんなことはない。普段からホワイトな環境でストレスフリーに働いているので、休日の朝でもスッと爽やかに、規則正しい時間に起きることができる。
「お兄ちゃん〜 どこいく、どこいく?」
アトラスが朝食を食べていると、妹ちゃんがシャツを引っ張って来る。
初めて有休を取った日に妹ちゃんと遊びに行けなかった埋め合わせに、今週末デートにいくことになっていた。だが、具体的にどこに行くかは決まっていなかった。
「どこか行きたい場所あるか?」
「別にどこでもいいよ〜。お兄ちゃんとどっかに行ければ」
それ、一番困るやつ。
アトラスはどこに行くか無い知恵で考えなければ行けない。
……なんか服でも買ってあげるか。
と、ウキウキ顔の妹ちゃんを見ながらアトラスが何をしてあげようかと考え始めた時だ。
「――――アトラスさん!」
外から、聞き覚えのない声が聞こえてくる。
「休日の朝から何でしょう?」
「知らない声だな……」
アトラスは駆け足で玄関まで行って扉を開ける。
「アトラスさん、休日にお邪魔してすみません」
現れたのは赤色の服を身にまとった男。腰には剣を差しているが冒険者ではない。
――宮廷の近衛騎士だ。
「ど、どうされましたか?」
「王女様がお呼びです。お手数をおかけしますが、お時間を頂戴できませんか?」
――王女様が?
アトラスは心臓が止まるかと思うほど驚いた。
王女様といえば、ルイーズ・ローレンス様。
あの方が自分を呼んでいるとは。
思わずアトラスは振り返って妹ちゃんの方を見た。
「……なんか王女様が呼んでるらしい」
「ええ!?」
妹ちゃんも声を上げるが、彼女が驚いているのは兄が王女様に呼ばれているということにではなかった。
「お兄ちゃん、私とのデートは!?」
「いやいや、そこ!?」
†
近衛騎士に案内され馬車で宮廷に向かうアトラス。
ちなみに、妹ちゃんは当然のようにお留守番である。
「あの、なんか俺悪いことしたんですかね……?」
アトラスが恐る恐る聞くと、近衛騎士はすぐに否定した。
「まさか。ただ、ちょっとお願いがあるだけです」
「……お願い?」
「詳しいことは王女様のお口から」
それ以上近衛騎士は何も教えてくれなかった。
仕方なくアトラスは黙って外の景色をじっと見た。
そして馬車は王宮に入り、あっという間にある建物にたどり着いた。
馬車が止まり、近衛騎士に促されてアトラスが降りると――
「アトラスさん、お久しぶりです」
アトラスの目線の先にルイーズがいた。
彼女に呼び出されたとは理解していたつもりだったが、それでもこうして本物が現れるとアトラスは固まってしまう。
「お、王女様……」
アトラスはかろうじて頭を下げる。
「今日はよくお越しくださいました! 以前に別荘でお会いして以来ですね」
アトラスは王女様が自分のことを覚えていてくれたことに驚く。
確かに王女様の別荘に出現したダンジョンを攻略した時に一度だけお話ししたが、まさか自分のことをちゃんと認識していたとは予想もしていなかった。
「まさか私のことを覚えていてくださるとは光栄です」
アトラスが言うとルイーズは「当然ですッ」と大きな胸を張る。
思わずアトラスの視線はその大きさに釘付けになった。
――いかん、バレたら不敬罪で死罪だ……。
慌ててアトラスは目線を逸らす。
と、王女はアトラスがそんな葛藤をしているなどとはつゆ知らず言葉を続ける。
「あなたほどお強い冒険者を、私は見たことがありません。まさか忘れるなどありえないことです。1日たりとも、あなたのことを忘れたことなどありませんよ」
ん、なんか、ちょっと言葉がおかしくないか?
アトラスは内心で首をひねる。
ルイーズのそれは……まるで恋する乙女のような言葉だ。
……王室独特の言葉遣いなのかな?
「実はですね、今日はアトラスさんにお願いがあるんです」
――ルイーズは本題に入る。
「お願い、ですか」
「ええ。あなたの力をぜひ証明して欲しいんです」
「私の力を?」
「実は、あなたが<ブラック・バインド>にまだ所属していると思って、彼らにSSランクダンジョンの攻略を依頼したのです。そうしたら、<ブラック・バインド>のギルマスは、アトラスさんは弱すぎるからクビにしたと、そう言うのです」
残念ながら、クビにされたのは事実だが……。それについてアトラスは全く気にしていないし、否定するつもりも毛頭なかった。
だが、アトラスがよくてもルイーズはよくないのだ。
「アトラスさんが強いというところ、ぜひ<ブラック・バインド>のギルマスと決闘して、証明して欲しいのです!」
――どうやら自分のあずかり知らぬところで、決闘がセッティングされているらしい。
アトラスは、なぜそんなことになるのかとまた首をひねる。
――だが、次の瞬間、そんなこともを考えている余裕がなくなった
「お願いしますッ!! アトラスさん!!」
ルイーズはグイッと顔を近づけてきて、アトラスの両手をとりそのまま胸に引き寄せるようにぎゅっと握った。
――近いッ!
あと、胸!!
アトラスの指がルイーズの巨乳に当たる。
……不敬罪ッ!! 不敬罪ッ!!
アトラスは動揺を抑えきれない。
「もちろん報酬はお支払いします! それにアトラスさんの力を世間に知らしめるいいチャンスになるはずなんです!」
別に報酬も名声もアトラスは欲していなかったが、美少女に両手を握られながら頼まれては断れるはずもなかった。
「わ、わかりました……」
アトラスがそう言うと、ルイーズは満面の笑みを浮かべて、アトラスの手をさらに強く握ってぶんぶん振った。
「ありがとうございます!!」
そんな訳で、なぜかアトラスは元上司と決闘することになったのである。
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