29.【ギルマスside】嘘はすぐバレるんです。
# 嘘はすぐバレるんです。【ギルマスside】
「お前たち、いい加減にしろ!!」
ダンジョンに鳴り響くクラッブの怒声。
<ブラック・バインド>の面々は今日もSSランクダンジョン攻略に励んでいた。
しかしCランクにさえ苦戦する彼らのレベルでは、SSランクになど到底太刀打ちできるはずもない。
平隊員たちは当然そのことを理解していたが、実情を知らないクラッブはメンバーが急に弱くなったように感じていたのである。
「一体いつから我がパーティはこんな腰抜けどもばかりになったのだ……」
クラッブは、一通り怒鳴り散らした後、大きくため息をついた。
いつからも何も、アトラスを除けば最初からずっとこんな感じだったのだが、アトラスのことを無能と思い込んでいるクラッブがそのことに気がつけるはずもなかった。
そしてギルマスの過ちを正せる部下もいない。
「……こうなったら、他のパーティを使うしかないか」
そう思ってクラッブは早々にダンジョンから引き上げて外に出た。
「ところでコナン。いつアトラスは来るんだ?」
クラッブは、コナンにそう尋ねる。
目下のいちばんの問題はそれだ。
アトラスがこなければ、王女様に嘘をついていたことがバレてしまう。
「そ、それが……」
コナンは口ごもる。
口が裂けても、妹ちゃんに情けない過去を暴露されて泣きながら逃げ帰ってきたなどとは言えなかった。
「おい、まさかとは思うが、失敗したのか!?」
「す、すみません!!! ギルマス!!」
それまでコナンは「大丈夫です」とギルマスに説明していた。怖くてアトラスが戻って来ないとは報告できなかったのである。
しかしいよいよ王女様との約束の時間が迫ったところで嘘をつき通せなくなったのである。
「愚か者!!!!!!」
クラッブの怒りは最高潮に達した。
「も、も、も、申し訳ありません……!!!」
「どうするんだ、このままじゃ嘘がバレるじゃないか!!」
「し、しかしギルマス! 奴には『役員にしてやる』と言ってもダメだったんですよ! もう戻ってくる気はないんです!」
「なんだと……? あんな無能を役員にするなんて絶対ありえないが、役員にしてやると言っても戻ってこない? なんて図々しい奴なんだ……」
ギルマスは顔を真っ赤にして怒る。
「ぎ、ギルマス…… 奴はどうあがいても戻ってはきません」
「……ええい、どいつもこいつも愚か者ばかりだな……」
と、その時だ。
再び馬車の音があたりに響き渡る。
「なんてことだ……王女がいらっしゃったぞ……!!」
クラッブは汗をだらだらかきながら、部下たちを並ばせる。
「クラッブさん、おはようございます……」
王女ルイーズは馬車から降りてきて一行に挨拶する。
だが、目当ての人物がいないことにすぐ気が付いた。
「アトラスさんはどちらに……?」
その質問にクラッブは声を詰まらせる。
「ええっとですね……」
クラッブはない知恵を絞り、必死に言い訳を考える。
そして出てきたのは、もはや開き直りに近い言葉だった。
「王女様。実はですね、アトラスはクビにしました」
――クラッブにとって、それは真実だった。
「……どういうことですか。アトラスさんはもう<ブラック・バインド>にはいないということですか?」
ルイーズは驚きのあまり目を丸くして聞く。
「申し訳ありません、王女様。残念ながら、その通りでございます。あの男はあまりにも無能だったのです」
それがクラッブの考えた策だった。
アトラスがあまりにも無能だから追い出した。そのことを言い出せなかったと。
そういうシナリオである。
だが、それを聞いたルイーズは心穏やかではない。
「無能だからクビ……? あのアトラスさんが無能?」
ルイーズはアトラスが無類の強さを誇っていることを知っていた。
なにせ国中の精鋭を集めた近衛騎士が手も足も出なかったのだから。
それなのに、目の前の男は「無能だからクビにした」と言う。
ルイーズの知っている事実とはあまりにかけ離れている。
「あのアトラスさんが無能なわけないでしょう。私を欺こうとしているのですか?」
「欺こうなどとは! とんでもないことでございます王女様。本当にあの男は無能の極みだったのです」
クラッブは心の底からアトラスのことを無能だと思っていた。なのでルイーズがそこまでアトラスの強さを信じていることが理解できなかった。
「……黙りなさい! 私がSSランクダンジョンの攻略を<ブラック・バインド>に任せたのはアトラスさんがいたからこそです。それなのにまさかアトラスさんはいると嘘をついていたとは」
普段温厚なルイーズだったが、この時ばかりは感情を抑えきれなかった。
「し、しかし王女様! あいつは本当に無能なのです! あいつがいたらSSランクダンジョンの攻略は無理です!!」
「まだ言い張るのですね……それでは、それを証明してください」
「しょ、証明?」
「ええ。あなたとアトラスさんが決闘して、あなたが勝ったら、あなたの言葉が本当だと信じます」
と、それを聞いてギルマスは「助かった」と内心で笑った。
あの無能のアトラスと戦って負けるはずがない。
「わかりました、王女様。私がアトラスと戦いましょう」
「――では、王室の名において決闘を執り行います」




