28.もしかして、あの「土下座のコナン」ですか?
クラッブの命を受けたコナンは、定時後にアトラスの自宅へと向かった。
家の前まで来て扉を荒々しく叩く。
「おーい、アトラス!」
――外からそう呼びかけると、中からアトラスが出てくる。
「どちら様ですか…………って、コナンさん?」
アトラスは、元パーティメンバーが突然家にやって来たことに困惑する。
「久しぶりだな、アトラス! 今日はお前に耳寄りな情報を持って来てやったぞ!」
「……は、はぁ」
アトラスはローテンションで答えるが、コナンはそれに気がつかず、用意してきたセリフをドヤ顔で言い放つ。
「お前をクビにしたのはトニーの独断でな! ギルマスはお前のことを高く評価しているそうだ! お前を再びパーティに迎えたいとおっしゃっている!」
アトラスをクビにした責任を全てトニーに押し付けるというのが、コナンの考えた作戦だった。
「……いや、前も言いましたけど、もう<ブラック・バインド>に戻るつもりはなくて……」
アトラス的には、「トニー隊長を恨んでいる」とかそう言うことは全くなかった。
全く気にもとめていないというのが本音だ。
なので、当然戻るつもりはないと言うのだが、コナンもそれは予想していた。
なので、前回以上の「エサ」を用意していた。
「まぁまぁ。聞いて驚け? なんと、ギルマスはお前を役員として迎え入れるそうだ!」
役員はギルドで最高ランクの肩書きである。
パーティでの戦闘だけではなく、経営者としてギルド運営を担う最高ランクの身分である。
――当然、アトラスを役員にするというのは、コナンが勝手に考えた作り話だった。
ギルマスであるクラッブにはなんの相談もしていない。
だが、どうせSSランクダンジョン攻略の間だけギルドにいてもらえればそれでいいのだから、ギルマスも許してくれるだろう。コナンはそう踏んだのである。
「どうだ、役員だぞ? 多分最年少の王国公認ギルド役員だぞ!」
コナンはハイテンションで言う。
ギルドメンバーなら誰もが夢見る役員の地位。
それをぶら下げれば、必ずやアトラスも戻ってくると思ったのだ。
――だが、
「いや、役員とか興味ないんで……」
アトラスはコナンの言葉を一蹴する。
「なに!? 役員だぞ!? それも王国公認ギルドの!!」
コナンはまさかその提案が否定されるとは思わず、声を荒らげた。
だが、アトラスは本当に心から興味がなかったのだ。
「別に給与なんてたくさんはいらないですし、それに肩書きも隊長で十分すぎます。今のギルドのメンバーたちと楽しくやっているのでそっちの方がいいです」
「な、な、生意気な!! せっかく破格のオファーを出してやってるのに!!」
懲りもせず上から目線で怒り出すコナン。
だが、それでアトラスの考えが変わるはずもなかった。
「とりあえず興味ないんで……」
アトラスは戻る意思がないと伝えるが、しかしコナンは引き下がりそうになかった。
なので、どうしたものかと困り果てたアトラスだったが……
――その時。
家の中から妹ちゃんが出てきた。
兄達の会話を聞きつけて、一言言いにきたのである。
「あなた、<ブラック・バインド>の人ですか」
妹ちゃんは冷たい声でコナンにそう聞く。
「……なんだ、お前は!」
聞いてもないのに、肩書きを言うコナンに、妹ちゃんはさらに苛立つ。
「人様の家に押しかけてきて迷惑なんで、さっさと帰ってもらえますか?」
妹ちゃんが厳しい口調で言うと、コナンは顔を真っ赤にする。
「なんだと!? 全く失礼な小娘だな!!」
と、そこまで言って、コナンは彼女の格好に見覚えがあることに気がつく。
「……お前、その制服は王立冒険者学校の生徒だな!?」
妹ちゃんは、ちょうど学校から帰ってきたばかりだったので制服のままだった。
そして、コナンが言うように、妹ちゃんは王立冒険者学校に通っている。
王立冒険者学校は、ローレンス王国で一番の冒険者学校で、数々の優秀な冒険者を輩出していた。
「そうですけど、何か?」
「俺は王立冒険者学校の卒業生だ。先輩は敬うべきじゃないか?」
実は、コナンはこう見えても名門である王立学校の卒業生だった。
それはコナンにとって、ギルドに入ってからもずっと一番の誇りだった。<ブラック・バインド>には、他に王立学校の卒業生は一人もいなかったから、なおのこと周囲に王立学校の卒業生であることを自慢していたのである。
だが、コナンが王立学校の先輩と知って、妹ちゃんはシンプルに信じられないと言う反応を示す。
「え、あなたが王立学校の卒業生なんですか……?」
目の前の明らかに無能そうな男が、王立学校の卒業生だとは到底思えなかったのだ。
「どう言う意味だ!? この<ブラック・バインド>Sランク隊長のコナンが、王立冒険者学校の卒業生にふさわしくないとでも言うのか!?」
今にも妹ちゃんに掴みかかりそうな勢いで、鼻息荒く言うコナン。
――だが、自分の名前を名乗ったのが運の尽きだった。
「え、コナン……?」
妹ちゃんは、その名前に聞き覚えがあった。
「もしかして……あの“土下座のコナン”?」
――そう、コナンは、王立学校では伝説的な人間だった――もちろん悪い意味で。
「――――ッ!?」
自分に都合の悪いことは平気で忘れるのがコナンの特技であった。
だからそのあだ名を言われるまで、学生時代の自分を忘れていたのだ。
「王立学校千年の歴史で、もっとも無能な生徒で、卒業試験に落ちて三日三晩先生の部屋の前で土下座してなんとか卒業させてもらったって言うあの“土下座のコナン”ですか!?」
「な、な、なんだと! 人違いだ! 俺が“土下座のコナン”なわけないだろ!?」
と、声を震わせながら否定するコナン。
しかしそれは白状しているに等しい態度だった。
「どうりで、無能そうだと思ったんですよね! やばいですね、まさか“伝説”の“土下座のコナン”に会えるなんて、めちゃくちゃ光栄です!」
妹ちゃんは嬉々として煽り出す。
「お、お前!! 殺すぞ!!」
「ははは、ウケる」
だが、妹ちゃんは全く動じない。
「妹ちゃん、それくらいにしときなよ……」
と、それまで静観していたアトラスが妹を止める。
さすがに、コナンがかわいそうに思えてきたのである。
「うん、わかったよ。お兄ちゃん。これ以上言ったら、“土下座のコナン”さんがかわいそうだもんね」
「お、お、お、お前!!!! 学校に報告してやる!! た、た退学処分にしてやるぞ!! Sランク隊長の俺が声をかければ、学校だって動くんだぞ!?」
と、いつも以上に口からでまかせを言うコナン。
だが、何かを言えば言うほど、妹ちゃんは腹を抱えて笑った。
と、アトラスはいてもたってもいられなくなり、
「……コナンさん、とりあえず失礼します」
そう宣言して、妹ちゃんを引っ張り無理やり家の中に入れる。
「お、お、お前ら!! 絶対許さんぞ!!」
――きょどり倒したコナンの声が辺りに響き渡るのだった。
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