25.妹ちゃん、兄とデートできなくて悲しむ
アトラスはいつも通り定時で帰宅して、日が昇っているうちに家に帰ってくる。
「ただいま……」
「おかえりなさい、お兄ちゃん」
妹ちゃんはいつも通り玄関まで迎えに来てくれる。
「あのさ、なんか明日有休をもらえることになった」
アトラスが言うと、妹ちゃんは一瞬立ち尽くす。
「へ? 有休? つまりお休みってこと?」
「うん」
「有休って本当に実在したんだ!?」
妹ちゃんも、有休という存在を知識としては知っていたが、いかんせん5年間有休どころか週末の休日さえまともにもらえなかったがアトラスを見てきたので少し驚いてしまったのだ。
そして兄に一日自由な時間ができたことを知り、テンションが最高潮に高まる。
「お兄ちゃん、平日の休みは久しぶりだね!! どこに遊びに行く!?」
妹ちゃんはここ数年兄と出かけることがほとんどできなかった。
なので、ようやく兄とデートできる時間ができたと思ったのである。
「ご、ごめん。それがパーティーのみんなも一斉に休みを取って、一緒にバーベキューに行くことになって……」
兄がそう説明すると、妹ちゃんは口を大きく開けて悲しむ。
「がーん……」
いかんせん兄が冒険者になってからというもの休みが全くなかったので、どこかに出かけるということは全くできなかった。
それが突然休みが取れるようになって5年ぶりに一緒に遊べると思って気持ちが高ぶっただけに、悲しみも大きかったのだ。
「……妹と会社の人、どっちが大事なの……?」
いや、それは奥さんが旦那に言うやつだ……。
アトラスは内心でそう突っ込む。
「ご、ごめん」
だが、妹ちゃんの悲しみように、アトラスも申し訳ない気持ちになって来た。
「デート……」
妹ちゃんは茫然自失でそう呟く。
「ほんとごめん、また休みとるから……」
兄は穴埋めを約束するが、それでも妹ちゃんのショックを和らげることはできなかった。
†
――部下たちとのバーベキューを思う存分楽しんできたアトラスが、帰宅して来たのは結局夜だった。
「ただいま……」
アトラスが家の扉を開けると、しかし今日は妹ちゃんの出迎えはなかった。
アトラスは不安になりながら、リビングに入る。
すると、妹ちゃんはソファーに寝転んでいた。
手にはなにやら黒い宝石が握られている。
――あれは、確か録音石だ。音声を記録して、あとで繰り返し再生することができるマジックアイテムである。
「た、ただいま……」
アトラスがもう一度そう言うと、妹ちゃんは「おかえり……」と小さな声で言う。
と、次の瞬間、妹ちゃんが録音石の表面を撫でる。すると、記録された音が再生された。
『――妹ちゃん、大好き!!』
部屋に響く録音された少年の声。
それは間違いなく、かつてのアトラスのそれだった。
「なにそれ!?」
アトラスは突然聞こえてきた声に驚く。
だが、妹ちゃんは兄の質問には答えず、さらに音声を流す。
『――妹ちゃん、大人になったら結婚しよう!』
「いやいや!? だからなにそれ!?」
聞こえてくるかつての自分の寒い言葉に顔が真っ赤になるアトラス。
録音石から聞こえてくるアトラスの声は、かつて妹ちゃんが「兄が自分のことを大好きだという証拠を残しておこう」と思い立ち記録してあった音声の数々だった。
「……私を好きだった頃のお兄ちゃんを思い出して」
「ご、ごめんなさいです」
アトラスは妹ちゃんの勢いに押されて、とりあえずそう謝った。
そして、それだけでは誠意がないと思い、続けて提案をする。
「今週末、遊びに行こう? 二日丸々使って泊りで!」
アトラスは誠意を見せるために、旅行を提案する。
すると、妹ちゃんは打って変わってぱぁっと笑みを浮かべた。
「え、ほんと? やった♪ え、え、どこ行くどこ行く!?」
明らかに今までの落ち込みようは演技だったな……。
アトラスは妹の切り替えの早さを見て、そう気がつくのだった。
……いや、まぁいいんだけど。
「えっと、どこでもいいんだけど……恥ずかしいからさっきの音声消してくれない?」
「絶対いや♪」
という事は事あるごとにあの音声が流されることになるのかとアトラスは頭を抱えるのだった。




