16.【トニー隊長side】隊長、降格だってよ
「……いいかお前たち。もう失敗は許されないぞ」
翌日、トニー隊長はダンジョン前に集まったパーティメンバーたちにそう言い聞かせた。
前回途中で逃げだしたCランクダンジョン。
その攻略の期限は今日だった。
万が一、今日ボスを倒せなければミッション失敗となる。
一度は挫折しかけたが、以前は軽々攻略できていたレベルだ。アトラスがいなくなって「多少」力が落ちているとは言え、攻略できないはずがない。
「お前たち、気を引き締めていくぞ!」
トニー隊長の言葉に、部下たちは小さく返事をした。
†
ダンジョンを進んでいく。
最初のうちはなんとかなった。
幸い敵の数が少なく、苦戦しながらもなんとかやり過ごすことができたのだ。
だが、ダンジョンの半ばに差し掛かったところで、当然のように中ボスが現れる。
「隊長、トロール・キングです!!」
強力な戦闘能力を持つボスの登場に緊張が走る。
ここまでで、普通のモンスターにさえ苦戦気味なのはわかっていた。
なれば、中ボス相手にはもっと苦戦するのは明白だった。
「お前たち、いくぞ!!」
トニー隊長は部下にそう檄を飛ばし、大魔法の準備をする。
――前回までの反省を踏まえ、比較的詠唱が短いものを選ぶ。
これなら10分もあれば用意できる。
これではトドメを刺すには不十分だろうが、そこは前衛に穴埋めしてもらうしかない。
だが、問題は前衛たちも今までのようには行かないということだった。
「……ッ! 隊長! やっぱりアトラスさんの火力と強化倍増がないと無理です!」
と、前衛のアニスがそう叫んだ。
「バカ言え! 俺たちはSランクパーティだぞ! できないわけないだろう!」
「で、でも!」
「うるさい! いいから頑張れ!」
隊長に撤退の意思がないとわかると、部下たちは必死に戦線を維持する。
そして相当なポーションを使いながら、なんとか10分を耐え切った。
そこでようやく隊長の大魔法が火を噴く。
「“ファイヤーランス・レイン”!」
複数の炎の槍が一斉にトロール・キングに襲いかかる。
これで体力を一気に削れる!!
だが――
「た、隊長、何してるんですか!!」
アニスが叫ぶ。
だが、手遅れだった。
炎の槍は一気にトロール・キングの全身を焼き尽くす。
そして、それは絶対にしてはいけないことだった。
トロール・キングの皮膚が焼かれ、確かに大きなダメージを与えた。
だが、その肉が焼けたことで、あたりに臭気が充満し始める。
「――なんだ!?」
異様な臭気に焦るトニー隊長。
「トロール・キングの肉は焼けると、毒ガスを発生させるんですよ!!」
アニスがそう説明する。
「な、なに!?」
それは上級の冒険者なら誰でも知っている知識だった。
しかし、トニー隊長は今までそれを知らずにいた。
――今までは、隊長がしてはいけない攻撃をしてしまった場合、アトラスが自分の身で攻撃を受けて事故になるのを防いでいたのだ。
そして隊長はその度にアトラスを「無能」と罵り、反論を許さなかった。
アトラスは、隊長のせいでパーティが危険にさらされそうになるたびに、淡々と身代わりになり続けたのだ。
だから、隊長は上級冒険者なら誰でも知っていることを知らないままだった。
そしてその最悪の失態を、このボス戦でしてしまったのだ。
毒ガスのせいで一気にパーティメンバーのHPが削られていく。
「隊長! 本当にまずいです! 撤退しましょう!」
部下の叫び声。
だがそれよりも前に、どんどん削れていく自分のHPをみて、トニー隊長は反射的に、先頭を切って逃げ出したのだった。
†
トニーたちがCランクダンジョンの攻略に失敗した――二日後。
「どう言うことだ!?」
トニー隊長の元に、ギルマスが怒り心頭で乗り込んできた。
「ぎ、ギルマス……!!」
「本部にクレームがあったぞ。お前がCランクダンジョン攻略の任務に失敗したとな!!」
「そ、それは……ご、誤解でございます!」
「何が誤解なのだ! SランクパーティがCランクダンジョンも攻略できずに逃げ帰ってきたと、街で噂になっているぞ!!」
<ブラック・バインド>は、急成長中のギルドとして街中に名が知れ渡っていた。
それだけに、その中でも特に知名度の高かったエースパーティの失態とあっては、爆発的に噂が広まってしまうのも当然のことだった。
「ち、違うんですギルマス。部下たちが不調で……」
「言い訳はよせ! 全く恥をかかせおって!」
もはやギルマスにはトニー隊長を許すつもりはなかった。
「お前もパーティもCランクに降格だ!」
「そ、そんな!!」
SランクからCランクへの降格。
それは前代未聞の降格人事だった。
「次、もしダンジョン攻略に失敗して恥を晒したら、クビにするからな!!」
そう言ってギルマスは部屋から出て行く。
トニー隊長はその場に膝から崩れ落ちた。