15.え、戻ってきてもいい? いや、大丈夫です。
突然アトラスの前に現れた元パーティメンバーのコナン。
「喜べ、アトラス! 無能なお前をトニー隊長が許すそうだぞ!」
彼はいきなり現れて、自慢げにそんなことを言い始めたのだ。
「すみません、許すってなんのことですか?」
アトラスは意味がわからず聞き返す。
「察しの悪いやつだな! お前をまた<ブラック・バインド>のメンバーにしてやるって言ってるんだよ!」
「は、はぁ……なるほど」
どうやら、クビにしたのもつかの間、それをなかったことにしてやると言っているらしい。
「どうしたんだ、アトラス。無能なお前をまた雇ってやると、寛大なトニー隊長がおっしゃっているんだ。もっと喜んだらどうだ!?」
コナンはあくまで上から目線でそう言う。
5年間Fランクのままだった無能を特別に救ってやる。
強がっているのではなく、心の底からそう思っているのである。
コナンたち<ブラック・バインド>のメンバーにとって、アトラス=無能という思いこみは、そう簡単には拭えないほど深いものなのである。
もっとも、別にアトラスはそれを気にしてはいなかった。
なので、今更彼らが無能と罵ってきても、特に怒りの感情は湧いてこない。
ただ、冷静に考えて、今のアトラスにとって彼らの提案は全くもって興味のないものだった。それだけのことだ。
「すみません、もう再就職も決まっているので、大丈夫です」
アトラスの言葉に、コナンはぽかんと口を開ける。
コナンは、アトラスが泣いて喜ぶ姿を想像していたのである。
しかし、現実にはそうならなかった。
「聞き間違いか? 無能なFランクのお前を、俺たちが面倒見てやると言ってるんだぞ? 泣いて喜ぶべきじゃないのか?」
「心遣いは感謝します。でも、もう部下もいるんで」
「ぶ、部下だと!? お前が隊長なのか?」
「一応……」
アトラスが頷くと、コナンはもうそれ以上は開けられないだろうというくらい大きく口を開けて驚いた。
「し、しかしどうせ中小ギルドだろ? それなら王国公認の<ブラック・バインド>にいた方がいいだろう?」
「いや、再就職先も王国公認ギルドなんで……」
「王国公認ギルド!? どこに無能のお前を隊長として雇う王国公認ギルドがあると言うのだ!?」
「えっと<ホワイト・ナイツ>なんですけど……」
「ほ、<ホワイト・ナイツ>!? 冗談はよせ! 王国一のギルドがお前なんかを雇うわけないだろ!?」
コナンは唾を飛ばしながらそうまくし立てる。
だが、それに対して横から反論が飛んだ。
「さっきから聞いていたら、一体あなたは何様なんですか!? アトラスさんは<ホワイト・ナイツ>のSランクパーティの立派な隊長です」
そう言い放ったのはイリアだった。
「……なんだ、小娘? 寝言は寝て言……」
とコナンがイリアを睨みつけた――次の瞬間。
イリアは瞬足でコナンに詰め寄り、手を彼の眼球の前に突き出した。
「ひっ!?」
コナンはイリアのあまりの速さに身動き一つ取れなかった。
「これを見ても、まだそんなことが?」
イリアの指先には、<ホワイト・ナイツ>のメンバーカードが挟まっていた。
「ほ、<ホワイト・ナイツ>のSランクパーティ……だと!?」
メンバーカードに記載された文字を見て、コナンは驚きに目を見開く。
「あなたみたいな三流ポンコツ冒険者に、アトラス隊長をバカにする権利はないです。これ以上失礼なことを言うなら、タダじゃおきませんよ?」
イリアの圧に押されて、コナンは後ずさりする。
「お、俺たちはアトラスのためを思って誘ってやってるんだぞ!?」
震え声でそう言うコナン。
しかし、それに対して、アトラスが否定する。
「すみません、俺は<ホワイト・ナイツ>で楽しくやっているので、もう<ブラック・バインド>には興味ないです」
「……お、お前ごときが……興味ないだと……。もう2度と誘ってやんないからな!!」
と、コナンはよろけながら、踵を返しその場を後にした。
「……あれが、アトラス隊長をクビにした連中ですか。確かに想像通り、相当愚かな人たちのようですね」
イリアはふぅとため息をついて言う。
アトラスは少し困った顔ではにかむ。
「俺のために怒ってくれてありがとう、イリア」
「当然です。あんなバカな人たちに隊長をバカにはさせません」
アトラスは部下の優しさが身に沁みるのであった。
†
――ギルド本部へ戻るコナン。
と、帰ってきたコナンを見て、トニー隊長は笑顔で尋ねる。
「どうだった、コナン。アトラスは泣いて喜んだか?」
クビを取り消すと言えばアトラスは泣いて喜ぶと、トニー隊長はそう確信していたのである。
しかし、それはとんでもない誤解だった。
「……それがアトラスは<ホワイト・ナイツ>でSランクパーティの隊長になったと」
「な、なんだと!? <ホワイト・ナイツ>? Sランク? 隊長? 冗談はよせ」
「それが、冗談ではなく……」
と、部下の顔を見て、冗談ではないと理解したトニー隊長の表情が青ざめる。
「ま、まさか本当にあいつが<ホワイト・ナイツ>に……?」
「はい、隊長」
「ば、バカな……!!」
アトラスを無能だと罵って追い出したトニー隊長だったが、その実「ある程度」パーティに必要な人材だったと今では認識を改めていた。
そして、彼がいないとパーティがまともに動かないのも事実だった。
だからこそ彼を「許す」と決めたのだが、まさか国内最大のギルドの隊長に抜擢されているなど思いもしなかった。
そうなれば、所詮は新興ギルドである<ブラック・バインド>に戻ってくるはずがない。
「……一体どうすればいいんだ」
トニー隊長は頭をかかえるのだった。
†