14.部下からの誘い
一日のダンジョン攻略を終え、アトラス一行は街に帰ってくる。
前の<ブラック・バインド>にいた時は、ダンジョン攻略が進まず、残業に次ぐ残業で日を跨いでの帰宅も当たり前だったが、ここでは違った。サクッとダンジョンを攻略して、時刻はまだ16時だ。
なんてホワイトなギルドなんだ……。
アトラスは夕日を見ながら、しみじみする。
平日に夕日を見るなんて、一体いつぶりだろうか。
「みんな、今日はお疲れ様。明日もよろしく」
アトラスの歓迎会は週末に行われる予定で、今日はそのまま帰宅することになっていた。
なので、アトラスは部下たちに別れを告げて踵を返そうとした。
だが、それをイリアが引き止める。
「隊長、よかったらこれから飲みに行きませんか?」
部下からの誘いに、アトラスは心を弾ませる。
「もちろん、ぜひ」
「やった!」
次の瞬間、イリアはアトラスの手を引っ張る。
「じゃぁ、私のオススメの酒場があるんで、そこに行きましょう!」
アトラスはイリアにグイグイ引っ張られ、街に繰り出す。
そして他のパーティメンバーはそのまま帰っていくので、アトラスはようやくそれが「サシ飲み」だと気が付いた。
年下の少女とのサシ飲みなど初めてだったのでアトラスは少し緊張した。
「隊長はよく飲みに行かれるんですか?」
「いや、前のギルドでは飲めるような時間には帰れなかったから……」
「じゃぁ、ぱーっと行きましょう!」
アトラスは手を握られたまま街中を歩いていく。
そして、そのままイリアに連れられ小さな酒場へと入っていった。
そこはたまたまアトラスの家の真向かいの建物だった。
「ここ、家の前なんだけど実は入ったことなかったんだよね」
「え、お家そこなんですか!? じゃぁ実は今まですれ違ってたりしたのかもですね! これはもう運命ですね!」
イリアが何やら盛り上がっていた。
「ここ、店は狭いけど、美味しいんですよ!」
確かに店はかなり繁盛していて、その日は店の中は満席だった。
なので二人は路面のテーブルに腰を下ろす。
四人席があったのでアトラスは手前の席に座る。
……すると、イリアはてっきり真向かいに座るのかと思ったら、そのままアトラスの真横に座ったのだった。
「隊長、料理は何か嫌いなものありますか?」
「い、いやないけど……」
「じゃぁオススメを適当に頼みますね! 他に何か食べたいものがあったら言ってください」
開口一番イリアに決闘を申し込まれた時はどうしようかと思ったが、今では完璧に歓迎ムードだった。
「あ、ありがとう」
そしてアトラスは自分ではない人間が飲み会の注文をしてくれることにもまた感動するのであった。
前のギルドでは飲み会のセッティングや進行は、当然アトラスの仕事だった。
「それじゃぁ、隊長がパーティに来てくれたことを祝して乾杯〜!」
イリアはグラスをアトラスのそれにぶつける。
「ありがとう」
……っていうか、それにしても距離近くない?
部下の距離感の近さに驚くアトラス。
「隊長、こんなに強いのに、私今まで全然知らなくて……どこか別の国で活躍されてたとか?」
とイリアが聞いてくる。
隠してもしょうがないのでと思って、アトラスは正直に答える。
「いや、前のギルドではFランクだったから……」
「え、Fランク!?」
驚きの表情を浮かべるイリア。
「だから、知らないのも当然というか……」
「隊長がFランクって、どういうことですか!? だってこんなに強いのに!?」
それはイリアからすれば当然の疑問だった。
「……能力値は低かったし、あとすぐダメージを受けるからって怒られてたなぁ」
アトラスはそう説明するが、イリアは納得できなかった。
「スキルで“倍返し”できるんだからダメージを受けるのは当たり前じゃないですか!?」
「うん、それもあるし、後仲間の身代わりになってたつもりなんだけど、ポーションを無駄遣いするなってのも言われた」
イリアは「信じられない……」と開いた口が塞がらなかった。
「あと、隊長がトラップのスイッチとか、あと魔物が暴れ出す部位とかを攻撃しそうになった時にとっさに自分の体で防いだりもしてたんだけど、何度説明してもわかってもらえなくて、俺がのろまなせいだって言われたり」
「隊長、今まで苦労されてきたんですね……」
そこまで慰めてもらって、アトラスはあまり飲みの場で話すのにいい話題ではないなと気がつき、話題を変える。
「でも、こうして<ホワイト・ナイツ>に入れたから、全部よしだよ! こうして優秀なメンバーと一緒に攻略できるんだから」
「ええ、そうですね! 私は隊長に一生ついていきますから!」
そう言ってイリアはグラスをアトラスに向けてから飲み干す。
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――と、アトラスが部下との楽しいひと時を過ごしていた時だ。
「アトラス!!」
突然あたりにその名前が響いた。
声の主を見ると、そこには<ブラック・ギルド>で後衛をしていたコナンの姿があった。
トニー隊長の腰巾着である。
自分の元へと駆け寄ってくるコナンを見て、アトラスはどうやら自分に用があるのだと気がつく。
何事かとアトラスが尋ねる前に、コナンが口を開いた。
「喜べ、アトラス! 無能なお前をトニー隊長が許すそうだぞ!」
「……はい?」
アトラスは予想外の言葉に驚くのだった。
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