12.……洗礼?
――王国一の名門ギルド<ホワイト・ナイツ>にSランクとして採用されたアトラス。
早速初めての勤務日。
ギルマスであるエドワードに連れられ、アトラスは緊張しながら新しいパーティメンバーの元へと向かった。
……<ホワイト・ナイツ>のSランクパーティなんて、きっとすごい人たちの集まりだ。それが部下になるなんて、緊張するな。
アトラスは<ブラック・バインド>に就職してから5年間、ずっと一番下の平隊員として過ごしてきた。
それが今日からいきなりSランクパーティの隊長だ。緊張せずにはいられなかった。
……きっと、使えないと思われたらすぐに追い出されるのだろう。
でも、それでもいいじゃないか。
挑戦するだけしてみてダメだったらそれでいい。
失うものなんて何もないのだから。
心の中でアトラスはそう腹をくくる。
――やがて、新しいパーティメンバーたちが見えてきた。
「おはようございます!」
アトラスは勢いよく挨拶する。
メンバーたちの何人かがそれに答えた。
屈強そうな男が二人、それにグラマラスな女性が一人。
そして、一番若い、背の低い小さな女の子が一人。
女の子は剣を持っている。どうやらアトラスと同じく前衛のようだ。
金髪にツインテールが印象的だ。
そしてその女の子が、真っ先に口を開いた。
「この人が、新しい隊長? なんか弱そう!」
いきなり、そんな風に言ってくる「部下」に面食らうアトラス。
……た、確かに強そうには見えないだろうけど……
「イリア、弱そうに見えるなら、ちょっと戦ってみるか?」
とギルマスが女の子にそう言う。
女の子はイリアという名前らしい。
「うん、そのつもりだよ。だって、私より弱かったら隊長って認めないんもん」
アトラスは、イリアの言い分も理解できた。
いきなり若くてなんの実績もない奴が現れて、そいつが弱そうだったら、隊長なんて言われても疑うのは仕方ないだろう。
「そういうわけだ、アトラス君。悪いけど、ちょっと付き合ってもらえるかな?」
「はい、わかりました」
アトラスは緊張しながら頷く。
「それでは、早速だが二人で模擬戦をやる。アトラス君の力を知ってもらうにはそれが一番だろう。百聞は一見に如かずだ」
――こうして、自己紹介もないまま、アトラスは「部下」といきなり戦うことになったのだった。
†
ギルドの広場で向かい合うアトラスとイリア。
「それでは……先に相手の体力を半分まで削った方が勝ち。それでいいな?」
ギルマスが二人に確認する。
「もちろん」
「はい、わかりました」
「では――――はじめ!」
ギルマスの掛け声で二人の模擬戦が始まる。
先に動いたのはイリアだった。
一気に間合いを詰める。
……は、速い!
その速さは圧倒的で、アトラスは動きを目で追うこともできなかった。
イリアの剣が自分に届いた頃に、ようやく体が反応して攻撃を避けるモーションに入ったのだ。
だが、当然防御には間に合わない。
アトラスはそのまま手痛い一撃を食らう。
「なんだ、やっぱり雑魚じゃん」
とイリアは斬り抜けざまに鼻で笑う。
――だが、それでよかったのだ。
次の瞬間、イリアの体を鋭い斬撃が襲う。
「――――ッ!!!」
アトラスは斬られるまで反応すらできていなかったはずだ。
なのに、気がついたらイリアの方が斬られていた。
それも、Sランクの攻撃力を持つ自分の斬撃の二倍の威力で。
イリアのHPはいきなり半分以下になり、決着が付く。
「アトラスの勝ちだな」
ギルマスが宣言する。
イリアが確認すると、アトラスのHPは5分の1ほどしか削られていなかった。
渾身の一撃をまともに食らわせたのに、である。
Sランクレベルの攻撃を受けても致命傷にならないほどアトラスのHPは多かったのだ。
そして、アトラスのスキル“倍返し”によって、イリアは自分が与えたダメージの倍の攻撃を受けた。
イリアは攻撃力はSランクの力があるが、HPは平均的なものであった。
それゆえ、Sランクの攻撃を<倍返し>されたことで、一気にHPが半分以下になったのである。
「アトラスに攻撃をした者は、与えたダメージの倍のダメージを受けるんだ」
控えめなアトラスに代わって、ギルマスが解説する。
イリアは自分が負けた事実にただただ驚く。
そして少し考えて、アトラスには自分は逆立ちしても勝てないのだ、という事実に行き着いた。
「――――失礼しました、隊長!!」
次の瞬間、イリアは腰を90度に曲げて、アトラスに頭を下げた。
「ここまでお強い方とは知らず無礼でした! どうかお許しください!!」
Sランクの冒険者が急に頭を下げてきたので、アトラスは思わず驚く。
「あ、いや、そんな。別に全く気にしてないから」
しかし、イリアは一度頭を上げた後、再び頭を下げて大きな声で言う。
「隊長が誰よりも強いことは理解しました! このイリア、隊長についていきます!!」
イリアは完全な実力主義だった。
弱い者とはつるまず、強い者からは徹底的に学ぶ。
それがゆえにこの若さでSランクにまで上り詰められたのだ。
そして実力主義であるがゆえ、アトラスに負けた瞬間、自分はアトラスから学ぼうと、マインドを切り替えたのである。
「どうやら、アトラスくんがこのパーティの隊長に相応しいということは理解してもらえたようだな」
ギルマスがパーティメンバーたちの顔を見渡しながら言う。
ここに揃っているのは並み居る強豪たちばかりだ。
だからこそ、実際に彼が戦うところを目の当たりにしたあとで、アトラスの実力を疑うものなど一人もいなかった。
「それでは、アトラス君、今日からよろしく頼むよ」
「はい、ギルマス」
†