何も知らないままの貴方でいて〜君視点〜
「何も知らないままの貴方でいて」に登場した、君視点Ver.の小説です。
君が、私が起きてしまわないようにと気をつかって、この部屋の音を魔法で消してくれていても、懐かしい君の匂いで、目が覚めてしまったよ。
何も言わず、いきなり三年間も私を一人にしたくせに、今更ここに顔を出すなんて、君はお馬鹿さんなのか!と、頬を膨らませながら怒ってやろうと思ったけど、どうやら、君は私に沈黙をお望みのようだ。仕方ない、私はとーっても優しいから、君に合わせてあげよう。
目が覚めてから少しして、意識がより鮮明になってくると、私は軍服に編み込んである魔法障壁を感知する。
魔法障壁が感知出来るということは、君が軍服をここに持ってきた証拠。
そっか。君は、戦いに行くんだね。
君の噂は、聞いているよ。なんでも、まだ一度も実践で戦っていないくせに、その実力を認められ、黒翼の魔法騎士なんて言われて、もてはやされてるらしいじゃん。あんなに細くて折れそうな身体をしていた君が、修行を終えてからどれほど成長したのだろう。
現在進行形で寝たフリ中の私は、成長した君の姿を見ることは出来ない。ちょっぴり残念に思うけど、そのぶん、いっぱい君を想像しよう。
実践で戦っていないのに、そんな大層な称号が貰えるってことは、強そうな見た目なのかな…?スキンヘッドのムキムキになってたりして…。ムキムキな身体で、つるつるな頭と白い歯を光らせている君を想像すると、思わず笑いそうになって、慌ててそんな思考を消し去る。
こほん、と心の中で咳払いを一つして、君は多分、そういうキャラじゃないね、と思い直す。
まだ実践で戦っていないということは、今日が実践デビューになるのかぁ…。君は戦うことが嫌いだから、こんなに遅いデビューになってしまったんだね。きっと覚悟するのに、かなりの時間がかかったことだろう。
頑張ったんだね。
凄いよ。尊敬する。応援するよ。頑張ってね。君なら大丈夫。絶対、勝てるよ。心の声で君を応援していると、何故か目元が熱くなった。
寝返りを打つフリをして、君に顔を見られない壁側の方を向く。
どうして私はこんなに苦しいのだろう。
君は、私から受けた恩に報いるために、三年間修行し、見事、立派になって戻ってきてくれた。
この後、余すことなく戦争で力を出し切ってくれることだろう。
その結果、必ず我が国に勝利をもたらす。これ以上、私は君に、何を望めるというのだろう。
死なないでほしい……なんて、そんなの、我儘だ。
この戦争で、君は間違いなく、死ぬ。
当たり前だ。この国の兵は、もう既に疲弊しきっていて、戦力として計算に入れることができない。どれだけ君が桁違いに強くて、何百人を殺せようとも、所詮は一人。全てを殲滅した後、力尽きて、その場で死ぬだろう。君はもう、生きて私の傍にはいてくれない。
そんなことを思っていると、君は私の耳元で何か言った。当然、音は聞こえない。それなのに、なぜか、君の言葉が分かってしまった。
私だって……私だって、君のこと____。
視界がぼやけた瞬間、想いと共に、大粒の涙が溢れる。ポロポロと重力に逆らうことなく落ちていく涙が、余計、私に苦しさを与え、今にも君を引き止めてしまいそうなこの衝動を、必死にシーツを掴んで、抑える。
大丈夫、大丈夫だよ。
震える口を必死に噤む。
私はそれが、君のしたい事だって、ちゃんと分かってるから。だから私は、君を止めない、絶対、止めない。
すると君は私に手をかざし、何かの魔法をかけ、遠ざかっていく。その魔法が、記憶を消去するものだと気づくのに、そう時間はかからなかった。
みるみるうちに消えていく、君との思い出や、君への想い。
お願い、行かないで………。
遠くなっていく背中に手を伸ばした時、誰にお願いしてるんだっけ?と、突然浮かぶ疑問に、どんどん焦る。
嫌だ………いや…やだ、やだ、お願い、行かないで、お願い………お願いだから……もうこれ以上、私を一人にしないで…………。
ぐちゃぐちゃな思考の中、私は、誰のことを想っているの?とまた、疑問が浮かぶ。もう、よく分からない。よく分からないのに、どうしてこんなに寂しくて、辛くて、虚しいのだろう。理由も分からず伸ばしていた手から力が抜ける。
「愛してる。心から、愛してるの………………」
部屋の扉の音がした後、ポツリ、私は虚空に、訳の分からないことを呟いていた。
我が国が勝利を収めたその翌日、穏やかな笑顔を浮かべた黒翼の魔法騎士の死体が見つかった。
お読みいただき、ありがとうございます。
女の子のどうしようも無い悲しさや、彼女の面白く優しい性格が伝わっていると嬉しいです。
個人的にはムキムキのくだりがお気に入りだったりするのですが、クスリと笑っていただけたでしょうか。
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