洲崎早紀と宮森優紀の感謝
少し遅れて投稿します
大声を出して歌うってのは、ストレス発散に繋がるらしい。人間のストレス発散方法なんてそれぞれだが、とりあえず歌うってのは息抜きになるのだから日に日に積み重なるストレスを発散するにはちょうどいいだろう。それに歌は人を元気にさせる不思議な力がある。
だが、それは歌が上手な人間に限った話である。
「80点ね。まあ、可もなく不可もなくといったところかな」
先程歌い、やりきった顔で表示された点数を見たのは洲崎早紀だ。
楽曲はどこぞのアイドルグループが歌ったハイテンションな曲で、聞いたことが無いと言っていた割にはそれなりの高得点である。
ちなみに言わせてもらえるなら、この曲を歌ったのは2度目である。最初は音程を外しまくった挙げ句に曲についていけなくて結果は20点という赤点を叩き出している。
今は2巡目に差し掛かったところで、1巡目は55点の宮森優紀が1番という有様で噛みまくりの俺は0点でビリだった。機械が言うには『お前の声は人間の声じゃない』と人間じゃない扱いされたことに殺意が芽生えたが、所詮は機械だし、何より俺の価値にまだ機械は気づいてないと見える。
そんな事よりも、2巡目に入ったのは単純に宮森優紀が勝ち誇った顔したことによって洲崎早紀が対抗心を燃やしたことによるものだ。そこは早苗に似ているかもしれない。よくテストの点数で競っては対抗心を燃やされた懐かしい記憶がある。
洲崎早紀がフッとまだ勝ってもないのに勝ち誇った笑みを浮かべ、宮森優紀をチラッと一瞥する。
対して彼女は心底どうでもよさそうに煽る。
「たかが80点だろう。音程を外さずに機械的に歌えば90点は取れる。それも出来ないなんて、そこの音痴野郎と一緒だな」
ここぞとばかりに俺にも毒を撒いていくスタイルには、かつての姉さんを思い出して舌を巻く。姉さんは物理という血も涙も可愛げもなかったが、こっちは間接的で鋭利な言葉のナイフで容赦なく抉ってくる。
俺はさておき、そこまでの強気な発言をするのだから自信があると見ていいのだろう。
「じゃあ、90点以下取ったらどうする?」
「買ってもらった服を着る!この場で!」
「破廉恥な」
「さすがにトイレとかで着替えた方がいい」
洲崎早紀がこちらを見ながら言うので、俺は苦笑するばかりだ。
内心あの先輩と同列に扱われた気がして腹立たしかったが、そういうつもりじゃないのは解っているので表には出さない。
それはいいとして、宮森優紀が歌おうとしている。
洲崎早紀がアイドルグループの曲をチョイスしていたのに対して、こちらはアニソンをチョイスして歌い始めた。アニソンといっても、某銀河の妖精の歌姫の一番人気の曲である。
それまでの冷めた感じの何事も興味関心の薄いクールな少女が嘘だったかのように、激しくノリノリで熱唱している。
しかし、彼女の格好を思い出してほしい。
労働組合とプリントされた格好しているのだ。悪いことではない。いかに前世の自分が無頓着だったか思い知らされているようだ。というか、姉さんの中では俺が早苗のことが好きになって色々と変わっていった頃の事は無かったことにされているらしい。そこまで嫌いになる要素……ありまくりだから、姉さんの中では早苗と出会う前の俺を再現させているらしい。姉さんにとって最も幸せだった時間の再現をさせられるのは、宮森優紀にとって多大なストレスになっているのかもしれない。
決まったとばかりに歌い終わってマイクを置いた彼女は、表示された点数を見て口をあんぐり開けてフリーズする。
60点だった。
「そんなバカな!」
「うん、ノリノリで歌うのはいいんだけど控えめに言って下手くそ」
洲崎早紀が容赦なくぶった切り、宮森優紀はその場に崩れ落ちた。
マイクのハウリングが凄まじかったが、そこは我慢しておこう。あっちも気にしている余裕は無さそうだし。
ショックを受けているのは解る。しかし、口元がニヤついたのを俺は見逃さなかった。敢えて指摘しないが。
「くっ、これを着るしかないようだ」
まるで罰ゲームを受けるかのように悔しそうな表情をしているが、ニヤついているのを隠しきれていない。
気づいていないのは洲崎早紀くらいなもので、めちゃくちゃ「ねぇ、どんなきもち?」などとエゲツない煽りをしている。
なんて酷い奴なんだ。そこまでして宮森優紀に可愛い服を着せたいというのか、このジャージ娘は。
「くそっ、次こそは負けないから!」
そう言い残して部屋から出て着替えに向かった宮森優紀は嬉しそうであった。
「フッフフフ。悔しそうなフリしてたって着たがってるのが丸わかりだよ」
「わかってたのかよ」
「当然。面白かったから、知らないフリしてたの」
「なんて悪魔なんだ」
「私の実の父親は人間のクズだからね」
「その自虐はやめたほうがいい」
「でも、事実だよ。どれだけ無かったことにしたくても、私は最低な理由で産まれてきた望まれない子供だという事実は変えられない。隠すことができない一生背負っていかないといけない罪なんだと思う」
一生背負うって……捨ててしまえば楽になるというのに、敢えて辛い道を辿るのか。どうせ捨てたところで、一生ついて回るのなら受け入れて背負った方がいいのかもしれない。
でも、果たしてそれが正しいことだろうか。
「お前が罪を犯した訳でもないだろう。いっそお前の母親は開き直って忘れりゃよかったんだ。そうであれば、少なくともお前が苦しむことはなかった。余計に苦しむ必要はないだろう」
「確かに楽かもしれない。でも、もしお母さんがそんな事していたら私は軽蔑していたかもね。ただでさえ最低な事してるのに、その上忘れようとするだなんて到底許せたものじゃない」
嫌悪を顕わにする洲崎早紀は、本心では母親を軽蔑しているのだろう。でも、同時に母親の苦しみを知っているから、一緒に痛みを分かち合って背負っていこうとしたのだろう。
「別に引き留めないけど、あの状態を戻すのは面倒だぞ。10年以上経ってるのに未練たらたらで引き摺っているんだから、かなり重いだろうな」
「それだけ好きだったんだよ」
「でも、それだけ好きなのに他の男と関係を持ち続けた挙げ句にハメ撮りに応じてるんだ。大体にして撮って終わる訳でもないのに、応じたのは失敗だったな。ショックを受けて死んだ男は馬鹿だったな。そんなビッチを本気で好きになってさ」
「お母さんのことを悪く言わないで!」
「悪くも言いたくなるだろう。知られたくないから秘密にしようとして更に秘密を重ねて、そしてやがて破滅した。自業自得だろう。どうせ男が生きていたところで結末は変わらなかったかもしれないなら、綺麗さっぱり未練なんか残さなければよかったんだ。そうしていれば、お前が気に病むことはなかった。簡単に言ってしまえば、今のこの状況は母親の自業自得だ。お前が責任を感じることはない」
「でも、私は……」
「誰が誰との間に産まれたかなんて関係ない。子供には子供の人生があるんだから、少なくともお前の母親にはお前の人生を縛る権利はない。母親を第一に考えるな。自分を第一に念頭に置いて考えろ」
前世の俺がそのままいたとしても、俺はあのビデオを見た段階で別れていた。その方がお互いのためだろう。だって無理やり言わされただけなのだろうけど、先輩を好きになっただの子供を産むだの言ってたし所詮は付き合ってただけなので他の野郎に靡いたって仕方ないと割り切れる。
まあ、そう考えると何で俺は宛もなく歩き回って事故死したんだろう。ショックを受けたのは確かだが、先輩の子供を身ごもったなら先輩に責任を取らせようとしていただろう。あのビデオを見て気持ちは一瞬にして冷めたのに、俺は一体どうしたんだろうな。思い出したくないような思い出したいような。
などと考えていたが、洲崎早紀は迷っている最中なので結論は出ずにいる。
そんな時、着替え終わった宮森優紀が現れた。
「くっ、殺せ」
顔を赤くし、羞恥に悶えてるのは解る。でも、口許がニヤついているので本当は嬉しいんだろう。可愛い服を着れて嬉しいんだろう。
さっきまでの重苦しい雰囲気はどこへやら、洲崎早紀がニヤニヤと意地の悪そうな笑みを浮かべて宮森優紀にすり寄る。
「随分と可愛くなったね、ゆ・う・きちゃん?」
「可愛いなんて言うな。可愛いなんて……」
あー、もう隠す努力をやめてしまった。おのれ洲崎早紀!お前がべた褒めするから、宮森優紀は更に恥ずかしがってダウンしてしまった!
うん? でも、なんだか震えてる。これ暴発寸前じゃないか。
調子に乗ってイジるのもいいけど、あの姉の娘だから暴発したら何しでかすかわからないぞ。姉さんならぶん殴られるけど、娘ははたして何をするのだろうか。
などと好奇心から見守っていたら、ついに宮森優紀は暴発した。
「ええい、人をそんなに辱めるならお前も辱めてやる!」
「へ……キャァー!?」
悲鳴が上がった。
逆ギレした宮森優紀が洲崎早紀の着ているジャージを剥ぎ取り、無理やり俺が買ってあげた服を着せるのだった。
その際、下着やら見てはいけないものを見てしまったが、前世ではそれ以上に素晴らしいモノを拝んでいるので慣れたものだ。まあ、あの先輩にも見せてしまったが仕方ない。でも、エチケットなので全力で目を逸らす。
ワンピース姿だから、あまりはしゃぎ過ぎるとパンツが見えるんだよな。ボクサーパンツか。なんだろう、何故か損した気分になる。
「み、見ないで!赤崎くん、こんな私を見ないでぇー!」
「見せてしまえ!私も見せたんだから、洲崎も見せなきゃ不公平だ!」
早く着替え終わらせろよ。
そう念じたところで終わるハズもなく。
「洲崎は胸が大きいんだな、私より」
「ちょっと変な揉み方しないでよ!」
「良いではないか良いではないか。揉んでこそ・女の胸は・価値がある」
「俳句みたいにまとめないでよ!本気で怒るよ?」
百合百合しているのはイイ。百合とは尊いものだ。特に美少女同士のくんずほぐれつは決して邪魔してはいけない神聖なものだ。
神はもしかしたら、この尊い百合の空間を見せるために俺を転生させてくれたのかもしれない。
あとはもう成仏させてほしい。思い残すことはない。答えは得た。後悔はない。
清純な格好に身を包み、赤くなった顔でこちらを睨む。
「素敵な服と遊んでくれてありがとう!」
「明らか感謝するような顔してないぞ」
「恥ずかしいからに決まってるからだ、バカヤロー!」
真っ赤な顔で飛び出していくのを見送る。残ったのは俺と宮森優紀だけだった。
前世の俺になろうとしている彼女は、年相応の女の子になっていた。
「まさかこんな可愛い服を着る日が来るとは夢にも思わなかったよ。いつも男物の服というか、あんな悪趣味な服しか着れなかったからね」
悪趣味で悪かったな。当時はハマっていたんだよ!
「着て歩きたい気持ちはずっとあった。でも、私は叔父にあたる人にならないといけないから、ずっと諦めてきた。赤崎が無理やりにでも買ってくれなかったら、きっとまた買わずに眺めてるだけで終わってた。本当にありがとう」
とびっきりの笑顔で感謝され、貯金を切り崩して買った甲斐があったと感じさせられる。
「可愛い女の子が着飾るのは当然のことだ。好きなように着ればいい」
「お母さんにバレないように着るよ。本当に今日はありがとう」
「どういたしまして」
さて。いい感じに話は終わった。
可愛い女の子は着飾って綺麗になるのは当然のことだ。
解せないのは、それに伴う費用を男が支払わなければいけないというものだ。好きでやったからいいんだけどね!
「別に可愛くて似合うと思ったから買っただけなんだからね!」
「ツンデレ?」
気が動転していたことで許してほしい
あと5話以内で洲崎早紀の話は終わらせる予定です。
次は宮森優紀の話をやります。




