洲崎早紀と宮森優紀への提案
翌日。
学校指定のクソダサい青色のジャージを着ている洲崎早紀が寛いでるのを見て俺は思う。
「部屋着ってそれだけ?」
「着やすくて便利じゃない」
「いや、便利だけど」
なんて言えばいいんだろう。
わざわざ家の中までオシャレする必要はないのだけれど、ダサいジャージじゃなくてもうちょっと無いのかな。
「ちなみに外行き用の服とかはあるのか?」
「これが基本だけど」
「ジャージが?」
「使い勝手よくない?それにウチは貧乏だから、あまりオシャレに気を使ってる余裕はなかったから」
「なるほど。よくわかったよ」
早苗に似て美人なのに、なんと勿体ない事だろうか。オシャレより機能性を求めるとか、そこは誰に似たんだろう。あの先輩は違うだろうし……ああ、前世の俺か。酷い時で『Pig』と書かれたTシャツを着て歩いたから、服装に関して無頓着だった。それが変わったのは早苗のおかげなのだが、これだと立場が逆だな。
「よし、服を買いに行こう。もう少し服装に気を使え」
「でも、お金持ってない」
「費用なら俺が持つ。気になるようであれば、バイトなりして返していけばいい」
「……うん」
ということで、ダサいジャージを着た女を連れて街へ繰り出す。
お小遣いを毎月貰っているけれど、殆ど使うことなく貯金している俺はだいぶ余裕がある。駅前のショッピングモールで若い女性向けに服を販売している店に入り、店員にお願いする。
「コーディネートは任せてください!」
「お願いします」
「えっ、ちょっ……」
戸惑う洲崎早紀を店員がドナドナして、更衣室へ連行する。
どんな姿をさせられるのか気になるところだ。
ワクワクしながら、待っていると背後から声をかけられる。
「赤崎、ここで何してる?」
宮森優紀だった。
前世の俺を真似て『労働組合』とプリントされた白いシャツを着ての登場である。
「なんでそんな悪趣味な格好をしてる」
「悪趣味?別に服装なんて着れれば全部一緒だろう。で、私の質問に答えてくれる?」
「付き添いだよ。洲崎さんが普段ジャージしか着ないから、別の服を着せようとしているんだ」
「ふーん。洲崎は顔立ちはいいしスタイルもいいから、どれを着せても似合いそうね。」
他人事のようにどうでもよさげに嘯く宮森優紀だが、一瞬だけ羨ましそうな目をしていた。
彼女も女の子だから、女の子っぽい格好をしたい願望があるのだろう。でも、母親の手前、そういうことはしないと我慢しているのかもしれない。
敢えて事情を知らないフリして、俺は宮森優紀に提案を持ちかける。
「お前もスタイルいいし、可愛い……綺麗な顔してるんだから、オシャレしてもいいんじゃないか?」
「事情を知ってるクセに嫌味な奴だ。私はお母さんの弟だから、宮森優紀という男になれても宮森優紀という一人の女の子にはなれないの」
弟だから、か。
自分には母親しかいないのだから、母親の要求に応えようとするために自分を犠牲にした結果、年頃の女の子らしいことを全て諦めているのだろう。
「今日はね……君の母親はいるのか?」
「……?お母さんなら家にいるよ。私はたまにこうして外に出て服を見るんだ。自分では着れないけど、いつか着てみたいなって」
「着なくていいのか?」
「アハハハ、お母さんに女装するなって怒られちゃうよ。それでなくても、制服姿でいるだけで毎日小言を言われるんだから、さすがに疲れるよ」
「それは大変だな」
「全くだよ。本当に厄介なことをしてくれたよね。ヤッたなら逃げ出すんじゃなくて最後まで責任を取ればいいのに」
この口振り……なんだろう。まるで前世の俺のことを言っているみたいじゃないか。
俺は姉さんと何かした覚えは…………なんだ、コレ。おかしいな。そういえば、動画を見てから事故るまでに時間のズレがあるような無いような……何か思い出せてないことがあるのかもしれない。
「何か知ってるのか?」
「全部知った。父親だった人が教えてくれたの。知ったところで、私にはお母さんしかいなかったからこうしてお母さんの弟になるしかなかったんだけどね。どのみち我慢するしかなかったのなら、何も知らない方がよかったな。こんなところで話すような内容じゃないし、貴方にも踏み込んでほしくないからここで一旦話は終わりましょう」
「……そうだな」
胸の内に何か引っかかるようなモノがあったけど、今はそんな事は忘れよう。
更衣室から店員にコーディネートされた洲崎早紀が現れた。
落ち着いた清楚な雰囲気を醸し出した装いだ。ミニスカートであるものの、清純で確かに早苗の娘だなと思わせるには充分だった。
彼女は慣れないのか、赤面しながら訊いてくる。
「に、似合ってる?」
「凄く似合ってるよ」
これは俺の感想だ。そして、次に特に聞かれた訳でもなく、その場に居合わせただけの宮森優紀も答える。
「下半身のガードが甘い。走ったらパンツが見えそうだ」
なんとも前世の俺が言いそうな感想だった。ここに姉さんがいたら、ぶっ飛ばされていただろう。
で、これに洲崎早紀が同意する。
「確かにこれだと制服よりガードが弱いね。それに落ち着かないから、ジャージが私には似合う。というか、どうして宮森さんがいるの?」
「たまたま居合わせただけ。ジャージが良いというのは理解できる。機能性がいいから」
「ファッションに機能性とか求めるなよ」
長年、オシャレとは無縁だったからというのもあるんだろう。着飾った自分に慣れていないのかもしれない。
「でも、似合っているからな。それを着て歩きたいと思わないのか?」
「まだジャージの方が歩きやすいよ」
「もうちょっと装いは大切にしておけ。洲崎さんは女の子なんだからさ。あと、宮森さん。君もだ」
「はぁ。私?」
「今この場に君が着飾ったところで注目とかナンパされることはあっても、怒られるようなことはないハズだ」
「そうかな?」
俺には解る。口では拒否しているんだろうけど、全く否定しきれていない。このまま押しきればいける。
それに羨ましそうに見ていたから、ここ2日だったかの辛辣な言葉を投げかけられた雪辱を晴らしてやる!
「似合うに決まってるだろ。あんな美人が母親なんだから、宮森さんだって着飾ればスゴイ似合うと思うよ」
「本当に?」
「本当だよ」
なんか口説いてるような気分になったが、宮森優紀も無事に嬉々とした顔の店員によってドナドナされた。
やりきった感が出ていたところへ、ムスッと不機嫌な顔をした洲崎早紀がカゴに衣服を入れて持ってくる。
「これにします。お金は後になるけど、きちんと返すから」
「どうした、そんなムスッとして。やっぱりジャージがよかったのか?」
「そうじゃない。赤崎くんは誰に対してもお節介を焼くんだね」
「悪いのか?」
「別に。ただそうやってお節介を焼き過ぎると、いつか痛い目に遭うってことは覚えた方がいいよ」
「肝に銘じておくよ」
既にいろんな意味で痛い目に遭ってきたから、これ以上は勘弁願いたいところだ。
「ところで、その服でいいのか?」
「似合うって言ってくれたんだから、コレにする」
「他にも種類があるんだから、どれを着てもいいんだぞ。洲崎さんならどんな服も似合うよ」
「つまり私はどんな人間か解らないってことだね」
意味が理解できないが、地雷を踏んだようだ。
笑って誤魔化して頭を撫でてやる。
「何するの?」
「他人にどう見られたいかが重要だろう。自分はこういう人間だから、こういう風に見られたいのであればその様に振る舞えばいい。どうせ過去は変えられないのだから、今を変えるしかない」
「それが出来なかったら?」
「出来る出来ないは関係ない。1度きりの人生なんだ、成功することも失敗することもある。まだ何もしていないのに、出来なかったらとか考えないで出来ると考えて行動しろ」
「……わかった」
それに、と俺は試着した宮森優紀を指し示す。
「人は見た目でいくらでも変えられる。可愛い服を着れば可愛く見えるし、カッコいい服を着ればカッコよく見える。宮森さんのこの可愛らしいワンピース姿を見ろ。さっきまで悪趣味とかダサいを通り越して恥ずかしい見た目だったのが様変わりして可愛くなって人目を惹き付けるだろう?」
「確かに」
「おい、恥ずかしいとはなんだ。私はこっちの格好の方が恥ずかしい」
「あれは照れ隠しだ。口元が緩んでるのがその証拠だ」
「くぅっ、好き勝手に言いやがって。可愛い格好して何が悪い?買ったっていいじゃないか。普通の事をして何が悪いっ?」
これが『労働組合』とプリントされていたTシャツを着ていた少女の言葉である。でも、この娘もたくさん我慢してきたんだろうな。
「いや、別に悪くないだろ。少しくらい年頃の女の子らしいことをしてみたって罰が当たらんだろう。鬼の居ぬ間に洗濯というやつだよ。子供は子供らしいことをするのもいいだろう」
「子供らしいこと……? 叔父さんはどんな事していたんだろう」
ボソッと呟いた言葉は、宮森優紀がどこまでも姉さんを第一に考えているようだった。
前世の俺なんて何もしてないからな。図書館で本ばっかり読んでた記憶しかない。遊び歩く事なんてしてないから、今からこの目の前の少女がするであろう事は『宮森優紀』という一人の少女としてする事だ。
「自分で考えてみろ。とりあえず、洲崎さんは何がしたい?」
「なにって……何をすればいいの?」
おぉっと、こっちも絶賛迷子中か。早苗が求める理想の娘を産まれた時から演じさせられてきた弊害か。誰でもない少女になった時、何をしたらいいのかわからないのだろう。
答えがでない二人には困惑するばかりだ。
ひたすら自分じゃない他人を演じさせられ、自分という1個人を殺してきたのだ。一人の人間として考えた時、何もないのは仕方ないことなのかもしれない。
行き場所が決まらない。そんな時、前世の俺の友人だったら「とりあえずカラオケ行こうぜ」みたいなことを言ってたな。
「何もないなら、カラオケに行くぞ。先ずは会計してからだ」
個性的な服装に戻った宮森優紀のカゴから、服を奪って自分のカゴに入れて会計する。
天は人の上に人を作らず、と唱えた諭吉大先生が3人ほど天上の人となってしまったことに驚いたが、まだまだ子供の頃からの貯金の壁はビクともしていない。
そして、それぞれに買った服を渡してやる。
「本当にいいの?」
「私は自分で買わないつもりだった」
「うるさい。少しくらい女の子らしくしろ。年相応に振る舞ってくれないかな」
「難しいことを言う。このボッチめが」
「後で君の家にさっきの可愛い姿をした写真を送ってやる」
ガシッと宮森優紀は焦り顔で肩を掴んでくる。
「待て待て。そんな事したら面倒になるからやめろ」
「じゃあ、今は年相応に振る舞うってことでOK?」
「くっ、殺せ」
悔しそうな顔をしながら了承したが、内心嬉しいのが丸分かりである。口元がニヤけているし。
次に洲崎早紀だが。
「女の子らしく、ね」
「今は母親のことは気にするな。お前は自分のしたいことをすればいい。とりあえず、今は歌って騒いで嫌なこととか忘れよう」
「忘れる……それが出来なかったから、お母さんはあんなに……」
「今は重い話はやめだ。今日は遊ぶぞ」
「……うん」
二人からの了承は得た。後はもう遊ぶだけだ。
こんな提案しておいて今更だけど、これだけは言っておかないといけない。
「俺、音痴だから酷評だけは勘弁してくれな」
『なんでカラオケを提案した?』
二人からの疑問には曖昧な笑みを浮かべて誤魔化すのだった。
やっぱり思うのは、序盤は鬱展開ばかりとはいえ作者はこれはあくまで恋愛です。ヒューマンドラマであるつもりは無いので、ジャンルを戻したいと思います。