同じ味
前話までの重苦しい話からの落差が激しいかもしれません。
人生には後悔がつきものだ。
感情的になったり、その場の勢いやノリで選択すると大体のことは後悔するものが多い。
後悔しない人生を心掛ける俺は、常に理性的で冷静でその場の勢いやノリに流されないようにしているつもりだ。
でも、偶にやってしまおうとするのは若い証かもしれない。で、慣れないことをしたばっかりに今の俺は絶賛後悔中である。
父親は弁護士、母親は警察官であり、普段というか殆ど家を空けることが多くて実質一人暮らしな俺は、人を泊まらせることに特に困るところはない。しかし、両親の了解が得られるか心配だった。
緊張やらなにやらで震えながら、女の子を泊まらせる旨を話した。
「OK。間違いを起こしてもいいよ。私ももうすぐお婆ちゃんかぁー」
「フーッ!フーッ!」
母親に電話掛けたら、親父も一緒だったようで母親のケータイからくぐもった声で何か言っていたが全く聞き取れなかった。
ナニをしているんだろうな。それとなく聞いてみる。
「もう少ししたら歳の離れた弟か妹が出来るから待っててね。ほら、もっと腰を振りなさい!」(バシーン!)
「フーッ♡」
電話して激しく後悔した。御年35歳になる我が家の両親は、新たなる扉を開拓したのもあって新たなる家族を作ろう生命の神秘を満喫中であるようだ。なんだか落差が激しいなー。
とりあえず、間違いを起こさないようにしよう。
泊まるため日用品等を洲崎早紀は自宅から持ってきて、せっせと準備する。完全にしばらく厄介になる気満々である。
しばらくして落ち着き、俺と洲崎早紀は互いに正座して向かい合う。
「先ず、脱衣場と洗濯機のある場所は共通しているのでノックすることを心掛けましょう。あと、トイレには入ったら鍵を締めること」
「わかったけど、トイレに入ったら鍵を締めるのは当たり前のことだよね。なんで今更?」
「忘れるなよ?」
「忘れないよ。徹底的に避けようとするんだね。ラブコメみたいな展開……」
当たり前だろう。俺は真面目な人間だから、そんな浮ついた展開になってはいけないのだ。よく姉さんと出会して殴られたり、関節技をかけられた苦い経験が蘇り、あれを喰らうのは勘弁願いたい。もう2度と無いとはわかっていてもだ。
「普通に考えて裸もしくは下着姿を見られるのは嫌だろう?」
「当たり前よ。喜んで見せる人はいないと思うんだけど」
「大体は記憶を飛ばす勢いで殴られるんだよな。はぁ、男に生まれるのも考えものだな」
「じゃあ、女になる?」
「それはアカン」
究極な選択だった。もはや最終手段と言っていいだろう。
俺は1度、気分を変えるためにお茶に手をつける。渋くて苦味のある茶だな。金箔が入ってる高かった代物だけど、普通のお茶だった。金箔には味なんてなくて見栄えはよかった。
そういえば、どうして居候させることになったんだっけ。
「洲崎さん、どうして家に帰ろうと思わなかったんだ?」
「帰り辛いから。あんな事が起きたのに、いくらお母さんがいなくても居心地悪くて駄目」
「それで男の家に転がり込むなよ。友達の家に泊まりなさい」
「友達はいないよ。皆、私を怖がって誰も近寄りたがらないから。お母さんの実家はそもそも会った事がないから頼れない」
「何したんだよ」
「不良の高校生数十人を病院送りにした」
え、強くね?
どうにも喧嘩に強そうな見た目をしてないんだけど、どうやったら不良数十人をボコボコに出来るんだろう。どうせ武術か何か嗜んだんだろうが、よくもまぁそんな細腕でボコボコにするものだ。とある魔人も純粋に鍛えただけで理不尽の権化みたいな非常識な存在になっていたから、大体同じということだろう。
「まあ、いいや。話の続きだけど、食事は当番制でやろう。あと、洗濯は各自でやること。下着類は……」
「そんなところまで細かく決めるの? ちょっと恥ずかしくなってきたんだけど……」
顔を赤くする洲崎早紀は、パタパタと手で扇ぐ。
「泊まるってことはそういうことなんだぞ。男女七歳にして同衾せず。これは世の中の常識といっても過言ではない」
「過言だよ」
「いいや、これは大事なことだ。男は狼なんだぞ。全ての男がお前の実の父親のような人間ではないけど、機会があればどんな男も狼になってしまうんだ。がおーがおーって」
オオカミの真似をして危ないことだと教えてやっているのだが、どうにも伝わっていない様子だ。
なんで「可愛い」などと言われにゃならんのだ。
「人が真面目に注意してるんだぞ。ちゃんと聞け」
「わかってる。それにしても、今日はもう疲れた」
体を伸ばして寛ごうと足を崩す彼女は、すっかりこの家に慣れたのだろう。
「なんだか落ち着くなー。他の人の家なのにどうしてだろう」
「息が詰まる思いをしてきたからだろう。それだけ洲崎さんは我慢してきたってことなんだろう」
「我慢か。ねぇ、私が何も知ろうとしないでワガママもしなかったら、このまま幸せでいられたのかな」
何もしなければ、何も起きなかった。
それは当然のことだろう。
でも、遅かれ早かれ破綻するのが目に見えている。キッカケなんてそこかしこに転がっているものだ。偶然にも洲崎早紀が自ら引いただけの話だ。
「たらればの話をするのは簡単だ。もう過ぎ去ったことを悔やんでも仕方ないだろう。なら、今すべきことは洲崎さんがどうしたいかを考えるのが重要じゃないか?」
「私が……?」
「後悔しない選択をするのは難しいことだから、きっと悩むだろう。どっちを選んでも、元通りにいかないってことだけは覚えておけ」
「元通りには、ね……」
壊すか偽るか。無かったことにするには、知ってしまった事実はあまりにも重く苦しく辛いものだ。正直、当事者にしかどうすることも出来ないだろう。まあ、俺もある意味当事者なんだろうけど、証明したら絶対に話が拗れる。それだけならまだしも、更なる厄介事に巻き込まれるだろう。俺は自身が知りたいことが知れたので、後はどうぞ好きにしてくださいと言いたいところだけど、一応納得のいくところまで付き合おう。
「とりあえず、今は休んだほうがいいだろう。疲れた顔してるぞ」
「そうかな? 今日は色々と起こったからかな。赤崎くんは大丈夫?」
「大丈夫とは?」
至って俺は普通である。
先輩や早苗の話を聞いたのに、全く何とも思わなかったな。すんなり受け入れることが出来てしまった。
最早、過去の出来事ということなのだろう。
「俺は大丈夫だよ。辛いのはそっちだろう。絶対に後悔するってわかってたから、何度も警告したのにものの見事に突っ切ったな」
「あはは、それを言われると痛いなー」
「どのみち洲崎さんの母親はもう引き返せないだろう。見捨てるか否、どちらかしか選べないってことだけは覚えておけ」
「……わかった」
どっちも選ばない方法というのもあるかもしれないけど、それはこの母娘は幸せにならないだろう。
「まあ、ゆっくり考えればいい」
今後の人生を左右するのだから、そう簡単に答えを出させるのはマズいだろう。あの病室で答えを出そうとするのは絶対に後悔するから、俺が花瓶を投げつけられて正解だったかもしれない。結局のところ、どっちを選んでも洲崎早紀は後悔する。
彼女を先に風呂へ行かせ、俺は飯の支度を始める。
そういえば、お互いの家に泊まったり泊まらせてもらったりした時に早苗も料理していたが、俺も料理を振る舞ったことがあったな。今は早苗とあの先輩の娘に振る舞うのだが、見た目が早苗に似てるから前世の俺と早苗の思い出の焼き直しをしているみたいな気分になる。あまりこういう考えをするのは良くないんだろうけど、どうしても思ってしまうのだ。
どうして俺はあの時、早苗と別々に行動してしまったのか。人を信用してしまったのか。
それぞれ別の飲み会に誘われたその日、早苗の方は女性の割合が多くて友人もたくさんいたから参加しても問題ないと思って参加してあまり飲み過ぎないようにとは言っても、万が一飲み過ぎても友人に介抱してもらえるよう頼んだのだ。同性だから、親しい友人だからと信用して信頼した結果、寝取られビデオを見せられるという悪夢があったので目も当てられない。その友人も先輩を信用してしまったんだろうけど、酔っている女を男に任せるなよ。信用とか信頼云々以前の問題だろうに。
ああ、そういえばあの担任は俺を飲み会に誘った奴だったっけ。不自然な誘い方を当時はしていたから、先輩と協力関係にあったのだろう。今にして思えば、関係していた人間は軒並み何してるんだろうな。どれだけの人間が関わったか知らないけど、少なくとも早苗が行った飲み会は10人くらいいたので10人以上は何かしら先輩に協力したハズだ。
どうせ関係した人間は『こんな事になるとは思ってなかった』と口を揃えて嘘を言うんだろうな。
何もかも今更だろうし、終わった話を蒸し返されるのは向こうも嫌だろう。別に復讐したいとか制裁したいとか思わない。簡単に言うなら、疲れる。
軽く食べられるものということで、うどんを作ってスタンバイしていたところへ、ようやく風呂から洲崎早紀が上がってきた。
目元が赤く腫れ上がっていたが、気持ちは解らないでもない。
「とりあえず、食べるか?」
「いいの?」
「食べてくれないと困るんだけど。2つも食べれないぞ」
「わかった」
二人していただきますして食べる。
俺は食べながら話すという器用なことは行動は得意ではない。どっちかにしか片寄らないから、熱いモノは大体冷めてしまうことがある。
「赤崎くん、この味……」
だから、洲崎早紀が何か訊こうとしても俺には答えられない。
だというのに、
「お母さんがいつも作ってくれる料理と同じ味がするような気がするのはどうして?」
「飯。食ってる。待て」
「うん」
数分後。食べ終わって間もなく、洲崎早紀が詰め寄る。
「お母さんと同じ味がするような気がしたんだけど、どうして?」
「レシピ通りに作ってるんだから、味が似通うのは当然だろう」
「嘘。だって甘かったんだもん。トマトを出汁にしたでしょ?お母さんもそうしてたからよく覚えてる!どうしてお母さんと全く同じ味が出せるの?」
「偶然だろう。味なんて人によって違うことが多いけど、全く違うことなんて無いんだからさ。何か不都合があるのか?」
「……無いんだけど」
そう言い、洲崎早紀はポロポロと涙を零す。
「昔のことを思い出しちゃうの。一番幸せで楽しかった昔の頃の事をね。あの時、食べた味と一緒なの。片親なんて毎日が大変だったけど、それでも楽しかった。なのに、今はもう変わっちゃったな。あの時、私がワガママしなければ楽しく過ごせたのに……!」
「辛いなら苦しいなら、とっとと偽ればいい。そうすれば、戻れるぞ」
「そっかもしない。でも……!」
泣き出してしまった。
俺は何もせず、声をかけることもしないでひたすら目の前で泣きじゃくる彼女に寄り添うのだった。