寝取り男の悔恨
第一部の投稿から急にアクセス数が延びて驚いています!
SAN値をゴリゴリに削っていく重苦しい話が続きますが、きちんとタグやジャンル通りに恋愛を絡めれるようにしたいと思っています。
セリフを一部変更しました。
沢渡誠也。
それが前世の俺から洲崎早苗を寝取った先輩の名前だった。
高校時代、テニスでインターハイにまで出場し、そこで優勝とまではいかなかったものの準決勝まで勝ち進んで持ち前のルックスも相まってその手の雑誌とかでモデルとして扱われる程だった。
性格は決して遊び人という訳ではなく、誠実で優しい人間。簡単に言えば、そこらにいる普通の人と何ら変わりなく面倒見のいい先輩である。そんな人がどうして俺に寝取りビデオを送ったのか理解できないが、どうせろくでもないだろう。無責任な人間であることに変わりなく、普通に考えて有り得ないだろう。
「お前が早苗が産んだ娘なんだな?」
場所は父親の知り合いの探偵が営んでいる探偵事務所だ。
ヨレヨレのスーツに身を包み、最低限の身嗜みに注意した疲れ切った中年の男性が、かつて周囲に慕われ、憧れられていたイケメンの先輩の今の姿だ。かつての面影は無くなり、変わり果てた姿に内心驚きを隠しきれない。
しかし、感動の親子の対面である。口を挟んではいけない。
「貴方が私のお父さんなの?」
「……そうだ。大きくなったな」
「……うん」
言葉数は少ないものの、きちんと歩み寄ろうとする姿には感動する。
産まれた時からいなかったのだ。手探りなのは、お互いに過ごした時間が無いからだろう。
名前を『神田誠也』と母親の旧姓を使って名乗り、今は結婚することもなく独り身で慎ましやかなひっそりとした生活を送っているようだ。
やらかした事が大きく、週刊誌にでもすっぱ抜かれて芸能界から追い出されたのだろう。聞いた話によれば、あまり大きく報道されてないものの、メディアに取り上げられ、大分叩かれたらしい。物理的にも間接的にも。姉さんの拳と蹴りで不能にさせられ、男として終わり、社会的にも抹殺されて、それでよく外で働いていられるなと感心できるが、針のむしろを味わうことを選んで罰を受けているつもりなんだろう。
話し合いが続き、洲崎早紀はどうしても聞きたかったことを問い掛ける。
「どうしてお母さんの前から姿を消したの?」
「それは……」
神田さんは言葉に詰まり、どう答えたものか思案する。
なんで答えられないのだろう。嬉々として行ったことを今では反省しているのであれば、事実をそのまま言っていいのだと思う。
チラチラとこっちを窺っていることから、何となく察する。
「俺のことは気にしなくていいですよ。貴方が何をしたのか知ってるので、問題ないですよね?」
「知っているのか?」
「もちろん、知ってますよ。俺から話してもよかったんですが、そこは自重しておきましょう。でも、そんな風に何も言わないなら俺から話すことになりますが、本意じゃありませんよね?」
俺が事情を知っているということもあって、洲崎早紀は驚愕してみてくるが、ここはスルーしておく。知っていると言っても、俺から言うと先入観が多分に含まれるだろう。
それはこの目の前の間男にも言えることだが、少なくとも当事者からの話は聞くに越したことはない。
「洲崎さん、これから聞く話はきっと後悔するけど本当にいいんだよね?」
「しつこく聞いてくるね。大丈夫だってば、私は全部受け止めるって決めたから」
決意は固い。聞いてから、聞くんじゃなかったとか本当に無しだからな。マジで後悔するのが目に見えてるし、もしかしたら洲崎早紀の母親に対する見方が変わるかもしれない。
俺の心配を他所に洲崎早紀は頭を下げ、実の父親に懇願する。
「お願いします。お母さんは今でも苦しんでます!何か知ってるのなら教えてください!」
その必死の説得は神田さんに届いたのかは解らないが、彼は出されたお茶に手をつけた後にしばらく黙考し、俯く。
その姿は教会で罪を告白し、懺悔する咎人のようだった。
「全部俺のせいなんだ。俺が早苗もアイツ―――宮森優紀とその家族の人生を狂わせたんだ」
一目惚れだった。だが、すぐに自分が入り込む余地のないことに気付かされて失恋した。自分よりも容姿も何もかも劣る男に負けたのだ。毎日のように人目を憚らずに仲睦まじくするのがムカついて赦せなかった。だから、他の奴と結託して洲崎早苗を酔わせてヤッてしまった。その後、警察に連絡しようとする彼女を脅し、肉体関係を強要した。何度も強要して溺れさせて最後は関係を終わらせる条件にハメ撮りしてもらい、それを彼氏である宮森優紀に早苗に内緒で送ってやったのだと。それで破局するなら慰めて付き合ってやり、駄目だったらハメ撮りを流出させるつもりであったとか。
それが狂ったのは、宮森優紀が事故死したことだった。
「アイツが死んだおかげで警察が調べてきてな。全部知られて逮捕されてしまって、マスコミとかにリークされてしまってな。上手くやれてたんだが、まさか事故られるとは予想外だった。テレビでも取り上げられちまってもう俺の人生は台無しになった。本当、馬鹿なことをしたよ。俺は男として負けてたのに、無駄に足掻いて全てを失わせて失った哀れなクズ野郎さ」
たった一人の女に狂った男は、憑き物が取れたように悔恨を滲ませてそう締め括った。
既に男にとって過去の出来事になっているらしい。15年くらい経っているのだから、反省して過去は過去なのだと吹っ切れてる方が自然なのだろう。むしろ、歪んで狂ったり、未練や罪悪感に縛られてる人間の方が異常に思えてしまう。
「お前のことは、早苗が「この子は優紀さんの子供です。お前の子じゃない」って面と向かって言われたよ」
それでも、誰が相手かは変わらない。
過程や結果はどうであれ、早苗は目の前の間男と子供を作ってしまった事実は覆すことは出来ない。必死に思い込んで忘れようとして、その果てに狂ったのだろう。
「そっか。だから、お母さんは私を汚物かゴミを見るような目で見てきたんだね」
ポロッと呟いた言葉が耳に入り、俺は1つ疑問に思うことがある。
本当は母親のためだとか言うのは建前で、本当は自分のためなんじゃなかろうか。自分を一人の人間として見てくれたというのに、殴られてるのだ。もしかしたら、一人の人間として見れば早苗にとって洲崎早紀は自らの罪の象徴であり、憎むべき対象なのであろう。
俯きながら洲崎早紀は立ち上がり、その表情を窺い知ることはなく、何をしようとしているのか解らないが、とりあえず一人にしてはいけないだろうと思って俺もついて行こうとする。
去り際、神田さんは洲崎早紀に声をかける。
「こういう話をしておいて、都合がいいのかもしれないが……たまにでいいから会って話だけでもしてくれないか?」
この男は馬鹿なのか? 図太いな。
洲崎早紀は振り返る。
ゾッとした。
笑いもしなければ、怒りもしない。感情という色も表情も何もかも捨て去り、ただ無機質に無感情に洲崎早紀は実の父親へ顔を向けたのだ。
「話を聞けて嬉しかったです。もう2度と関わりたくありませんので、これで私は失礼します。さよなら、強姦魔さん。貴方が私の父親だなんて気持ち悪いです。吐き気がします。2度と私とお母さんの前に姿を見せないでください」
どれだけショックだったのか計り知れないだろう。
自分が無理やり孕まされて産まれてきた子供だったのだと知り、やはり受け止めるには覚悟が足りなかったようだ。
部屋を出て行く洲崎早紀を追いかけようとした俺だが、神田さんは今度は俺を引き止める。
「娘のことをよろしく頼みます」
「自分の娘だって本気で思ってるんですね」
「はい、どんな形であれ産んできてくれたことは嬉しいです。ありがとうございます、娘に会わせてくれて。もう2度と顔を見せることは出来ないでしょうけどね」
これ程、前世の記憶が無ければいいのにと思ったことはない。嫌味にしか聞こえなくて、ただただ気持ち悪い。不快だ。
父親らしいことを出来なかったんじゃないのだろう。させてもらえなかった。することを赦されなかったが正しいだろう。
結局、神田さんは人間としても男としても最悪で低俗な行いに手を染めたのだ。醜い嫉妬と汚い欲望によって。その結果、男としても人間としても全て失った。
努めて平静を装って俺は部屋を出て行き、所長さんにお礼を述べてから事務所を出る。
洲崎早紀を探しに行こうとして、出入り口のすぐ横で立ちすくんでいたのを見つける。
「ごめんね。私、嘘をついてた」
開口一番、洲崎早紀はそう告げる。
「私が荒れた原因はお母さんが私のことを通して別な人を見ているからだった。私のこの早紀って名前は、産まれてくる子供が女の子だったらつける名前だったんだって。私は顔も知らない誰かも解らない父親との間に産まれた理想的な娘として振る舞わなければいけなかった。私は私なのに、お母さんは私じゃない私を見ていて嫌だった。赦せなくて荒れて、そうしてお母さんに不満をぶちまけたの。私を私として見てほしい。ワガママだったんだけど、私であって私じゃない誰かを見ないでほしいって言ったの。そしたら、お母さんは私を汚物かゴミを見るような目で見るようになったの。お母さんにとって、私は人生最大の汚点だったんだって知って苦しかった。悔しかった。辛かった。きっとお父さんがいけないんだと思ったんだ。顔も知らない誰かも解らない父親のせいで、私は苦しめられているのだから、せめてその顔でも拝んでやって悪い奴だったら罵倒してやるつもりだった。でも、想像以上にクズで最悪な男だったから頭真っ白になって、何も言えなかった。普通に受け答えしてた私が馬鹿だった。あんな話を聞かされたらもう最低なクズだとしか思えない。ねぇ、どうしてあんなのが私の父親なの?お母さんはそんなに苦しいなら、私なんか産まなければよかったのに!」
ボロボロに泣きじゃくり、その悲痛な訴えは彼女が耐えて犠牲にした時間を表しているようだ。何をしてきたのか、何を見てきたのか俺には知ることは出来ない。
「私はどうして宮森優紀って人との間に産まれてこなかったの。どうして、なんでっ?」
何も答えられなかった。
何もそこまで引きずらなくてもいいじゃないか、と言いたいが、本人にはそこまでする理由があるのだろう。偶発的な事故なのだから、何もそこまで自分を責めなくても……。
ある意味で俺が苦しませてしまっているようなもので、俺は涙を流す洲崎早紀を抱き寄せる。
「本当に辛いのなら、悩みがあるなら相談に乗るし解決するために何とかするつもりだ。こういう時は人に頼っていいんだぞ」
「どうして助けようとしてくれるの?」
「悩んでいるから、解決するのが部活動だからでは駄目かな?」
「どうすることも出来ないよ。後悔するよ、きっと」
後悔するぞ、と忠告したのにも関わらず踏み込んできたのは洲崎早紀自身だ。
後悔なら俺の方がたくさんしたんだが、それは前世の俺の事だし言っても理解出来ないだろう。というか、既に過去は過去として受け入れてる。少なくとも、この件で後悔することは何もない。
「最後まで面倒を見るつもりだから、任せておけ」
「……うん、ありがと。今お願いがあるの」
「なんだ?」
「もう少しだけこのままでいさせて。もう少しだけ弱い私でいさせて」
前世の俺は甘える立場だったんだが、娘になると立場が逆転するようだ。いや、そもそも早苗とこの娘は別人なのだ。混同しないようにしていたつもりだったけど、分けることが出来ていなかったのだろう。
なんだかんだで引き摺っていたのは俺も同じだった。
泣いてる彼女は、確かに別人だ。洲崎早苗にいくら似ていようとも、彼女は洲崎早紀という1個人だ。解っているつもりだったけど、解っていなかったということか。
しばらく抱き締めた状態が続いたが、その終わりは唐突だった。
―――prrr。
ケータイの着信音が鳴った。洲崎早紀からだ。
急に恥ずかしくなってきて慌てて離れ、彼女は電話に出る。
「はい、もしもし……はい、そうです……え……」
何かがあったのだろうか。
急に言葉を無くした洲崎早紀はその場に立ち尽くし、その手からケータイが滑り落ちる。
「どうした?」
「お母さんが……お母さんが……」
ひっ、ひっ、と過呼吸となって二の句を告げれなくなった彼女の背中を擦ってなんとか落ち着かせようとする。
母親……早苗の身に何か起きたのだろう。良くないことであることは確かだが、何が起きたのだろうか。
程なくして呼吸が元に戻った彼女は、動揺を隠せてない顔で呟くように言う。
「お母さんが倒れて病院に運ばれたって……」
「早く病院に行くぞ」
「う、うん!」
覚悟とかそんなのは出来てないけど、俺は洲崎早紀にそう促してタクシーに乗り込み、彼女と共に早苗が送られた病院へ向かうのだった。
次回、洲崎早苗氏の登場です。




