洲崎早紀、宮森優紀それぞれの事情
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翌日。
放課後になって部室へ向かう道すがら、生徒指導を兼任している担任に呼び止められる。
「どうかしたんですか?」
「洲崎についてちょっと忠告しておこうと思ってな」
バツが悪い顔をするのは、罪悪感からだろう。この担任、今思い出したけど俺と大学が一緒で何度か顔を合わせたことのある知り合いだ。何か知ってるんだろうけど、どうせ口をつぐんでるんだろう。知らない方が幸せだとでも思ってるのだろうか。
「先生、洲崎さんは知りたいと言いました。なら、それに応えてあげるのが俺のやる事です。どうせ後悔しかないんでしょうけど、それでも知る権利はあるし知らないといけない。大丈夫ですよ、俺はこの件で知ってしまったことは誰にも口外しませんから。関係のない何もしない人間はすっこんでてくれませんか?それとも、先生が教えてくれるんですか?何もかも全て……」
「話せるワケがないだろう!君は洲崎の家庭を潰す気かっ?」
「それは洲崎さんの選択次第でしょうね」
正直、人間として最低な事しかしてないのだからそれを嫌悪して軽蔑するか、はたまた理解して寄り添うかは洲崎早紀の選択だ。少なくとも、口を噤んだ教師に止める権利は存在しない。
それに知りたいと言ったのは彼女だ。俺は忘れてたし、今更になって復讐とか制裁とか考えていない。生きてたらやってたかもしれないけど、何もかも今更だろう。
教師と別れ、部室へ向かう。
ちょうど階段を挟んだ向こう側にあるので歩いていたら踊り場で宮森優紀と出会す。
「あら、いつぞやのボッチ・赤崎さん」
「芸名みたいだから、やめてくれないかな」
「事実じゃないか、窓際族」
酷くないかな。
それとなく探ってみたが、宮森優紀は学校でもほぼ一人でいることが多い。前世の俺を真似してるんだろうけど、毒舌家では無いので真似しきれてない。
「誰かの真似事はやめておけ。いつかは破綻するぞ」
「聞き飽きた言葉だよ。それにこれは真似じゃないよ。これが私の素の性格だよ。お母さんはいつだって私じゃなくて、この名前をした似たような顔立ちで同じ性格・喋り方、立ち居振る舞いをした私にとって叔父にあたる人を見てきた。私を見てくれることはないから、叔父さんを真似ないといけないの。そうすれば、お母さんは私を見てくれる」
これは大分病んでるな。姉さんはそんな酷い人間じゃないと思っていたが、人間なんて変わる時は変わるものだ。それが良い方向であれば良かったかもしれないが、姉さんは悪い方向へとシフトしていた。その犠牲者が宮森優紀であり、その父親もだろう。
「君のお父さんは何も言わないのか?」
「あの人は付き合いきれないって出て行った。酷い人だよ、私を平然と捨てたし。そもそも、あの人と私は血の繋がりがなかったから仕方なかったかもしれないね。お母さんは叔父さんのことしか見えていないのに、なんで愛してくれるって思ったんだろうね。どれだけ慰めて体を繋げて子供を得ようとも、お母さんの心の中は叔父さんしかいないの。いいだけ人を好きにならせて、そして作っていなくなって無責任な人間もいたものだ」
無責任な人間か。きっとその中に前世の俺も含まれているのだろう。でも、俺の場合は事故ったのだからカテゴリーにしないでほしいと言いたいし、姉さんとは何もなかったハズだ……。
「何かあれば相談に乗るよ。じゃあな」
「その時が来ても、どうせ何も出来ないだろう。まあ、せいぜい頑張れよ」
投げやりなどうでもよさげな雰囲気を醸しながら、宮森優紀はエールを送って立ち去る。
誰かになることは出来ない、とか綺麗事言えたらいいんだろう。マジで言った奴がいたかもしれないが、宮森優紀の世界は『宮森優紀』という男を真似ることで完結してしまっている。
本人が助けを求めないのだから、俺にはどうすることも出来ない。
今は洲崎早紀の事に集中しよう。
部室の扉を開けると、先に来ていた洲崎早紀が座って待っていた。
真っ先に目についたのは、顔半分を覆うようなガーゼが貼り付けられていたことだった。
「喧嘩でもしたのか?」
「事故死した人がお母さんの恋人だったって言ってたじゃない? でも、私のお父さんじゃないなら、どうしてあそこに花を手向けるのか気になって訊いたら叩かれちゃいました」
「お前の母親は情緒不安定なのか?」
「今回が初めてだったよ。たまに嫌悪が滲み出した目で見られることがあったけど、直接的な攻撃をされたのは昨日が初めてだった」
「母親を尊敬してるんじゃなかったのか? 女手1つで育ててくれてるんだろ?」
「そうだよ。いつも泣きながら謝りながら、私の面倒を見てくれてるんだよ。愛そうとしてくれてるのに、私が嫌いになったら何もかも終わってしまうから、お母さんに寄り添いたいの。たった一人の家族なんだよ?」
たった一人の家族、か。
いい言葉だが、なんというか自縄自縛に陥ってる気もしなくもない。文字通り洲崎早紀は母親の早苗と二人だけで生きてきたのだろう。だからこそ、彼女は母親との間にある見えない壁を取り払いたいのだろう。本音はさておき。
「先ずは父親に会いに行ってみるか?」
「知ってるの?」
「父さんの知り合いに探偵がいるから、頼んでみたんだよ。格安で請け負ってくれたよ」
「そうなんだ。それで会わせてくれるの?」
向こうは会いたがっているから、大丈夫だろう。まあ、自分が無理やり犯して産ませた子供だから、一目だけでも見たいのだろう。
「短い時間だがな。何があったか、きっと教えてくれるだろう。きっと後悔するが、それでもいいのか?」
「大丈夫だよ。私は知りたいの」
まあ、ロクな結果にならないのは目に見えているのだが、それでもいいと言うのなら引き止めるのは野暮だろう。
それにもう過去の事なんだし、きっと話してくれるだろう。
「じゃあ、行くか。顔大丈夫か?」
「大丈夫。口の中を切っただけだから」
それはそれで大事なんだが、当人が気にしてないのならそれでいいのかもしれない。
俺は洲崎早紀を伴い、部室を出て待ち合わせ場所へと向かうのだった。