歪で狂った家族
夢を見ていた。
これが夢だと確信できるのは、前世の俺がいて彼女の洲崎早苗がいたからだ。
初デートの色褪せることのない想い出だ。
初めて出来た彼女。ドライで淡白な俺が初めて本気となり、頑張って努力を重ねて好きになってもらって付き合えた彼女だった。高嶺の花だの何だの言われ、近寄るのも憚られる早苗は校内ではスゴい人気があって性格も良くて大和撫子というものが、どんなものか知り得た女性だ。立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花といった感じ。
そんな女性との初デートで緊張しないハズがなく、俺はテンパって水族館に行こうとして道に迷ってしまう大失態をやらかしてしまった。
いや、何とか辿り着いたんだけど午前は丸ごと潰してしまった。この時ほど死にたいと思ったことはない。
鬱屈した思いで水族館へ来た俺に対し、早苗は笑みを浮かべて話しかける。
「ほら、そんな浮かない顔したら駄目でしょ?初めから出来てたら面白くないんだから、こういう事が起きて楽しいよ。いつまでもイジケてないでせっかくのデートを満喫しよう?」
そうフォローされて鬱屈した思いは払拭できた。
しかし、急にこの色褪せることのない想い出はなんの前触れもなく灰色となる。
早苗の隣にはサークルの先輩がいて、彼女は先輩にしなだれかかっていた。
「ゴメンね。私、貴方より先輩の方がイイの。最初は無理やりだったけど、先輩に情熱的に求められて嬉しくて貴方ではもう満足できないの。さよなら」
そして、先輩に愛おしそうに抱きついて先輩もそれに応える。
本当にイイ先輩だった。リーダーシップもあるし、成績も良くて運動神経も抜群、非の打ち所のない相手だったのだが、何故こんな事をされるのだろう。
「早苗は俺が貰っていくよ、負け犬。とっとと別れて俺たちの前から姿を消せ」
かつて見せられたビデオで喋った言葉を俺に投げかけ、早苗を連れて去って行こうとする。そして、その間には洲崎早紀が二人の手を掴んで歩く。
「待っ―――」
声が出ない。体が動かない。遠ざかっていくのをただ見ていることしか出来ない。
いや、そもそも手が無い。足が無い。何も見えない。
灰色から仄暗いものとなり、段々と真っ黒に塗り潰されようとしていく。
藻掻こうとしても体が動かない。なんで、どうして。声も出せない。
動け!動け! そう念じてるのに何も無いのだ。
これが夢だから、とか関係ない。それでも、と手を伸ばそうとして自分の手が異様な形をしていることに気づく。
指が全てあらぬ方向に曲がっていた。ひしゃげた腕。90度に曲がって上と下が無理やりくっつけられた体。
通りで何も見えない訳だ。
既に俺は死んでいるのだから。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「うわぁ―――――っ!」
最悪過ぎる夢を見て、ガバッと起き上がる。
冷や汗をびっしょりとかき、全身の震えが止まらない。
自分の死体を客観的に見た影響かもしれないが、それよりも彼女を寝取られたことが大きいかもしれない。
本当にイイ先輩だった。信頼も信用もしていた。女なら靡いてしまうのも解る。好ましい人物であるのに、どうしてだ何故だと思ってしまう。
「人は見かけに寄らないってことか」
そういう事なのだろう。
どれだけイイ先輩だろうと、やった事は人間として最悪な部類だ。もちろん、早苗も。付き合うなら、筋を通してほしかった。
寝取られビデオを送るなんて最も最悪過ぎる行為だ。興奮とかそんな生易しいものじゃなかった。ただただ気持ち悪かった。嬉々として撮る先輩も、それに応じる早苗も。
「うっぷ……」
ヤバい、吐きそう。
落ち着け、俺。転生当初はそれで何度も死にかけただろう、あの地獄を切り抜けたのだからこれくらい屁でもないハズだ。
それに知らない……いけね、ここ知ってる。前世の俺の家だ。リビングで寝かされてたのか。懐かしいな、慣れ親しんだ匂いは気分を落ち着かせてくれる。
誰かが運んだのだろう。それは助かる。ようやく帰ってきたって感じがする。今はもう知らない人の家でなければいけないのに、スゴく懐かしくて安心できる。でも、どことなく澱んでいるのはどうしてだろう。
窓を開けて外の空気を吸い、気分を落ち着ける。
ふと何者かの足音が聞こえ、リビングへ真っ直ぐ向かってくる。
誰かな、なんて思えばリビングに入ってきた人間は女の子で俺や洲崎遥と同い年くらいの娘だった。
姉さんの面影がどことなくあるが、小柄でどことなく冷めたところのある雰囲気を漂わせたクールな印象の美少女だ。
「ああ、起きたの。よかったね、頭大丈夫?」
こっちはそれか。姉さんは口より先に拳を出す人間だが、こっちは口しか出さないものの言葉の暴力を振りかざす類いのようだ。
「おかげさまで無事に」
「そう。お母さんの地雷を踏抜くなんて素晴らしいわ。その内タップダンスでもするの?」
「火遊びは勘弁してほしいんだけど……って、そうじゃなくて。君は?」
「自分から名乗ったら?」
おぉう、この投げやりというか冷めてるような感じは前世の俺を彷彿とさせる。姉さんとまだ見ぬ旦那さんとの間の子供であるハズなのに、どうして前世の俺が混ざりこむのやら。
「赤崎大和です」
「何故私が名乗らないといけない?」
「自分から名乗ったら? って、言ったじゃないか」
「私が名乗るとは言ってない」
「いやいや、名乗れよ。自己紹介、お互いに知らないままだったらおかしいだろう?」
「はいはい。私は九戸政実です」
「いや、違うだろう」
どうやったら戦国武将の名前をチョイスするんだよ。しかも、あんまり有名ではない名前だし。
「そんなに私の名前を知りたい?」
「知らないんだから、当然だろう」
「私は君のことを知ってるから、それでいいだろう? 同じクラスなんだから」
「えっ、そうなの?」
「いつも一人でいる窓際の男で、人が嫌いって堂々と公言する偏屈な人間だったから物珍しくて覚えてしまった」
「それは置いといて、俺は知らないから教えてくれるかな?」
はぁ、と少女は嘆息して答える。
「宮森優紀だ。覚えなくていい」
前世の俺の名前だった。なんとなく察することが出来た。
ああ、これはマズいだろう。姉さん、自分の子供を身代わりにしたら駄目だろう。
俺とは血の繋がりがなく、貰われっ娘だった姉さんは両親と同じというかそれ以上に俺を溺愛していた。俺が早苗と付き合うのもとんでもない悶着があったのは言うまでもなく、ラノベみたいなラブコメ劇が起きた。最終的には納得して引き下がったが、その後に俺が事故死して狂ってしまったのだろう。そして、恐らく俺と早苗の間に起きたことも知っているから、スゴい後悔があり、亡くなった弟を追い求めてるのかもしれない。まあ、おかげで攻撃的な性格だったのが更に凶暴になった気がしてるのは言うまでもなく、よくもまぁ警察のお世話にならないものだ。
まあ、あくまで推測なので違うことを祈るばかりだ。
「起きたなら、さっさと帰った方がいい。お母さんが引き篭もっている今の内に」
「引き篭もっている?」
「そうだよ。あんまり深入りしないでね。この家の人間は私含めて狂ってるから」
俺のせいだろうな。俺が事故死しなければ、姉さんが狂うことはなかった。
たらればを考えてしまうと、歯止めがきかないが悔やみきれないのは確かだ。
そういえば、洲崎早紀の姿がないな。帰ったのかな。
「つかぬ事を聞くが、俺の他にもう一人いなかったか?」
「ああ、あの元ヤンのこと?帰ってもらったよ。母さんを狂わせてしまった元凶を家に上がらせたら、大変なことになるからね」
「元凶か。洲崎さんが何かしたのか?」
「あの娘じゃなくて、あの娘の母親が原因。あの娘はただの汚点だ。忌むべき象徴と言っても過言じゃない」
「そうか」
いや、もしかしなくても洲崎早紀は早苗と間男である先輩との間に出来た子供なのだろう。なんで先輩に責任とってもらって結婚なり何なりしてないのかが気になるところだが、どうせ娘に俺と一緒に考えていた名前を付けるあたりでマトモな神経はしてなかっただろう。
そんな事を考えていたら、宮森優紀が俺を物珍しいものを見るような顔で見ていることに気づく。
「どうした?」
「同情も引いたりもしないから、珍しくてね」
「同情とかされたいんなら、受け入れようとするなよ」
「そうなるか。お母さんは普段はちゃんとしてるんだ。でも、時たま亡くなった弟さんの部屋に引きこもるんだ」
「それだけじゃないんだろう?」
「そうだよ」
宮森優紀が頷く。
その時だ。
『優紀ー? 早く映画見るわよー?』
姉さんの声が聞こえてきた。
「はぁーい、姉さん。今行くから待っててー」
平然と呼び慣れ、親しみをこめて自身の母親を『姉さん』と呼んだ。
マトモじゃない。姉さんもそうだが、この娘もマトモじゃない。
酷く歪でキモチワルイ。それしか言いようがなくて、他人にはどうする事もできない。
「そういう訳だ。今から私は『弟』にならないといけないから、今日のところは帰って」
「……ああ、わかった。学校の部活の範囲内でだが、相談にも乗るし悩み事の解決もしてやる」
「期待しないでおく」
そこは期待してほしいんだけどな。
誰にもどうにも出来ないから、諦めて受け入れたのだろう。これが果たして1つの幸せの形なのか定かではなく、外野からしてみれば酷く歪んで壊れているのかもしれない。でも、当人たちが幸せならそれでいいのかもしれない。
何にしても、今の俺は赤の他人なので深入りは出来そうにないから退散する。
家の外に出ると、塀に背中を預けて座っている洲崎早紀がいた。
見るからに怪しさ満点であるけれど、恐らく待っていたのだろうと思われる。
「何してる?」
「うわっ、ビックリした! 宮森さんに帰れって言われたけど、どうしても心配で待ってたんだけど迷惑だった?」
「怪しまれるから程々にしておけ。警察の厄介になりたくないだろ?」
「アハハ、2度と御免だね。私、中学時代は荒れてて何度も警察の厄介になったからね。お母さんも泣かせちゃって……でも、それでプラスに働いた面もあったんだけど、やっぱり警察の厄介になるのは嫌だ」
「それは良かったな。将来に関わってくることだからな」
はて、プラスに働いた面とは何か。
「不良になって良かったことってあるのか?」
「あったよ。お母さんが私を私としてちゃんと認識してくれるようになったの」
底知れない何かがあったのだろう。
姉さんならまだしも、どうして先輩とよろしくしてた早苗がおかしくなってるのだろう。先輩と子供を作っておきながら、先輩とくっついてないしよくわからんな。毎度毎度、国語の文章問題が解けない俺には難しい問題だ。他人の気持ちを推し測れないからな。
「そういえば、話を何か聞けた?」
「聞きたいのか?」
「うん、知りたい。きっとお父さんと関係あることだから」
まあ、ある意味で関係あるな。
「聞いたら後悔することになってもいいのか?」
「それでも知りたい。もしかして、あの交通事故で亡くなった人が私のお父さん?」
何も知らないから、間違った答えを出してしまうのはよくある事だ。前世の俺は学生の時分で子供を作ってしまっては責任を取り切れなくて苦労するからと考え、避妊は徹底的にしていた。自ずと誰が種となったかは解るから、ここは訂正しておきたいが、そうするとこんな人が来るかもしれない場所で話すには憚られるな。
「そういうの含めて明日の放課後、ゆっくり話すよ」
「わかった。でも、せめて交通事故で亡くなった人が私のお父さんなのか知りたい」
「違うから大丈夫だ。君のお父さんは別にいるからノープロブレーム」
「……そうなんだ。うん、わかった。ありがとう。明日からもお願いしてもいい?」
そう訊かれ、俺は微笑を浮かべて頷く。
「最後までとことん付き合うよ。このまま中途半端で終わるわけにはいかないからね」
さて、俺はこれから先輩の居場所を人伝に調べてみよう。死んでるなんて面倒な事になってなければいいんだけどね。