口より先に拳が出る女
空手家という設定を変えました。
翌日の放課後。
早速調べてみることにしてみた。
何をどう調べるかは決めてないけれど、とりあえず向かった場所は俺が事故った場所だ。子供の頃に忘却の彼方へ飛んでったと思っていたが、今となっては鮮明に全てを思い出せる。
なんの変哲のないちょうど隣に電柱があるブロック塀の道路。住宅街にある普通のT字路で酔っ払い運転したドライバーがスピード超過し停止線を超えたのが俺の運の尽き。痛みはなかったし、苦しむこともなかったから即死したのだろう。死の間際に走馬灯が見えるらしいが、俺は何も思い浮かべることはなかった。
彼女の顔も家族の顔も何も無かった。それどころか全て忘れ、漠然と人が嫌いになって無関心になった。
他人が何していようと心が冷え切って揺り動かされることなく関心が無いのだが、まだ置かれて数日くらいしか経ってない花束の前で手を合わせる洲崎早紀を眺めていると、どうしようもなく不快でキモチワルイ。
ここにいるのは全くの別人なのに、彼女とダブって見えてしまって色を失った感情が悲鳴を上げてくる。
「赤崎くん、お母さんはいつもここに来てこうやって手を合わせてるんです。誰かが交通事故で亡くなったらしいんですけど、きっとお母さんにとって大事な人だったんでしょうか」
「誰かについて知ってるのか?」
洲崎早紀は首を横に振る。
「何も解らないんです。きっとお父さんと関係あるのかなって思うんです」
「父親がいないって言ってたか?」
「はい、生まれた時からずっといませんでした。お父さんの話は避けられてるので聞いたことが無いので、どういう人なのかもわかりません。でも、お母さんは決まって毎日のように破れた写真を眺めるんです。大事そうにしてるから、きっとそれに写ってる人が私のお父さんなのかなって……」
「その人の名前は?」
「解らないんです。何も教えてくれませんし、何も見せてくれないんです」
えっ、それってゼロじゃねーか。
何も知らないから、知りたいのだろうとは思う。
でも、これって当事者がみんな揃って口を噤んでるパターンじゃないか。
十中八九、俺のことを引きずっているんだろうとは確信できるんだろうけど、いくらなんでも長く引きずってないかな。客観的には付き合っていただけの彼氏が事故って亡くなっただけなんだから、さっさと浮気相手に転がり込めば楽なのに何をそこまで引きずるのやら。人って本当に解らんな。
「ちょっと、こんな所に花束を置かないでちょうだい!通行の邪魔よ!」
ちょうど通りかかったオバサンに怒られ、ありがたい説教と注意を受ける。
どこかで見たことあるようなないような……ああ、この人は前世の俺の姉さんだ。老けたなー。2つ上だったから、四十はいってるだろう。
二人して平謝りして事なきを得、花束は回収する。でも、一応これだけは言っておこう。
「いえ、実はこの花束は別の人が置いたものなんです」
「そうです。私のおか―――むぐっ」
口を閉ざさせると、無言の抗議が飛んでくる。
「いいから黙ってて」
そんなやり取りを見てた姉さんは怪訝な顔を浮かべるも、花束を置いた人物に心当たりがあるので忌々しげに吐き捨てる。
「あの女、まだ性懲りもなくまだやってるのね……!」
「知り合いですか?」
「そんなところよ。本当に嫌になる女だよ。2度と関わらないでくれって言ってるのによくもまあ飽きないものだよ」
「何かあったのですか?」
「赤の他人に聞かせれるような話じゃないよ」
それもそうか。
いくら前世の記憶を引き継いでるとはいえ、今の俺は赤の他人。貴方の弟です、なんて言えば頭の狂った人間扱いされかねないだろう。俺はただ学校の部活動の範囲で行動している生徒でしかなく、踏み込むことは出来ない。
では、赤の他人じゃなければどうだろうか。
俺の制止を振り切り、洲崎早紀は姉さんに詰め寄る。
「教えてください!ここの事や母について何か知ってるのであれば教えてください!」
「アンタは……?」
「洲崎早紀です。洲崎早苗の娘です!」
「この―――」
姉さんは喧嘩っ早い人間だ。
口より先に手が出るような本能的な人間で、ひとむかしの暴力系ヒロインみたいなところがあった。
心底嫌悪している人間には、先ず手か足を出すところから話し合いが始まる。逆に好んでいる人物は平手を出す。あれはチョー痛い。背中を毎度のようにブッ叩かれて酸欠になることがしばしばあった。
そんな経験則から、姉さんの態度と口振りから洲崎早紀が何か話そうものなら殴るか蹴るか平手打ちが出るのは解っていた。
だから、俺はノールックで平手打ちしようとする姉さんの腕を掴んで止める。
「なにっ?」
「人が通るところでの暴力沙汰はいけません。それ以外ももちろん駄目なんですが……とりあえず先ずは話し合いをしませんか?」
「私を止めるたぁ、アンタ何者?少なくとも、私は弟しか知らないね」
「そうですか。まあ、そういうこともあると思います」
誤魔化すために微笑を浮かべたら、姉さんは面食らって後に嫌悪を露わにする。
「やめろ、その顔」
「生まれつきなんですけど?」
「赤の他人が私の弟と同じ顔をするな!」
「理不尽じゃね?」
元々こういう顔なんだが、文句あるならウチの今の両親と話し合いの席を設けないといけないな。
やり合う姿勢を見せるや、突然姉さんは頭を抱えて取り乱す。
「ちがうちがうちがう!弟は……優紀は死んだんだ!あの娘は娘だから優紀じゃない!私は私は―――」
何が何やら訳がわからない急展開に俺も洲崎早紀もどうすればいいか解らず、互いに顔を見合わせる。
とりあえず、落ち着かせようか。
「あの、大丈夫で―――」
「優紀以外の男が私に触るなー!!!」
「Oh……」
取り付くシマもないとはこの事だろうか。
逆上した姉さんに顎を穿たれ、俺は意識を狩られるのだった。