洲崎早紀の衝撃
家に戻るまで、終始無言だった。
なんだかデートに失敗した感があるような雰囲気を醸し出しており、なんだか初めて早苗とデートした時のことを思い出してしまう。
あの時は早苗が元気づけてくれたが、立場が変わった気がする。
「そんなに落ち込むなよ。まだ裸を見られた訳でもあるまい」
「下着だって立派な裸じゃん!」
「水着姿を見られたと思えばいい」
「水着と下着は違うから!」
どっちもエロい目で見られるのだから、同じだろうに。でも、早苗にも言われたように水着と下着は違うらしい。確かに水着を見たのと下着を見たのでは、興奮の度合いが違うから、確かに違いはある。ちなみに洲崎早紀の下着は青と白の縞模様だった。
「別に写真とか撮ってないから安心しろ。確かに見たのは悪いと思ってる。嫁入り前の体だもんな」
「お母さんにも言われてるからね。みだりに男性に見せるなって。体を許していいのは、結婚する人だけだって」
なんだろうな。自分と同じ轍を踏ませまいとする執念を感じさせられる。
「今にして思えば、自分は手遅れだったから私に同じ道を歩ませたくなかったのかもね。お母さんによく似てるから、ある意味でお母さんの2周目なのかもしれない」
「2周目か。どうせお前の母親が愛して裏切った男はいないのに、2周目にする必要があるんだろうな」
「私のお母さんは弱い人だからだよ」
なんだか俺の中にある早苗の印象が崩れていくような気がしてくる。
優しくて分け隔てなく接して交友関係が広く、隣に立つ男に気遅れさせてしまう気高い女性だったハズだ。
それが弱いというのか。勝手な俺は彼女を理解してあげられていなかったのだということに気づく。
いや、そもそも俺の中で早苗の事を美化し過ぎていたのかもしれない。なんだかんだで早苗のことが好きだったのだ。
確かに好きだった過去がある。楽しかったこと多いし、喧嘩したりしたこともある。色褪せない過去があった。
「お前には、お前の人生がある。母親を支えていくだけが人生じゃない」
「わかってる。わかってるけど、たった一人の家族なんだよ。見捨てられないよ」
あれだけ最低な事を言われたのにあの早苗の娘でいたいらしい。いつまでも親からしてみれば子供は子供であるように、子供からしてみれば親は親なのだ。外野がとやかく好き勝手に言えるかもしれないけど、当人たちには複雑で簡単に結論を出すことは出来ない。どんな形であれ、一緒に過ごした時間があるのだ。大切に思ってきたからこそ、見捨てるに見捨てられないのだろう。
そこまで考えたところで、玄関の呼び鈴が鳴った。
話は一旦中断し、俺は相手を確認してげんなりした顔で出迎える。
「母さん」
「しっぽりしてるところすまないね。孫は仕込んだか?」
会って早々の下ネタをぶち込んでくる変態が警官だなんて、世も末だろう。
「そういう関係じゃない。あの娘は一時的に居候させている訳ありなんだ」
「訳ありだと?」
「だから、浮ついた関係じゃない」
「ふむ。まるで私と旦那が浮ついてるような言い方だな。いいか、私たちは健全だぞ」
アブノーマルなことしながら電話に出てる時点で不健全だよ。
そんな事して産まれてくる子供は業が深過ぎるだろう。産まれた経緯を絶対に言わないでほしい。
「私たちの事はいいんだよ! 早く相手の女を確認させなさい!」
「ま、待った!」
「公務執行妨害で逮捕するぞ」
「横暴だ」
職権乱用も甚だしい。これが警察官のやる事か!
ドタドタと勝手知ったる我が家の如く、母さんはリビングへ一直線に向かう。
バンッと開けた先、洲崎早紀がビクッと肩を震わせてこちらを見やる。
ダサいジャージじゃなくて助かったかもしれない。
「息子よ」
母さんが俺にゆっくりと振り向く。
「可愛い娘を見つけたな」
親指を立てられても、そんな関係じゃないのでなんとも言えない。呆れるだけだ。
「あの、赤崎くん。この人は……?」
「ん?私も赤崎だ。コイツの母親の玲奈だ。今は警官やってる。よろしく、義娘」
「赤崎くんのお母さんですか。えっと、私は洲崎早紀です。赤崎くんとは同級生で今は相談相手となってくれて、今はちょっとした事情で居候させてもらってます」
「洲崎?」
母さんが怪訝な顔を浮かべる。
「洲崎……もしかして、洲崎早苗と関係あったりするのか?」
「母をご存知なのですか?」
「高校と大学が同じだったからね。彼女とは何度か話したことがある程度の浅い付き合いだ。そうか、君があの宮森優紀をぶち壊した人間の娘か。大和、悪いことは言わないから手を出すのはやめておけ」
「母さん、それは本人を前にして言う事じゃないと思うんだけど……」
「赤崎くん、いいんです。事実だから」
えっ、いいの?
「私のお母さんは宮森優紀って男性を愛しています」
「本気でそう思っているのか?」
「本気です」
「プッ……アハハハ――――」
何がおかしいのか、母さんはとんでもない大声で笑い始めた。嘲るように、蔑むように人の神経を逆撫でするような笑い方だ。
「何がおかしいんですか?」
不機嫌になった洲崎早紀はムッとした顔で訊ねる。
「何も知らないでいると、こうも道化に育つとは思わなかったよ」
「どういう意味ですか?」
「結果だけを言うなら、洲崎早苗は脅されて無理やり関係を強要され、宮森優紀を失ったショックでおかしくなった憐れな女だ。それはあくまで結果だけの話だ」
「実際は違うとでも?」
「アイツは快楽に溺れた最低な女だ。嫌ならさっさと打ち明ければ良かったことなのに、それをせずに浮気相手に溺れた。スリルがあったんだろうな、デート中とかに陰でコソコソと致したり、本人が近くにいるのにするとか……アイツの涙には最初は同情したんだが、後になってヤツの所業を知った時は吐き気がしたよ。もし、宮森優紀が生きてたら托卵していたかもしれないな」
事情を知る他人からしてみれば、この反応となるのは当然のことだ。母さんは良くも悪くも厳しい人だし、それに前世の俺と早苗の関係を知っているから、余計に腹立たしいのだろう。
「言い過ぎだ、母さん。この娘に責任はない」
「事実を言ったまでだ。大和、お前もあの証拠ビデオを見れば解るよ。あの女がいかにクズだったかね」
「なんなんですか、証拠ビデオって!」
「洲崎早苗と沢渡誠也の愛の記録とでも言うか。あんな変態的な事までしておいて、宮森優紀が好きだったとか愛していたとかどの口が言えるんだろうな。なあ、ビッチの娘さん?具体的にどんな事したか教えてやろう。息子よ、聞きたくなければ耳塞いでおけ」
ま、マジかよ。
この変態警官、早苗と先輩のプレイ内容を全部語りやがった。当然、寝取られビデオで語っていた内容も含まれることから、洲崎早紀に語った内容はあまりにも生々しくて彼女の母親へ抱いていた想いを粉々に壊すものだった。
「そんな、お母さんは……だって……うっ……!」
激しく取り乱した洲崎早紀は突然口に手を当て、トイレへ一目散に駆け込んだ。
何度も何かを吐いてる物凄い声が聞こえ、俺も気分が悪くなる。
「母さん、どうしてあんな事を言うんだ?」
「事実を言ったまでだ。道化のまま生きてあの女の二の舞になるのだけは避けてもらいたいところだ」
「洲崎さんは洲崎さんのお母さんとは違う人だ」
「誰がそうやって判断する? 子は子で親は親、だなんて通すのは世の中難しいことだ。子供には確かに罪はないかもしれないが、どれだけ足掻いたところで親の罪は子供が背負って生きなきゃいけない。今のうちに全て知って受け入れさせておいた方が身の為だ」
「母さんのは善意に見せかけた悪意の塊だよ」
「言うようになったじゃない。でも、私より息子の方が悪意の塊だと思うな。誰に対しても優しいのは美徳だが、それは誰に対しても無関心であることの裏打ちだ。少しは本気で怒ったり、自分のために感情を吐き出せ。他人のためばっかり吐き出すな。でないと、いつかぶっ壊れるぞ」
なんで俺が説教されなくてはいけないのだ。
他人に対して優しくして何が悪いというのだろう。他人を信用も信頼も出来ないからといって嫌われるよりかは、まだ好意的に接してくれた方が気楽であることは間違いない。わざわざ相手を不快にさせてまで人付き合いするのなんてよくないだろう。
「俺のことはいいけど、洲崎さんをどうするつもり?あの娘は母親の身に起きた事、実の父親からも話を聞いて母親に寄り添うか否を考えていたところなんだぞ」
「どうなろうと知ったことではない。私はあの女……洲崎早苗が嫌いだ」
「だからって子供に当たるなよ」
「それは解っているが、あの顔を見ると早苗を思い出して嫌になる。次に一緒にいたら殴るからな」
なんて理不尽な人なのだろう。親の好き嫌いで交友関係を制限されたら一溜りもない。
「殴りたければ殴ればいい。でも、俺は洲崎さんに頼まれたことを解決するまでは彼女と一緒にいるつもりだ。一度関わると決めたんだから、最後までやり通すよ」
「よく言うじゃないか。怖じ気づくのが今までのお前だったのに、反抗してくるなんて成長したじゃないか。励めよ、息子よ。男ならそのまま最後までしてしまえ。そして、私に孫を見せておくれ」
「誰がするか!」
様子を見に来ただけだった母さんは高笑いしながら早々に家を出ていき、俺はそれを笑みを取り繕って見送った。
それからしばらくした頃。
トイレからゲッソリと青褪めた顔で洲崎早紀が出てきた。
俺は介抱してあげながら、ソファーへ座らせて様子を窺う。
「大丈夫か?」
「心配しなくていい。ちょっとショックを受けただけだから」
「全然大丈夫には見えないが……」
「大丈夫だから!同情も何もいらない。最低だよ、私は。なんであんなヤツに寄り添いたいとか言ったんだ!気持ち悪くて吐き気がする!」
「おぉう!?」
頼むから、トイレに行ってから吐いてほしい。
「赤崎くんは全部知ってたんでしょう?なんで教えてくれなかったの?私の道化っぷりを見て嘲笑ってたの?」
「嘲笑うとか言われても、俺は君が知りたいから教えただけだ。別に同情するつもりもなければ、嘲笑ってたりなんてしない。勝手な被害妄想をするな」
「だったら、なんで教えてくれなかったのっ?」
「過程を知れば、母親に寄り添いたいなんて思わなくなるかもしれなかった。だから、言わなかった」
「気を使わないでよ!私に全部教えてよ!そして、どうしたいのかの判断を私に任せてよ!全部知らないと意味がないんだから!」
「それで全部知って母親を軽蔑したりするのか?」
「それは私が決めることだから。どんなに辛くても、後悔しても私が決めないといけないの。誰かに左右されてはいけないの!」
いくらなんでも、それは難しいだろう。
母さんのように悪意を持った説明をする奴もいるし、早苗や先輩のように自分に都合よく話す輩もいる。完全に客観的に話せる奴はいない。メディアなんかでも、受け手にこんな感じで伝わってほしいと報じるのだから、事実を事実として伝えるには客観的かつ冷静に伝えれる人間なんていないだろう。
「わかったわかった。とりあえず、改めて洲崎さんは母親とどうしたいんだ?」
「わかんないよ。どんな形であっても、たった一人で私を育ててくれた大切で自慢なお母さんなんだよ。見捨てたくても見捨てられないよ!」
世の中にはその恩を忘れて仇で返すような子供なんて、そこらへんにいるだろう。義理堅いというか何というか。子供にとって親はある意味で特別なのだろう。前世の俺には、血のつながらない姉さんしかいなかったら、親が特別であることの感覚が解らない。
いつか姉さんのことを何とかしないといけないのに、俺には関わることは出来ない。早苗に関しては、よくわからない。
あれだ、前世の俺や早苗、姉さんの関係性を一言で表すなら全年齢向け純愛系のラブコメだったな。で、それがいきなり18禁の寝取られ系エロゲーになったみたいな感じ。提供はアト★エさくらといったところか。
ドギツイものを見せられたこちらとしては、ただひたすら気持ち悪くて関わるのが嫌だ。しかし、そうも言ってられない。
「私はどうすればいいのかな」
「仲直りしたいなら仲直りする。軽蔑するなら軽蔑する。寄り添いたいなら寄り添う。ただそれだけの話だろう。母親の気持ち次第な面もあるけど、先ずは自分から行動してみないと相手を動かすことは出来ない」
「そ……だよね。厳しいことを言うんだね」
「優しい言葉をかけられるだけなら人生楽だろうな。そういうヤツに限って最悪な事をするんだ」
「重みのある言葉だね。もしかして実体験でもあるの?」
前世の俺がな。
「結局は自分のことだ。他人に判断を委ねられたくなかったら、自分で決めるしかない。全部知って自分で決めたいって言ったんだから、ちゃんと最後までやり遂げろよ」
「……うん、わかった」
決心したといった様相で、しっかりと頷いた洲崎早紀は俺にお願いする。
「赤崎くん、1つお願いしてもいい?」
「なんだ?」
「あのね―――」
一拍置いて娘は言う。
「助けて」
それはあまりにも残酷な仕打ちをしでかそうとしていた。
自分はこの小説を書くにあたり、You Tubeなどで浮気とか不倫とか寝取られの話を何度も閲覧しました。寝取られ同人誌は鬱になるので読んだり読まなかったりですが、寝取られってやる方もやられる方も皆不幸になるんですよね。
総じて言えることは、余程のことでない限り浮気や不倫はやめましょう。壊れてからでは遅いです。




