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半分の満月  作者: 織田 智
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第十八話

 大学の講義も十二月にもなるといよいよ大詰めになる。学務課が二十五日に閉まるのでそれまでに課程を終わらせねばならい。必然的に学生である久嗣も勉強を詰め込む日が続いた。

 深夜過ぎまで勉強をした後、朝早く課題に取り組む。そしてまた深夜まで勉強という連続が年末までの彼の毎日だった。


 そんな生活が暫く続いた後、学務課が閉まる一日前に久嗣たちは年内の学業を無事収めることができた。大学生活一年目の年末が無事に迎えられそうということで、学友の田原と以前にも行った豆大福の茶店に立ち寄る。


「今日こそ君が奢ってくれるのか?」

「まだその話をしてるのか? 君も根に持つ性格だな。あの時は(おれ)も自分の焦燥感が抑えきれなくて思わず店を飛び出してしまったから、悪かったよ」

「――その話だが、最近その焦燥感とやらが分かるようになってきたよ。君が言っていたように見ているだけで満足なのだと思う」

「ははーん。書生先でお世話になってるあのお嬢様だろう」

「まあな。だが相思相愛の許婚がいるんだ、僕が入る隙などありはしないよ。それにお相手は華族様な上に誰もが文句の付けようのない程の完璧な紳士ときた。せめてあの人が嫌な人ならもっと悪態も付けたのに、それさえできない」

「そらぁ、諦めるしかねぇな」

「分かってるさ。だから君の言う見ているだけでいいという気持ちが分かったと言ったんだ。尤も君の方はもう見ているだけというわけではなさそうだけどね」


 「へへっ」といってはみるものの、自分だけがかほりと上手くいっていることを手放しで喜べず久嗣を見る。すると「そうだ」と何かを提案してきた。

 

「今からそのかほりさんの文具屋に(おれ)と行かないかい?」

「君たちの仲睦まじい姿を見せびらかすのかい? 冗談じゃないよ」

「違うさ。そんなに悲観的になるな。彼女の店でクリスマスに送るカードが売られているんだ。だからそのお嬢さんに送ってやればいいだろう。銀座で売っているような豪華なものではないけれど、彼女にそれを送ることが罪だというわけでもあるまいよ」

「なるほどな、わかったよ。ついでに君たちが仲良くやっている姿も見せてもらうよ」


 そうして豆大福をついに奢ってもらえた久嗣は、友の提案に乗ってカードを求め店を後にした。今まで大学の勉強を詰め込みすぎて世間を見る余裕がなかったが、言われてみれば辺り一面クリスマスの盛り上がりを見せていた。ひと昔前から流行して、今ではすっかり馴染みの年中行事となったが、如何せん田舎から出てきた久嗣はまだその文化に浸りきれていなかった。なので西洋の文化という浪漫あふれる解にたどり着けたのは田原の功績だ。

 

 「こんにちは」と田村文具店の戸を開けると、冷たい風が吹き抜ける大通りとは打って変わって、暖かな空気が顔に当たる。肩を縮めて入ってきた二人は、その力を緩めて店の隅に置かれた火鉢から流れる熱を満喫する。

 久嗣が目当てのカードを棚から探している間に、田原は別の目当てのものに的を絞って話しかけている。それに対してかほりも嬉しそうな顔で笑っているのが目に入った。

 

「それでは僕はこれを買って先に帰らせてもらうよ。お二人ともよいクリスマスと、よいお年を」


 そう言って代金を払おうとした彼にかほりが「ここは私から贈り物をさせてください」と申し出があった。


 「斎藤さまのお陰で私たちがこんなにもお近づきになれたんですもの。何かお返しをしないと罰があたってしまいます」と恥ずかしそうな声で言うのを聞くと、彼も懐から出かけていた財布を戻して「ありがとう」と言った。


 そして夜、床に就く前に、本やノートの間から例のカードを抜き出して机の上に置いた。


 通常の紙よりも随分と分厚いそれは全体が赤い紙で、真ん中に花の絵が散りばめられている。赤い大きな花びらに緑の葉っぱ。日本人には馴染みのない植物だ。そしてメリークリスマスの文字が英語で書かれている。

 これがなんとも小洒落た雰囲気を出す重要な立役者になっていることは言わずもがな伝わる。

 しかし一方で、年賀状とも違うそのカードには何と書いていいものなのか、馴染みが無い分相当に迷った。

 

 「来年のクリスマスもお祝いしましょう」とも言えるはずもなく、結果「よいクリスマスと、お正月を過ごしましょう」と書くことにした。詰まるところ、年賀状と書いていることはさして変わらない気がしたが、それでも彼は満足だった。

 問題はこれをどうやって彼女に渡すかだ。特別用もないのにカードだけを渡しに部屋に行くわけにもいかない。

 うーん、と悩みながら頬杖をついていると、ふと夜にも関わらず外の光が雲の間から射していることに気づいた。

 

 外はすっかりと雪に覆われて、その雪に月の光が反射して、今まで見たことのないような明るさになっていた。満月は少しずつ削られ、あと二週間もしないうちにすっかり消えて無くなる。

 その明かりをよく見ようと中庭の方まで足を運ぶ。屋敷に囲われてた小さな庭からでもその柔らかな光を見ることが出来た。冷えた廊下に仰向けになって寝そべると、空に輝いた青白い光をぼうっと眺めた。息をひとつする度に白いものがふわりと漂い、程なくして空気に溶けていく。

 空を仰げば想うのは月子のことだった。静かに目を閉じてやがて訪れる別れを想像する。胸がきりきりと痛み、息をすることさえ苦痛に思えるほど悲しいが、彼にできることなど何もないのだ。

 彼女を支えることも、秋宮家を納得させるだけの力も何もない。学生の身分の久嗣にはあまりにも時間が足らなさ過ぎた。

 それに自分が何か出来たところで、和人との未来しか見えていない陽子の幸せを壊す権利など彼にありはしない。


「月子様……」


 ぽつりとこぼした自分の声を無かったことにするために、ひとつ咳ばらいをする。「僕はなにを言ってるんだ……」と独りごちって、すっかり冷えた体を温めるために部屋に戻って行く。

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