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中枢6。


「はああユキヒちゃんおかえり!呑む?それとも寝る?ボクも今夜はこっちにお泊りするからねっ温めてあげ…うぐぅ」

「喧しい。さっさと帰って寝ろ」

「むぐう…ボクのキュートなほっぺちゃんがあぁ」


のんびり湯に浸かって戻った雪妃は、出る前とさして変わらない三人の様子に苦笑を浮かべた。

手招きされて守ノ内の隣へと腰を下ろし、随分と減っている一升瓶を見遣った。


「いい呑みっぷりだね、みなさま」

「本当にね。私は下戸なんで、ひと舐めしたらもう良い気分になっちゃいますよ」

「そうなんだ?あれ、祐はアレとしてもっちももう呑める歳なんだ」

「アレとは何だ、アレとは」

「ふっふーん!ボクはこうもキュートな天使ちゃんだけど、祐よりも年上だからねえ」

「はええ、意外な事実」


氷の浮かんだグラスを渡されて、雪妃はよく冷えた水を喉に流し込んだ。酒飲みな中年であったがこの姿だとどうなんだろう、と少しソワソワしてしまう。


「お嬢さんは16でしたかね、勧めないでくださいよ」

「うん…やっぱり二十歳から解禁なの?」

「酒煙草は18からですね、国によって違うんでしたかね」

「ほほう…あと二年か。楽しみでごわす」


口寂しいので今度こそ茶を淹れに立つと、一応人数分の湯呑みを取り出した。


「ユキヒちゃん16かああ。わっかいなあ。そんで実はいくつなの?」

「うぐ…君、ぶっ込んでくるね」

「年増が可哀想だろ、聞いてやるな」

「ホッホ、祐ちゃん?頭からお茶を注いで差し上げましょうか」

「よせ。気色悪い」

「まあまあ。それよりそろそろお開きですよ、お嬢さんと憩いの時間を過ごすんですから」

「やあだああ!勝永だけ狡いぃ」

「喧しいな。帰るぞ」


湯呑みを飲み干すと、真田は望月の首根っこを捕まえて立ち上がった。

甲高くも喚く声が遠くなっていく様を玄関から苦笑で見送って、さてと守ノ内は片付けに勤しむ雪妃を振り返った。


「ありがとうお嬢さん、適当で良いですからね」

「うん、朝お掃除の人が来るんだっけ?いいご身分だよねえ」

「ええ、任せきりで。助かります」


流しへとグラス類を浸けておいて、雪妃はちゃぶ台を折り畳み端へと寄せる守ノ内の背をちらと見た。

格子の衝立の向こうにいつの間にか敷かれていた布団で共に寝るのかと思うと、変な緊張が走った。


「私もお風呂いってきますね、ゆっくりしててください」

「はは、いってらっしゃいませ」


立ったままで湯呑みを啜って、奥の扉の洗面所で歯磨きをする。鏡に映るのはまだ幼さを残す、神に幾度も感謝を述べた艶々の姿だ。周りが美の化身ばかりなので感覚も麻痺してしまいそうだが、それなりに可愛らしい顔をしていると思う。

自分がこれくらいの時はどんな感じだったかな、と思って頭を振って口を濯いだ。


(今は、これがわたしなんだ…)


布団へとぽてりと寝転がって雪妃は目を閉じた。

無難に生きて無難に過ぎていった青春時代を新たに謳歌したいとは思うが、やはり手放しで喜んでばかりはいられない。同じ年頃のシスターと接していても実感したが、自分はやはり三十代後半の年老いたひとりの女なのだ。


(やだな、卑屈にはならないようにしないと)


白いフカフカの布団に埋もれると、知らない匂いがした。きっと毎日洗い晒しの綺麗なシーツに取り替えられているのだろう。

この体は寝入りも目覚めも頗る良かった。

若い頃っていつもそうだったかな、と思いながら雪妃はうとうとと夢の世界へと旅立っていった。



***



明るい日差しが障子越しに差し込んでいた。

ぱちりと目覚めた雪妃は寝返りを打って、朝のお務め…と寝衣を脱ごうとしてはたと手を止めた。

時々寝相の悪いジェラと一緒にベッドに入っていたが、隣の温もりは縦長でより、温かかった。


(そうだ、中枢に…)


スヤスヤと眠る守ノ内の空色の髪に触れると、さらりと指を溢れ落ちた。

美神の彫刻より整っていると驚いて見たものだが、生に満ちた温かな存在だった。

寝ているうちに着替えてしまおうとコソコソと布団を抜け出そうとすると、不意に腕を掴まれ引き戻された。


「おはよう、お嬢さん」

「うおう…おはよう、ございます」

「今日は良いお天気ですね」


腰元に巻きつき埋もれてくる空色の頭をペシペシと叩いて、それでも引かない守ノ内へと諦めて、明るい窓辺の方へと視線を遣った。小鳥の囀りも僅かに聞こえてくる。


「朝食が来るまでもう少し、このまま」

「いえいえ、運んでくれる人も困っちゃうでしょ、このままだと」

「構いませんよ、婚約者なんですし」

「いえいえ、起きて起きて」


くすりと笑った守ノ内は今朝も眩しい。

渋面の雪妃はノソノソと起き上がる守ノ内が空けた布団を三つ折りにして、端に寄せてやれやれと息を吐いた。不埒な気持ちにさせるものは、早めに片付けておいて損はない。


「お嬢さん、今日はこれにしましょう」


放置されたままの箱から一枚取り出して、守ノ内はにこりと掲げてみせた。

リボンタイのついたラベンダー色のふわりとしたワンピース。やはり清楚なのがお好みなようである。

衝立の向こうでササと着替えていると、守ノ内が玄関から迎え入れる配膳役の女たちとばちりと目が合った。


「おはようございます、お嬢様」

「雪妃です、おはようございます」


ペコリとお辞儀をするので合わせてお辞儀を返した。妙齢のどこか艶めかしいお姉様方だった。


「後はこちらでやりますので、お構いなく」

「畏まりました」


名残惜しげに離れていくエプロン姿たち。昨晩は騒がしい中で配膳してもらっていたので気が付かなかったが、まるで旅館にでも来たみたいだなあと雪妃はぼんやりと見送った。


「しっかり食べて、試験ですね」

「そうだ、難しいのじゃないといいなあ」

「心配には及びませんよ、何とかなります」


白米に味噌汁に魚の干物、よく見知った朝食は不思議とテンションも上がるものである。

有難くももりもりと完食して、爽やかな風も吹く城郭の外へと出た。

上官邸のある北側の門を抜けて、機体居並ぶ滑走路の近く、軍施設の方へと砂地を行った。



***



広い一室に押し込められて、雪妃は試験用紙と睨めっこしていた。

企業の会議室のような場所である。城郭と違ってこちらはごく普通の、言わば見慣れた風景の建物だった。

呆気にとられていたのは、その試験の内容だった。


(AさんBさんCさんは葡萄が好きです。葡萄は3房あります。あなたは幾つ食べますか…?なんじゃこりゃ)


借りた筆記用具の消しゴムを転がしながら、雪妃はううむと唸った。想像していたものより愛らしいイラストのついた謎の問題集だった。


(好きならみんなで食べればいいよね…)


みんなに譲ります、と記して雪妃は苦笑を浮かべた。こんな調子の問題が少々、計算問題も電卓が手渡されていたので拍子抜けする程だった。


(頭悪そうだから、簡単なの渡されてるのかも)


氾濫した川で誰を助けますか?というどこかで見たような問題にも無難に答えておいて鉛筆を置き、前方のお姉さんへと答案を渡した。

そのまま隣室で体育着のような服装へと着替えさせられて、身長体重を測られた後に丸く開かれた外の広間へと連れられた。


(こっちも握力とかそういうやつかな…)


ちらほらと同じ服を着せられた男女が集まっていて、何となく輪の中に入りながら雪妃は気楽にもゴムのような弾力のある床に座り込んだ。


「まあ、あなたも?良かった同じくらいの子が居て」


黒い艶髪を後ろでひとつに括った、やたらと豊かな胸元を持つ女だった。安堵したような顔は愛嬌があり優しげだった。


「私、毎回こっちで落とされちゃって。総務志望なのにハードル高いのよ」

「ははあ…立派なモノをお持ちで」


羨ましくも揺れる膨らみを見上げて、雪妃は真春だと名乗ったその手と握手をした。


「雪妃ちゃんも事務員志望なの?」

「わたしは、何だろ?成り行きで…」

「成り行き?まあ、入れたら将来も安泰だものね、一緒に働けるようお互い頑張ろう」


にこりと笑う顔は柔らかい。

こんな所で癒しの可愛い子に出会えたのは幸いだった。胸元に埋もれたい衝動を抑えながら、雪妃は呼びかける白服の方へと足を向けた。


「陛下も別室でご覧になっている。不正のないよう…」


説明してくれている話も聞き流してしまうのは雪妃の悪い癖である。良い天気で朝の日差しは心地良い。貸し出されたシューズをこつりと爪先で蹴られて、雪妃は怪訝と横を見た。


「話を聞けよ、偽シスター」

「おお、少年よ。君も事務員になるのかい」

「阿保か。オレは監督兼体の良い見本係だよ」

「ほほう、見本ね。さぞかし素晴らしいお見本なんでしょうなあ」

「煩えなあ相変わらず。ボサッとしてると蹴落としてやるからな」

「ホホ…今不正がどうのって言ってたのに、軍曹さまがそれやるの?悪い子だなあ」


舌打ちし、アイスブルーの双眸は面倒そうに逸らされた。軍曹が平均的な記録で、それを大きく下回らないように、とのお達しらしい。


「少年もギャフンと言わせてやりたい野郎選手権の上位者なんだからね。負けないですわよ」

「は?まだ沸いてんのか」

「ふふん。可愛らしく泣いたら許して進ぜよう」


胸を反らす雪妃に苦い顔を残してパキラは離れていった。いい目標ができた、とまずは短距離走らしいので皆と同じラインに並んだ。


(鈍臭い方だったけど、こっちの体は伸び伸び動くもんね。どれくらい動けるのか楽しみだなあ)


ぐっと構えると、合図と共に弾力のある地面を蹴った。風のように、風に乗って走り抜けるのは爽快だった。

余力を残し後続を置いてゴールラインを踏み越える雪妃は高らかに笑いながら、続いて走り抜けるパキラへとニンマリした。


「オホホ…先ずは一勝ざます」

「クソ…鈍臭い顔しといて」

「失礼ね、前は可愛いって愛を囁いてくれたのに」

「囁いてねえわ、ふざけんな」


気を良くした雪妃はその後もハードル走、幅跳び、垂直跳び、砲丸投げと著しい記録を残していった。


「ふふ。お嬢さん楽しそうだな」

「やっぱり猿だな、だが女なのが惜しい」

「やだな、祐の隊に取らないでくださいよ。私のです」

「喧しい。隊に女は要らん」

「私とお嬢さんの二人部隊とかどうですかね。小回りもきいて良いと思うんですが」

「よせ。尻拭いは俺なんだぞ、妙な心労を増やすな」


観覧席で足を組み眺めていた真田はげんなりと厳めしい顔を歪めた。


「まあ、あんだけ動けりゃ従軍も問題ないだろ。おまえとあれのストッパーを組み込まないとだがな」

「おや、大丈夫ですよ。上手い事やりますから」

「その上手い事が嫌なんだよ。俺も毎度はついて行けないからな」


訓練所のトラック五周の持久走も晴れやかな顔で駆け抜ける雪妃を見る目も渋くなる。

呑気にもパチパチと拍手する守ノ内の肩を小突いて、真田は鷹揚に立ち上がった。


「編成の相談しとくか。皆陛下とご一緒か」

「気が早いですね。いってらっしゃい」

「馬鹿野郎、おまえも行くんだよ」

「お嬢さんの勇姿を見届けたら行きますよ」

「もう十分だろ、早くしろ」

「録画とかしてませんかね、欲しいな」

「喧しい。行くぞ」


訓練所の悔しそうなパキラの顔を上から見遣って、真田は唇の端を持ち上げた。

何でも平均的で悩む面を持っていたが、そんなものだと諦めていた軍曹も、これでまた火がつく。良い刺激になったな、と楽しげに肩を揺らした。

照りつける日差しは強い。

名残惜しげに席を立つ守ノ内を背に、真田は足早に本丸方面へと向かった。



***



「もういいよ…どうせ勝てないし」

「そうだね、今回は諦めてまた次回に懸けるよ」


ジャングルでも想定しているのか、緑の生い茂る区画で赤組は消沈していた。

最後の実技試験は、六人ずつ赤白分かれて各人腰に下げたリボンを奪い合いその本数を競うというものだった。

前半戦の15分、あっという間に四本取られてしまい残りの5分は息を潜められ、何もできないまま今は休憩兼作戦タイムである。

相手側には現役軍人のパキラが居るので流石に鮮やかなお手並みだった。


「そう言わず、悔しいじゃない。軍曹くんのだけは三本分になるんだし、あやつのを集中的に狙うとかどう?」

「あの人のは取れないし、取れても勝てないし…」

「本数では勝てなくてもさ、あやつのリボンを奪った事が評価されたりとか…ないの?」

「さあ…?君はもう他の記録で採用確定だろうし、無理しなくても良いよ」


沈む空気にむむむと雪妃は唸った。

こちらに残ったのは自分と、小柄なピウスのリボンのみ、奪ったのは俊敏な蒼念が手にする一本だけである。


「また次挑戦するだけだよ。陛下もご覧らしいから試合放棄はしないけど、残りは適当にやるよ」

「ええ…?諦めんなよお、向こうも余裕こいて隙だらけかもよ?」

「そもそも事務職希望だし、こういうのはね…」

「今回はパキラ軍曹があちらに居るのもツイてなかったのよ、運がなかったのね」

「ううう…」


一番暗い顔をするナントスの気弱そうな姿に言葉が見つからなかった。

後半戦を告げる声が響く。

元来負けず嫌いな雪妃は、木の上を誇らしげにリボン靡かせ跳ねるパキラを恨めしく見遣った。

あちらは手こずりそうな雪妃は無視して他を確実に落とす作戦らしい。誰とも接触しなかった。


「難しい作戦とか分からないし、もうあれだ。わたしが囮になる作戦!みんなここに居て」

「えええ?」


雪妃はそう告げて、よっと木に登った。パキラは下方に何やら合図を送る。茂みに隠れてやり過ごそうとでもいうのか。


「少年よ、狡いですわよ」

「煩え、そういう作戦なんだよ」

「おのれえ、リボン寄越せえ」


木から木に移っていくパキラを追いながら雪妃は必死に手を伸ばした。


「あとはおまえのを取って終いだ」

「へ?無視無視大作戦じゃないの?」

「前半はな。後半は集中攻撃だよ」


トンと地に降りるパキラがニカリとして、雪妃はしまったと降りながら顔を歪めた。


「待って待って、もっかい登るから」

「ふふん、地面なら囲まれて流石に無理だろ」

「ぎゃー!やだやだ」


五方からの手に雪妃は飛びすさった。

消沈していた赤組とは違い、白組の面々は爛々とした目で追いかけてくる。

再び木の上を飛び、細かに指示を飛ばすパキラの声もあって五対の手は腰元を掠めていきそうだった。


「やだー!渡してなるものかあ」

「ハハ、足も重くなってんぞ。ご自慢の俊足はどうした」


華麗に身を翻し逆方向へと走り出す雪妃は、あんなにも彼らを離して走り抜けたのが嘘のようにギリギリの距離を保ち駆ける。

取れそうで取れない距離。

白組の目は雪妃の腰のリボンに釘付けだった。


「あ…待て、もしかしてこれ罠か」


きゃーきゃー言いながらも余裕のある雪妃の顔に、パキラはハッと先の茂みを見遣った。


「はあはあ、もうダメだあ~」

「マズい、取られるぞ。皆止まれ」


茂みへと辿り着き、膝に手を当て止まる雪妃に白組の手は迷わず伸びた。

ニンマリとする顔に、パキラは愕然として立ち止まった。


「えっへへえ。総員、突撃じゃあ」


ひらりと跳ぶ雪妃は木の上へと避難する。ズザザと草叢に倒れ込む白組の面々は、そこに控えていた赤組のごくりと息を飲むような顔は見れなかった。


「クソ、囮になってたのかよ」

「わっはは、纏めてどっかん作戦よ。どうだ少年よ」

「小賢しい真似しやがって。でもおまえのは取るぞ、腹立つから」

「うふふ。こっちこっち」


宙をかくパキラの細腕は長く伸びるようで、雪妃は楽しげに笑いながらリボンを靡かせた。


「オホホ、捕まえてダーリン」

「チ、煩えな。ぶん殴りてえ」


下方で赤組が白組のリボンを取り尽くしているのを認めて、雪妃は肩を掴んできたパキラにニンマリと笑った。


「殴らせろ、違う、リボン寄越せ」

「まあ酷い、泣いちゃう」


トンとパキラの胸元を借りて足場にし蹴りつけると、雪妃は皆が団子状態になっている茂みへと降り立った。


「真春ちゃん、真春ちゃん」

「えっ?何?何?」

「ラッキーアタック!やってしまええ」

「えええ?!」


追いかけ地に降り立つパキラはギョッとして、雪妃の前面へと押し出される真春の揺れる胸元に伸ばした手をめり込ませた。


「きゃあ!」

「うげ、悪い、わざとでは…」

「わお、役得だね少年よ」

「おまえ…!」

「ほらほら、真春ちゃんも」


両手を挙げて硬直するパキラの腰元を指差す雪妃に、紅潮した顔の真春はすみません、とそのリボンを抜き取った。


「いえーい!皆の衆、退散じゃあ」


嬉々として駆け出す雪妃に続いて、赤組は茂みの影へと消えていった。白組はぽかんとそれを見送るしかなかった。


「クソ…あんにゃろ」


手に残る柔らかな感触に、顰めた顔も赤く染まっていた。


「わはは、楽しかったねえ」

「凄い凄い!ひっくり返したね」

「まさかこんな…こんなに脚が震えたの、久々かも」

「甘く見てもらえて逆に良かったね、このまま時間まで逃げちゃおう」

「うんうん!」

「赤組の勝利だ!やったねえ」

「でも事務員にこれ、何の役に立つんだろね」

「さあ…?でも楽しかったし」

「そうそう。これで採用だったらもっと楽しいんだけどなああ」


追ってくる気配はなかったので足を止めて、雪妃は目を輝かせる面々と手を取り合った。ずっと押し黙っていたふくよかな金乃の顔も嬉しそうに緩んでいて、皆が高揚感に包まれていた。


「次は城内で会えると良いね」

「へへ、何かもう採用された気分だよ」

「分かるう。達成感がね」

「王さま見てるかな?おーい、王さまあ、赤組に清き一票を頼んますう」

「やだ、処刑されちゃうわよ、そんな口利いたら」

「あ、そうなんだ…じゃあ、お願い申し上げますう」


キャッキャと盛り上がる赤組と、悔しそうに地に沈む白組。

モニターに映る映像に、くっくと肩を震わせたのは守ノ内だった。


「お見事でしたね、お嬢さんは本当に面白いな」

「あの馬鹿、身の程も弁えず陛下に何て事を」


ギリと真田は奥歯を噛みしめる。

呑気にも白組の面々とも笑顔で握手を交わし、王さまあとカメラに向かって手を振る様に青筋すら浮かんでいた。


「この回答も何だ。ふざけてやがる」

「ふふ。皆に譲るし皆を助ける、ですか。お嬢さんらしいな」

「物理的に無理だろ、あの馬鹿どうやって三人まとめて氾濫から救い出すんだ」


辿々しい筆跡は来て半年という期間を顧みても目を瞑れるが、答えの数々はどうにも納得がいかなかった。


「あれが勝永の婚約者か、確かに面白い」

「…は。しかしながら少々癖が。これ以上の陛下への不敬もあってはと」

「ふふ。そうですね、でも祐も最初はやんちゃだったじゃありませんか」

「おい…ガキの頃の話だろ」


ちらと振り返るガラスの双眸に、真田は詰まりながら深く頭を下げた。


「しかし、記録係に置くのは勿体ないな。磨けば光る玉ですぜ、あれは」

「ふむ。錦之介は如何に見る」

「そうですなあ、刀でも振らせてみちゃどうですかい?勝永が見りゃ幾らでも伸びるだろうし」

「それは困ります。お嬢さんに危険な真似はさせられませんよ」

「ふむ。斥候にも向いてるかと見ておったが、あの派手な散らかし様では無理か」

「カッカ!ありゃあ目立って駄目ですぜ。陽動要員にゃ打って付けでしょうな」

「待ってくださいよ、危険なのはいけませんよ」


困ったように微笑む守ノ内に後藤の笑みも深まった。


「フレディの旦那は?あの跳ねっ返り嬢、面白いと思いますぜ」


後方の静かな塊へと気さくにも話を振る後藤に、真田は緊張を走らせる。

ブロンドの髪を波打たせた静かな闘気の塊。揃えられた口髭も豊かな美貌は、じろと後藤を見遣って目を伏せた。


「…私は、陛下の意のままに」

「ふむ。少し考えたい、卿らの意見も纏めおけ」

「御意に」


不動のブロンドを見据えたままで逡巡に入る光の君へと、真田は深々と頭を下げた。

中枢軍元帥フレディ・ガルシアは多くを語らない。その滲む覇気に脚も震えるような錯覚を覚えるのは真田だけではなかった。


「あれは面白いな。如何様にもなる」


小さく笑う光の君にもう、と守ノ内は苦笑を浮かべる。


「嫌ですよ、大事なお人なんです」

「分かっておる。卿を敵には回したくない」

「そうしてください。私も王様とは争いたくありませんからね」


元帥の鶯色をした双眸が向いて、守ノ内はにこりと首を傾げてみせる。先の戦争で軍神だの世界の鉄槌だのと畏怖され尊ばれた存在は、彫刻のように彫りの深い顔を俄かに震わせた。そして物言わぬ塊へと戻る。


「ま、軍属の従軍記録士で十分だと思いますがねえ。ああいう奔放なのは下手に仕事を与えるより、自由にさせるのが一番使えるかと」

「ふむ。ではそのように。管理は勝永に一任する」

「ええ、心得ました。お任せください」

「教育係も見えたな。互いに切磋琢磨出来て良いんじゃねえです?」

「うむ。良い拾い物をした」


モニターの向こうで啀み合う若いふたりに、光の君の頬も綻ぶようだった。

斯くして中枢軍総務部採用適正試験は幕を閉じた。澄み渡る五月晴れの午前の事であった。


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