第九話 「奈落の底で嗤う」
――固有スキル『略奪』を取得しました。
――称号【反逆の覚醒者】を獲得しました。
――以下、ステータスが更新されます。
「……」
機械的な女の声を聞き届けて、俺は目覚めた。
手に持っていた鉄剣はいつのまにか滑り落ち、手には体の大きさほどの黒鍵が握られていた。
目線だけで周囲を見渡す。
ふむ。
状況は芳しくない。
透明舌虫は俺の首を巻き取って今にも飲み込まんとしている。
真下からは相も変わらず炎蛇たちが体内生成される炎の塊を吐き出そうとしている。
カメレオンにやられ、のびていた鎧熊も目を覚ましつつあるようだ。
まあ、関係ない。
俺の邪魔をする奴は、全員ぶち殺す。
俺は体を曲げ、失った左腕の断面をカメレオンの舌に付着させ、唱えた。
「燃えろ」
カメレオンの腔内で構築させた魔法印から炎の球を爆発させる。
「ウギャッ!!」
舌に引火した炎はそのままの勢いで奴の体を燃やし、炎上した。
拘束が無くなった俺はすぐさま闘力をコントロールし、天井に張り付くとまず、下の魔物に向けて唱える。
「少し黙れ」
五指に魔法印構築。
五つの水の矢が砲撃準備していた炎蛇たちの口元に着弾する。
攻撃手段を失った炎蛇に出来ることはシャァァと鳴くことだけだ。
俺はそんな奴らを尻目に、天井の残りの敵の始末から始めた。
先ほどの炎上で驚いた個体は、どうやら何体か『透明化』のスキルを解いてしまったようだ。
逃げた奴もいたようだが、未だ逃げずに隠れ切れていると思い込んでいる馬鹿もいるらしい。
もう一度『透明化』をしているようだが、もう遅い。
「バレバレなんだよ」
俺は天井の土を駆け、消えかかったカメレオンの体を黒鍵で引き裂いた。
「探知」
消えるタイミングが少し早かった奴は、索敵魔法で識別して探知。
残存する敵は一匹たりとも逃がすつもりはない。
「死にさらせ」
頭に黒鍵を突き立て、開く。その隙間に屈んで左腕の断面を接触させると、魔法名を唱え脳天をぶちまけた。体液を噴き上げて死滅する。
後方から舌を伸ばしてきた奴は掴み、引きこんでから黒の大鍵で押しつぶし圧死させる。
天井にはもう奴らの気配を感じなくなった。逃げたのだろう。
「意気地なしの雑魚共が」
俺は黒鍵を空中に向ける。
すると、俺の目前の空間がぐにゃりと歪んだ。
「開錠」
俺は言いながら、鍵でモノを開けるように黒鍵を右に回した。
ガチャリ。
その音とともに、この宝具の固有スキル、俺の固有スキルが発動した。
「略奪!!」
叫ぶと、地面に落ちていた緑色の奴らの魔石が弾け、欠片が黒鍵に吸い込まれるように舞い上がった。黒鍵がそれらを飲み込むと、確かな力の上昇を俺は感じた。
――スキル『透明化C』を獲得しました。
――魔力、闘力が上昇しました。
――ステータスが更新されます。
機械的だが、透き通った綺麗な女の声を聞く。
この声は、いわゆる「お告げ」というものだ。
新たな力に目覚めた者に、この世界を創り、すべてを見渡すと言われている創造神が囁く。
俺たちはその言葉を耳にすることで、自分の能力を確認することができるというわけだ。
そして、これで確信に至ることができた。
宝具、黒鍵の悪魔の持つ固有スキル『略奪』は、対象を打倒し、開錠の動作を行うことで、対象の能力、魔力、闘力を奪うアビリティだ。
俺は入り込んでくる力に一種の酔いのような感覚を覚え、快楽の喜びが体中を巡っていくのを感じた。
「ふふふ、はははははは!」
俺はそのまま、落ちるように天井から足を離した。
落ちながら周囲を一瞬で見て把握する。
炎蛇たちは己の頭上で起こった現象に慌てふためいているようだ。
それでも逃げ出さないのは、前方の五体が動かないからであろう。
先ほど俺に炎の弾を打ち込もうとしていた五体だ。
他の個体よりも体長がでかく、ツノも大きい。
俺は特に大きな個体の頭に飛び降りると、ツノを左右逆方向に捻じ曲げた。
「UGYAAAAAAAAA!!!」
炎蛇にとって、骨のツノのように見えるそれは、触覚の役割を持つ器官である。
炎蛇は暴れ回り仲間を巻き込み周囲を蹴散らしていく。
振り落とされたらタダでは済まないだろうが、落とされなければ勝手に敵を殺してくれるイカレ野郎の完成というわけだ。
俺は黒鍵を奴の頭に突き刺し、それを奴が再生で肉を防ぐので手綱とした。
しばらくは円を描くように走り回っていた炎蛇の上位個体であったが、
雑魚野郎を踏みつぶし、火を吐きぶち殺していくと、段々と足取りが鈍くなった。おそらく、体内魔力と闘力が尽きたのだろう。
見渡せば周囲に敵はもう少ない。
絶命した奴だけでなく、巣へと逃げ帰った者もいるようだ。
では、数少ない勇者共に見せつけてやるとしよう。
「――ふっっ!」
俺は手綱としていた黒鍵を掴む右の手に魔力と闘力を注ぎ込んだ。
連撃流魔力混合初級技・フレイムVスライド。
炎の魔力が宿った剣が、炎蛇の頭を始点として右斜め上、左斜め下へと振り下ろされる。
鮮血が舞う。
――が、まだ浅い。
奴の再生能力は自動のようだ。
頭蓋から切り裂いたはずなのに、もう修復が始まっている。
首元を一閃してみる。
が、これも切り裂いたところからすぐに再生していく。
致命傷となる部分は特に再生力が強いのかもしれない。
「それならァァア!」
俺は黒鍵で奴の頭をもう一度突き刺した。
引いて、刺す。
それを繰り返す。
何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も。
「死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ねぇぇぇええええええええ!!!」
「GU……A……A……」
修復が間に合わなくなったと判断した俺は、黒鍵を首元に突き立ててから奴の頭に右の手を突っ込んだ。ずぶり、という音とともに、奴の脳みそを掴む。
そして唱える。
「脳天ぶち撒けろ!」
奴の頭蓋の内側に、炎魔法を撃ちこんだ。
どちゅっ、という奇妙な音が零れ、体液と血の混じった何かが周囲に散る。
瞬間、崩れるように奴の体が灰となり消滅した。
「開錠」
周囲の魔石が弾け、欠片となって舞う。
今回の数は多い。
黒鍵に吸い寄せられると、体の芯が熱くなるような感覚を覚えた。
――スキル『再生C』を獲得しました。
――スキル『再生C』は『再生C+』に成長しました。
――炎耐性Cを獲得しました。
――炎耐性Cは炎耐性C+に成長しました。
――魔力、闘力が上昇しました。
――魔力C++は魔力Bに成長しました。
――ステータスが更新されます。
よし。
五十近くは駆逐したからか、今回はかなりステータスが向上したようだ。
再生スキルはでかい。
俺の欠損していた左腕が回復を始めている。
スキル練度C+ということもあり、即修復というわけにはいかないが、それでも十分すぎるほどの利があった。
スキルや魔法の連発からか、魔力もBに成長した。
魔法やスキルの根本たる魔力が上がると、戦略の幅が広がる。
「一つ、試してみるか」
俺は後方の鎧熊を睨み、近づいた。
確認する間もなく、敵は一体であった。
魔物に性格があるかは知らないが、奴は一段とプライドが高いらしい。
涎を垂らし、顔を歪ませている。
あれだけの実力を見せつけても、俺のことを獲物とみているようだ。
揺るがないその意気や良し。
そのプライド、「へし折って」やる。
俺は地を駆ける。
前方に直進的なダッシュ。
闘力をかなり使用している。
風のように跳躍した俺に、奴は最大限の警戒をしく。
ここで、俺は趣向を凝らした。
「UUUUUU!?」
前方に駆けながら、俺は姿を消したのだ。
鎧を身に着けた熊は右往左往しながら俺の居場所を探っている。
「UGAAAAAAAAAAA!!!」
数秒たっても現れない俺にイラつきと恐怖を覚えたのか、奴は鋼鉄で覆った両腕を振り回した。ボコボコと迷宮の土にはクレーターのようなものが出来、岩は粉砕されていく。
しかし、どれだけ暴れ回ろうとも、腕を振り回そうとも、俺を見つけることはできない。
熊が目を血走らせ、肩で息をしているのを確認する。
俺は左腕が完全修復したのを見て、奴の真上から落ちる。
そう、直進したのは一種のブラフだ。
俺が忍んだ先は、天井であった。
「U!?」
俺は首を絞めるように足で奴の頭を固定した。
全身を鎧で包んでいる鎧熊であるが、鎧ですべてを守ることはできない。
動かすために関節部分はどうしても纏いきれないし、
周囲を見渡すために、首の部分も鎧で固定するわけにはいかない。
「せぇぇぇぇのっ!」
俺は両腕で頭を押さえ、百八十度に回した。
ゴキゴキと骨が折れる音が鈍く響く。
即離脱する。
熊は平衡感覚を失ったようにふらふらと足取り、最終的には膝をついた。
灰となり、爆散する。
ごとりと魔石が落ちた。
それを再び能力で回収する。
――闘力が上昇しました。
――闘力Bが闘力B+に成長しました。
さあ、次の獲物は――、
見やるが、ただただ無音が広がるばかりであった。
地獄は、いつの間にか消滅してしまったらしい。
「ふふ、はは――」
左腕は動く。
全身の痛みも、もう引いている。
力は、腹の底から沸き上がるようであった。
ついさっきまでは死を覚悟していた。
もう無理だと諦めていた。
けど、もう周囲の敵は全部殺した。
理不尽は奪いつくした。
俺は運命を捻じ曲げたのだ。
もう昔の自分には戻れない。
臆病者の弱い自分とは今日離別しよう。
俺は、俺のために生きる。
邪魔する奴は、全員倒す。
あらゆる手段を用いて、徹底的に。
俺が、幸せになるために。
「あはははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!!!」
少年は奈落の底で、悪魔のように嗤い続けた。
さぁ、ここからが本番だぜ。