第四話 「赤竜討伐戦」
「ノアくん! 手筈通りにいくわよ!」
「了解っ!」
集中し、イメージする。
形状は鋭く、細く、それでいて強く。
五指に魔力を集約させる。
竜相手では足りない魔力量は、物量と射出スピードで補わなければならない。
「水矢!!」
魔法名を叫び、詠唱は成立。
五指それぞれに魔法印を構築。
五つの指から放たれた水の矢が、赤き竜の右目に着弾する。
敵は、正確には赤竜、竜種の中でも属性持ちの上位個体である。
炎を主属性に持つ奴は、弱点属性である水属性の攻撃に弱い。
――が、手ごたえはない。
距離の所為もあるが、一重に威力不足。
俺の実力不足だ。
俺はすかさず右手を突き出し魔力を装填する。
A級冒険者の彼らに比べて魔力の低い俺が、魔法で貢献する方法。
それは発動までの時間短縮と、物量である。
俺は一度に五の魔法を起動することができる。
左手で放った後、右の手を使えば、ほぼラグはなくノータイムだ。
が、次点の魔法を準備するそのコンマ数秒の間に戦況は動いた。
「グォォォォオオオオオオオオオオオオオオ!?」
赤竜の左目が爆散したのだ。
左隣に立つレインを見る。彼女は「ふふん」と得意気に体よりも大きな杖を振ってみせた。
彼女の通り名は【魔女王】レイン。
炎、水、雷、土、風。
聖と闇、特殊魔法以外の主属五属性の上級魔法を操る。
冒険者の魔術師の中では間違いなく最強の女。
ゆえに、ついた二つ名は【魔女王】。
彼女の魔法は正確無比。下手な魔物なら一撃で殺せるほどの高威力。
さらに複数の属性を扱える彼女は、魔法を混ぜる。
「――ふっ」
彼女は再び体よりも大きな杖を振る。
杖の先端、魔石部分に巨大な魔法印が二つ出現する。
何らかの魔法で爆ぜた敵の左目。
そこに彼女は新たな魔法を放つ。
「嵐球+炎矢!」
嵐を内包した球体がかつて竜の目があった穴の部分に着弾したかと思うと、そこに炎の矢が刺さる。すると激しい勢いで炎上した。
竜種の中でも上位個体、青竜、黄竜、赤竜、緑竜、さらに上位の黒竜は再生能力を持つ。
外皮はもちろん、目玉も、内臓でさえも、一定時間後には再生する。
そんな化け物には対策が必要だ。
たとえばそう、傷口を焼き続けるような。
「グォォォォオオオオオオオ!!!」
竜の呻き声に手応えを感じたらしいレインは杖を構えなおす。
振り、さらに唱える。
先ほどとは異なる色の魔法印が現れる。
「雷刃×10」
杖の上部、魔石が輝くと、それから放たれた十もの雷撃の刃が赤竜を強襲した。
ブレード系魔法。
上級魔法にあたるそれは、高威力ではある。
しかし、本来それはコントロールの難しさも含め遠距離の攻撃には向いていない。
それを可能にするのが【魔女王】たる彼女の実力なのだ。
稲妻の刀は赤竜の右目に重なるように直撃。
右の目を破壊した彼女はすかさず先と同じ方法で炎上させる。
呻く竜の様子を見つつ、走る影が一つ。
我らがボス、カルマが切り込んだのだ。
闘力を足に集中させていたのだろう。走る、というよりも跳ね飛ぶといった様子で彼は赤竜に急接近した。
殺気を察知でもしたのか赤竜は強靭で巨大な爪でカルマを襲うが、もう遅い。
刹那の内に彼はするりとそれを避けると、
鱗を覆っていない足の付け根に、炎の軌跡を描いた無数の剣技を叩きこんだ。
「グァッ!?」
ガクンと体勢を崩した赤竜は鱗で覆われていない部分を隠すように地面に突っ伏した。
カルマとレインは、その隙を見逃さなかった。
カルマが獲物を狩る目を向け、
レインが大きな杖を振る。
「雷撃付与!」
属性付与魔法。
彼女がそれを唱えたことで、カルマの剣の柄部分で魔法印が青く光る。
カルマの剣には青の稲妻が纏われた。
奴の首元に近づいたカルマは剣を腰の鞘に入れ、瞳を閉じた。
カッと目を見開いた彼は剣を振りぬきながら叫ぶ。
「行くぜ!!! 連撃流魔力混合超級技・炎雷ノ五芒星!!」
超級剣技!?
と、俺が驚いたも束の間、カルマは技の動作に入っていた。
未だ上級技までしか習得していなかったはずの剣は、しかし綺麗な星を描いた。
超級剣技・五芒星。
五芒星を描くのは五つの剣の軌跡。
そして、その最後の一撃をもって――、
炎雷を纏った剣は赤竜の首を断った。
―――
「よし、終わったな」
「よし、じゃないですよ!! カルマさんいつの間に超級技なんて習得したんですか!?」
赤竜が首から血を撒き散らし、ぐたりと力を失ってから、俺は真っ先にカルマを詰問した。
カルマはときどきとんでもないことをやらかすことがある。
だから、これも俺たちのパーティでは日常茶飯事のことであった。
「ふはははは! 驚いただろ! ぶっつけ本番の割にはうまくいったな」
「ぶっつけ本番……」
超級技を?
世界でできる人は百人もいないほどの技を?
……やはりこの人は意味がわからない。
「いいか? 何度も言ってると思うがな、重要なのはイメージする力だ」
絶句する俺の顔を見て察したのか、カルマは諭すように語りだした。
「強い強い自分をイメージするんだ。誰よりも強い自分を。そうすれば、できない技も魔法もないんだよ」
「確かに魔法はイメージしてから魔力を注いで構築しますけど……でも、妄想だけじゃ剣は振れないですし、魔法だってできませんよ」
剣技の習得に必要なのは、血の滲むような修練だ。
型を何度も繰り返し、打ち込む。
そうやって技術と力をつけていく。
闘力の流れを掴んでいく。
魔法の習得に必要なのも修練だ。
イメージを固め、方向を定め射出する。
そうやって、何度も繰り返して慣らす。
魔力のコントロールを身に着けていく。
「ああ、もちろん修練は大前提だ。そうしなけりゃ、イメージもくそもないからな」
そう言うと、カルマは偉そうに腕を組んで続けた。
「自信があって、初めて確固たるイメージができるようになるってもんだ。ま、お前にも分かるときがくるさ」
俺は付き合ってられないと、隣のレインを見た。彼女もやれやれと首を振っている。
カルマが以前から話している「イメージする力」。
俺にはそれが理解できない。
そして、俺と似た考え方のレインも分かっていないようであった。
俺とレインがため息を吐き、肩を落としていると、モグリが語り掛けてきた。
「なあ、ちょっとおかしいべ。赤竜の死体がいつになっても消えないべ」
言われ、俺たちも気付く。
魔物は死体になった際、灰となって消え、魔石を落とす。
しかし現場には魔石はおろか死体が残ったままだ。
「確かにおかしいな。屍竜になるやもしれん。焼こう」
カルマが言って、手を赤竜の死骸に向けた、その時――、
「RRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRR!!!」
声ともいえない絶叫が迷宮に響いた。
首のない赤竜が立ち上がっていた。
強靭な爪が、頭上から振り下ろされる。
「総員! 俺の後ろに回るべ!!!」
咄嗟の判断。
モグリはカルマと赤竜の間に入った。カルマの近くにいた俺たちも後退する。
ギィィィィィイイイイン!!
竜爪と盾がぶつかる音が響く。
それは一つではない。
何度も何度も、モグリ一人を狙っているはずのそれは、衝撃波のおかげで俺たちの足元さえ揺らしていた。
「ぐっ!」
苦悶の表情を浮かべるモグリ。
不満なのは奴も同じなのか、GRRRと首から音を発しながら飛翔した。
「あいつ……なにやってるんだ……?」
思わず呟く。
魔法も、ましてや剣など届かないほど、天井付近まで飛び立った赤竜は、
その鋭く巨大な爪で、自らの足を捥ぎ始めたのだ。
滝のように血が落ちてきて、それを浴びる。視線を奴から離すことはできない。
赤竜はその足を、首の中にねじ込み始めた。
口はないが、首回りの筋肉が数度動きそれを飲み込む。
つまりは己の足を食ったのだ。
グチグチグチグチグチグチグチグチグチグチグチグチグチグチグチグチグチグチグチグチグチグチグチグチグチグチグチグチグチグチ。
奇怪な音を立てる。
奴の首からは、新たな頭部が生えていた。
「嘘、だろ?」
俺たちの動揺などつゆ知らず。
空中でくるりと回転した奴は、翼をはためかせ、
「GRAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!」
迷宮を飲み込まんほどの炎を吐き出した。
モグリの反応は早かった。
「全体防御!!」
防御系スキル、全体防御。
闘力と魔力が混ざった光の壁が、モグリの持つ盾を中心に生まれ、竜と俺たちを阻んだ。
モグリはトップレベルの盾役だ。
本来ならば全体防御を発動してから、味方に損傷を負わせることなんてない。
しかし敵はグランドダンジョン最前線のボス。
常識など通じるわけがなかった。
モグリは精一杯の力で押し返そうとするも、ジリジリと追い詰められる。
無数の罅が入っていく。
光の壁は霧散した。
ドガァァァアアアアアアアア! という音と、
体を吹き飛ばさんとするほどの衝撃、
圧倒的な力と熱が、俺たちを襲った。