第二十三話 「神位級」
目を閉じる。
暗く、深いところまで自分の意識を落としていく感覚。
ヒリヒリと空気が張り詰める。
二つの剣を構える。
一歩、
一歩。
前へと進む。
すぅっと息を吸い、目を開ける。
酸素が全身を巡り、心臓を脈打たせた。
「――――シッ!」
俺は地面を蹴り、『電光石火』で白蛇へと肉薄した。
奴に魔法は効果がない。
切り伏せたとしても、即死でなければ『再生』がネックとなってトドメまで至らないことは明白だ。
ゆえに、俺がやるべきことはただ一つ。
削りきることだ。
奴が『再生』できなくなるまで、切り刻み続けること。
それしか、方法はないのだ。
「うぉぉぉぉぉおおおおおおおおおお!!!」
奴との間合いは目と鼻の先。
俺は気合を乗せた斬撃を繰り出した。
狙うは白蛇の赤き眼球。
同じ『再生』スキルを持っているから分かる。
器官の回復には比較的時間が掛かるのだ。
内臓の箇所は不明だが、眼球ならそこにある。
加えて、視覚を奪うことができれば、
継続する攻撃も繋げやすい。
地面からスキルの影響で加速し、風を引き裂くがごとくの斬撃。
奴を防ぐものは何もなく、確実に反応の外だと踏んだが、
「――何ッ!?」
俺の斬撃は空を切った。
防がれたわけでも、受け流されたわけでもない。
避けられたというのも口足らずだ。
俺の剣だけが、奴の白の鱗に触れることなく空振った。
奴の左半身は、俺が切断するよりも前に、
数万個に分離し、四方八方に飛び散ったのだ。
俺は一度、黄金の床に着地し、奴を再び注視した。
白蛇の身体は半分が欠けている。しかしそれでも、生命としてそこに在った。
俺が処理しきれない情報を前に頭を回していると、
『スキル『分裂』――――』
奴は再び、口も開かずに言葉を紡ぎ出した。
『体を分裂させ、それぞれが個体として行動するスキルだ。
そうだな、半身ならば、66666体もの小さな私が相手をするとでも考えてもらえばいいかな』
半分の奴の言葉と同時、
俺の身体にいくつもの穴が開き、鮮血が舞った。
剣を振るも、防ぎきれなかったのだ。
うねうねと体をくねらせながら小さな白蛇の群は、
肌を突き破り俺の内側から食い荒らしていく。
肉も骨も関係ない。
奴らは俺を喰いつくさんと、体中を這い回る。
「ぐ、ぁ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――っ!!」
内臓が食い破られ、一瞬、意識を手放すほどの激痛が奔った。
強固な意志でそれを耐えるも、
脳は正常な働きをしなかった。
66666体の個体のみでなく、数百メートルもの巨躯を持つ奴さえも曇り掛かって見える。
どちらが右で、左なのか。
空中なのか、地面に立っているのかすら、俺には分からない。
ただ分かることは、このままでは駄目だということ。
このままでは、死んでしまうということ。
このままでは彼女と再会できないということ。
嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ!
スキル『再生』で欠損する場所を適宜回復しながら、
俺は剣を振るった。
66666体もの敵に向けて。
それだけが
俺が生き残る唯一の方法だったから。
「ァぁぁぁぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」
俺は剣を振り続けた。
―――
あれからどれだけの時間が経ったのだろうか。
小一時間経ったのは間違いない。
もしかしたら、もっとかもしれないが、
今の俺にそれを計測することはできないし、どうでもいい。
大切なことは、俺が生きているということだ。
無我夢中で剣を振り続けた結果、俺は66666体もの奴を切り伏せた。
奴の牙には『毒性付与』の効果もあり、
剣を振り続けるという行為は困難を極めたが、
内臓も骨も肉も、その全ては『再生』している。何の問題もない。
「はぁッ――――がはっ!? ……ううっ……ううぅ…………」
貫かれた感触と毒に体を浸食されていく感覚を思い出すように、
腹の中に入っていたものを吐き出した。
……いや、もう吐きすぎて、出るのは胃液だけだ。
俺は床に突き立てた剣を支えにして、空嘔吐きを繰り返した。
荒い呼吸を抑えながら、正面の奴を見る。
半分に削られた奴の身体は、
スキル『再生』によってすでに回復していた。
動き出さなければ。
先手を打ち続けなければ。
そうしなくては、奴には勝てない。
俺は初撃と同様、『電光石火』を使い、攪乱しようとしたが、
『おそい』
そのときにはすでに、俺の両足は足ではなくなっていた。
「――――っ!!」
石化され、足は黄金の地面に固定されている。
石化の光線を感知できなくなるほど、感覚が鈍っていたのだろう。
即判断。
動けぬ足では使い物にはならないと思い、
俺が再度切り落とそうと手を伸ばしたときである。
『そのままにせよ。
どうせ死ぬのだ。
その前に、私が貴様に説いてやろう
偉大なる我らが創造神様について、な』
思わぬ誘いに、俺は戸惑いを隠せなかった。
―――
『――――つまりは、創造神様が世界を創られ、そのおかげで我々は生きておる。
何もなかった混沌の時代。秩序がない世界。創造神様はそこに有をお創りになったのだ!
ゆえに、我々は創造神様にすべてを捧げなければならぬ!! 分かるか!?』
俺に迫る白蛇は、鬼気迫る形相であった。
創神教。
さすがは『神の入り口』というダンジョン名を冠するほどだ。
遥か昔には複数の宗教があったようだが、
迷宮の最終BOSSでさえ、いつのまにか世界で統一されたこの宗教の信徒というわけか。
まあ、いい。
回復と思考の時間が割けるだけ、俺にとっては得というものだ。
俺は話半分に聞き流しながら、この時間を最大限に有効活用していた。
そんな俺が唯一気になることがある。
それは――――、
『それを貴様は――『t場%g四rh#潮れr銀b反りghjふぃhsjlrgbhぢおぐsf具h汁bsgジュhs日jbh』――敬いもせず、あまつさえ――『sぃgbslsぉりjgh真hsりそいbjmb子grjンg絶hfvbfjhbdyhンvびゅbkン』――創造神様が作り出した『神の入り口』たる迷宮を侵略しておる。これがどれだけの――『xjfg神jkンbdぉうfghldkjbngkm5おんびうjszdjhfvbぢkhb』――罪か分かるか!?』
時々、奴が口ずさむ、意味の分からぬ言葉。
吐き気を催すほどに気持ちが悪いその言葉を、俺は聞いたことがある。
滅びの運命に俺を誘う、悪魔の言葉だ。
『……と、ここまで話しても貴様は聞いていないのだろう。
分かっておる。
こんなところまで来る男がまともではないことくらいはな』
俺は苦笑いしながら剣を構える。
前例はおそらく、あの骸骨の剣士のことを言っているのだろう。
確かにあの男はまともではなかった。
『同時に貴様はこう考えていたはずだ。
回復と思考の時間を得た。
とはいえ、あの意味の分からぬ言葉はなんだ? とな』
筒抜けかよ。
俺の苦笑は思わず引きつってしまう。
『質問に答えてやろう。
まず、私たちが使う魔法は『神罰魔法』。
神の代わりとなりて、罰を与える魔法だ。
そして、貴様が私の言葉を理解できなかったのは、
一重に、貴様が知らない魔法だからだ。
今、貴様はこの魔法の存在を知った。
つまり、もう知らぬ言の葉ではなくなった』
奴が話し終えると、
グラグラと地下神殿が揺れ出した。
強大な魔法を構築する際に発生する、独特の圧。
魔力の急上昇による異常現象だ。
『だからこそ、その名を持って貴様に神の罰を与えよう。
【神位級魔法】という規格外の名を持って、な』
「……………………は?」
完全に、思考が一瞬停止した。
魔物が魔法を扱うというだけでも規格外なのに、【神位級魔法】、だと?
――【神位級魔法】。
習得者は、魔法の全てを理解した者とされる魔法の境地。
自己の世界を顕現し、現世界の一部を一時的に創り変える、世界創造魔法。
氷の城、炎の地獄等、形状は個人によって全く異なる。
つまりは、固有の魔法。
『そしてもう一つ。
貴様は先の時間を『得た』と思っていたようだが、それは違う。
私がなぜ時間を使ったのか、今の貴様になら分かるだろう。
――――そう、すでにこの魔法の詠唱は完了している』
魔法の最高峰たる【神位級魔法】の行使には、
魔力を練り上げる時間と、
高魔術と同様の長文詠唱が必要となる。
「………‥くそッ!」
吐き捨てた俺になど一瞥もくれずに、
奴は魔法名を持って長い演説を締めくくった。
『【神位級魔法・原初ノ混沌】』
俺の視界は、
深淵なる闇に包まれた。




