第二十一話 「動き出した終わり」
魔道具の布は見た目よりもしっかりしているらしく、
薄い布団は床の固さを感じさせないほどだった。
掛け布団も迷宮の寒さを感じさせないし、快適である。
食事を終え、俺は黒剣の手入れをしてから、寝床についていた。
片手用直剣の黒剣をみて、「そういえば」と思い出していたが、
二刀流にしてからは自然と黒鍵の大きさを大剣から片手剣へと変更していた。
渇望の具現化、心の結晶たる宝具だから問題ないということだろうか。
横になりながらそんなことを考えていると、隣でゴソゴソする音が聞こえた。
気になり、振り向くとそこには、震えている彼女がいた。
スイッチを押せば適正サイズまで大きくなる魔道具のランタンに照らされた彼女は、
頬を濡らして泣いていた。
「……ごめん。また起こしちゃった?」
「いや、まだ寝てなかったから大丈夫だよ」
俺はなるべく優しくそう答えると、
彼女の方へと向かった。
触れ合えるほどの距離で、隣に寝転がった俺は、彼女の手を握る。
手が、震えている。
「まだ、怖い?」
俺が聞くと、彼女はコクリと頷く。
「起きてる間は大丈夫、なのにね。
寝る前になると、どうしても考えちゃうのよ。
家族のこととか、友達のこととか、……これからのこととか。
考えても仕方ないのにね。
頭に過って、離れてくれなくて、怖くなっちゃうの」
仕方がない、と俺は思った。
こんな迷宮の奥深くにいきなり飛ばされて、
いつ死んでもおかしくない中で、何日も過ごす。
いかに信念を持っていようとも、
15の少女が不安になる当然のことだ。
俺は壊れてしまわぬよう、彼女の手を、再度優しく、優しく握る。
彼女が俺にそうしてくれたように、
俺はここにいるのだと、証明し続ける。
「ララ、ちょっとステータス開いてみてよ」
「? なんでよ?」
「ま、いいからいいいから」
促すと、ララは渋々といった様子で、小声で呟いた。
俺も彼女と呼吸を合わせるように、その魔法名を唱える。
「「自己開示」」
右目に魔法印が照射され、
自己の能力が刻印された『窓』が浮かび上がる。
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ステータス
名前:ノア・グランド
種族:人間
称号:【C級冒険者】【反逆の覚醒者】【ララ・ルノワールの使い魔】
年齢:16歳
魔力:A
闘力:A++
魔法:《索敵系魔法(中級)》、《炎系魔法(中級)》、《水系魔法(中級)》
剣術:連撃流(超級)
固有スキル:『略奪』
エクストラスキル:『殺気察知』
獲得スキル:『透明化B』、『再生A』、『超嗅覚B』、『溶解B』、『電光石火A』、『放電C』、『無音C』、『恐怖付与B』
耐性:炎耐性B、雷耐性B
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ステータス
名前:ララ・ルノワール
種族:人間
称号:【魔法騎士養成学院生徒】【ノア・グランドの主】
年齢:15歳
魔力:SSS
闘力:E
魔法:《炎系魔法(初級)》
剣術:連撃流(初級)
スキル:なし
耐性:なし
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「相変わらずあなた凄い成長とステータスだわ……。
対して私は……来た時からまるで成長してない。
私って、あなたの足を引っ張ってるんじゃ……」
「そんなことはないよ」
ララが言いかけた言葉を、俺は遮った。
ここは絶対に否定しておかなければならなかった。
「君には何度も助けられてる。
それに、ステータスに表示される強さがすべてじゃない。
そんなこと、君なら分かってるだろ?」
ステータスで表示するのは、あくまで明記できる能力や強さのみだ。
戦闘での駆け引き、立ち回りの良し悪しなどは書かれない。
それに、人間的な強さも。
彼女がどれだけ強いか、優しいかを、俺は知っている。
だから彼女の言葉を否定しなければならなかった。
そして、彼女が折れないように、
俺が言わなければならないことは、他にもある。
「俺が君に見せたかったのは、ここと、ここの文面だよ」
そう言って指をさしたのは、
【ララ・ルノワールの使い魔】と【ノア・グランドの主】
と書かれている部分だった。
「え? これがどうかしたの?」
まだピンと来ていないララに、
一度握っていた手を離して、左の手の逆十字の刻印を見せる。
そして、断言した。
「この文字列と刻印が、俺と君を繋ぐ絆だ。
この絆が消えない限り、俺は君の傍に居続けるよ。
きっとこれから、考えもないような困難が待ってる。
でも、それでも、
何があったって、どんな運命が俺たちを阻んだとしたって、
俺は君と、ずっと一緒にいる」
加えて、「俺は君のことを、まだあまり知らないから――」と前置きして、
「俺には、君の苦しみの全てを理解することはできない。
だから、もしかしたら俺が君にできることは何もないのかもしれない」
俺はそう言いながら、
左の手で彼女の手を掴んだ。
今度は壊れないようにするのではなく、しっかりと、
彼女とのつながりを実感できるほどに強く、握りしめた。
「でも、俺はいるよ。
どんなことがあっても、俺は君の傍に居続ける。
だって、俺はもう、君の使い魔なんだから」
怖いとき、辛いとき、
誰かがそこに居てくれることの有難みを、俺はよく知っていたから。
君は独りじゃないと、伝えたかった。
いつのまにか、彼女の震えは収まっていた。
それこそが、彼女が孤独ではないことの証明だった。
彼女が前進できることの証明だった。
彼女は近づいて、俺の胸に頭を寄せていた。
そして、聞こえないほどに、か細い声で呟いた。
「……私と一緒にここから出るわよ、ノア」
命令ですらない、運命を確定させるかのようなその言葉に、
俺はかつての言葉で返した。
「ああ、約束するよ。
君を連れ出して、俺もここから出る。
俺が幸せになるために、ね」
俺たちは一緒に進んでいく。
一緒に幸せになる。
それが俺の幸せだから。
俺と彼女の絆を引き裂ける者は、何人たりとも存在しない。
俺は彼女を包み込むように抱きながら眠りに落ちた。
―――
翌日(?)、起きるとララは恥ずかしそうにしていたが、「おはよう」と挨拶すると、「……おはよ」と返ってきたので、問題はないだろう。
朝も夜も、迷宮内では分からないが、
俺たちは寝るときを夜、起きるときを朝とすることにしていた。
マジックカードで生成した朝食を取り、俺たちは安全地帯を出た。
俺とララは、気恥ずかしさは残るものの、いつも通りを貫けていた。
が、ここで問題が一つ。
何か朝から姿を現したメフィーの機嫌が悪い。
「なんじゃなんじゃっ!!
わらわを置いて二人でイチャイチャしておったんだろうどうせ!
わらわが寝ておる間に!
わらわはメシもろくに食わず我慢しておるというのに!」
というメフィー氏の言葉に対し、
「い……ちゃいちゃなんかしてないわよ?」
ララは真っ赤になり、動揺しまくりながら答えていた。かわいい。
ララのそういう態度にますますイラつきを増しているメフィー。
俺はそっぽを向きながら、確かに、と考えていた。
メフィーは俺の宝具で、俺の心の一部だ。
ということは、大食い(ララには秘密にしている)という俺の特性を受け継いでいるはずで、
それを我慢しなければならないのは、死なないとはいえ酷というものだろう。
ここを出たら、彼女にもお腹いっぱい食べさせないとな。
そんなことを思考した瞬間に、
「むぅ! 期待しておるからな!! 忘れるでないぞ!」
と、口にも出していないのに彼女に言質を取られてしまうであった。
―――
次のフロアへと下っていくと、
そこに広がっていたものは、
「また何の変哲もないただの迷宮ね」
「そう、だな」
固く、砂利の多い地面と、時々姿を現す巨大な岩。
極端に狭いというわけでもなく、植物もない。
強いて言えば、天井が異様に高いくらいか。
ここまでくると何か罠でもあるのではないかと疑うほどに、
今までの階層と同様の迷宮がそこには広がっていた。
俺はまず敵の位置を把握しようと、エクストラスキル『殺気察知』で殺気を拾おうとした。
が、意識を集中させようとしたその瞬間、
身体を真下から突き刺すような衝撃が、俺の足元から頭へと抜けていった。
衝撃は物理的なものではない。
恐らくはただの殺気。
何者かが、俺に向けている殺気。
それが幻ではないと言い放つように、
ガガガガガガッッ!! という地鳴りが、断続的に響き、フロアを揺らす。
とてつもない、
何かが、
ここに向かっている!!!
「下じゃっ!! 避けろ!」
メフィーが叫ぶと同時、俺たちはその場から跳ね飛んだ。
迷宮の固い土には亀裂が入り、盛り上がる。
突き破られたとき、吹き飛ばさんとするほどの衝撃が俺たちを襲う。
「黒鍵の悪魔!!」
叫び、手中に黒鍵を収めると、俺は黒剣とともに構える。
ララは激しくなる動悸を抑えつつ、右手を衝撃の発生元に向けていた。
やがて土煙が晴れ、敵は姿を現した。
敵は、白蛇。
竜と呼ばれてもおかしくないほどに、巨大で強大な、
美しく、恐ろしい、
明確な、俺たちの最後の敵であった。




