第二十話 「変わりゆくモノ」
「ララ! すまん一匹そっちにいった!」
「了解っ!」
直後、爆発音。
俺が前方の敵を殺し尽くして振り返ると、
そこにあったのは散らばった蟻の死体だった。
俺は忘れずに黒鍵での『略奪』を済ませ、ララの元に駆け寄った。
「さすがだな、ララ」
「ふ、ふんっ! このくらいで驚いてもらっちゃ困るわよ!」
と言いながらも顔は赤くなっている。ララは照れ隠しが下手なようだ。
俺は剣に付いた巨大蟻たちの体液を水魔法で流す。
すると、「うええ」と汚い声を出しながら黒鍵が変化。
霧と共にメフィーが現れた。
「嫌なのじゃー! もう虫系魔物は嫌いなのじゃ!」
「獣を斬るのは良いのかよ……」
ぐぐぐっと背を伸ばしていたメフィーにララが近づいて無言で背中から抱き着いた。
こうやっていると姉妹のようで、なんだか見ていてほっこりする。
が、気を抜ききってしまうのはよくない。
俺は周囲を警戒しつつ歩く。殺気を読み取るのだ。
あの骸骨の剣士との戦いを終え、俺には新たな技能が身についていた。
エクストラスキル『殺気察知』。
このスキルは戦闘面でも探索面でも、強力な効果を発揮する。
身体を突き刺すような感覚の強弱で、どの方向から、どのくらいの距離感で殺意を向けているのかが分かるのだ。魔物は基本、殺意の塊のような奴らなので、索敵はこれで完璧である。
エクストラスキルというのは一般的に周知されているスキルとは別物である。
これは生まれつき、もしくは経験によってたまたま身に付けた感覚や直感に近いものなのだ。
そいうこともあり、普通のスキルのように闘力や魔力を消費する必要がないので、非常に便利なのである。
索敵魔法は絶対所得のものだと思っていたが、これがあれば必要ないのかもしれない。
「それにしても、そろそろ次の階層かしら? 敵の気配もめっぽうなくなってしまったし」
「そうだな。……にしてもこれだけ魔物に遭遇してまだ二階層しか進んでいないなんて、考えたくもないけどな」
「文句言ったってしかたないでしょ。ねー、メフィーちゃんもそう思うわよねー」
「……ぬぅ」
後ろからメフィーの黒髪をわしゃわしゃと撫でまわすララ。
メフィーは必死に抜け出そうとするも、半ば諦めているようだった。
―――
骸骨の剣士との戦いから、俺たちは安全地帯での休憩をはさんで、92層までの攻略を済ませていた。
俺とララはお互いの距離感も分かってきたし、メフィーも慣れてきたようだ。
最前線であるにも関わらず、俺たちは命の危険とは無縁のままに進み続けた。
だが、良いことばかりがあったのではない。
俺は衝撃の事実を知った。
『はぁ!? 一年!?』
『ええ、今は魔聞暦865年だわ。あなたの聞いた話から察するに、あなたがこの迷宮の底に落ちて、実に一年が経つことになるわね』
『ま、マジか……一年……』
正直、一週間、あっても一ヶ月ほどだと思っていた。
迷宮の中は基本的に暗く、時間感覚が鈍る。
そのために、ララが来る前は魔物をも食っていたし、水魔法と炎魔法の組み合わせで身体の清潔感も保っていた。そうしないと頭がどうにかなってしまいそうだったからだ。
俺がカルマさんのパーティで未開拓領域の攻略に赴いていたのが魔聞暦864年のこと。
つまり、70層付近から80層に来るまで、一年の月日が知らぬ間に経っていたというわけだ。
さすがにララと合流してからは攻略が早まる感覚はあったし、会話もそれなりにしていたので、超長期間あれから経ってはいないと思うのだが。
『ララと会ってからも、最低一ヶ月は経ったって考えた方がいいのかもなぁ……全然実感湧かないけど』
『なるべく早くここを出るわよ。ここは多分そんなに長期間いていい場所じゃないと思うから』
―――
そんなこともあり、俺たちは攻略を急ぐこととした。
無論、安全は十分に考慮した上のことではあるが、彼女の学院のこともある。
あまりにも長い期間戻らないと、除籍処分だとか留年だとかになりかねない。
それに、彼女の言うことは正しく、やはり迷宮の中にいると、おかしくなってしまうのかもしれない。
一年過ごした、という感覚は俺に全くなく、彼女に言われた今でも信じられないのだから。
「それにしても、なんだか拍子抜けね!」
と、俺が頭を整理していると、横からララが出し抜けにそんなことを言ってきた。
「拍子抜けって、なんの話だ?」
「だって90層も超えたっていうのに『神の入り口』だなんて名前にしては、なんだか普通の迷宮って感じじゃない? もっとこう、神殿とか、そんなものを期待してたわ!」
「……まあ、確かに」
アンデッド系魔物のラインを超えた俺たちが次に足を踏み入れたのは、なんだか普通の迷宮のようなところであった。
八十層~九十層の頃よりかは少し明るくなった印象。壁の側面で燃え上がっている松明の炎の数が増えたからであろう。
構造はあまり前のフロアと変わらず、固く、砂利の多い地面と、時々巨大な岩があるくらい。
極端に狭いというわけでもなく、植物もない。つまりは特筆する点が何もない。
しかし、特徴がないという点において、このエリアは最も特徴的であるとも言える。
通常、迷宮とはある程度のテーマ性を持つ。スライム迷宮であったり、ジャングル迷宮であったりするのが、代表的な例だ。魔物の種類、もしくは環境に統一性があることの方が一般的なのだ。
グランドダンジョンと呼ばれるほどの巨大迷宮なら、そのコンセプトが変わりゆくモノだということは分かる。
だが、この階層はあまりにも何も特徴がない。
獣系も虫系も出るし、なんならアンデッドもまだ時折姿を見せる。
まあ、とはいえ……、
「普通でいいよ……普通で……」
俺が遠い目をしながら呟くと、ララが頬を掻きながら察したように同情の眼差しを向けてきた。
鋼鉄よりも固い体表の巨大電撃ライオンだとか、
かつて勇者で骸骨になっても剣を振り続けてたバトルジャンキーだとか、
そんな特殊性はいらねえ!!
痛いのが嫌な普通の感覚を持つ俺としてはこのままクリアしたいのだが、
それが通用しない場所だということは知っている。
不安はある。けれど、希望も持てる。
俺は隣の彼女を見た。
艶やかな紅玉色のツインテールと、同色の燃え上がるような瞳。
(やっぱり綺麗だな……)
心の中でそう呟くほどに、彼女についつい見とれてしまう。
「何ジロジロ見てるのよ……馬鹿っ」
そう言って赤面してモジモジする彼女が、あまりにも愛しい。
俺は俺のために戦うと決めた。
俺の幸福のために、戦うと。
けれど、
彼女がいるから、前に進めることもまた事実だ。
彼女はとっくに、俺の幸福の形の一つになっているから。
俺は、俺のために、俺の幸せのために、
彼女のために、戦うと決めた。
俺は彼女の手を、不意をついて握った。「ちょっと!」という声が上がるものの、次第にそっぽを向きつつ、何も言わなくなっていく。
実は、これは一回目ではない。
何度も何度も、お互いにこうやって勇気を分け合ってきた。
そのたびに彼女が全く同じような反応をするから、
おかしくなってしまって、
俺は苦笑しながら彼女の熱を確かめながら歩いた。
―――
俺たちは次の階層へ続く階段を見つけたところで探索を切り上げ、
付近にあった安全地帯へと入り込んだ。
ハイペースの攻略だからこそ、休むべきときを見極めて休まねばならない。
彼女との関係は、先述の通り良い方向へとむかっていた。
だが、変わったことはそれだけではない。
オレンジ色の光が、小さな空間で熱を持って俺たちを照らしていた。
その光の正体は彼女の炎球と、マジックカードの力だった。
「それを続けろ」
その式句で完成する、道具を介した単純な魔術。
マジックカードには、細かな魔法印が印字してある。
これによって、彼女の炎球はそこで燃え続けることとなった。
焚き木となり、暖かい空間が作られる。
彼女はそのまま、小石を拾ってはどかし、寝床を準備し始めた。
その間に俺は別のマジックカードに指令をしていく。
「サラダを創れ」、「オムライスを創れ」、「スープを創れ」
ポンポンポンと皿に乗った料理が出現していく。
ちなみに「作れ」ではなく「創れ」なのは他の物質構成のカードにも同じ「創れ」の式句が使われるからである。統一してあるのだ。
ちょうど諸々の準備を終えたのか、ララも座っている。
俺はもう一度、同様の式句を繰り返し、自分の分を作り出した。
ララとの作業のルーティンが決まり、
俺たちは当たり前のようにこうやって生活(?)することができるようになっていた。
二人でいただきますをして、同じタイミングでオムライスを口に運ぶ。
酸味のあるケチャップと、ふわとろの卵が絡み合って極上の味となっていた。
それをチキンのスープで流し込む。
それにしても……ふむ。
指示的ではなく、物質を構成するほどのマジックカード。
それにこれほどの味の物となると、かなり高価なはずなのだが、
「なぁララ、なんでこんなにカード持ち歩いてたんだ?」
小さい口でパクパク食べているララを眺めながらそう言うと、
ララはビクッと身体を跳ねて、「よく言ってくれました!」と言わんばかりに目を輝かせた。
「聞いておどろきなさい……」
「?」
ララはすぅっと息を吸って、カッと目を開いた。
「私、カードオタクなの!!
マジックカードもそうだけど、魔法騎士コレクションはコンプリートしてるわっ!
見てみて! 最高レアの中でもサイン入りの超激レアの超可憐なカレン様のカードよ!!! いつも生徒手帳にお守り代わりに持ち歩いてるのっ! 超美しいでしょ!! これはマギアシティのコレクターショップで一日限定発売されたウエハースチョコをダース買いして当てた私の宝物なのよ!! こっちは……あれは……これとこれが……そういえばあっちは……」
「…………」
濁流のような言葉の応酬に呆気に取られたが、
「えへへっ! すごいでしょすごいでしょ!!」
子供のようにパァッと明るく笑う彼女を見ていると、何だか嬉しくなってしまう。
そうだ。
俺はまだまだ、彼女のことを知らない。
でもそんなことすら、嬉しく思う。
こんなに彼女に惹かれているのに、
もっと彼女の「可愛い」とか「美しい」が見られるのだから。
そして、それを見続けるために。
俺はここを、早く出なくてはならない。
俺は決意とともにオムライスを口にかき込んだ。




