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第二話 「勇者パーティ冒険者(荷物持ち兼見習い)のノア・グランド」

 

 ―――あの日から、十年後―――


 グランドダンジョン。

 それは、世界に五つあるとされる、巨大な迷宮のことである。

 その迷宮には金銀財宝が眠っている。

 踏破した者は英雄と(うた)われた。

 当然、強力な魔物たちの住処でもある。

 すべての冒険者にとって憧れであり、死を意味する場所。

 それこそがグランドダンジョン。

 一家が全焼した、あの事件の、十年後。

 俺は頼れる仲間と共に、その迷宮に足を踏み入れていた。


「ノア! ぼさっとするなっ、そっちに行ったぞ! 竜人(リザードマン)二体!」


「……っ了解!」


 前衛から小柄な竜人(リザードマン)が盾を飛び越えてきた。

 竜人(リザードマン)

 モンスターランクはD。全身を緑色の鱗で覆い、鉄の鎧と兜、そして剣と盾を装備した、二足歩行の龍種の一つだ。

 竜人は個体によって運動能力に差がある。大柄な個体は力が強く、体力も高い。

 対して、小さめの個体は力と体力で劣る代わりに、敏捷性に優れている。その速さは冒険者を翻弄する。時には前衛を抜けて後衛を攻撃し、ヒーラーと魔術師がやられパーティが壊滅する、なんてこともあるそうだ。

 この小人竜人も、そうやって前衛を抜けてきた。


 ――――いや、


 前衛の一人、筋骨隆々とした男の通り名は【大盾】のモグリ。

 彼が装備しているのは、大黒亀(ブラック・トータス)の甲羅を素材にした、両手用の盾である。その耐久力は元のモンスター譲りで他装備の群を抜いて高く、それを扱うモグリも一流のタンクだ。小さな竜人一体でも、後方に漏らすとは考えにくい。

 もう一人、俺に指示を出したのは【炎剣】のカルマ。このパーティのリーダーを務めている。

 炎蛇(サラマンダー)から作り出したと呼ばれる、最初から炎属性の魔法が付与されている、いわゆる魔剣を扱う戦士だ。敏捷性に優れた彼は、見つけた獲物は逃がさない。攻撃を主に行う彼は、王都最強の戦士と呼ばれている。あの、国直属の魔法騎士にも劣らない実力なのだとか。

 すくなくとも、冒険者の中では、この王都で限定するなら、最強の男であろう。皆からは勇者と崇められ、彼の率いる我らがパーティは、勇者パーティなどと呼ばれているのだ。

 そんな彼らが、いくらスピードに優れた竜人だとしても――いくら迷宮最前線のモンスターだとしても――仕留め損ねるなんてことはないはずだ。

 で、あるならば。

 これはおそらく、俺の実力を測るための試験のようなものなのだろう。

 あれから十年経ち、俺も15歳になる。

 あの日、人生が変わってしまったあの日。

 銀の稲妻に焼かれた俺は、通りがかった勇者パーティに拾われ、奇跡的に一命を取りとめた。

 剣技と魔法の才を認められた俺は、そのままパーティの荷物持ち兼冒険者見習いとして働いていた。

 毎日がハプニングと新体験の連続だった。

 数々のトラブルをパーティで乗り越えて、時に助け、守られて。

 俺は昨日、15回目の誕生日を迎えた。

 他の国ではどうなのか分からないが、俺の住む、このリテンブルグ王国では15歳は成人である。俺はそんな歳になってから、育ててくれたパーティの脱退を、リーダーのカルマに申し出た。

 もちろん、このままパーティに残るという選択肢もあった。

 しかし、昨日、俺はかねてからの望みをメンバーに伝えたのだ。

 すなわち、魔法騎士養成学院への入学という進路である。

 真っ当に生きる。

 これは、あんな事件があった後も、俺の生き方の指標になっていた。

 大好きだった両親が俺のためにかけてくれた言葉が、

 生き方を教えてくれた尊敬すべき先輩たちが居てくれたことが、俺を曲げずにいさせてくれた。

 俺は正直に生きたい。

 そして、小さな頃に抱いた夢を、叶えたい。

 冒険者になってから溜めたお金で、入学費も学費もすべて払える。

 その旨を話すと、カルマは照れくさそうに笑ってから言った。


「入学に足る実力かどうか、見せてみな」


 それから、迷宮の最前線である49層、竜人の住処へと訪れたのだ。

 だからこれは、正確に言うならば、卒業試験のようなものなのだろう。

 左右を見る。

 竜人の牙が近づいてきても、魔術師のレインとヒーラー兼盗賊のシルヴァは動こうとしなかった。

 メンバーの意図を汲み取った俺は、竜人へと肉薄した。

 右手に剣を構えながら左の手を前に出す。人差し指と中指に魔力を込め、竜人の顔に触れんかの距離で放った。


水球(アクアボール)!」


 魔法印高速構築、発射。

 唐突に水を受けた竜人はギョっとして動きを鈍らせる。その隙を見逃さず、俺は鉄の盾を掻い潜るかのように剣を振った。

 心臓から右腕、右腕から指先へと伝達された闘力――人が人ならざる力を引き出すために存在する、運動能力を跳ね上げる力――を振り絞って、最も初歩的な剣術を繰り出す。

 連撃流初級技・(ヴィクトリー)スライド。

 高速で放たれた二回の斬撃は、Vの字を描いて二体の竜人を袈裟(けさ)切りにした。

 鮮血が舞い上がる。

 左の一体は血を吐いて絶命したようだ。右の一体は――、

 痛みで発狂しているようであった。筋肉で膨れ上がった足。地を蹴れば大怪我では済まないだろう。

 俺は油断などしなかった。

 命のやり取りをしているのだ。敵方も必死なのは当然のことだ。

 俺は指先に再び闘力を流し込む。今度は闘力だけでなく、魔力も込めた。

 すると、剣には灼熱の色が灯った。

 俺は振り上げた剣を真横に滑らせた。続けて右下に切り込み、左上に振りぬき、もう一度Vを作る。

 連撃流魔力混合中級技・炎ノ(フレイム・)三角刃(トライアングル)

 炎の光が描いた逆三角は無事、竜人に直撃したようだ。 

 炎の魔力を宿していた剣は、竜人の首と両足を溶かすように抉って切り離した。


「……ふむ」


 俺が剣を仕舞うと、カルマが納得したように頷いていた。これはどう捉えたらいいのだろう。

 顔を上げると、この層にいる敵は粗方片付いたようであった。前方で安全地帯(セーフティエリア)を見つけたモグリが手を振っていた。彼は大男なのにお茶目なのだ。

 俺はくすりと笑ってから、灰となって消えた竜人の死体を見送った。

 魔石を回収してから、彼の元へと歩いた。



 ―――



 迷宮のフロアには、ボスの部屋以外、必ず最低一つの安全地帯(セーフティエリア)が存在する。

 様々な形のものが存在するが、このフロアの安全地帯は、リザードマンの巣と似て丸っとした、かまくらのようであった。もちろん、雪でなく、ダンジョンの土で作られたものではあるが。

 安全地帯は、ダンジョンに流れる魔力の流れがぶつかり合ったとき、作り出されるものらしい。魔力が高密度に集まって、強力な結界を生み出す。その結界は、魔物には視認できないが、人間は見ることができる。ゆえに、安全地帯が出来上がるというわけだ。

 安全地帯の結界を潜ると、そこは、独特の生臭さと冷たさが充満する迷宮内とは打って変わって暖かかった。モグリが火を起こしてくれているのだ。有難い。

 俺は背負っていた荷物から、いくつかの必要物を取り出し、モグリへと渡した。

 モグリは折り畳み式の調理台を組み立てると、調理器具を構えた。命じられたので魔法で作り出した水を鍋へと入れる。鍋を焚火の上に置き、しばらくするとぐつぐつと音がした。

 そこに白菜と大根、豚肉に鶏肉のつみれ、しめじなどを入れていく。

 今日の晩御飯は、どうやら冒険者ご用達、「鍋」のようであった。

 簡単に作れ、時間もさほどかからないそれは、冒険者にとって、今や必須のものであった。

 出来上がったそれを、パーティ五人で囲んで食べる。

 俺は、よそってもらったそれにレモン風味のポン酢をかけて口に運んだ。

 咀嚼し、飲み込む。


「ぷはーーっ!」


 うまい。

 特に大根なんか絶品であった。どうして、短時間に作ったにも関わらずあれほどまで出汁が染み込み柔らかいのだろう。以前モグリは「切り方にコツがあるんだべ」と言っていたが、良くわからなかった。料理スキル完全習得者の実力は伊達ではないようだ。

 俺が鍋料理のおいしさに感動していると、話題は自然に俺の進路へとなっていった。


「なあ、ノア。お前の告白の後、俺たちでまた話し合ったんだがな……」


 そう言って切り出したのはリーダーのカルマ。無造作な赤髪の短髪が目立つ、勇者と呼ばれる青年であった。カルマは頭を掻きむしりながら、照れくさそうに言葉を続けた。


「……学費、俺たちで出すことにするよ」


「……えっ?」


 いきなりのことに、俺は意味が分からず、硬直してしまった。

 すると、カルマの横から魔術師のレインが肘で彼をついた。


「こら。ちゃんと話さないとノアくんが困っちゃうでしょ」


 ため息を吐きながら、肩まで伸ばしたエメラルドの髪を揺らして、彼女はカルマの発言に付け足した。


「ノアくんが頑張って貯金してきたこと、私たちは知ってたの。たぶん、学院に入りたいんだってことも。でもね。そのお金は、いつか君が必要になったときに使ってほしいの。君が入学したら、私たちはもう君の傍にいてあげることはできない。だから、君のことが大切だから、そのお金は、君に持っていてほしいんだ」


 優しく、レインは微笑んだ。

 けれど、俺は反対した。


「で、でも、学院の学費って相当なものですよ? そんなお金どうやって……」


「実はノアくんがこのパーティの荷物係をし始めたときから、みんなで集めてきた将来資金があったの。ノアくんのための、ね」


「そ、そんな……どうして俺のためにそこまで……」


 零した俺の言葉にレインはため息を吐き、最後はモグリが締めくくった。


「それだけ、俺たちにとってお前が大切だということだべ。お前はもはや、俺たちの家族も同然だべ」


「ノアくんのことが大好きだからだよ!!」


 そんな言葉に、この、お金の話になってしまうシチュエーションに。

 俺は亡き父と母の面影を見つけて、破顔した。

 目頭がかぁっと熱くなって、そこには溢れ出さんとする涙があった。

 俺は悟られないように、必死になって鍋をつついた。

 カルマの、「あんな恥ずかしいことを平然と言うなバカモグリ! 糞レイン!」という声が、土のかまくらの中で響いて反響していた。

 シルヴァは遠くから見守り、優しく微笑んでいた。











 ―――



 俺は確かに幸せの中にいた。

 苦しいことがあったけれど、

 逃げ出したいほど、投げ出したいほど、苦しいことがあったけれど、

 こうやって前へと進めている。

 大切な仲間に、人生の先輩たちに、囲まれている。


 ――けれど、


 天気には、晴れることもあれば、雲が差すこともある。

 真夏に通り雨が降るように、

 幸せが崩れるときはいつも一瞬で。



 そんなことを、俺はいつのまにか忘れてしまっていた。











 ―――


 ステータス

 名前:ノア・グランド

 種族:人間

 称号:【C級冒険者】

 年齢:15歳

 魔力:C++

 闘力:B

 魔法:《炎系魔法(中級)》、《索敵系魔法(中級)》、《水系魔法(中級)》 

 剣術:連撃流(中級)

 スキル:なし

 耐性:なし






本日あと一話投稿。

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