第十九話 「死合いの果てに」
奴――骸骨の剣士の首を断って、
俺は真っ先に彼女の元へ向かった。
奴が死に、威圧から解放されたからか、彼女はペタリと座り込んでいた。
脱力し、ふぅ、と息をついていた彼女に、
「ララ!」
俺は思いっきり抱き着いた。
「ちょっ、ちょっとあなた! いくら私の使い魔だからってやっていいことと悪いことが……っ!」
彼女の言葉が詰まる。
「……よかった。生きててくれて、よかった」
俺の両眼からは、大粒の涙が流れ出していた。
彼女は黙り込んでしまう。
悪いことをしたな、と思いつつも、抱きしめたその腕を離すことはできない。
抱きしめていると、ふわりと彼女の匂いがする。
彼女の熱を感じる。温かい。
ばくばくと脈打つ心臓は、一つではない。
(ああ、彼女が居る)
今度は、失わずに済んだ。
俺にとっての大切な人を、失わずに済んだ。
その事実が、この上なく嬉しい。
「ありがとう、ララ、ありがとう……」
俺はさらにぎゅっと抱きしめて、礼を言う。
「……ふ、ふん! 別にお礼を言われる筋合いもないわよ!」
彼女は、言いながら、
「…………あなたは、私の使い魔なんだから」
ぼそりと呟いたその言葉は、しっかりと耳に入った。
ああ、彼女が愛おしくて、愛おしくて、たまらない。
「……ありがとう」
俺はしばらくの間、彼女を抱きしめ続けた。
―――
その後、俺に二つの不幸が訪れた。
まず一つ、それは骸骨の剣士の魔石回収が出来なかったということである。
理由はただ一つ、鎧がはがせなかったからだ。固すぎて、貫くことは不可能。
素材が何なのかは不明だが、あの剣も、鎧も、超強力なものであることは断定的だ。
俺は嫌々諦めた。
そして、不幸がもう一つ。
「……じゃ、じゃあ、そろそろ先に進もうか、ララ」
「え、ええ……」
長い間抱きしめ合った後、
素面に戻ると急に恥ずかしくなり、会話もままならない。
「…………」
ちらちらと彼女の方を向くが、彼女と目が合うと、お互い全力で逆方向を向いてしまう。
(これは今後の探索にも影響が出かねないな……)
何より彼女と会話し辛い状況は耐えられない。
俺は最大の不幸を抱えながら、俺たちは次の階層へ至るための階段を探していた。
すると、
『おい、お前ら、ちょっと待て』
聞きなれぬ声、
俺は黒鍵を構えながら即座に振り向いた。
そこには、五体満足の骸骨剣士が立っていた。
「――――!?」
ありえない、ありえない、ありえない。
首を断って殺したはずだ。だのに、なぜまだ生きている?
俺はまとまらない思考を一旦放棄して、奴に向かって殺気を放った。
そこを一歩でも動いたら殺す。
殺気でそう告げて、黒鍵の先を向けた。
『あ~~、そんな殺気立つなって、
心配しなくても、もう俺に戦える力は残ってねえよ』
あっけらかんとそう言いながら、骸骨の剣士は己の命でもある剣を手から落とした。
「探知」
俺は殺気を放ちつつ、奴の魔力を索敵魔法で測る。
本来は敵の位置を探る魔法だが、魔力を辿るので同じ要領だ。
確かに奴の言うことは本当で、奴に魔力はほとんどない。
俺はホッとため息を吐いた。奴も身体の法則にはさすがに抗えなかったらしい。
首を断てば、生物は死ぬ。
それは人間にはもちろん、魔物にも当てはまる法則だ。
体内には、血液と同様に、回路を通じて魔力と闘力が循環している。
そして、そんな魔力回路と闘力回路は首元で密集している。
なぜそこで密集しているのか、今なら分かる。
イメージの力。
かつてカルマが言っていたそれは、魔法と剣技、スキルの原動力だ。
一般常識では、魔法の際にイメージが重要というだけだったが、戦いを重ねた今なら、「イメージの力」を掌握することで、不可能を可能にすることはできると分かった。
そのイメージを、脳は魔力や闘力を使って伝達していると考えれば、首元に回路が密集するのも理解できる。
そこを断たれれば、体内の魔力と闘力は即座にゼロの状態へと向かっていき、死に至るというわけだ。
骨オンリーのアンデッドな奴に血は流れていないが、魔力、闘力は流れている。
ゆえに、奴も首を断たれれば死ぬはずなのだが、
「で、お前は何で死んでいない?」
問うと、奴は骨の頭を骨の指でポリポリと掻きながら語り出した。
『首を斬られた後な、残った魔力と闘力全部で頑張って引っ付けたんだよ。回路はさすがに切断されたままだけど、これでしばらくの間会話はできるわけだ。いや~~、即死じゃなくて助かった』
つまり、
回路が切断され、魔力と闘力はじきに尽きるから死は免れないが、
即死ではなかったらしい。
生命力の塊みたいなやつだな……。
『驚かせたことはすまない。だが、もう俺も時間がないんでな。
お前には、伝えねばならんことがある』
奴がそう言うと、
「だったら、なんですぐ話し掛けなかったのよ馬鹿じゃないの?」
と、ララがキツめの一言。
それを聞くと、骸骨の剣士はくつくつと笑いだした。
やがて奴の笑いは肉のない腹を抱えて、大爆笑へと至る。
『そりゃお前らがあんなにイチャイチャするからだろーが!』
ワッハッハ!
ワッハッハ!
ワッハッハ……
奴の笑い声は迷宮中に響き渡る。
俺は恐る恐る横を見た。
そこには怒りで顔に血管を浮かび上がらせている彼女がいた。
赤面しながら、目に涙を浮かべている。
「どいつもこいつも……」
プルプルと身体を震わせた彼女は、右腕を前に突き出していた。
「いちゃいちゃなんかしてないわよ! 馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿ぁ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!!!!」
どういうわけか詠唱完了した魔法は、骸骨の剣士の横を通りすぎ、爆発を引き起こした。
その余震で、迷宮内はしばらく揺れていた。
「…………」
『…………』
俺たちの肩も震えていた。
―――
『かなり恐怖を感じた』
「馬鹿なんじゃねえのお前」
思わずそう口に出さずにはいられなかった。
むしろ彼女に感謝するべきだろう。
彼女はキレやすい性格だが、理性はきちんとある。
だから炎をぶっぱなすこともあるが、ララは一度も勢いでぶつけてくることはない。
が、それも我慢の限界がくればどうなるかは分からない。
「何コソコソ二人で話してるの? 早く話とやらを始めなさいよ。
…………次は外さないわよ?」
横目で彼女を見ると、右腕をこちらに向けながら魔法印まで構築していた。怖すぎる。
奴を見ると、骨の口をあんぐりと開けてカタカタしていた。
奴はビシィッと効果音が鳴りそうな勢いで佇まいを正した。
そして、
『解除』
奴は何やら詠唱した。
すると、奴が纏っていた鎧は外れ、ごとりと地に落ちた。
地面に刺さっていた二対の剣は、一本の大剣と化す。
『お前にこれを授ける』
そう言って語り出した。
勇者の話を。
―――
勇者。
それは英雄譚に出てくる、強敵に立ち向かう者のこと。
運命を捻じ曲げて進む者。トリックスター。
彼は英雄譚で、周囲を巻き込みながら進み続ける。
彼の者に常識は意味をなさず、多くの者に迷惑をかけながらも、結果的には良い方向に向かっていく。
そんな、「神に愛された」かのような人物。
それが勇者だ。
そして、勇者を定める儀式は、「装備譲渡の儀」。
本来、正式な儀式には神父が必要なようだが、
『「譲渡」の儀なんだから、俺が居れば十分だろ』
とのことである。
儀式、といっても神父もいないので、特にすることがあるわけでもない。
骸骨の剣士は、まず、俺に剣を握らせた。
すると、大剣は変化していき、一本の直剣となった。
次に鎧に身体を通す。
さすがに鉄製?の鎧。俺は重さに耐えられず、よろめいた。
すると、次第にこれも形を変えていき、漆黒のローブとブーツへと変化した。
革製のようなそれは、しかし丈夫そうであった。
軽く動いてみても、動きに支障はなさそうだ。
勇者の装備は、譲渡された者に最も適した物へと変化する。
これら装備は、俺の新たな力として、働いてくれるに違いない。
が、俺は一応、奴に断りを入れておいた。
「いいのか? 勇者らしくなんて俺はできないぞ?」
俺が第一にするものは俺の幸せだ。
俺は俺の幸せのために戦うし、邪魔する奴は殺す。
俺の大切を奪おうとする奴は全員殺す。
奪われるくらいなら、奪われる前に全部奪う。
それが俺の信条だ。
英雄とは程遠い。
そんな話をすると、骸骨の剣士は再びクツクツと笑いだした。
『気にするな。俺も勇者らしくなんてなかったからな』
そう言うと、「もう行け」と続けた。
奴を打倒してもうしばらく経つ。
おそらく魔石にもう闘力や魔力は残っていないだろう。
今『略奪』しても、意味はない。
そう判断した俺は無言で踵を返すと、彼女と共に、先ほど見つけた階段へと歩いた。
―――SIDE・骸骨の剣士―――
あの少年と少女を見送って、
俺は地面にしゃがみこんだ。
立ち上がる力すら、もう残っていない。
あと数刻で、俺は死ぬのだろう。
「…………はは」
真っ暗な天井を仰ぐ。
想えば、剣に生き、剣に死んだ人生だった。
後悔はない。
最期に、本物と死合うこともできた。
まだ剣に未熟さは残るが、きっと、彼なら奴をも打倒することができるはずだ。
ただひとつ、
ただひとつ心残りがあるとすれば、それは、
息絶えるこの瞬間でさえ、彼女の顔を思い出せないことだ。
断言できる。
彼女が居なければ、俺の人生はなかった。
俺は調子に乗りやすいから、きっと、すぐに死んでいた。
彼女と出会えたから、
高め合える彼女と出会えたから、俺はここまで生きることができたんだ。
名前も、容姿も、忘れてしまったけれど、
俺はまだ、彼女に恋をしている。
身体の骨さえ徐々に灰となり、あとは生の終わりを待つだけ。
彼女のことを思い描きながら、死んでいくだけ。
そんなときに、
「……?」
真っ暗なはずの天井に、光が差した。
俺を包み込むような、優しい光。
そして、それは形を成していく。
「…………ああ」
白くて、長くて、さらさらの髪。
普段はクールなのに、
時折見せる微笑みが、この上なく好きだった。
「ああ、君が見える」
彼女は無言で俺を抱きしめる。
そうだ。彼女は話すことが苦手だった。
まあ、いいや。
これから、いくらでも話すことはできるだろう。
あの世にだって、剣くらいあるはずだ。
語り合うことなら、事欠かない。
出ないはずの大粒の涙が、零れ落ちていく。
消える身体。閉じていく意識。
お互いひねくれていて、不器用で、
口に出すまで、気が遠くなるほどの時間が経ってしまったけれど、
今なら言える。
俺は、君を愛している。